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トレーシング・ユア・ワールド  作者: あやめ康太朗
第4章 理不尽と責任

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    才能⑥

 特にトラブルもないまま祖母の葬式が終わった後、両親からしばらく休むように言われた。習い事もしばらく休みにする、家のことはこちらで何とかするから、心の整理をするためにもゆっくりするように、とのことだった。


 普段の一華なら、その提案に反対して、祖母がいない今だからこそ家のためになることをしたいと言うのかもしれない。けれど今の一華にとって、むしろ休みは都合がよかった。


 あの日一華の身に起こったこと。それが何なのか、調べないといけない。


 幸い、あの日と同じことはまだ起きていなかった。けれど、身体の中に何かがいる感覚は未だ消えることなく残っている。一度きりの出来事だと決めてしまうのは、少し危険な気がする。あれが重要な何かだという気がしてならなかった。


 しかし、どう調べれば情報が得られるのか見当がつかなかった。もしあれが魔法であるならば、調べるのはかなり困難かもしれない。


 魔法や魔法使いの存在は基本的に禁忌とされている。『大災厄』に至るまでの経緯を記している書籍は多くあるけれど、詳しい魔法の内容や、魔法使いの生態などが記載されているものはかなり少ない。触れてはならない存在とされているから、もしかしたら出版を制限されているのかもしれなかった。だから、たとえ図書館にある関連書籍を隅から隅まで調べたとしても、歴史の授業より少し詳しいことくらいしか分からないかもしれない。


 それに何より、魔法のことを表立って調べることはできない。もし魔法について調べているところを見られてしまえば、一華の評判も、ひいては桜草樹家の評判も悪くなってしまう危険性がある。そのため、誰にも知られないように隠れて調べなければならない。


 どうすればいいか悩んだ末、一華はまず、祖母の書斎へと向かうことにした。


 祖母が亡くなる直前、一華を招こうとしていた部屋。確か、あの書斎にはたくさんの本があった。昔一度中に入ったとき、様々な分野の本が、壁に並んだ本棚いっぱいに詰め込まれているのを見て驚いた記憶がある。あそこなら、魔法に関する本が一冊くらいあるかもしれないし、家の外の人に見られる心配もない。


 一華はすぐに書斎へと向かった。書斎は、ここ数日間は両親が出入りしていたようだけれど、ある程度整理できたのか、今は誰もいない様子だった。


 祖母が亡くなっていた場所を通り過ぎ、書斎の前に立つ。扉を開けると、中からふわりと紙の匂いがした。


 落ち着いた深い茶色の壁と床。床に敷かれた赤色の絨毯。優しいオレンジの照明。机といすの他には、天井まで届く大きな本棚しかない。それが、広い部屋にぎっしりと並んでいる。


 祖母が生きていた場所。


 部屋を進み、机のそばで立ち止まる。きれいに積まれた書類と本。年季の入った万年筆。いつか撮った家族写真が入れられた写真立て。ここに祖母がいたのだと思い知る。


 家族写真をそっと覗くと、祖母の顔に目が行った。写真の中でも、彼女は相変わらず笑っていない。その厳しい表情が、お通夜で見た安らかな表情で上書きされかけていることに気づき、微かな恐怖を覚えた。


 軽く目を閉じて、気持ちを落ち着かせる。再び目を開けると、一華は机に背を向け、本棚に向かい合った。


 改めて見ると、この部屋にある本は、到底一人で調べ物ができるような量ではなかった。探そうとしているのは魔法関連の本だ。内容を隠すために、パッと見てそれとは分からないような見た目をしている可能性も高い。見つけるためには、本の中身を一つ一つ見ていく必要がある。その中に目的の本が存在しているかどうかも分からない中で。


