アブー⑤
アブー視点です。
また長くなりそうなので区切ります。
控え室を飛び出した俺は、がむしゃらに走り続け……気が付くとお気に入りのバーで酒を浴びるように飲んでいた。
新聞やラジオでは、新たな勇者……ツキミの話で持ち切りだった。
【傷1つ負わずに勇者の座を勝ち取った男】
【クズ勇者アブーを打ち破った真の勇者】
などなど……大げさなタイトルで大々的にツキミを称えた。
それに引き換え俺は……。
【歴代最悪の勇者アブー……」棒切れで無様に敗北】
【勇者の名に多大な泥を塗った恥さらし】
屈辱的なものばかりが目につく……。
ちょっと前までなら、こんな記事を出した出版社の連中を全員刑務所送りにして、病死と偽って皆殺しにしてやったところだ。
だが俺はもう勇者でなくなってしまった。
”お前には勇者の肩書き以外に何も誇れるものはないのか?”
「ちくしょう!!」
何も行動できない歯がゆさを感じるたびに……奴のあの言葉が脳内で響き渡る。
「ざけんなっ! 負け犬の分際で!!」
俺は酒を飲んで飲んで……そして溜まりにたまった性欲を娼館で発散する。
”これは夢だ……悪い夢を見ているんだ……”
自分にそう言い聞かせ、全ての思考回路を酒と女で狂わせた。
何もかも忘れて快楽と酔いに身をゆだねるんだ……。
なぁに……武闘大会は来年もある……。
俺には上流貴族である両親がいるからな……。
2人は騎士団の上層部ともコネがあるから、武闘大会への参加は難しくないはずだ。
次こそ、あの負け犬をぶっ殺して……再び勇者の座に返り咲いてやる!
勇者の名は……この俺にこそふさわしい称号だ!
あんな負け犬が名乗って良い名じゃねぇ!!
「元勇者、アブーだな?」
「あぁ?」
武闘大会から何日か経ったある日……バーでいつも通り酒を飲んでいると……突然背後から声を掛けられた。
振り返ると……そこには鎧に身を包んだ数名の騎士共が立っていた。
「なんだぁ? お前ら……俺様に何の用だ?」
「あなたを殺人……監禁等の容疑で逮捕します」
「はぁ!? 逮捕だと? 何をふざけたことを……」
「あなたの自宅を家宅捜査した所……地下室で監禁されていた十数名の女性が発見されました。
周囲には白骨化した遺体も数体発見されております」
「知るかよそんなこと!! 俺には関係ねぇ!!」
「申し開きがあるのなら本部でお願いします……連行しろ!」
「はっ!」
「離せ!! 離しやがれ!! お前ら……俺を誰だと思っている!!
勇者アブーにこんな仕打ちを……」
「今のあなたはただの容疑者です……」
俺は数名の騎士に取り押さえられ、そのまま連行されちまった……。
ちくしょう!!
酔いが回ってなければ……こんな奴ら素手で黙らせられるのに!!
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抵抗も空しく……俺は騎士団の本部へと連行され、留置所にブチ込まれちまった。
取り調べも受けたが、俺は知らぬ存ぜぬで通した。
そもそも勇者はどんな犯罪を犯しても許される特権がある。
殺人だろうが監禁だろうが……仮にバレた所で罪に問われることはない。
それは勇者の称号をはく奪された場合でも適用されるはず。
間違って何らかの罪を引っかけられたとしても……保釈金を多めに出せば済む話だ。
勇者時代に蓄えた莫大な金がある俺にとっては、保釈金なんてはした金でしかねぇ。
「おい! この俺をこんな薄汚ねぇところに押し込みやがって! お前らタダで済むと思ってんのか!?」
「聞かれたことにだけ答えてください」
とはいえ薄汚い留置所で過ごすなんてことは、この俺のプライドが許せない。
この国の誰よりも気高い俺が……こんなカスの掃きだめみたいな所に押し込まれるなんて……笑えねぇ冗談だ。
だが、どれだけ声を張り上げても……騎士共は俺の言葉を聞き流した。
ほんの少し前までは、ちょっと脅せば全員ビビり倒していたのに……。
なんで俺がこんな目に……。
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連行されてから3日後……信じられないことに、この俺が被告人として裁判が開かれた。
なんでも俺を恨んだカス共が被害者の会を立ち上げて裁判を起こしたとか……。
どういう被害なのかはよく知らねぇし、知る気もないがな。
『……』
傍聴席には恨みつらみのこもった目で俺を睨むバカな連中がうじゃうじゃいやがる。
それでも法廷に入り切れず、外で待機しているらしい……。
『アブーに正義の鉄槌を!!』
『地獄に堕ちろ!!』
窓からゴミ共の罵声がこれでもかと流れて来る。
つくづく下民というのは愚か者ばかりだ……。
俺には問われるような罪なんて1つもねぇって言うのに……。
いやそもそも……この俺を裁くことのできる人間なんていやしねぇ……たとえ神であろうとな。
俺が勇者へと返り咲いた暁には、見せしめに連中を一族もろとも皆殺しにしてやる。
「正義の名のもとに……真実のみを語ることをここに誓います」
そして……証言台に被害者の会とやらの会長が立った。
その顔には見覚えがある……。
たしか奴は……ナズの父親だ。
あの野郎……なんのつもりだ?
