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アブー④

アブー視点です。

勢いに任せすぎて、長くなりました。


 それからしばらく経ち……例年通り武闘大会が開かれた。

まあどんな奴が相手だろうと、最強の勇者であるこの俺様に敵う人間なんぞいない。

俺は永遠に勇者としてこの国に君臨し続ける。

だが今回の大会にはツキミというイレギュラーが混じっている。

まああんな負け犬なんぞにこの大会を勝ち進むことはできない。

どうせ1回戦で無様に敗北するだけ……そう思っていたんだが……。


『勝者……ツキミ!!』


『うおぉぉぉ!!』


「どっどういうことだ?……」


 だがどういう訳か……奴は敗北するどころか決勝戦まで制し、勇者への挑戦権まで得やがった。

しかもツキミはかすり傷1つ負わず、全ての相手を一撃で沈めている……。

試合時間もかなり短い……。

かつて俺が血を吐く思いをして勝ち取った挑戦権を……奴は難なく掴みやがった。

スピード……パワー……テクニック……。

全てのステータスにおいてかなり高レベルに思えてならない。

いや……そんなはずはねぇ!

どうせ対戦相手共が雑魚過ぎただけだ……あんな負け犬に俺様が負けるはずがない!!


「だが念には念をだな……」


 ツキミごとき……俺の相手じゃないのは言うまでもない。

だが負け犬ごときと正々堂々と戦うなんてバカらしくてやってられねぇ……。


-------------------------------------


「おいお前……控室にある木剣と予備用に置いている木剣をぶっ壊せ」


 俺は息のかかった運営スタッフに木剣の破壊を命じた。

武器がなければあいつには何もできない……どうせ棄権して終わりだ。

試合でぶっ殺してやろうと思ったが……あんなゴミ、相手にするまでもない。

別にビビっている訳じゃねぇ!!

これは俺なりの恩情だ……。


-------------------------------------


「いっいくらなんでもそんな小さな棒で勇者に挑まれるのは……」


「仕方ねぇだろ? これしか使えそうなのがなかったんだから……」


 ところが思いもよらないことが起きた……。

ツキミが木剣の欠片……小さな棒切れで俺に挑むとリングに上がってきやがった。

無論、審判が奴に思い留まらせようとするが……奴は聞く耳を持たない。

何を血迷ってやがる?

あんなガラクタで勇者の俺を倒す?……マジで言ってんのか?

ナズを寝取られたショックで、頭がイカれやがったのか?


「ハハハ!! 負け犬が随分吠えてくれるじゃねぇかよ!」


 だがよく考えたら……これは奴をぶち殺せる絶好のチャンスだ。

雑魚過ぎる負け犬が棒切れで俺に挑む……それは自殺行為に等しい。

そんなに死にたいなら、望み通りにさせてやるのも慈悲ってもんだよなぁ?


「そんなに俺と試合したいなら別にかまわねぇぜ?

そんな棒切れでこの俺を本気で負かせると思っているならな……」


「ご高名な勇者様からお許しを頂いたぜ? これで文句ねぇな?」


「わっわかりました……」


 ククク……バカな野郎だぜ。

せっかくの恩情を無視したあげく、自分からわざわざ地獄に落ちようってんだかさ……笑いが止まらねぇぜ。

せいぜい、無様にのたうち回る姿を観客達に楽しんでもらうんだな。

そう心の中でほくそ笑んでいると……。


「そうそう……。

何かあるたびに勇者である俺ってよく言うけど……お前には勇者の肩書き以外に何も誇れるものはないのか?」


 奴はあろうことか……この俺を煽りやがった……。

これほどの観衆がいる中で……勇者のこの俺を……。


「だっ黙れっ! 黙れ!! 無様な負け犬の分際で!!」


「黙らせたいなら力づくで黙らせてみろよ……。

それとも勇者の肩書きをチラつかせなきゃ、負け犬1匹黙らせられないのか?」


 明らかにそれは俺への挑発であり、挑戦だった。

俺はこの瞬間、完全にブチギレた……。

奴の無様なパフォーマンスを観客共に見せて、殺してやろうかと思ったが……やめだ。

秒でぶっ殺してやる!!