 あまりの多さに途方に暮れそうになるけれど、一華は首を振ってその気持ちを誤魔化した。


 根気強さも、諦めの悪さも、一華が持たなければいけない武器だ。必要なことなら、これくらいなんてことない。


 そうですよね、おばあさま。


 数日前までこの部屋の空気を吸っていた彼女の姿を思い描いて、一華は本を一冊ずつ手に取り、順に中身を確認していった。


 探し始めてから二時間ほど経過したあたりで、それは見つかった。


 部屋の奥の方にある本棚の、下から二段目。一巻から十巻まで並べられたシリーズ物の小説。その八巻目のカバーの裏から、目的の本は現れた。


『人間界と魔法界の歴史について』


 本を開く。初めの方の内容は、案の定、二つの世界が繋がってから『大災厄』が起こるまでの大まかな流れという、歴史の授業で教わるものとほとんど変わらないものだった。予想通りの結果に、特に期待もしないままページをめくっていると、とあるページに書かれた単語に目が留まった。


『扉の番人』


 初めて聞く言葉だ。一華は、その単語の横に書かれている文章に目を通した。


『人間界と魔法界の二つの世界が繋がることは、魔法界の創造主である精霊たちにとっても予想できない、制御不能な出来事だった。


 初めのうちは、交流により活気づく二つの世界の様子を見守っていた精霊だったが、次第にその両方が荒んでいったこと、そして二つの世界が近づき、『扉』以外にも接触点が現れ始めていることに気が付いた。


 世界の崩壊を危惧した精霊たちは、均衡を守るため、『扉』のみを唯一の接触点として残し、二世界の間に結界という隔たりを創った。そして、『扉』と結界を制御する権限を、一人の人間へと授けた。


 選ばれたのは、とある名家の人間だった。その人間は、特別な力をその身に宿し、世界を保つために人生を捧げることへの覚悟と責任感を持った、人間性の優れた人物だった。


 一般的な庶民と比べて身の安全が守られていたこと、由緒ある家系で、途絶えることなく後の世にも続いていくと予想されることも、選ばれた理由とされている。その力を与えられた人間は、その役割から『扉の番人』と名付けられた――』


 背中に冷や汗が流れる。学校では習わない事実。この世界の、触れてはいけない何かを掴みにいっている気分だった。一華は緊張した指でページをめくった。


『――『扉の番人』の力は、その一族の中から選ばれた一人に代々受け継がれている。どの一族に力を授けられているのかは隠されており、その一族の中でも、力にかかわる一部の人間にしかその存在は知らされていないという。


 彼らは、数百年もの間、『扉』と結界を管理し続けた。そして、『大災厄』が起こった後、『扉の番人』は、その身体に宿した力をもって『扉』を完全に閉じることに成功した。


 二世界の交流が断たれた後も、再び世界の間の隔たりが緩み、接触点が現れることがないように、彼らは力を受け継ぎ、結界の管理を続けている』


 そして、その次のページを見て、一華は目を見開いた。


『――『扉の番人』の身体に現れる模様』


 そこには、以前一華の胸に現れた模様と全く同じものが描かれていた。


 嘘。


 描かれた模様を凝視する。『扉の番人』に現れる模様。一華に現れた模様。


 嘘よ、こんなの。

 こんなこと、あるわけが。


 脳の奥が痺れる。由緒ある名家。選ばれた一人に受け継がれる力。一族の中でも一部の人しか知らない、精霊から授けられた特別な力。


 理解が追い付かない。信じられない。けれど、祖母が亡くなったのに合わせて、あれは現れた。その事実のせいで、辻褄が合ってしまう。


 まさか、こんなこと。


 今までに感じたことのない恐怖で身体が震える。にわかに鼓動が速くなる。紙の上の恐ろしい模様が、遠く掠れていく。


 熱い、と思った。それと同時に、焼けるような痛みを胸に感じる。その感覚が何なのか、絶望的なほどすぐに分かってしまった。


 服の襟を掴んで、引っ張る。そこに、本の中の模様と寸分違わないものが輝いているのを見て、一華は思わず目を閉じた。


 ああ。


 全身が熱い。大量の何かが内側を這っている感覚。もう、受け入れたくないと思うことさえ許されなかった。


 魔法使いに仕掛けられた魔法なんかではない。これは、一華自身から出た魔力だ。


 異常に熱のこもった腕で、壊れそうな身体をぎゅっと包む。一華はふと、幼いころに昆虫図鑑で見た内容を思い出した。気づかない間に他の虫の中に寄生し、成長すると、寄生した虫の体を食い破って外に出てくる寄生虫。あの存在を知ったとき、あまりの残酷さに、しばらく衝撃を引きずった覚えがある。