「私には妻と娘がいます……。
貧しいながらも……私達は幸せに暮らしていました。
だがそれを……そこにいるアブーがぶち壊したんです!」
はぁ?
証言台に立ったかと思ったらいきなり訳の分からんことを言い始めた。
「娘はアブーに言い寄られ……同棲するまでの関係にまでなりました。
ところがあの男は同棲してまもなく……娘に日常的に暴力をふるっていました。
時が流れていくうちに、娘の顔や体には痛々しいアザが1つまた1つ……増えていきました。
もちろん、親として……娘が傷つくのを黙って見ているわけにはいきません。
ですが……相手は勇者。
逆らえばどんな目に合わされるか……想像もできません。
それに……娘は彼を信じ切っていたようで……私達の言葉に耳を傾けようともしませんでした。
ところがある日……娘はアブーの元から逃げ出し、別の男と関係を持ってしまいました。
日頃の仕打ちから考えると、それは無理もないことかもしれません」
何が暴力だ……。
俺がナズにしたのはただの躾……。
くだらねぇ言いがかりつけんなよ。
「とはいえ……同棲中の彼を裏切って、別の男と関係を持ってしまった点については娘に非があります。
だから私と妻は……アブーに高額な慰謝料を請求されても支払う覚悟はありました。
でもこの男は……慰謝料代わりに私の妻の体を求めてきました。
一生賭けてでも慰謝料は払うと……何度も誓ったのに……。
あろうことかこの男は……娘の命を盾にして、強引に妻の体を弄びました。
私にマウントを取りたいがために……私の目の前で……妻を……」
ハハハ!!
なんか涙ぐんでやがる。
よっぽど妻を寝取られたのがショックだったのか?
あ~あ……公衆の面前で見っともねぇなぁ。
「あの時ほど……私は自分の無力さを呪ったことはありません。
しかもアブーは……その後も娘の命を盾にして、妻を私の目の前で犯し続けました。
娘にはその後も何度かアブーの本性を伝えたのですが……全く信じてくれませんでした。
そしてとうとう……!!」
バンッ!!
寝取られ野郎は悔し涙を浮かべながら証言台を怒りに任せて叩きやがった。
情緒不安定かよ……。
「妻は……身ごもってしまったんです。
アブーの……あの性根の腐った悪魔の子を……」
へぇ~……あのババァ妊娠したのか。
そりゃまあ、あれだけ俺の種をぶちまけられたら……ガキくらい孕むか。
プハハハ!! 傑作!
「思うところはいくつかありましたが……妻を守れなかった私にも責任はあります。
だから妻を責めるつもりは全くありませんでした。
ですが……妻はそうは思わなかったようです」
寝取られ野郎はポケットからクシャクシャの小さな紙を取り出す。
「”これまで私を妻として愛してくれてありがとうございました……私はこの子と共に犯してしまった罪を償います。
さようなら”……。
それが妻の遺書に書かれていた……最期の言葉です」
……。
「妻は……たった1枚の紙だけ残して……自ら首を吊りました。
私なんかよりも、ずっと苦しい思いをしていた妻が……この世を去ってしまった」
……。
「私にはわからない……どうして妻が死ななければいけなかったのか……どうして何もかも自分だけで背負ってしまったのか……。
どうしてただ一生懸命に暮らしていた私達がこんな目に合わないとけないのか……どうして私達家族をめちゃくちゃにした男が……のうのうと生きているのか……。
私には全く理解できません」
「ハハハハ!!」
俺はたまらず腹の底から爆笑しちまった。
そうか……あのババァくたばったのか!
