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トレーシング・ユア・ワールド  作者: あやめ康太朗
第3章 不和と隠し事

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    覚悟の結果⑥

 柚は、三ツ花とともに第一会議室に戻ってきた。参加者はまだ数人戻ってきていないようだった。全員が揃い、景山からの挨拶が終われば、今日の仕事は終わりだ。



 柚は、部屋の中を進み、扉から見て正面にある窓の近くに立った。窓の外には、遥か遠くでせわしなく動く人や車の姿が見える。



 結局、何も起こらなかった。


 柚は、三ツ花に気づかれないようにしつつ、ため息を吐いた。



 あれだけ警戒していたのに、拍子抜けだった。今か今かと神経を尖らせていたのが馬鹿らしく思えてくるくらいだ。引き続き警戒した方が良いのか、それとももう気を緩めて大丈夫なのか、判断しかねてふわふわした気分がする。


「柚、お疲れ」


 先にこの部屋に来ていた勝元が柚に声をかけた。柚は、隣にいる三ツ花に「ちょっとごめんね」と断りを入れると、彼に近づいた。


「お疲れさま」

 返事を返すと、勝元はニコリと笑った。そして、少し柚の顔を見つめた後、自然な動きで周囲の様子を窺うと、声を抑えて尋ねた。


「大丈夫だったか?」

「うん、何もなかった」


 柚も声を抑えて答えた。


「何か、大丈夫だったみたい」

「そっか」


 勝元が、ホッとした表情を見せた。


「昼食べてるとき、柚と桜草樹さん、距離を置いてたみたいだったから心配だったんだ。何もないなら良かった」


 やっぱり見ていたのか、と柚は思った。何となくバツが悪い。


「まあ、今日は何も起こらなかったし、取りあえずは安心だな」

「そうだね」


 勝元がそう言っただけで、途端に安心できた。柚は、「ありがとう」と勝元に微笑んだ。



 そのとき、扉が開いて、桜草樹が部屋に入ってきた。


 彼女はこちらを見ると、気まずそうにして俯いた。そして、扉から真っ直ぐに進み、部屋の前の方の、柚たちから少し離れたところで止まった。


 桜草樹は、話しかけようと迷っているのか、柚の方を時々横目で見ていた。桜草樹と柚の間に挟まれてしまった三ツ花は、居心地が悪そうに俯いてじっとしていた。申し訳ないと思いつつも、どうすれば良いのか分からず、柚は黙って窓の外を見る振りをした。



 昼以降、桜草樹が柚に話しかけてくることはなかった。凪沙の言葉から推測した通り、柚が桜草樹と接触することに危険があるとするならば、やはり無事回避できたことになるのだろうか。



 扉が開き、天瀬と中梛、櫟依が順に入ってくる。これで、十人全員が揃ったようだった。



「本日はこれで終了です。お疲れさまです」


 景山が、いつも通りの挨拶を口にした。それを聞いて、柚は改めて、何も起こることなく終わったのだと実感できた。


 取りあえずは、大丈夫だ。


 柚は、再びため息を吐いた。目が、自然と凪沙を探す。すぐに、部屋の後ろの方の隅にひっそりと立つ彼女を見つけた。



 その姿に、柚はふと、違和感を覚えた。



 今日ずっと、誰とも目を合わせないように目を伏せて、この空間にいる自分の存在を薄くしようとしていた凪沙。その目が、じっと、この部屋全体を、自分以外の人たちを、見据えていた。


