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トレーシング・ユア・ワールド  作者: あやめ康太朗
第4章 理不尽と責任

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    『扉の番人』④

「なるほどな」

 一通りの説明を聞いた後、朔也はそう言った。


 柚たちが思い浮かべた人物。それは、『生命の司者』の一人であり、数日前に柚の魔力の調整をしてくれた、蒼柳朔也だった。


「だから、魔力を上手く使えるようにしてほしい、と」

「はい。お力を貸していただけないでしょうか」

 緊張した面持ちで朔也を見る桜草樹に、朔也は軽く「分かった」と答えた。


「さっそく始めるか」

 了承した直後だというのに、朔也は特に迷うこともなく言った。『さっそく』がさっそく過ぎて、桜草樹も戸惑った様子で「よろしくお願いします」と言った。


 朔也は、桜草樹の正面に立つと、両手を前に出した。

「握って」

「は、はい……」

 さすがに初対面の男の人の手を握るのには躊躇いがあったのか、桜草樹は硬い表情で、そっと朔也の手に触れた。


 桜草樹は、朔也の右手を左手で、左手を右手で、ゆっくりとした動作で握った。それを待ってから、朔也も桜草樹の手を握る。二人の腕が輪のようになった。


「今から少しずつ、俺の魔力を流す。まずは、身体の中を魔力が流れる感覚を掴んでほしい」

「はい」

 背の高い朔也を見上げて、桜草樹は頷いた。朔也も軽く頷くと、「目を閉じて」と言った。


 桜草樹が目を閉じたのを確認して、朔也も目を閉じる。その後すぐに、二人の手のひらの間から、優しい緑色の光が覗いた。同時に、二人の周りの空気が微かに動いたのを感じた。


「魔力が流れているのが分かるか」

「はい。熱い何かが流れているのを感じます」

「じゃあ、少しずつ、自分でも流れを作るような意識で、その流れに集中してほしい」

「はい」


 集中しているのか、桜草樹のまぶたが、さらに強く閉じられる。その様子を、柚と蓮人は少し離れたところで見守った。


 しばらくそのままの状態が続いた後、朔也が「よし」とつぶやいた。


「掴めてきたと思うから、今度はその流れを、俺の方に流してみてくれ。流れを、手のひらに集める感じで」

「はい」


 桜草樹の眉間にしわが寄る。少し間をおいて、二人の手の中に、今度は薄い黄色の光が現れた。二つの色の光が、淡く、混ざりあっていく。


 一分ほどそれを続けてから、朔也は閉じていた目を開けた。その瞳が、緑色にきらりと光る。


「いい感じだ。一旦終わろう。今度は流れを身体の中心に集める感じにしてくれ。箱の中にしまうようなイメージをすると良い」


 桜草樹は頷いた。数秒おいて、黄色の光が薄くなって消えた。それを見送って、緑の光も空気に溶けるように消える。


「目を開けていいぞ」

 朔也が呼びかけると、桜草樹はゆっくりと目を開けた。まぶしかったのか、目を開けた後も、しばらく瞬きを繰り返していた。


「それじゃあ最後に、実際にそれに魔力を注いでみろ」

 桜草樹が落ち着いたのを見て、朔也は箱を指し示した。

「さっきと同じようにやればいい」


 桜草樹は、不安そうな顔をしていたが、すぐに表情を引き締めた。唇を結んで、睨むように箱を見つめた後、手を伸ばして、箱のふたを開けた。そこには、白く濁った水晶玉のようなものが静かに置かれていた。


 胸に手を当てて、大きく一度深呼吸をすると、桜草樹は両手をその玉にかざして固く目を閉じた。


 ぼんやりとした光が、桜草樹の手のひらの前に浮かび上がる。その光は、細かい砂のようになって、玉の上に降り注いだ。その光は、雨上がりに地面で反射する太陽の光のようで、その綺麗さに柚は思わず見惚れてしまった。


「もういい、十分だ」

 少しして、朔也はそう言った。桜草樹は頷くと、魔力を注ぐのをやめ、そっと目を開いた。そして、目の前の玉の様子を見て、焦った表情を浮かべた。


「あの、まだ濁ったままですが……」

 桜草樹は朔也を振り返って言った。彼女の言う通り、玉は先ほどよりも透明度は増していたけれど、まだ濁りは残ったままだった。


 戸惑っている桜草樹を見つめて、朔也はすげなく告げた。

「今日はこれで終わりだ」

「でも、これではまだ足りません。早く透明に戻さないと」

「今日は一旦終わりだ」

「でも」

「今、かなり気分が悪いんじゃないか」

 桜草樹はそこで、言葉を詰まらせた。自分を見下ろす朔也の冷静な目を、強気に見つめ返す。


「……いえ、平気です」

「嘘を吐くな」

 朔也は叱るようにきっぱりと言った。

「それに、平気だとしても、初めてちゃんと魔力を使ったんだから身体への負担は大きい。これ以上やるのは危険だ」

「でも、早くしないと……」


 悔しそうな顔で、拳をぎゅっと握る桜草樹に、朔也は「焦る必要はない」と告げた。


「少しでも魔力を足すことはできたから、改善はしているだろう。それに、焦って適切に魔力が注げず悪化する方がもっと良くない」

「……はい」

 桜草樹は素直に返事をした。しかし彼女の目は、濁ったままの玉を悔しそうに見つめていた。


「魔力に慣れて完全に使いこなせるようになるまでは、今日やったのと同じことをした方がいいだろうな。魔力の流れの確認は毎日続けて、感覚が充分掴めたら頻度を減らしていこうと思うが、それでいいか」


