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トレーシング・ユア・ワールド  作者: あやめ康太朗
第4章 理不尽と責任

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    あの日の言葉の意味②

「もし、嫌じゃなければ、これ、私に治させてもらってもいい?」

「治す、って」


 櫟依は、少し狼狽えて柚を見た。


「魔法で、ってこと?」


 柚は、少し顎を引いて、「そう」と答えた。


 櫟依は、何度か瞬きをしながら、柚のことをじっと見た。


「そんなことして、その、白葉さんは大丈夫なの? 前、倒れてたけど」

「大丈夫。もう安定してるし、そんなに大きな傷じゃないから」


 柚が力強く頷くと、櫟依は少し躊躇いつつも、「じゃあ」と言った。


「それなら、お願いしようかな」


 櫟依は自分の傷に目を向けた。自分から提案しておいて何だけど、魔力を自分の身体に使われるというのに、彼が怖がったり拒否したりしなかったことに驚きながら、柚は「うん」と頷いた。



 右手を、傷があるところにかざして、息を整える。身体の中を巡る魔力が、緩やかに右手に集合していく。


 手のひらがじわりと温かくなる。力をそこに込めて、傷が治る様子をイメージする。


 よし。


 手のひらの熱が上がる。それと同時に、穏やかな緑色の光が、傷口をそっと包んだ。



 傷口が、徐々に塞がっていく。数秒経って、光が消えていく頃には、もう傷口は完全になくなっていた。



「すごい……」

 どこにも傷が見当たらない綺麗な腕を見て、櫟依が目を見張った。


「本当に、綺麗に治ってる」

「すごいですね……」


 近くで見ていた三ツ花も、感嘆の声を上げた。他の三人も、驚いて櫟依の腕を見ている。柚は安心して「良かった」と呟いた。


「これが、『生命の司者』の力、なんですね」

 三ツ花が、柚の目を見ながら言った。おそらく、瞳に浮かんだ『司者』の模様を見ているのだろう。


「模様?」

「はい。あ……」


 三ツ花が、小さく呟いた。


「消えてしまいました」

「うん。模様が見られるのは、魔力を使うときと、使った直後だけみたいだから」


 柚ははにかんで言った。模様を見るためとはいえ、これだけじっと目を見つめられるのは恥ずかしい。


「でも、桜草樹さんに使ったときに見えた、蔓みたいなやつとか、光の粒みたいなのは見えなかったけど、あれって何か特別なやつ?」


 治った腕を撫でながら、櫟依が不思議そうに言った。


「瀕死の人とか、大きなけがを治したりするために、強い魔力を使ったときにだけ見られるみたい。私も、ほとんど見たことないよ」

「へえー」


 櫟依と三ツ花の声が揃う。二人とも、魔力や『司者』に対する抵抗感は少なく、むしろ興味を示しているみたいだった。



 ふと、櫟依が付けている腕時計が目に入った。その針が指す時刻を確認して、柚は「あ」と声を上げた。


「ごめんね、引き留めちゃって。みんな、お昼休憩だよね」

「ああ、うん」


 そのことを忘れていたような声を出して、櫟依も腕時計で時刻を確認した。


「もう、会社は大丈夫なの?」

 尋ねると、三ツ花が「はい」と答えた。


「ガラスが割れた戸棚が撤去されて、あとは元通りになってました」

「そうなんだ」


 確かに、あのとき壊れたのは、ガラスの扉が付いた戸棚だけだったから、部屋の修復はすぐにできただろう。


 けれど、魔法使いが襲撃してきてから日も経っていないのに、何事もなかったかのように再開できているということは、警察などによる調査が入っていないということだ。五科工業で魔法使いの襲撃が起きた、といったニュースも特に聞かないし、やはり社長は、事件のことを世間に公表せずに内々で処理したのだろう。



 襲撃してきた魔法使いは、なぜ会社の他の場所ではなく、わざわざ二十階にある第一会議室に現れたのか。そこまでどのような方法で来たのか。あの後、その魔法使いはどうなったのか。そのあたりもきっと、追究しない方が良いのだろう。



「ちゃんと戻ってて良かった。社長たちも色々やってるんだろうし、もう安心だね」


 柚は微笑んでそう言った。柚の顔を少し見つめた後、三ツ花は目を伏せて「はい」と小さく答えた。


 これ以上皆の休憩時間を短くしてしまうわけにもいかないし、腕時計を受け取るためにルリに声をかけないといけない。柚は、そっと一歩後ろに下がった。



「じゃあ、私はそろそろ――」

「ねえ、ユズ」


 不意に、天瀬に名前を呼ばれた。


「ユズはさ、もう、バイトには来ないつもりなの?」


 キュッと、心臓が縮んだ。


 天瀬の顔は、こちらが困惑してしまうほど真剣だった。柚は、彼から目を逸らした。


「えっと……」


 正直、バイトにはもう行かないつもりだった。それは、皆が柚に対して否定的ではないと分かった今でも変わらない。


 たとえ、魔力を持つ柚のことを受け入れてくれても、柚と同じ空間で長い時間を過ごすのには抵抗があるかもしれないし、魔力を持つ存在に近づくことにはそれなりのリスクもある。社長も、バイトの方は無理に参加しなくてもいいと言っていたし、そうするのが最善だろうと考えていた。