「試合開始!!」


「死ねやゴミがぁぁぁ!!」


 俺は試合が始まるのと同時にその場から駆け出し、真っすぐに奴の頭を狙った。

普通の木剣では人の頭を打ってもせいぜい気絶程度で済む……。

だが、俺の木剣には鉄が仕込んである……こいつで俺が頭を思い切り叩けばどんな人間でも頭蓋骨が砕けるはずだ。

実際……前回の大会でもこいつで対戦相手の腕や足をブチ折ってやった。

しかも一撃でだ……。

くくく……てめぇもこれで体中の骨を砕いてやるよ!


 カンッ!!


「何っ!?」


 あり得ないことが起きた……。

俺の渾身の一撃を……奴が涼しい顔で受け止めやがった!!!

しかもあんな棒切れで……。

いや、そんな馬鹿なことが……あるわけがない!!

偶然に決まってる!!


「このっ! クソッ! でらっ!」


 俺はすかさず頭部への攻撃を繰り返した。

とにかく奴の頭に当たりさえすれば終わりなんだ……。

そう思って木剣を振り回すも……ツキミは棒切れで正確に受けやがる。

俺はこれまで多くの人間と剣を交えてきた……。

俺の剛力を用いれば……剣を用いろうが素手であろうがいかなる相手もねじ伏せてきた。

もちろん力だけでなく、目にも止まらないこの俊敏な動きについて来れる人間もこれまで1人もいなかった。


 ボカッ!! ゴキッ!!


 それなのに……そのはずなのに……俺の攻撃は一切奴に届かない……にも関わらず、隙を見て放つ奴の反撃は正確に俺の急所に全て当たる。

しかも1発1発が、あり得ねぇほど重い!

気をしっかりと持たないと……アッという間に意識を失ってしまいそうだ……。

いったいこの負け犬のどこにこんな力が……そもそもこいつは剣術が苦手って話じゃなかったのかよ!!

全身全霊を賭けた攻防が長引き……俺はすでに汗だくで思考もブレ始めている。

引き換え奴は汗一つかかず、涼しい顔でいやがる。

どうせ強がりに決まってるがな!


「ものは試しか……」


「ぶぼっ!」


 ボソと訳のわからんことを漏らしたかと思ったら……奴は突然俺の顔を踏み台代わりにして背後を取りやがった!!

こっこの俺の……勇者の完璧な顔を……この世の女共を夢中にさせたこの美しい顔を……汚ねぇ足で……ゆっ許さん!!

絶対に許さねぇぇぇ!!


「てめぇぇぇ!!」


 スッ!!


「ごっ!」


 訳がわからなかった……。

振り向いた瞬間……額に一瞬、鈍い痛みが走ったかと思うと……突然世界が暗転した……。



-------------------------------------


「はっ!!」


 目が覚めると……どういう訳か俺はコロシアムの医務室のベッドの上にいた。

頭や体には手当てをされた跡がある……。


「どうなってるんだ?

俺は……試合をしていたはず……」


「気が付かれましたか……」


 上半身を起こした直後、どこからか審判が俺の元へ歩み寄ってきた。


「審判……なぜ俺がここに?

そもそも試合はどうなったんだ?」


「その……非常に申し上げにくいのですが……あなた様はツキミ様の投げた木剣で意識を失い、戦闘続行不能と見なし、試合はツキミ様の勝利となりました」


「なっ!? なんだと!?」


 俺が……負けた?

バカな……そんなことあるはずがねぇ!!

俺は勇者だぞ?

勇者のこの俺が、あんな負け犬に敗北するなんて……あるはずがねぇ!!


