ツキミ⑦
ツキミ視点です。
武闘大会はこの1話でなんとか終わらせました。
ざわざわ……。
それから20分後……。
リングに上がると……観客席がやけにざわついた……。
まあ、こんな棒切れを持って勇者の前に立ちふさがっているんだから……当然と言えば当然だな……。
カルミアの奴も目を丸くして驚いている……。
「あの……騎士ツキミ。 本気で試合に臨まれるのですか?」
俺を視界に捉えるや否や、審判が俺に駆け寄ってきた。
「まあな……」
「いっいくらなんでもそんな小さな棒で勇者に挑まれるのは……」
「仕方ねぇだろ? これしか使えそうなのがなかったんだから……」
「ですが……」
「そもそもお前ら運営がきちんと剣を管理しておけばよかった話だろ?」
「そっそれは……」
責任について少しつついてやると、審判は続ける言葉が見つからないくなり……口ごもってしまった。
特段責めるつもりはなかったんだけどな……。
「ハハハ!! 負け犬が随分吠えてくれるじゃねぇかよ!」
馬鹿笑いしながら俺に近寄ってくるアブー……。
すでに勝利したと言わんばかりにニヤニヤと薄気味悪い笑みを浮かべてやがる。
「そんなに俺と試合したいなら別にかまわねぇぜ?
そんな棒切れでこの俺を本気で負かせると思っているならな……」
「ご高名な勇者様からお許しを頂いたぜ? これで文句ねぇな?」
「わっわかりました……」
さすがに勇者の言葉だけあって……渋い顔をしていた審判はあっさりと審判位置についた。
単に権力にしっぽを振っているだけか……それともアブーとなんか繋がりがあるのか……。
まあ今考えても仕方ない……。
※※※
「ではこれより……勇者アブーと巫女の騎士ツキミの試合を始める!」
そんなこんなで、どうにか試合にこじつけることはできた……。
とはいえ……俺の武器が棒切れであることに変わりはない。
引き換えアブーの木剣はえらく頑丈そうで、明らかに俺が今まで使っていた木剣とは作りが異なっていた。
まあ勇者の特権だろうがな……。
「くくく……お前、マジでそんなゴミで俺と闘るつもりか?」
「これしかねぇんだから仕方ねぇ……」
「お前さぁ……ナズを奪い返そうとして俺に殺されかけたこと忘れたのか?
丸腰どころかナズとヤリまくって疲れ切ったこの俺になぁ……。
あの時のお前の無様なツラ……今でも目に焼き付いてるぜ?」
「またその話か……」
「そんなお前が剣を持ったこの俺に勝てると思ってんのか?
ましてそんな棒切れで……」
「くどいな……」
「あぁ? 今、なんつった?」
「そりゃあ俺にとっては忌まわしい記憶ではあるがな……。
こう何度も同じ話を繰り返されたら、くどいとしか思えねぇよ。
女に種をバラまきすぎて、脳が退化しちまったのか?」
「てってめぇ……勇者であるこの俺に……」
「そうそう……。
何かあるたびに勇者である俺ってよく言うけど……お前には勇者の肩書き以外に何も誇れるものはないのか?」
「だっ黙れっ! 黙れ!! 無様な負け犬の分際で!!」
「黙らせたいなら力づくで黙らせてみろよ……。
それとも勇者の肩書きをチラつかせなきゃ、負け犬1匹黙らせられないのか?」
「てってめぇ……上等じゃねぇか!! そんなに死にたいなら望み通りぶっ殺してやるよ!!」
俺の適当な煽りがよほど気に障ったのか……ブチギレたアブーが威嚇するかのように剣を乱暴に振り回し始めた。
前々から思っていたが……こいつ沸点が低すぎるだろ……。
「試合開始!!」
なんて考えていると……審判が試合開始の合図を出しやがった!
「死ねやゴミがぁぁぁ!!」
試合が始まった瞬間……アブーは鬼のような形相でこっちに走ってきやがった。
だがはっきり言って遅い……。
これなら訓練をバックレるたびに俺を追いかけて来るひげの方がまだ速いくらいだ……。
「だぁぁぁ!!」
喉がつぶれるんじゃないかと心配になるほどの大声を張り上げながらアブーは木剣を勢いよく振り下ろしてきた。
カンッ!!
「何っ!?」
俺は棒切れでアブーの木剣を難なく受け止めた。
かつては俺を素手で半殺しにしやがったこいつの馬鹿力だったが……いつの間にかこいつの全力の一撃を片手で防げるくらいになっていた。
これもひげの訓練のたまものってやつなのか……。
だが木でできた剣にしては妙に重さを感じるな……。
アブーの奴……さては木剣の中に鉄か何かを仕込んでやがるな?
