表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
トレーシング・ユア・ワールド  作者: あやめ康太朗
第4章 理不尽と責任

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

88/173

第4話 才能①

『二年生 期末テスト日程』


 二週間後に迫っているテストの予定のプリントを眺める。そして、前回の中間テストの結果が書かれた紙を取り出す。


『学年 十一位』


 中間テストが終わってからも、ずっと勉強を続けてきた。今回こそは、十位以内を取りたい。そんな決意を固めながら、一華は紙をしまった。


 自分の部屋を出ると、何やら騒がしい声が下の階から聞こえてきた。気になって階段を降りると、二葉と光、それに母の声がはっきりと聞こえてきた。どうやら、二人が帰ってきたところを、母が出迎えていたようだった。


「あ、お姉さま」

 階段を下りた一華を見つけた二葉が、「ただいまー」と手を振った。一華は「おかえりなさい」と返した。


「ちょうど帰ってきたところ?」

「うん。美術部に行って友達と絵を描いてきたの。光は楽団でちょっと練習してきたんだって。ちょうど帰りが一緒になったのよ」


「そうなの。二人ともお疲れさま」

 一華が言うと、二葉と光は嬉しそうに「ありがとう」と言った。


「じゃあ、お部屋に戻ろうかしら」

「俺ももう少し練習しようかな」

 二人が歩き出すと、案の定、母が「待ちなさい」と引き留めた。


「話の途中でしょう」

「話なんてないよ」

「何も聞いてないわ」

 息ぴったりな二人に、母はいつもの通り溜息を吐いた。


「成績の話よ。二人とも、まだ一年生なのにもう成績が落ちているんでしょう。前のテストなんて、下から数えた方が圧倒的に早いくらいだったじゃない」

「それは……」

 二人とも、母に背を向けて気まずそうな顔をしている。


「だって最近忙しいから」

「私も忙しいの」

「自分のやりたいことをやっているから忙しいんでしょう」

 母は呆れたように言った。


「あなたたちがそれぞれ絵と音楽の道に進むことには反対しない。もう世界で戦える実力だって先生たちも言っていたもの。けれど、それでも勉強はある程度しておかないといけないって、前にも話したでしょう。それに、成績が落ちたら勉強を優先するって約束もしたはずよね?」


「そうだったっけ」

「そんなこと言ってたかしら」

 二人とも、汗をかきながら白々しく答えた。その様子を見て、母はきっぱりと言った。


「今度の期末テストで改善しないようなら、しばらく絵と音楽の活動は禁止することにしましょう」

「えーーーー」

 二葉と光の不満の声が、玄関と廊下いっぱいに響いた。二人は勢いよく母を振り向くと、母に詰め寄った。


「禁止なんて、そんなのってないわ」

「それは流石にひどい。やりすぎだよ」

「でも、そういう約束でしょう。覚えてないはずないでしょう」

 涼しい顔で、母は答えた。


「それに、今から頑張って勉強して、順位を上げればいいだけの話じゃない。それができたら、私も禁止はしないわよ」

「えー」

 二人は、さっきよりもずっと弱々しい不満の声を出した。母がもう意見を変えないことも、達成可能である条件だということも、二人とも分かっているようだった。

「いい?」

 母が尋ねると、二人は渋々頷いた。


「半分くらいなら良いの?」

「ええ、前と同じくらいまで上がれば良いわ」

「よし、じゃあ頑張るよ」

「私も今から頑張るわ」


 二葉と光は、二人で顔を見合わせて気合を入れた。そのまま急いで階段を上っていくのを見送りながら、一華もまた、頑張ろうと気合を入れた。




 それからテストまでの二週間、一華は暇さえあれば勉強をした。習い事は休めないから、放課後の時間はあまり取れないけれど、寝る前と、学校の休み時間に少しずつ勉強を進めた。前もって進めていたのもあって、かなり効率よく勉強できた気がしていた。


 二葉と光も、この二週間はほとんど楽器や筆を触らず、ひたすらに机に向かっていたらしい。二人とも、自分の本当に好きなものを人質のようにされれば、流石に勉強せざるを得ないようだった。


 今まであまり勉強してこなかったとはいえ、二週間テスト範囲の内容を頭に詰め込めば、あの二人もある程度の成績は取れるだろう、と一華は思った。だからきっと、二人が好きなことを禁止されることはないだろう。


