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トレーシング・ユア・ワールド  作者: あやめ康太朗
第4章 理不尽と責任

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    あの日の言葉の意味③

 二人きりで話したい、とのことで、柚が桜草樹に案内されたのは、『家』の二階にある桜草樹の部屋だった。


 静かな空間に、がちゃり、と鍵の閉まる音が重々しく聞こえた。柚は、無言で靴を脱いで部屋に入っていく桜草樹に続いて、「おじゃまします」と部屋に上がった。



 桜草樹の部屋は、柚の部屋の隣で、まだ使われていない状態のままであるため、部屋の作りも家具の配置も柚の部屋と全く同じだった。つい二日前に同じ風景の部屋を使ったため、それと別の部屋であると思うと、少し不思議な気分だった。


 先に進んでいた桜草樹が振り返る。柚が自分の前まで来ていることを確認すると、彼女は真剣な眼差しで、柚のことを正面から見つめた。


「白葉さん」


 そう呼んだ彼女の目に、今までに見せたような敵意や圧力や、何かに追い詰められている様子が見られないからだろうか。目の前に立つ桜草樹は、柚の知らない人のように見えた。それでいて、瞳から感じ取れる強い意志と必死さは、柚が今まで見てきた桜草樹のものだった。


 桜草樹の緊張がひしひしと伝わってくる。柚は、ごくりと唾を飲み込んだ。


「まずは、感謝と謝罪をさせてください」


 はきはきと迷いのない声で、彼女はそう前置きした。そして、誠意を最大限に伝えようとしているように、真っ直ぐ、柚を見つめた。


「先日は、命を救っていただき、ありがとうございました」


 そう言って、桜草樹は深く、深く、頭を下げた。


「白葉さんの力がなければ、私はあのまま命を失っていました。周囲に魔力のことを知られてしまえば、白葉さんやご家族の生活まで危険になる可能性もある中で、私に魔力を使うことを選んでいただき、本当に、感謝してもしきれません」


「そ、そんな」


 大袈裟と思えるくらいに頭を下げ続ける桜草樹を、柚は困惑しながら見た。


「私は別に、特に何も考えずに行動しちゃっただけで……」

「それでも、自らを危険に晒しながら、私を助けていただいたことに変わりはありません。今まで、私はあなたに迷惑をかけ続けてきたというのに」


 桜草樹が、ゆっくりと顔を上げた。その顔が、悔しそうに歪む。


「今になると、入月さんが私におっしゃっていたことの意味もよく分かりまず。確かに私の行動は、白葉さんにとっては危険そのものでした。白葉さんのことを執拗に探れば、当然、白葉さんが魔力を持っているという事実に辿り着いてしまう可能性も高くなります。自分の行動の意味を理解していないというのは、本当に、その通りでした」


 そして、桜草樹はもう一度、深く頭を下げた。


「私の不用意な行動のせいで、何度も白葉さんを苦しめてしまい、申し訳ありませんでした」

「桜草樹さん……」


 悔しさと、自分に対する怒りが感じ取れる声。彼女は本当に、真っ直ぐで、責任感が強い人なんだと思った。



「そんなに、気にしないで」


 桜草樹が、柚を窺いながら、顔を上げる。柚は、桜草樹の真剣さを無下にしないように、それでも深刻さを吹き飛ばせるように、彼女に対して微笑んだ。


「だって普通、目の前の相手が魔力を持ってるなんて考えないよ。今までのことに関しては、私にも非があるし。それに、桜草樹さんに対する凪沙ちゃんの言葉は、やっぱり言いすぎだったと思う。凪沙ちゃんをそうさせたのは私だから、私も謝らないと」


「白葉さんが謝る必要なんてありません」

 桜草樹は、慌ててそう言った。


「今までの件に関しては、私に責任があります。白葉さんが謝ることなんてありません。それに、私を助けたせいで、他の参加者の皆さんに魔力のことが知られてしまいましたし」

「それも大丈夫」


 柚はパタパタと手を振った。


「さっき、ちゃんと話したんだ。みんな、私のことを広めないって言ってくれたし、受け入れてくれた。だから、今は何も問題ないよ」

「そう、なんですか」

「うん。だから、気にすることなんてないよ」


 笑ってそう言うと、桜草樹は安心した顔をした。


「良かった……」


 桜草樹が、思わず口から漏れてしまった、という様子で呟いた。その純粋な声に、柚はぐっと拳を握り締めた。



「あの、桜草樹さん」


 桜草樹が、微かに驚いた顔で柚を見た。一度そっと息を吐き出すと、柚は口を開いた。


「桜草樹さん、前に『司者』について調べてるって言ってたよね」

「はい」


 桜草樹は控えめに頷いた。


 言ってしまえば、もう後戻りはできない。でも、彼女なら。


 柚は、言うか言わないか迷っていた言葉を、はっきりと声に出して言った。


「私が分かることなら、何でも答えるよ」


 桜草樹の目が、大きく、落ちてしまうんじゃないかと心配になるくらい大きく見開かれた。


「本当、ですか……?」

「うん」


 柚は、力強く頷いた。


「何か、大切なことのためなんだよね。それなら、協力するよ」



 彼女が『司者』や他の特殊な力について、必死になって知ろうとする意味。

 何かに追い立てられるように、余裕なく動いていた意味。

 柚が巻き込まれかけたT市の誘拐事件のニュースに対して見せた反応の意味。



 桜草樹が、柚の今までの行動の理由を理解してくれたように、柚も彼女の行動の理由が知りたい。協力できるなら、協力したい。



「あ……」

 小さく開いた桜草樹の口から、変に力が入ったような声が漏れた。


「あのっ」


 見開かれた目で、柚の顔をじっと見つめたまま、彼女は一歩柚に近づいた。柚の方が背が低いから、少し見下ろされるような形になった。


「白葉さんは、『生命の司者』ということで、よろしいでしょうか」


 桜草樹は、自分の服の胸元の部分を、ぎゅっと強く握っていた。それはまるで、はやる気持ちを抑え込んでいるような、ばねのように飛び出しそうになる感情を上から抑えつけているような、そんな様子だった。

