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トレーシング・ユア・ワールド  作者: あやめ康太朗
第4章 理不尽と責任

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    『扉の番人』③

     ***


 どのくらい時間が経っただろうか。居ても立っても居られない気持ちで、それでも何もできずに黙ってダイニングの椅子に座ったままじっとしていると、不意に蓮人が立ち上がった。


「戻ってきたみたい」

 蓮人が部屋を出ていくのに続いて、柚も急いでその後を追った。


 蓮人が玄関の扉を開けると、そこには、ちょうどチャイムを鳴らそうとしていた桜草樹が立っていた。


「……よかった。見つかったんだ」

 蓮人は、安心した顔で微笑んだ。「はい」と微笑む桜草樹の腕には、愛おしいものを抱きしめるように抱えられた、綺麗な茶色の箱があった。


 蓮人に促されて、柚たちは再び部屋に入り、先ほどまでと同じ席に座った。


「これが、結界を管理するための箱だそうです」

 抱えていた箱を、桜草樹はテーブルの真ん中に置いた。箱は、凪沙の家に馴染みそうな、アンティーク調の綺麗な箱だった。


「これに魔力を注げば、結界が維持できて、また新しく魔法使いが人間界に来ることを防げると思います」


 そう告げる桜草樹の表情から、目的のものにようやく辿り着いた安堵が感じ取れた。しかし、この三か月間どうしようもない理不尽と苦労を強いられて、それがやっと報われたのだから、もっと喜んだり浮かれたりしてもおかしくないのに、箱を見つめる彼女はとても落ち着いていた。


「白葉さん」

 桜草樹は椅子から立ち上がると、隣に座る柚の方を向いた。


「こうしてこれを見つけることができたのは、白葉さんのおかげです。あのとき、白葉さんが自分の危険も顧みず力を使って、私の命を救ってくださったから、私は今ここにこうして立って、祖母から受け継いだ役目を果たすことができます。本当に、心の底から、感謝を申し上げます」


「いや、そんな」

 深々と、この上なく丁寧に頭を下げる桜草樹に合わせて、柚もあわてて立ち上がった。


「大袈裟だよ。私、結局あんまり力になれてないし。むしろ、桜草樹さんの事情に気づかずに、追い詰めるようなこともしちゃったし」


「それでも、今私がこうしていられるのは、白葉さんのおかげなんです。私をここまで連れてきてくださり、ありがとうございました」


 桜草樹の言葉は、真っ直ぐすぎて申し訳なく感じるほどではあったけれど、それでも心を温かくするものだった。柚は、今度は素直に「うん。よかった」と答えた。


 柚の答えにホッとした表情を見せると、桜草樹は、今度は蓮人の方に向き直った。

「白葉さんも――あ、えっと」

「蓮人でいいよ」

 蓮人は微笑んだ。

「二人とも白葉だし、呼び方困るよね」

「ありがとうございます。では――蓮人さん」

 そう言うと、彼女は再び深く頭を下げた。


「これを見つけられたのは、祖母からの手紙をくださった蓮人さんのおかげです。長い間、私たち桜草樹家のために、手紙を預かっていてくださりありがとうございました。私が求めていた情報を教えてくださり、本当に、ありがとうございました」


「こちらこそ、ここまで来てくれてありがとう。桜草樹さんが僕を訪ねて来てくれなかったら、きっともっと状況は悪化していた。役目を忘れていた僕の不手際を補ってくれて、本当にありがとう」


 蓮人も立ち上がり、真剣な顔でそう言うと、しっかりと頭を下げた。それに、桜草樹は「はい」と微笑んだ。


「よかった。これでもう、全部安心だね」

 柚は大きく息を吐き出した。桜草樹やそれに関連した揉め事と、柚の魔力が知られたこと。この連休で起きた大きな出来事は、これである程度解決したと考えていいのではないだろうか。


「そうだね。『扉の番人』の問題も解決したし、魔法使いの事件がどうなるかは分からないけど、事件を起こす犯人たちが増えることもないだろうし、これからは落ち着いていくかもしれないね」