 それに気づくと同時に、彼女が今立っている位置が、ちょうど部屋全体を見渡すことができる位置だということにも気が付いた。



 見届けたい。



 深い、深い目。何かを諦めたような、暗い目。

 ざわり、と嫌な予感を胸に感じた。



「一つ、皆さんに連絡があります」


 景山はそう言った。移動しようとしていた人たちも足を止め、皆、彼女の方を見た。


「『特別プロジェクト』が始まってから一か月ほど経ちましたので、一度、計測機器のメンテナンスを行いたいと思います。ですので――」



 と、そのとき、コンコン、と軽いノックの音が響いた。



「どうぞ」

 景山が、短く言った。おそらく社長だと思ったからだろう、少し雰囲気がくだけた声だった。


 しかし、扉は、少し待ってみても開かなかった。


 景山が、怪訝な表情を見せた。


「入って大丈夫ですよ」

 再び景山が声をかけるが、なおも扉は開かなかった。ドアノブが動く気配すらない。


 扉の近くにいた中梛と櫟依が、その様子を見て、不思議そうに顔を合わせた。



 櫟依が、景山の方を見た。景山が頷くと、彼は「開けますよ」とドアノブに手をかけ、扉を引いた。



 スッと扉が開く。そこには。




 ナイフを持った男が立っていた。




「…………え?」



 鈍く反射する刃に、皆の注意も、声も、温度も、全て吸い取られていく。何もかもが薄れて消えてしまったような錯覚を見せながら、部屋が、静止する。


 黒いマントのような服。フードを目深に被っていて、顔はよく見えない。目を疑いたくなるほどに黒い立ち姿の中で、手元だけがきらりと光っている。



 その光が、ちらり、と動いた。



「危ないっ」


 中梛の声が、止まった空気を叩き割った。



 中梛は、櫟依の襟元を掴んで後ろに引っ張った。櫟依の身体が、勢いよく後ろに移動する。それと同時に、男はナイフを持った腕を突き出し、素早く部屋の中へと踏み込んだ。


 ナイフの切っ先が、身体よりも遅れて後ろに動いた櫟依の腕と垂直に交差するようにして、鋭く宙を切った。


 櫟依を引っ張った中梛が、勢いの付いた彼の身体を受け止めて支えた。櫟依は、その直後は中梛にそのまま体重を預ける姿勢だったが、すぐに左手で右腕を押さえて、少し前かがみになった。


「いっ……」

 彼の口から、苦痛に耐えるような声が漏れた。



 押さえた右腕の下の床に、濃い赤色の雫が数滴落とされる。普段見ている赤色とは決定的に違う、生々しいその色。全身の皮膚に戦慄が走った。



「櫟依っ」


 彼の右腕を見た中梛が、怒鳴るように声を上げた。櫟依は、「だい、じょうぶ」と息を吐き出すように小さく答えた。



 勢いよく部屋に飛び込んだ影響で、少しよろめいた男は、そうしている間にもすぐに体勢を立て直した。男は、先程攻撃した櫟依には目もくれず、部屋のさらに奥へと意識を向けた。柚たち参加者が、集まる方へと。


 今まで感じたことがないほどの凶暴な気配が、こちらに向けられている。ナイフの刃が、男の殺意を反映するようにちらりと光った瞬間、柚の喉から、声にならない悲鳴が漏れた。



 黒い影が、ゆらりと動いた。逃げないと、と直感的に思う。しかし、足は、何か別の物質へと変えられてしまったように動かなかった。



 一呼吸置いた後、その影は、力強く地面を蹴り、こちらに突進してきた。一瞬のうちに、その影が大きくなったのを見て、脳が痺れたように働かなくなる。



 ああ。

 まずい。



 近くにいる皆も、誰も動かない。相手の時間だけが相対的に進んでいる感覚がした。終わりだ、と言う言葉を、自分ではない別の誰かが脳内で呟いたように聞こえた。


 男が、ナイフを前に突き出す。さらに、速度を上げる。

 その不安定な切っ先が、特定の誰かに向けられるような気配がした。



 その瞬間、スッと男の前に人影が現れた。



 突然目の前に人が現れて、男はわずかに減速する。その隙に、前に出た人物――景山は、男の突き出した方の腕を掴み、みぞおちのあたりを膝で蹴り上げた。身体に勢いが付いていたこともあり、景山の膝は、激しく男の腹に食い込んだ。


 男の口から、うめき声が漏れる。苦しそうにして身体を少し丸めながらも、男は手に持ったナイフを景山の方へと振った。それを屈んでよけると、景山はそのまま男の身体を力強く突き飛ばした。


 男の身体が、並んだ机へと勢いよく突っ込んだ。衝突した机が、重い音を立てて倒される。なぎ倒された机の間に、男も同様に倒れ込んだ。


 しかし、男はすぐに立ち上がり、再び景山にナイフを振りかざした。景山がその腕を掴む。


 すると、男はもう片方の腕で拳を叩きこもうとした。景山はそれを、開いている方の腕で受けて払った。


 景山は、掴んだ男の腕を思い切り引っ張ると、人がいない棚の前の方へと投げるように移動させた。そして、男がよろめいた隙に、肘を男の腹へと叩きこんだ。


 勢いよく男の身体が後方へ飛ばされ、棚に衝突する。身体と、手に持ったナイフが強く当たったことで、棚の扉にはめ込まれたガラスが、甲高い音を立てて割れた。



 パリーン、と、床にぶつかったガラス片がくだける音が響く。景山は、すかさず男の足を払った。床に叩きつけられる鈍い音とともに、男の身体が、うつぶせの状態になった。



 倒れた男の腕を、ひねり上げるようにして掴むと、景山は、男の手から離れたナイフを蹴り飛ばした。ナイフは、カラカラと軽い音を立てて、部屋の遠くの方へと飛ばされていった。そのまま、景山はその鋭い靴のヒールで男の背中を思い切り踏んだ。