「ふざけるなっ!!」


 俺は怒りに任せて審判の胸倉を掴んだ。


「俺は負けてねぇ!! ちょっと意識を失ってたくらいで負けとか……テメェはまともなジャッジもできねぇのか!? あぁ!!」


「いっいえしかし……ルール上、意識を失った者は敗北となります……」


「それは雑魚騎士共に対するルールだろうが!! 俺は勇者だぞ!?」


「ゆっ勇者とて例外ではありません……現にアブー様も武闘大会で前勇者の意識を奪って勝利を収めていたでは……うぐっ!!」


「審判ごときが勇者に歯向かうんじゃねぇ!! この場でブチ殺すぞ!!」


「あぐぁ……」


 俺は生意気な審判の首に手を掛け、息の根を止めようと力を入れた……が。


「やめろっ!」


 再びどこからともなく運営スタッフ共が現れ……審判の首に掛けているこの俺の手を強引にはがしやがた!


「げほっ! げほっ!!」


 審判は倒れ、床に突っ伏してむせ返り……俺はベッドの上で運営スタッフ共に取り押さえられた。


「てってめぇら、何のつもりだ!? 離しやがれ!!」


 俺からすれば運営スタッフなんぞ雑魚でしかないものの……さすがに10人で取り押さえられちまったら、逃れるのはちょいと厳しい。


「その汚ねぇ手をどけろ! お前ら勇者であるこの俺にこんな無礼を働いて……」


「あんたはもう勇者じゃない!!」


 スタッフの1人が俺の言葉を遮った。


「あんたは武闘大会で負けたんだ!!

もう勇者でも何でもない!!

これまでのように……あんたに従う義理はもうない!!」


「なっ何だと!?」


「今のあんたはただの救いようのないクズだ!!

あんたに反抗したって、誰も咎めたりしない!!

誰もあんたに味方したりしないんだ!!」


 こっこいつら……。

たかが運営の分際でこの俺様に……。


「ふざけたこと言うな!! この俺様が勇者だ!

俺以外の勇者なんて認め……」


「みっ見苦しいですよ!?」


 さっき首を絞めた審判が喉を抑えながら俺の言葉を遮った。

ブルブルとビビリきっているものの……その目はこの俺をはっきりと非難している。


「あぁ?」


「あなたはもう勇者じゃない……ただの無様な負け犬です」


「なんだとっ!?」


「だってそうでしょう? あなたはただ負けた訳じゃない。

2つもの不正を犯した上で、敗北したんです!

完璧に有利な立ち位置にいておきながら……あんな棒切れ1本で負けたんですよ?

そんな無様を公衆の面前に晒しておいて……どの口が勇者などと言えるのですか!?」


「だっ黙れ黙れ!! 俺は負けてねぇ!」


「なによりも……自らの敗北を認めようとしないその往生際の悪さがあまりにもみじめです……。

これまで長く、このコロシアムで審判を任せていましたが……あなたほど情けない勇者は見たことがありません」


「きっ貴様ぁ……」


「首を絞めた件はなかったことにします。

我々はあなたのような人間に時間を割くほど暇ではありませんので……。

ですが、2度目は問答無用で通報させていただきます」


 審判のアイコンタクトで俺を取り押さえていたスタッフの連中は俺から離れた……。

すぐにでも全員ブチ殺してやりてぇが……得物がねぇ今、多勢に無勢はきつい。

それに……俺にはこいつら以上に、ブチ殺したい野郎がいる。


-------------------------------------


「見つけたぞぉ!!」


 コロシアムをしらみつぶしに探すこと数十分……俺は勇者専用の控室で寝そべっているツキミを見つけた。


「てめぇ……ここは勇者専用の控室だぞ!? 誰の許可を得てここにいる!?」


「許可は取ってないが……一応俺が勇者ってことだし、別にいいかなって……」


「はぁ!? テメェが勇者ぁ!? 寝ぼけたこと言ってんじゃねぇよ、負け犬風情が!!

勇者はこの俺だ!!」


 奴はふてぶてしく、自らを勇者だと名乗りやがった……。

あんな試合で勝ったくらいで調子に乗りやがって!!


「あんな試合……俺は認めねぇぞ!!

だいたい武器を投げるなんてルール違反だろうが!! 