「このっ! クソッ! でらっ!」
アブーは持ち前の馬鹿力で木剣を振り回し……ただひらすら俺の頭や顔を狙う。
まあ頭を狙うのが1番効率的なんだろうけど……太刀筋が至極わかりやすいので全て棒切れで受け流し続けた。
剣術が苦手な俺ですら見切れるくらいにだ……。
だが受け流すだけでさすがにこんな短い棒切れじゃ攻撃に転じることはできない……。
ボカッ!! ゴキッ!!
だから奴の隙をついて殴る蹴るなどのシンプルな手段でノックアウトを狙ってみたものの……無駄にタフでなかなか倒れない。
やっぱ素直に得物で頭をドツいた方が良さそうだな……。
でもこんな棒切れじゃとても……。
「……あっ!」
どう反撃しようかと考えていると……ふと頭の中に休日の光景が思い浮かんだ。
俺は普段……休日は家から1歩も出ずに食って寝てを繰り返しているが、たまに暇を持て余して”ダーツで時間を潰している。
自分で言うのもなんだが……腕はまあまあだ……。
たまに日頃の訓練の恨みを込めてひげのケツにぶっ刺すこともある。
「ものは試しか……」
「ぶぼっ!」
俺はアブーの顔面を足蹴にして奴の背後にすばやく回り込み……少し距離を取って棒切れをダーツの要領で構えた。
「てめぇぇぇ!!」
スッ!!
「ごっ!」
アブーが振り向いた瞬間、俺は奴の頭に目掛けて棒切れを投げてやった……。
結果、棒切れはアブーの額に命中し……奴は糸が切れた人形のようにその場で倒れやがった。
「……勇者アブー?」
審判が倒れたアブーの容態を確認しに駆け寄るものの……アブーは審判の呼びかけに全く答えない。。
どうやら今ので軽い脳震とうを起こしたっぽいな。
「おい審判……これどうする?」
「どっどうするも何も……完全に意識を失っているようなので……戦闘続行不能と見なし……あなたの勝利になりますね」
「そうなるのか……」
「ごっごほん!……しょっ勝者……ツキミぃぃぃ!!」
『うぉぉぉぉ!!』
観客席からこれまでで1番の歓声が響き渡った……。
勝者としては心地よい勲章なんだろうが……俺からすればただの騒音だなこれ……。
まあ何はともあれ……俺はアブーを倒して、俺は新たな勇者となった。
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「ふわぁぁぁ……」
無事に試合が終わり……俺は勇者専用の控室で盛大にゴロゴロしていた。
まだ正当に勇者になった訳じゃないが……これくらいは大目に見てくれたっていいだろ?
「ねみぃ……」
さすがに勇者専用ということもあって……高級ホテル並みの設備だ……。
ベッドもフカフカで横たわった瞬間……一気に眠気が襲ってきた。
疲れ切った体にこれは猛毒だ……。
俺はこの睡魔に逆らうことなどできず……一瞬で落ちた。
「ツキミ! 起きてください!」
のだが……聞きなれたやかましい声が再び俺を現実に引き戻す……。
案の定……目の前にはカルミアの顔があった。
「なんだよ……人が気分よく寝ている時に無理やり起こすとか鬼か、お前は……」
「何を言っているんですか? リングの整備が終わったら、そのまま表彰式が控えているんですよ? 寝ている場合じゃありません」
「なんだよメンドくせぇな……。 お前が代わりに表彰台に立っておいてくれ」
「バカを言ってないで起きて下さい!」
「いててぇ!! わかったから耳を引っ張るな!!」
鬼に起こされ、渋々上半身を起こして、ベッドから降りようとしたその時……。
「見つけたぞぉ!!」
雄たけびのような声を上げながら控室のドアを蹴破ったのは……アブーだった。
充血した目や血管の浮き出た顔……少なくとも俺を称賛しに来た訳じゃなさそうだな……。
「てめぇ……ここは勇者専用の控室だぞ!? 誰の許可を得てここにいる!?」
「許可は取ってないが……一応俺が勇者ってことだし、別にいいかなって……」
「はぁ!? テメェが勇者ぁ!? 寝ぼけたこと言ってんじゃねぇよ、負け犬風情が!!
勇者はこの俺だ!!」
脳震とうで倒れた割に元気だな、こいつ。
あと、額に浮かぶ真っ赤なアザがなんとも痛々しい……。
まあやったのは俺だがな……。
「武闘大会で決まったんじゃなかったか?」
「あんな試合……俺は認めねぇぞ!!
