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トレーシング・ユア・ワールド  作者: あやめ康太朗
第4章 理不尽と責任

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    手のひらの上の後悔②

 お兄ちゃん。



 柚は、真っ直ぐに自分を見る蓮人を、ただどうしようもない気持ちで見つめ返した。


 蓮人の髪はボサボサで、服も乱れていた。顔は紅潮して、息もかなり上がっている。普段見ないような、余裕のない姿に、息が詰まる。



 蓮人は、扉を開けて、柚を見つめた状態のまま、動かなかった。何も言わず、ただ柚のことを見ている。柚も、何も言えないまま、ただ黙って彼を見つめた。



 しばらく見つめていると、蓮人の呼吸と自分の呼吸とがシンクロするような、妙な感覚に襲われた。視界がゆらゆらと動いている。



 ああ。

 お兄ちゃんだ。



「蓮人」


 朔也が鋭い声で名前を呼んだ。その声に、柚はハッとする。同時に、視界の揺れが収まった。


 呼びかけられた蓮人も、我に返ったような反応を見せると、朔也に対して小さく頷いた。そして、軽く目を閉じてゆっくり息を吐き出すと、靴を脱いで柚たちの方にゆっくりと近づいてきた。



 柚の前まで来た蓮人は、少し躊躇った後、そっとその場に屈んで、柚の顔を覗き込むようにした。


「柚」


 囁くように、蓮人は名前を呼んだ。その声が、とても優しくて、柚は思わず蓮人から目を逸らした。

 ベッドのシーツを、ちぎれそうなほど強く握る。罪悪感で、胸が圧迫される。


「お、兄ちゃん……」

 浅く息を吐くように、柚は声を出した。


「お兄ちゃん、私……」

「うん」


 蓮人が頷く気配がした。柚は、さらに深く顔を伏せた。


「私、は」

「うん、分かってる」


 柚の声を、そっと拾うように、どこまでも優しく、蓮人は言った。



「大丈夫だよ、柚」



 ハッと、柚は目を見開いた。


 出かかっていた言葉が、一瞬で固まって、使えなくなってしまう。柚が持っている全ての言葉から、意味が消えていく。



 ああ。

 また、私は。



「……なさい」


 自分の膝に、ぽつり、と水滴が落ちた。それに続いて、何粒も、何粒も、零れ落ちていく。


「……ごめんなさい」


 上手く息が吐き出せないまま、声を絞り出す。


「ごめんなさい、お兄ちゃん」

「……うん」


 頷く蓮人が、優しい瞳で柚を見つめていることを、柚は分かっていた。顔を伏せていても、分かってしまった。止まらない涙とともに、柚は何度も「ごめんなさい」と繰り返した。


 壊れたように口から溢れるその言葉を、蓮人は静かに受け止めていた。






 どれくらい、時間が経ったのだろう。腫れぼったい目をそっと上げると、柚をずっと見つめていた蓮人と目が合った。


「少し、落ち着いた?」

 深刻さを感じさせないくらい穏やかに、蓮人は微笑んだ。柚は、ゆっくり頷いた。


「身体、辛いよね。横になってなくて大丈夫?」


 蓮人の優しい瞳が、柚の姿をぼんやりと映す。柚は再び頷くと、目を閉じるように伏せた。


「……ごめんね」

 熱っぽい喉から、何度も繰り返した言葉が重い息とともに吐き出される。言いたいことはたくさんあるはずなのに、それを伝えられる言葉は見つからない。結局同じ言葉に辿り着いてしまうのが、もどかしくてたまらなかった。


「いいよ」

 蓮人は、優しい声で答えた。


「柚は、一人の命を救ったんだから。間違ったことはしてないよ」

「でも」


 柚は弱々しく言った。


「でも、『司者』の力のこと、みんなに、知られちゃったし」

「……うん」


 蓮人が、静かに頷いた。その顔が少し伏せられたのを見て、柚の胸がズキリと痛む。



『反逆者、発見』



 スマホの画面に踊る文字。鮮明に思い出せる数々の言葉が、自然と柚や兄たちのものへと置き換わっていく。


 私たちも、あんなふうに。


 あの日見た文字が、徐々に自分たちのものになっていく。肺に何かが詰められているように苦しかった。


「いや、まだ大丈夫だ」


 突然、今まで黙って様子を見守っていた朔也が口を開いた。柚と蓮人は驚いて、彼の方を見た。


「危惧している状況になるのは、あの場に居た参加者たちが柚の力について外部に広めた場合だ。そして、おそらくまだその情報はあの場に居た人たち以外には伝わっていない」


 朔也は、迷いも不安も感じ取れない声で言った。


「柚が力を使ったところを目撃した参加者で、今この一階にいる五人のことは、スマホを使わせないように凪沙が見張っていた。(つくる)勝元(かつもと)も協力しているし、三人ともその五人と離れず行動しているから、まだ外部に連絡を取られたりはしていないと思う」