 蓮人も、少し力を抜いて言った。彼も、ここ最近気持ちが張り詰めていたから、ようやく一息つける、という感じだった。


「あの……」

 力の抜けた顔をしている二人の横で、まだ表情を緩めていない桜草樹がおずおずと言った。


「お二人に、お聞きしたいことがあって」

「何?」

 蓮人が尋ねた。桜草樹は、若干申し訳なさそうな顔をした後、いつもはきはきと喋る彼女にしては珍しく、言いにくそうに口を開いた。


「結界の維持のためには、この中にある玉に魔力を注ぐ、とあったのですが」

「うん」


「……魔力を注ぐ、って、何ですか?」


「……え?」


 柚と蓮人の間の抜けた声が、綺麗にそろった。


「何、って、何?」

「どうすればいい、という方が正しいでしょうか。分からないんです、やり方が」

「えーっと……」

 柚は、蓮人と顔を見合わせた。蓮人は、質問が理解できていない、困惑した表情をしている。柚もおそらく同じ顔をしている。


 桜草樹がどういう答えを欲しているのか分からないまま、柚はしどろもどろに答えた。


「魔力を注ぐ、っていうのは、その、手をかざして、身体の中にある魔力を手に集めて、そこから出すって感じで」

「身体の中にある、魔力……?」

 クエスチョンマークを顔に張り付けている桜草樹を見て、柚は初めて思い当たる。


 そうか、桜草樹さんは、魔力を持つようになってからまだ三か月しか経ってないから、そもそもの使い方が分からないんだ。


 気づいた瞬間、柚の全身からドッと力が抜ける。


 ここまで来て、使い方が分からない、って。

 そんなことある?


 蓮人も気が付いたのだろう、うなだれて頭を抱えている。


「そっか、そうだよね。僕たちは生まれたときから持ってるから考えたことがなかったけど、最近現れたばかりならそうなるよね」

「申し訳ありません……」

「謝ることじゃないよ、本当に。むしろ気づかなくてごめんね」

 沈んだ顔をしている桜草樹に、蓮人は慌てて謝った。


「お二人は、どのようにして魔力を自由に使えるようになったのですか?」

 桜草樹の質問に、柚たちは「うーん」と考え込む。

「どのように、って言われても、自然と身に着けたとしか……」


 それはもう、どのようにして歩けるようになったのか、とか、どのようにして食べ物を食べられるようになったのか、と尋ねるのと同じことだ。生まれつき持っている力を自然と使えるようになった、としか言いようがない。


「お兄ちゃん、何か教えてもらってないの? 魔力を使えるようになるための方法とか」

「そこまでは教えてもらってないよ」

 心底困った、という顔で、蓮人は柚を見た。


「どうしよう。柚、何かコツとかって教えられたりする?」

「コツって言われても、私、本当にフィーリングで使ってるし……」

 どう頑張っても、いい感じにやる、としか説明できない気がする。


「お兄ちゃんの方が、教えるのは上手そうな気がするけど、無理そう?」

「むしろ僕の方が無理だと思う。魔力のコントロール誰よりも下手だし」

 二人の大きなため息が重なる。頼りなさ過ぎて情けない。


「魔力のコントロール、か」


 何となく、つぶやいてみる。身体の中にある魔力のコントロールは、魔力を持つ人たちにとってとても大切なことだ。上手くできないと、使おうとしていないのに魔法が出てしまったり、自分の想定よりも規模が大きくなってしまったりする。また、突然大量の魔力を利用すれば、それに身体が追い付かず、身体に大きな負荷がかかってしまうこともある。


 数日前、柚が桜草樹を助けるために魔力を使ったときも、大量の魔力を使ったせいで気を失い、熱を出してしまった。コントロールが上手ければ、活動的になっていた身体の中の魔力を落ち着かせ、もう少し負荷を抑えられただろう。


 あのときは無我夢中で、そんなことに気を向ける暇がなかった。だから――。


 そこで、柚の頭の中に、一人の人物の顔が思い浮かんだ。そうだ、あの人なら。


 蓮人を見ると、彼も同じ人のことを思い浮かべているようだった。


「一人、教えられそうな人に心当たりがある」

 蓮人が言うと、桜草樹の表情が明るくなった。

「本当ですか」

「うん。信頼できる人だから安心して。今から連絡を取ってみるよ」


 そう言って、蓮人はリビングの方に移動し、そこに設置されている電話の受話器を手に取った。

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