「取り押さえました。もう大丈夫です」


 息を上げることもなく、冷静に景山は言った。その目は、うめき声を上げるフードの男を静かに見下ろしていた。



 一瞬だった。



 目の前で繰り広げられた光景と、自分の感情が、脳でうまく処理できていない。そんな状況で、柚が抱いた感想は、それだった。


 男が現れてから、景山が捕らえるまで。本当に、一瞬の出来事だった。身体を走り抜けた衝撃だけが、場違いなほどはっきりと残っていた。


「櫟依さん、怪我はどうですか」


 景山が櫟依に呼びかけた。その声に、柚はハッとする。周りを見ると、皆もまた、状況を掴みきれていない様子だったが、それでも何とか現実についていこうとしているようだった。


「一応、大丈夫そう、です」

 中梛とともに部屋の隅の方へ移動していた櫟依は、少し掠れた声で答えた。しかし、まだ血は止まっていないようで、傷口から零れた血が、指先からポツリと滴っている。


「まずは止血をしましょう。どなたか手当てをお願いします。それと、この人の腕を縛るためのものを探してもらえますか」


 景山の言葉に、皆、何をすればいいのか分からないけれど取りあえず、といった様子で動き始めた。柚も、恐怖や安心といった感情をきちんと認識できないまま、強張って床に張り付いていた足を何とか動かした。



 一歩一歩、ゆっくり動きながら、柚は、恐る恐る捕獲された男の方を見た。



 景山に片腕を掴まれ、身動きが取れない状態の男は、フードのせいで相変わらず表情が見えなかった。逃げようとしているのか、掴まれていない方の腕をしきりに動かしている。もし景山が今彼を離してしまったら、逃げることができてしまうのだ、と思うと、今更ながら、身体の奥底から這い上がってくる恐怖を感じた。



 恐怖から逃れようと、目を逸らそうとしたところで、柚はふと、男の動きに違和感を抱いた。



 腕の動きが、だんだん、小さくなっていく。初めは、逃げようともがいているように見えた腕が、次第に何かに対して伸ばされているような動きに変わっていく。



 それはまるで、自分が欲しい何かを取ろうとしているような。

 何か、決まった目的のために、手を伸ばしているような。



 腕の動きが、止まる。さらに、腕が伸ばされる。


 カチャリ、と、ガラスのようなものが触れ合う鋭い音がした。


 どこかに向けられた男の手のひらで、空気が妙な動きをした、ように見えた。



 まさか。

 恐怖が、身体を貫いた。手が向けられた先。柚は、その先を、ゆっくりと、振り返った。



「……おい」


 同じことに気が付いた中梛が、鬼気迫る声で叫んだ。


「危ない、避けろっ」



 カチャリ、カチャリと床に散らばったガラス片がひとりでに宙に浮きながら集まっていく。ナイフのような、塊が出来上がる。



 振り返った先。

 ガラスの塊が、宙を切った。



 そして。


 ぐさり、と。

 聞いたことがないような鈍い音が、床に落ちるように、響いた。



「…………あ」



 腹部に、深々と突き刺さったガラスのナイフ。それを、桜草樹は、信じられないものを見るような目で、見下ろしていた。



 突き刺さったガラスの塊が、軽い音を立てて崩壊した。元の破片の大きさへと戻ったガラスは、床に落ちて、さらに細かい破片へと砕けた。それと同時に、目を疑うほど真っ赤な液体が、桜草樹の傷口から溢れ出した。


 桜草樹は、刺されたところを両手で押さえた。そしてそのまま、うずくまるように、ゆっくりと倒れた。どさり、という音と、ガラス片が身体と擦れる音が重なって聞こえた。



 何が起きたのか、分からなかった。



 倒れた桜草樹の傷口のあたりから、じわりじわりと、赤い水溜りが広がっていく。その尋常でない量を見た途端、唐突に理解した。



 刺されたんだ。

 桜草樹さんは、魔法使いに。



 誰かの悲鳴が聞こえた。それが、自分の口から出たものだと認識するのに、少し時間がかかった。



 ざわめきと、悲鳴が、徐々に部屋に広がっていく。



 櫟依のそばを離れ、男の近くまで来た中梛が、魔法を繰り出した手を思い切り踏みつけた。そして、景山から奪い取るように男を掴んで少し起き上がらせた状態にすると、素早く男の背中側へ回り、その首に腕を絡ませた。しばらくすると、弱々しく抵抗していた男の腕がだらりと垂れ下がった。