 そうか。凪沙ちゃんたちが。


 柚はキュッと唇を結んだ。また、助けてもらっているんだ。


「そう気にすることじゃない。柚の情報が外部に伝わらないようにするのは、あいつら自身のためでもあるから」


 朔也が、柚のことを見て言った。柚は小さく頷いた。


 柚が魔力を持っていることが広まれば、魔力を持つ人と親しくしている、ということで、三人にまで探りを入れられる可能性がある。だから、三人が色々と動いている目的の全てが、柚のためではないことは分かっている。けれど、そのような状況にしてしまったのは、柚の行動が原因であることに変わりはない。


「やっぱり、三人にも迷惑かけちゃってるな」

 自然と、呟きが口から零れた。朔也は、そんな柚を少し見つめた後、スッと目を逸らした。


「後で三人と話すと良い。一人で責任を感じ過ぎるのは危険だ」

「……うん」


 柚は、目の前にいる兄のことを少し意識しつつ、素直に頷いた。


「取りあえず、今一階にいる五人についてはそんな状態だ。それに、あの刺された子に関しても、家の人には刺されたことも柚が治したことも伝えずに、魔法使いの魔力の影響で倒れた、と説明すると、社長秘書が言っていた。実際どう説明したのかは知らないが、悪いようにはしていないだろう。だから、目を覚ましたその子が柚のことを話さない限りは、他の人には伝わらないはずだ」


 朔也は、先程の発言による空気の変化を断ち切るように、淡々と続けた。


「参加者以外であの場に居合わせた人は、あの社長秘書だけだが、今回の対応からしても、おそらく五科(いつしな)工業側は柚の力のことを元々知っている。相手が大きすぎるし、俺たちが動いてどうにかできる問題でもない」


 そう言って、朔也は柚たちと目を合わせた。


「だから、これから俺たちがやるべきことは、参加者の六人が他の人に柚のことを伝えないよう、口止めすることだ」

「口止め……」


 なんとも物騒な響きだった。


「口止め、っていっても、どうやればいいんだろう」

 少し表情を曇らせた蓮人が口を開いた。


「プロジェクトが始まって一か月経ったから、参加者同士ある程度仲良くなっているとは思うけど、言ってしまえば知り合ったばかりの他人だから、喋らないようにお願いするだけじゃ無理そうだよね」


「ああ。柚が魔力を持っていることを知ったうえで、柚とともに、『道』を使ったプロジェクトに継続して参加するとなると、参加者のリスクは大きくなる。匿名でネットに書き込むなりすれば、自分とは関わりのないところで柚を晒して、自分から遠ざけることだってできるから、黙っているメリットは少ないと思われても不思議じゃない」


「そんな……」

 柚は思わず呟いた。


 参加者の皆とは、一か月間で大分仲良くなれたと思っていた。皆、当初の印象よりもずっと接しやすくて優しい人たちばかりだ。だから、わざわざ柚の情報を晒すようなことをするなんて、思いたくなかった。


 でも、いくら普段の関係が良好でも、魔法が絡めば話が変わってくるということも分かっている。実際、桜草樹の行動に関してだけでも、突然あれだけ空気が悪くなったのだ。あの雰囲気の中で、誰かが柚の情報を発信していたとしても、何も疑問に思わない。


 でば、デメリットの方が多いかもしれない中で、どうすれば柚のことを口外しないことを約束してもらえるのだろう。


「まあ、多少手荒な方法を取ることも覚悟した方が良いだろう」

 朔也は、はっきりとそう言った。それが当然だとでもいうように。


 手荒な方法。

 弱みを握ったり、脅したり。


 そういうことに関する知識が少ない柚の脳内にも、ぼんやりとそれらの言葉が浮かんでくる。もっと他にもあるのかもしれないけれど、それと似たようなことを自分たちがやらなければならないということに、背筋がゾッとした。


 仕方がないことは、分かっている。それでも。

 そんなことを、してしまったら。

 そんなことをしてしまえば、柚たちは、もう。



 そのとき、唐突に、部屋の扉をノックする音が聞こえた。場違いに軽いその音に、柚たちは一斉に、扉の方に目を向けた。


「どうぞ」


 警戒を滲ませながら、朔也が呼びかけた。すると「失礼します」という声とともに、扉がゆっくりと開いた。



 扉の向こうに現れたのは、社長だった。



「ごめんね、突然。少し話がしたくて。今、良いかな」


 そう言って、社長はニコリと微笑んだ。

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