 

 柚は、焦りに耐える桜草樹に合わせて、落ち着いて口を開いた。


「うん。そうだよ」



「では、白葉さんは、桜草樹について――私の祖母について、何か知っていませんか」



「え……?」


 全く予想していなかった質問に、困惑が隠せなかった。桜草樹を見ると、彼女の顔は至って真面目で、何かを間違えているという様子は全く見られなかった。


 桜草樹の祖母は、確か、前の桜草樹家の代表で、少し前に亡くなったのではなかっただろうか。プロジェクトが始まったばかりの頃、歓迎パーティーの件で桜草樹と少し揉めたときに話題に上がった気がする。


 思えば、この一か月桜草樹が忙しくしていたのは、彼女の祖母が亡くなったことが関係していると聞いていた。けれどそれは、代表を突然亡くしたことへの対応に追われて、時間や気持ちの余裕がなくなっている、というだけだと思っていた。まさかそこに、『司者』や魔法関連の情報を集めるという、彼女の不可思議な行動まで繋がるとは思わなかった。



 桜草樹の祖母と、『司者』。一体そこに、どんな繋がりがあるというのか。



 柚の表情を見て、柚が何も知らないことを判断したのだろう。桜草樹が、自分の服を握る手から、するりと力が抜けた。


「そう、ですか……」


 気の毒に思うほど落胆した顔をした桜草樹を見て、申し訳なさが胸を突いた。


「あの、桜草樹さ――」

「では」


 再び、桜草樹の手に力が入る。その手は、僅かに震えていた。


 彼女は、睨むような強い視線を柚に向けた。


「では、他の『生命の司者』を、知っていますか」


 答えに詰まる。柚の頭の中に、パッと蓮人たちの顔が浮かんだ。


 他の『生命の司者』については、もう柚だけの問題ではない。ここで、勝手に言ってしまっても良いのだろうか。


 柚は、じっと答えを待つ桜草樹のことを見た。

 揺るがない、彼女の目。自分が知りたいことを捕らえようと、真っ直ぐに槍を突き刺すような、強くて無防備な目。


 柚は、その目を見つめたまま、静かに答えた。



「……知ってるよ」



 桜草樹が、そっと息を呑んだ。


 彼女の身体が前に傾いて、柚に近づく。次の言葉を迷いながら動く唇は、とてももどかしそうだった。


「その中に、『生命の司者』の代表のような、力についてより多くのことを知っている人はいますか」

「……うん」


 おそらくそれは、蓮人のことだ。彼は、同じく『生命の司者』であった柚たちの祖母から、『生命の司者』がやるべきことや持つべき知識について受け継いでいる。


「本当ですか」

 桜草樹の瞳が、キラキラと輝いた。緊張で固まっていた表情が綻んで、笑顔がこぼれる。しかし、慌ててそれを引っ込めると、彼女は姿勢を正して柚に向き直った。


「その方と、会わせてもらうことは出来ますか」

「えっと……」


 柚は、桜草樹から視線を逸らした。


「一度、聞いてみないと……」

「はい。それで問題ありません」


 桜草樹は頷いた。


「私は、これから日中は毎日この寮に来るつもりなので、お手数ですが、お返事をもらえたら私に知らせに来ていただきたいです。もしお会いすることが可能でしたら、なるべく早くお会いしたいです。日時はその方の都合に合わせます」


 早口にならないように意識している様子で、彼女はそう言った。そして、勢いよく頭を下げた。


「無理を言っているのは分かっています。でも、どうしても必要なことなんです」

 その声は、彼女にしては珍しく弱々しかった。


「お願いします。とても、大切なことなんです」


 縋りつくような、必死な声。柚は、重力に従って肩からさらりと滑り落ちたブロンドの髪を眺めながら、「分かった」と言った。


 正直、蓮人を勝手に巻き込んでしまってよかったのか分からない。けれど、協力すると言ってしまった手前、彼女の必死の頼みを無視することはできない。


「本当に、ありがとうございます」


 顔を上げた桜草樹は、泣き笑いのような表情をしていた。蓮人と会うことが叶うかどうかまだ分からないというのに、ずっと抱えていたものを手放したような晴れやかな顔をした彼女を見て、柚は、やはりこれでよかったのだ、と無責任にも思った。


「でも、私がその人と話せるの、今日の夜遅くだから、返事は明日の朝になると思うけど大丈夫?」

「はい。では、明日の朝、一階のロビーで待っています」


 桜草樹はそう言うと、柚に対してもう一度、今度は丁寧に頭を下げた。


「ありがとうございます。どうか、よろしくお願いします」

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