孕んだことを悔いて?
カハハハ!! 腹いてぇ!!
たかがガキ1匹孕んだくらいで死ぬとかどんだけメンタル雑魚なんだよ!
堕ろせば済む話だってのに……頭わりぃ女だなぁ!
つーか、他の男のガキを孕んだ女のために、よくもまぁ……あんな感情的に語れるもんだな。
俺なら秒で忘れて違う女を探すけどな……まあ、貧乏なゴミにはそんな器用なマネはできねぇか!
「そんなに僕達はおかしいか? そんなに僕達は滑稽か?」
「まあ底辺の貧乏夫婦にはお似合いな末路だと思うぜ?」
寝取られ野郎のバカ話のおかげで、ツキミのことや留置所にぶち込まれたストレスやイラ立ちが少しだけ晴れた。
そこだけは感謝してやるよ!
「僕達だけじゃない……。 お前の身勝手のせいで……ここにいる何人もの人達が絶望のどん底に沈められたんだ。
みんなのこの目を見ても……お前は笑うことができるのか?」
「あぁ、笑えるねぇ……なんならチップでもはずんでやろうか?」
「そうか……そうか……。 やっぱりお前は地獄に堕ちるべきだ」
「はぁ? やれるもんならやってみろよ、カス共!」
「静粛に!」
何が地獄だ……。
地獄に堕ちるべきなのはお前らだよ、身の程知らずの馬鹿共!
※※※
それからも裁判は続いた。
どうせカス共が何をほざこうが……無駄なあがきだ。
何度も言うが……勇者は何をしようと罪に問われない。
それはこの国が決めた絶対的なルールだ。
俺は絶対に裁かれねぇんだよ!
※※※
そのはずだったのに……裁判は俺の予想を大きくはずれる方向へと進んでいった。
「以上のように……被告人アブーは勇者の称号を盾に、パートナーのいる女性達と親しい関係を築いていました。
把握しているだけでも……その数は100人は超えます。
その範囲は……上流貴族や既婚者……さらには未成年にまで及んでいます」
まず問われたのが、俺の家で監禁していた女共について……。
俺に逆らってぶっ殺してやった女や監禁生活に絶望して自殺した女についての責任は、勇者時代にしたことなので無罪放免となった。
だが監禁については、俺が勇者の称号を失った後に発覚したことなので罪に問われるらしい。
まあ発覚と言っても……監禁に関しては国のお偉方や騎士団の幹部連中も黙認していたこと……。
俺が勇者でなくなったことを良いことに、寄ってたかって俺を悪く言いやがって……。
黙認していたあいつらだって同罪のはずなのに……権力を持つそいつらが罪に問われることはない。
※※※
2つ目……俺が手を出してきた女共との関係について。
年齢や妙齢から未成年まで幅広いが……そのほとんどが既婚者。
誰よりも男として優れていると知らしめたいがために、俺は男がいる女を重点的に狙っていた。
金や勇者の立場、あるいは性のテクニックで女共を堕としていった。
中にはヤリすぎて妊娠しちまった連中もいる。
中絶させた女もいるが……中には旦那に托卵を企てた女もいる。
まあバレたところで勇者の俺を訴えようとする人間はいなかった。
だから今……俺に女を寝取られた旦那共が慰謝料を請求しに来やがった。
それが数十人やそこらならどうということもないが……それが数千人となれば話は別だ。
さすがに数千人なんて……なんかの冗談だろと思ったが、マジでそれだけの数の人間が俺に慰謝料を請求しているらしい。
そして提示された請求額の合計は……数世代は働かなくても遊んで暮らせるレベルの額だ。
それでも俺の蓄えがあればどうということはない……そう思っていたんだが……。
「なっなんだよ、これ……」
裁判の合間……面会に来た俺の担当弁護士から俺の預金に関する資料を突き付けられた。
だがそこには……想像をはるかに下回る預金額が記されていた。
今まで自分の預金なんて全く確認していなかったが……なんでこんなに低いんだよ!