 得体の知れない何かが身体の中で暴れている感覚。それが、あの図鑑のイメージと結びついて、全身に鳥肌が立つ。吐きそうだった。


 どうして、こんなことになってしまうのだろう。


 身体を小さく丸めて、一華は思う。


 どうして、私ばかり、こんな理不尽な目に。


 そのときなぜか、記憶の奥から祖母の声が聞こえた。


『それでもあなたは、あなたのために、この世界のために、その理不尽に立ち向かう必要がある。あなたは、それに耐えるだけの強さを身につけないといけないの』


 理不尽。


『……いずれそうなるわ。理不尽に選ばれるのは、きっとあなたよ』


 あのときそう言った祖母は、どんな気持ちだったのだろう。


 祖母が『扉の番人』だったことは確実だ。そして、祖母が亡くなった後も、誰一人として『扉の番人』の力がどうなったのか気にする人はいなかった。きっと、祖母はこの力のことを、たった一人で抱えていた。


 理不尽に選ばれるのは。


 珍しく言葉に感情を滲ませたあの日の祖母。その雰囲気は、先日、一華に大事な話があると告げたときと似ていたような気がした。

 祖母が言っていた大事な話とは、もしかして、この力のことだったのだろうか。


「……」

 胸に浮かび上がった模様を、指先でそっと撫でる。今も痛みと熱を感じているのに、模様に触れる指先からは、何の感覚も伝わってこなかった。


 おばあさまが持っていた力。

 おばあさまから受け継いだ、世界を守るための力。


 現実味なんて全くない。状況も理解できていない。でも、耐えるしかないのだ。


 模様が消える。熱がするするとどこかに回収されていく。一華は、ゆっくり呼吸を繰り返した後、床に放り出された本を再び手に取った。


 ページをめくる。現れたのは、『司者』という単語だった。


 しかし、そのページは、何かの液体をこぼしたのか、それ以外の文字が滲んでいて全く読めなかった。その次のページも、ぴったりと貼りついてめくることができない。どうやら、これ以降のページは全て開けないようだった。


 それから一華は、日が暮れるまで、書斎にある本を片っ端から調べ続けた。けれど、初めに見つけた一冊以外には、『扉の番人』や『司者』のことはおろか、魔法や魔法使いについて記した本すら一つも見つけられなかった。


 一華の中に現れた力が何なのかは分かったけれど、『扉の番人』としてこれから何をすればいいのかは、結局一つも分からないままだ。さらなる情報を集めるため、一華は翌日から、範囲を広げて探索を続けた。


 学校の図書館や、市の図書館。一般蔵書だけでなく、司書に頼んで書庫の中もくまなく探した。学校にも通いながら、その合間に小さな公民館や近所の博物館にも足を運んだ。家族や使用人に気づかれない範囲で、様々なところに出かけた。


 インターネットでも、様々な検索ワードを入力して、大学の研究ページから信じていいか疑わしいようなサイトまで広くアクセスした。今まで触れる機会のなかったSNSもダウンロードして専用のアカウントを作り、魔法関連の情報をチェックしたり、魔法について調べているというアカウントとコンタクトをとったりもした。


 けれど、それだけやっても、『司者』の分類などの少し詳しいことが分かったくらいで、一華が知りたい情報を得ることはできなかった。


 そうして、一週間ほどが経過したあたりで、魔法使いという単語が、ニュースを騒がせ始めた。

続きは明日の17時半ごろに投稿する予定です。

よろしくお願いします。

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