 お金のこともあるから、続けられるなら続けたいけれど、他の人も巻き込んでおいてそんなことは言っていられない。柚は、正直に話そうと口を開いた。


「うん、私はもうバイトには――」

「こっちは何の被害も受けてねえし、別に気を遣うことはねえよ」


 柚の言葉を遮って、中梛が呆れたように言った。


「めんどくせーこと色々と考えてんのかもしれねえけど、これに参加してる時点で、バイトやってもやらなくてもたいして俺らへの影響は変わんねえだろ」


「確かに。元々こんな危険ってすぐ分かるようなプロジェクトに参加してるんだし、白葉さんがどうしようと、俺たちの立場は変わらないと思う」


 櫟依も同意を示した。三ツ花もコクコクと頷いた。


「それに、その、白葉さんが力を持っていても、関わりたくないなんて思いませんから」

「僕も特に気にならない」


 藍代も、そっけなくそう言った。



 みんな……。


 柚は、無意識に止めていた息を、ゆっくりと吐き出した。



 そんなことが、許されて良いのだろうか。


 胸がいっぱいで、上手く声が出ない。天瀬の方を見ると、彼は一瞬驚いた顔をして、それからニコリといつもの笑顔で笑った。


「ほら、みんなそう言ってるんだし、また来てよ。ユズが来なくなったら寂しいじゃん」

「……うん」


 顔を伏せて、柚は小さく答えた。そして、短く勢いよく息を吸うと、顔を上げて、再び天瀬のことを見た。


「また、落ち着いたら来るね」


 天瀬がホッとしたような表情で頷いた。他の皆も、とても優しい表情をしていた。



 皆、本当に、柚のことを受け入れてくれた。来てもいいと、言ってくれた。

 気持ちの整理がついて、覚悟が出来たら、また行こう。柚は、皆のことを見回して「ありがとう」と笑った。



「じゃあ、私行くね。ルリちゃんを探さないと」

「あ、この機械の点検?」

「そう。体調良くなったら受け取りに来てって――」



 そのときふと、聞き覚えのある音が聞こえたような気がした。言葉を止めて、その音に意識を向ける。耳を澄ますまでもなく、その音は柚の耳にはっきりと届いて来た。



 コツコツと響く音。

 規則正しく鳴らされる音。



 思わず大きな声が出そうになる。柚は、急いで音が聞こえた階段の方を振り返った。



 次第に大きくなる足音。地下に繋がる階段から現れたのは、二日前の事件以前と変わらない姿の桜草樹だった。



「桜草樹さん……」


 柚の声に、彼女はハッとした顔をした。


「白葉、さん……」


 大きく見開かれた目で、柚を捉えている桜草樹。その表情は、まるで迷子の子供が親を見つけたときのようだった。


「あれ、桜草樹サンだ。久しぶりー」


 天瀬がひらひらと手を振るが、桜草樹は柚しか眼中にない様子だった。彼女は、不安定な足取りで数歩だけ前に進んだ。


「桜草樹さん、もう大丈夫なの?」

 柚を凝視する桜草樹の視線に耐えられなくなって、柚は少し視線を外して尋ねた。


「創のところの病院で検査したんだよね。大丈夫だった? 魔法のせいで体調が悪くなったりとか――」



 そのとき、パッと桜草樹が駆け出した。そして、柚の前まで来ると、柚の両手を包むようにして掴んだ。


「白葉さん」


 突然、桜草樹の顔が目の前に迫る。柚は驚いて「へえ?」と変な声を出してしまう。


「え、お、桜草樹さん、どうし――」

「私、白葉さんにお話ししたいことがあるんです」

「わ、私?」

「はい」


 ぐい、と桜草樹の綺麗な顔が近づく。どうしていいか分からずに周りを見ると、皆ぽかんとした顔で柚たちのことを見ていた。


「あの、ちょっと……」


 取りあえず桜草樹から距離を置こう、と思い、彼女のことをちらりと見た。その瞬間、桜草樹の真っ直ぐな瞳が、柚の目の中に飛び込んできた。



 興奮と、焦りと、勇気と、何かに耐えている強さと、縋りつくような弱さと。そんな様々な感情がぐちゃぐちゃになった目で、彼女は必死に、柚のことを見ていた。その目が、いつか見た彼女の目と重なった。



『『司者』も、調べていることの一つです』

『そうする必要があるからです』



 周囲の目も気にせずに、魔法や『司者』の情報を必死に求めていた桜草樹。T市の魔法使いによる誘拐事件に過剰に反応していた桜草樹。



 彼女が知りたい何かを、柚が持っているのだとしたら。



 柚は、桜草樹の目をしっかりと見つめ返して言った。


「分かった。話、聞かせて」

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