「こっこんなに少ないわけがねぇだろ! ふざけんなっ!!」
「ふざけてなどいません……それがあなたが持つ全財産です。
まあ、これまで莫大な金を湯水のように使っていたわけですから……無理もありません。
いかに勇者とはいえ……金は無限に湧いてくるものではないんです」
「……」
「ちなみにあなたの家や持ち物等を売却すればかなりの額になりますが……あの莫大な慰謝料額の前では塵と消えるでしょうね……」
「そんな……馬鹿な……」
結果的に俺の今の財力では請求された慰謝料は到底払うことはできない。
「そっそれなら親に……」
「いえ、留置中のあなたはご存じないと思いますが……あなたのご両親は夜逃げしました」
「よっ夜逃げ?」
「えぇ……あなたが勇者の称号をはく奪された直後、世間からひどいバッシングを受けたようです。
電話や手紙による殺害予告……ボヤ騒ぎ……口では申し上げにくいないようの落書き……。
それらに耐えきれず、ご両親は姿をくらましてしまったんです。
今はどこにいるのやら……」
ちくしょう!!
実の息子を置いて自分達だけで逃げるなんて……我が親ながら救いようのない毒親だ!
今まで勇者であるこの俺のおかげで良い思いをしていたくせに……ふざけやがって!!
※※※
3つ目は……俺が武闘大会で犯した不正行為。
なんと俺が木剣を壊すように命じた運営スタッフと俺の木剣に鉄を仕込ませた職人が自ら不正行為を自白しやがった。
証拠として……実際に鉄を仕込んだ木剣まで提出された。
さらには……俺がこれまで武闘大会で犯してきた不正行為まで全てバラされる始末……。
そんなことをすれば自分達だってタダでは済まないことはわかっているだろうに……そこまでこの俺の名に傷をつけたいのか?
どいつもこいつも……ゴミの考えることは理解できねぇ……。
※※※
それからも俺にはいろんな罪状が掛けられていった。
殺人に関しては、1件も立証されることはなかったが……それ以外のチンケな罪がいくつも俺にのしかかってきた。
そして最終的な判決は……。
「主文……被告人アブーを執行猶予なし……懲役120年の刑と処す」
それは実質……終身刑だ。
俺はこれからの一生を刑務所で過ごさないといけない……。
そう告げられた……。
いや、仮に執行猶予がついたところで……慰謝料請求でできた莫大な借金が待っているだけ……。
もちろん騎士団は除隊処分……親のコネを使えない以上、もう武闘大会に参加することはできないだろう。
そもそも騎士でなくなってしまった俺には、チャンスどころか資格もないが……。
結局、どう転んでも……俺の人生は詰んでしまっている。
これまで俺のそばにいた人間達は、全員手の平を返して俺に牙を向いている。
俺の人生……ここで終わりなのか?
勇者でなくなった俺に……味方も居場所もないってのか?
嫌だ……。
嫌だ嫌だ嫌だ!!
俺は勇者……神に等しい存在だったんだぞ!?
誰もが俺に平伏し……敬ってきた。
金も女も名誉も……男が欲する全てを持っていたんだ。
その俺が……ほんのわずかな間に……こんなくだらねぇことで……認めねぇ!
認める訳にはいかねぇ!!
認めてたまるか!!
俺は刑務所なんて入らねぇし……借金地獄もごめんだ!!
だったら道は1つしかない……。
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俺は刑務所にぶち込まれたその日のうちに脱獄してやった。
騎士団のトップである勇者だった俺だ……刑務所には何度も足を運んでいるし、抜け穴くらい把握している。
そして俺はこの国を出る……。
そしてもう1度やり直す!!
表の舞台に出られない身分となってしまった以上……俺には裏の世界しか生きていく場所はない。
なぁに……俺は勇者だった男だ……。
俺のこの才能があれば……どこへ行っても頂点に立てる。
「俺は絶対に……こんなところで終われねぇ!!」
だが……俺はまもなく後悔することになる。
この脱獄が……さらなる地獄の始まりだったことを……。
次話はカルミア視点です。
アブーの結末はまた後で書きます。