そうまでしてこの俺に勝ちたいのか!? あぁ!?」


 そうだ!

元は木剣だったとはいえ、あの棒切れは剣じゃねぇ!!

しかも武器を投げるとか完璧にルール違反!!

勝つためにあんな卑劣な反則行為に手を染めるとは……そこまでしてナズを取られた腹いせがしたいってのか?

女々しいにもほどがあるだろう?


「いえ、ルール違反ではありません。

念のため、大会運営に問い合わせましたが……武器を投げつける行為に問題はないそうです」


 ツキミに詰め寄ろうとする俺の前に、カルミアが立ち塞がりやがった。


「お疑いになるのでしたら、どうぞご自分で運営に問い合わせてみてはいかがでしょうか?」


 その自信に満ち溢れた言葉に、俺は一瞬……言葉を詰まらせてしまった。

いや、ダメだ!!

あんなゴミクズに舐められたままなんて……納得できねぇ!!


「うっうるせぇ!! だいたい試合で使用していいのは木剣だけだろうが!!

あんな棒切れを使うなんて完璧にルール違反……」


「棒切れを使って良いって許可したのはお前だろう?」


「うぐっ!」


 こっこの野郎……。

確かに俺は棒切れの使用を許可した……。

絶対に勝つ自信があったからだ……。

だが、結果はこのザマ……。

まさかこれは……俺の自業自得?

俺が奴を侮ったから……負けたのか?

ちっ違う!!

それを認めてしまったら……俺が奴よりもはるかに弱いってことになる!!

そんなバカげた話があるわけがねぇ!!


「今すぐもう1度戦え! 卑怯者!!

今度こそテメェをぶっ殺してやる!!」


「嫌なこった……メンドくせぇ……」


「卑怯なマネして勝ち逃げ決め込んでんじゃねぇよ、この外道!!

そうまでして勇者の称号がほしいのかよ!

マジで救えねぇな!!」


 ナズを奪ったあの夜……俺は奴を素手で殺す直前まで追い込んでやった!

そんなクソ雑魚野郎が、ここ何年かちょっと鍛えたくらいで俺を追い越せる訳がねぇ!!

そうだ……きっと、何か違法なドーピングでもやったに違いねぇ!!

でなきゃ、俺がこんな雑魚に負けるわけがねぇ!!


「見苦しいですよ?

あなたも騎士の端くれなら……大人しく負けを認めなさい」


「ちっちくしょう……ちくしょうぉぉぉ!!」


 カルミアのその言葉をきっかけに……俺の体は怒りに支配された。


「死ねやぁぁぁ!!」


 気が付くと俺はカルミアと突き飛ばし、壁に掛けられていたナイフを手に取ってツキミに刃先を向けて走っていた。

もうツキミの野郎をブチ殺すことしか頭にない。

油断しきっている今なら、虚を突いたこの強襲を回避することはできないはず!

試合なんて知ったことか!!

俺はこの卑怯者を殺す!

殺すんだぁぁぁ!!


 ガシッ!


 一瞬何が起きたのかわからかった……。

絶対に殺せると思って強襲を仕掛けたのに……気が付いたらツキミに腕を取られていた。

こっこいつ……さっきまでベッドの上で完全にくつろいでいたはず……。

一体何をしやがったんだ?

マジで何をしたのかさっぱりわからない。


「”次はねぇぞ?”」


 怒気が含まれたその忠告に……俺は全身から冷や汗が噴き出した。

まるで蛇に睨まれた蛙みたいな気分だ……。


「ひぃぃぃ!!」


 俺は一目散に控室から飛び出した……。

俺は何をやっている?

なんで負け犬にちょっと脅されたくらいで、こんなに慌てて逃げているんだ?

俺は一体……どうしちまったんだ?

だが……俺は知らなかった。

俺にとって本当の地獄は……本当の恐怖は……これから始まるということを……。

次話もアブー視点です。

もう十分役割を果たしたので、そろそろ地獄に堕ちてもらいます。

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