 朔也の提案に、桜草樹は力強く頷いた。


「普通の魔法使いや『司者』たちが、幼い頃から時間をかけて掴んでいく感覚を、短い期間で習得する必要があるから、身体への負荷は大きいかもしれない。大丈夫か」


「はい、平気です。それを、祖母も、その前の『扉の番人』もやってきたのですから」

 そう答える桜草樹からは、一切の迷いも不安も感じ取れなかった。

 そんな桜草樹の様子を見て、朔也は少し微笑んだ。


「安心しろ。初日でここまで感覚を掴めるのは優秀だ。多分、魔力制御はあの二人よりも上手くなると思うぞ」


 唐突に、朔也は柚たちを指さした。柚と蓮人は顔を見合わせると、力の抜けた顔で「そーだねー」と笑った。


「でも、毎日続けるってなると、場所はどうするの? 朔也、大学遠いし」

 桜草樹を椅子に座らせながら、蓮人が尋ねた。そのことについてはもう考えてあったのだろう。朔也は特に悩むこともなく答えた。


「会うのはあの寮でいいだろう。一番集まりやすいし、安全だからな。個人の部屋があったから、そこでやれば問題ない。もう俺の下宿先から繋がる『道』も作ってもらったし」


「え、作ってもらったの?」

 驚いた柚と蓮人の声が、きれいに重なる。

「いつの間に?」


「柚の『道』を使ってお前たち二人が帰った後、凪沙に言われたんだ。これからも俺が必要となる場面があるかもしれないから、『道』を作ってもらった方がいいんじゃないかって。だからあのメイドの子に頼んで作ってもらった」


「おお……」

 行動が速い。さすがすぎる。


「じゃあ、今日ここまで呼んだらすぐ来たのも、事前に作っておいた自分の『道』を使って、ってこと?」

 蓮人が尋ねると、朔也は「ああ」と頷いた。


「ただ、柚の『道』を通るために設定を変えてもらったから、少し時間がかかった」

「ええ……」

 時間は全然かかっていない。早すぎて驚いたくらいだ。


「柚の『道』を使うってだけ聞いてたから、偶然会社の近くにいて、すぐに来てくれたんだと思ってたのに」

「そんなに驚くな。全部凪沙が動いた結果だ」


「入月さん、ですか?」

 椅子に座って若干ぐったりした様子の桜草樹が尋ねた。朔也は頷く。

「ああ。今回の俺の動きは、全部あいつの指示だ」

「入月さんが……」

 つぶやいて、桜草樹は少し目を伏せた。それを見て、柚はまずいのではないかと思った。


 柚が参加者の皆の前で力を使ってしまう事態を回避するためだったとはいえ、凪沙はやりすぎだと感じるほどに桜草樹に暴言をぶつけていた。結果として、『扉の番人』の情報を集めるために一人で奔走していた桜草樹を追い詰めることになってしまった。そんな凪沙のことを、桜草樹が悪く思っていないはずがない。


 朔也も蓮人も、彼女が凪沙と揉めたことは知らないから、ここは柚が気を遣うべきではないだろうか。そう思って口を開きかけたけれど、柚が何か言うよりも先に、桜草樹は言った。


「入月さんにも、またお礼を言わないといけませんね」

 ただふと思い当たったから言っただけ、みたいなノリだった。それはさすがにメンタルが強すぎるんじゃないか。


「お礼を言うのは良いが、『扉の番人』のことは、なるべく隠しておいた方がいい」

 朔也は、机の上に置かれた、蓋が開いたままの箱をちらりと見た。


「『扉の番人』の力が上手く使われていない間に、魔法使いは事件を起こし始めた。これで結界が元に戻れば、魔法使いは新たに人間界に来ることができなくなる。そんな中、『扉の番人』が誰なのかをそいつらが知ってしまえば、かなり危険な状況になる。だから、このことについて知っている人は最小限にするべきだ」


 確かにそうだ。実際、その危険があったから、前の『扉の番人』も、力について誰にも話さなかった。


「じゃあ、凪沙ちゃんたちにも話さない方が良いってことだよね」

「そうだな」

 柚の言葉に、朔也は頷いた。


「別にあいつらのことを信用していないわけじゃない。ただ、情報が漏れるリスクを減らした方が良いってだけだ。例えば、相手の知る情報を引き出せるような『特殊能力』を持つ人が敵にいた場合、知っている人が少ない方がリスクは低くなる」


 柚は頷く。凪沙たちに隠し事をすることにはなるけれど、朔也の言うことに反論なんて一つもなかった。


「じゃあ、このことは、ここにいる四人以外には話さないことにしよう」

 蓮人の言葉に、三人とも頷いた。


 世界を守るための力を持った桜草樹。彼女がたった三ヶ月、上手く役目を果たせなかっただけで、世間は今、混乱して良くない方向に行こうとしている。それを目の当たりにしたこともあり、彼女の力がどれほど重い意味を持っているのかが実感できた。


 絶対に漏らさないように、注意しないと。


 今この瞬間、自分が背負うことになった責任に、柚は気を引き締めた。

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