だいたい武器を投げるなんてルール違反だろうが!!
そうまでしてこの俺に勝ちたいのか!? あぁ!?」
「ルール違反?」
ルール違反って……大会ルールにそんなもんあったか?
「いえ、ルール違反ではありません。
念のため、大会運営に問い合わせましたが……武器を投げつける行為に問題はないそうです」
俺とアブーの間に割って入ったカルミアがそう答えた。
「そっそんな……」
「お疑いになるのでしたら、どうぞご自分で運営に問い合わせてみてはいかがでしょうか?」
俺の肩を持ってくれているとわかっているが……すげぇ嫌味な口調だぜ……。
「うっうるせぇ!! だいたい試合で使用していいのは木剣だけだろうが!!
あんな棒切れを使うなんて完璧にルール違反……」
「棒切れを使って良いって許可したのはお前だろう?」
「うぐっ!」
さすがに自分自身が吐いた言葉に、逆切れまがいの反論はできないだろうな……。
「うっうるせぇ! 俺がルール違反と言ったらルール違反だ!!
勇者の俺に逆らうんじゃねぇよ!! 負け犬風情が!!」
反論できないことを悟って、とうとう暴論をかましやがった……。
もうこいつには何を言っても無駄だな……。
「今すぐもう1度戦え! 卑怯者!!
今度こそテメェをぶっ殺してやる!!」
「嫌なこった……メンドくせぇ……」
「卑怯なマネして勝ち逃げ決め込んでんじゃねぇよ、この外道!!
そうまでして勇者の称号がほしいのかよ!
マジで救えねぇな!!」
「木剣に鉄を仕込む野郎に非難されたくねぇよ」
「はぁ? 鉄? 何を言って……」
「ごまかしても無駄です……。
木剣を作った職人が全て話してくれました。
あなたの命令で大会に使用する木剣を壊した運営委員の方も、先ほど運営に自首してきました」
「なっ!!」
言っておくが……俺はアブーに関して何も言ってない。
試合終了後にすぐここへ来て寝ていたからな……。
だからカルミアの話は俺も初耳だ。
黙っていればバレないようなものを……良心の呵責に苛まれたってことか?
それともアブーの野郎に一糸報いたかったのか?
まあどっちでもいいがな……。
「はっきり申し上げます。
ツキミは堂々とあなたに勝利して、勇者の座を勝ち取っただけです。
ルールを無視して卑怯な手段で勝ちを得ようとした外道は……あなたです!」
「くっ! 貴様……勇者に向かって……」
「あなたはもう勇者ではありません……。
試合が終わった瞬間……ツキミが新たな勇者となったんです!」
「そっそんな馬鹿なこと……」
「見苦しいですよ?
あなたも騎士の端くれなら……大人しく負けを認めなさい」
「ちっちくしょう……ちくしょうぉぉぉ!!」
「うっ!」
とうとうヤケを起こしたアブーがカルミアを突き飛ばし、壁に掛けられていたナイフの装飾品を手に取って俺に襲い掛かってきた。
まああいつの性格からして……こうなるだろうなとは薄々思ってはいた……。
「死ねやぁぁぁ!!」
ガシッ!!
奇襲とはいえ、トロいアブーに後れを取ることはない。
俺はナイフを持った奴の腕を掴み、軽くひねってナイフを落とさせた。
「ぐぎぃぃぃ!!」
腕をひねったまま、俺は怒気を含ませながらアブーの耳元でささやいた。
「”次はねぇぞ?”」
「ひぃぃぃ!!」
一言釘を刺した後、俺はさっさと手を放してやった。
もう1回マジで襲い掛かろうとすれば忠告通り、アブーを死ぬ寸前まで追い込む気でいた。
まあそれはアブーがさっさと消え失せたおかげで杞憂に済んだ。
「おい……いつまで腰抜かしているんだ?」
アブーが去った後、俺は突き飛ばされてしりもちをついていたカルミアに手を差し出してやった。
「えぇ……ありがとうございます」
まあケガもないようで、カルミアは俺の手を掴んで難なく立ち上がった。
「奴に突き飛ばされた腹いせをしたいなら好きにしていいぞ?」
「いえ……そんなことのために権力を用いれば彼と同じです……」
どこまでも固い奴……。
「それと約束通り、俺は試合で勝ってやったんだ……。
あの話を聞かせてもらうぜ?」
「わかっています……表彰式が終わってから、お話ししますから……」
さてと……どんな理由があるのやら……。
次話はアブー視点です。
勇者の肩書きを失って、一気に落ちぶれていきます。