 一華は、一華自身の目標のために頑張ればいい。二人に負けないように頑張らないと。自分に喝を入れて、一華は眠い目をこすりながら勉強を進めた。


 テストが終わり、その数日後、結果が返却された。

 結果が返却されるたびに、死刑宣告を待つような気持ちで構えている一華だけれど、今回はかなり自信があった。そして、思った通り、返却された順位は学年八位だった。


 結果を見て、思わず飛び跳ねたくなるのを一華はぐっと我慢した。


 初めて、一桁の順位をとれた。


 前回のテストが終わってからの数か月の努力だけではなく、今までの努力全てが報われたと思えた。一華の今までが、とても価値のあるものだったという自信が湧いてきた。


 家に帰り、一華はまず順位を見てもらおうと、母を探した。母は、リビングにいるらしかった。走り出しそうになる衝動を抑えながらリビングに向かい、扉を開く。母を呼ぼうとしたところで、母の驚いた声が一華を迎えた。


「すごいじゃない、二人とも」

 母にしては、随分と大きな声だった。何となく足音を立てないようにして移動すると、母の前に二葉と光が立っているのが見えた。二人とも、とても得意げな顔をしていた。かなり興奮しているのか、二人の白い頬は赤くなっている。


 嫌な予感がした。


 一華はゆっくりと後ずさりをした。三人に気づかれないうちにこの場を離れないと、となぜか思った。


「すごいでしょ。私もびっくりしちゃったわ」

「やっぱり、やればできるってことだね」

 二葉と光の声も、普段より上機嫌だった。


「ちょっと成績下がっても、二週間でこれだけ取り戻せるんだから、何も問題なかったんだよ。心配せずに音楽を続けたっていいと思う」

「そうよ。これで絵を描いてもいいのよね。これからも、ずっと描いていたって問題ないわよね」

「まあ、そうね……」

 はしゃいでいる二人に気圧されながら、母は頷いた。


「十分よ。よく頑張ったし、これからは、多少成績が下がったとしても目をつぶっていいかもしれないわね」

 母の言葉に、二人はガッツポーズをした。勉強を優先しなくてもいいという言質を取って、かなり気持ちが高ぶっているようだった。


 そんな会話を聞いているうちに、一華の手が、入ってきた扉のドアノブに触れた。このまま気づかれないようにドアノブをそっと回せば、部屋から出ることができる。


 自分は何をしているのだろう、と自分の行動に苦笑いしながら、静かにドアノブを回す。


「それにしても、本当にすごいわね」

 母が心の底から感心した声で言った。


「二人とも、学年八位を取るなんて」


 回していたドアノブが手から離れて、ガン、と大きな音を立てた。驚いてこちらを見た三人が、一華の姿を見つけて表情を明るくした。

「一華、帰っていたのね。今の聞いてた? 本当にびっくりよね」

 母が嬉しそうに言った。


「八位……?」

 頭を殴られたような感覚がした。顔が引きつるのが、我慢できなかった。

「本、当に?」


「信じられないよね。俺もびっくりした」

「すごいでしょ。こんな順位初めて」

 一華の衝撃をよそに、二人は興奮気味に言った。二人の笑顔を見ていると、余計に笑えなくなった。


 意味が、わからない。

 下から数えた方が早い順位じゃなかったのか。全然勉強してこなかったんじゃなかったのか。

 そんなこと、信じられない。


「お姉さま?」

 何も言わない一華の顔を、二葉が覗き込んだ。一華は慌てて、ぎこちなく微笑んだ。

「ごめんなさい、本当に、驚いてしまって」

「そうよね。私も初めは信じられなかったもの」

 一華の様子を特に気に留めないで、二葉は笑った。


「お姉さまはいつも成績良いから、お姉さまに近づけて嬉しいわ」

「……」

 ひきつった微笑みを維持するので、精一杯だった。

 すごいねと言わないと、と内心焦るけれど、どうやってもその言葉は出てこなかった。


「そういえば一華は? もう結果は返ってきたの?」

 母が尋ねた。今一番来てほしくない質問だった。


 まだだと言ってこの場を早く立ち去りたかったけれど、どうせ後で知られるなら仕方がない。一華は正直に頷いた。

「はい。私も、八位でした」

「すごいわ。三人とも同じなのね」

 大袈裟に感動した様子で、二葉が言った。

「さすが姉さまだね」

 光が、どこか得意げな様子で言った。それに対し、母も「そうね」と微笑んだ。


「一華はいつも通りね」

「……はい」

 急速に身体から熱が抜けていくのを感じた。


 いつも通りなんかじゃない。一桁の順位を取ったのは初めてだった。今までで一番良い結果だった。一華が長い間努力してきた結果だった。それなのに。


「せっかくだからお祝いしないとね。他のみんなにも見せてきたら? きっと驚くわ」

「じゃあ、おばあさまにも見てもらおうかしら」

「きっと、これでおばあさまも俺たちのことを認めてくれるよ」


 盛り上がる三人の横で、一華は愛想笑いをした。今はこの三人に、一華のことを見てほしくなかった。一華の方に意識が向かないようにと、切実に思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