「どなたか、救急車を」


 男の腕を紐で縛り上げながら、景山が短く呼びかけた。景山と目が合った勝元が、「分かりました」と慌てた様子でスマホを取り出した。


 そうしている間にも、赤い水溜りは広がり続けていた。


 ゆっくりと、それでも止まることなく、血液は桜草樹を起点に流れ続けている。こちらを嘲笑うかのように、確実に。その動きから、目が離せない。



 血が。


 視界から飛び込んでくる赤色で、頭の中も埋め尽くされていく。



 おびただしい量の血液。

 このままじゃ。



 苦痛に歪んだ桜草樹の顔。

 全身で熱いものが脈を打つ感覚がする。



 このままじゃ、桜草樹さんは。

 死んでしまう。



 熱が、身体中を巡る。思考を染め上げた赤が、ちらちらと点滅する。

 震える息が熱い。視界がグラグラと揺れる。



 助けなきゃ。

 一歩、柚は前へ出た。踏み出した足が、ガラス片を踏む。



 早く。

 早く、助けなきゃ。



 点滅が、脳を激しく揺さぶる。叩きつけるように、唸るような音が、響いている。



 早く。

 助けなきゃ。

 私が。

 私が。



 柚は、パッと桜草樹に駆け寄った。そして、傷口を抱えた腕をこじ開けるようにほどいた。



 あらわになった、生々しい傷口。切れた服から覗いたその傷口に、柚はサッと右手をかざした。そして、身体を巡る、沸騰してしまいそうなほどの熱を、かざした手のひらに集めた。



 お願い。桜草樹さんを。

 桜草樹さんを助けて。



 目の奥がカッと熱くなる。その瞬間、ふわり、と緑色の光が現れた。穏やかな緑の光は、出血し続ける桜草樹の傷口を、そっと優しく包み込んだ。


 光の中で、傷が、ゆっくりと、逆再生をするように塞がっていく。赤い口を閉じて、元の綺麗な白い肌へと、戻っていく。


 それでも、その速度は焦れったいほどに緩やかだった。



 追いつかない。

 もっと、力を。



「……あ」


 微かな声が、耳に届いた。見ると、薄く目を開けた桜草樹が、柚の方を見ていた。


「し、ろばさ、んが……」


 囁くような、弱々しい声が、彼女の口から漏れる。柚は、あいた方の手で彼女の手を握ると、弱々しく揺れるその瞳を、しっかりと見つめ返した。


「大丈夫」

 力強く、柚は言った。

「大丈夫。今、助けるから」


 桜草樹の、僅かに声が混ざった小さい吐息が聞こえた。そして、それを残して、彼女はフッと意識を失った。



 大丈夫。絶対に助けるから。


 柚は、さらに手に力を込めた。それに応じて、手の中の光が勢いよく弾けた。



 弾けた光が、細いリボンのように波打ちながら、柚と桜草樹の周りに大きく広がる。その光が、森の中を風が通り抜けていくような微かな音を立てながら、少しずつ、葉を茂らせた蔓の形に姿を変えていく。



 透き通った緑色の蔓は、桜草樹の傷口まで近づくと、それを優しく撫でた。何本もの蔓が同じように傷口を撫でる。そして、束になるほど集まった蔓は、それぞれ思い思いの方向に伸び、ふわりと桜草樹の身体を包んでいく。



 あと、少し。


 柚は短く息を吸うと、破裂してしまいそうなほどに熱い手のひらに、さらに力を注いだ。


 あと、少しで。



 ぐるぐると目まぐるしく全身を回る力に意識を持っていかれないよう、柚は歯を食いしばる。


 緑の光が、桜草樹の身体を完全に覆いつくした。一拍おいて、その光は、時間を巻き戻すように、桜草樹の身体をそっとなぞるように、するするとほどかれていく。短くなっていくその蔓は、平たい形に戻りながら、静かに柚の手のひらに収まって消えた。



 宙に残った緑の光の粒が、木漏れ日のように桜草樹に降り注ぐ。柚は手を伸ばして、そっと桜草樹の肌に触れた。そこに、大きく開いていたはずの傷口は、全く見当たらなかった。ただ、赤く染まった服の切り口だけが、残されていた。



 桜草樹の顔を見る。血色もよく、穏やかな表情をしている。


 良かった。


 柚は、少しずつ、慎重に、息を吐き出した。



 全身が火照っていて、内側から壊されてしまいそうな感覚がした。頭もぼんやりとしている。それでも、柚の胸には、心地良い温かさの安堵がいっぱいに広がっていた。



 良かった。

 助けられた。

 死なずに、済んだんだ。



 肩で息をしながら、柚はゆっくりと、かざしていた右手を下ろした。指先から、順に熱が引いていく。入った力はまだ抜け切ることはなかった。


 本当に、良かった。


 柚は、目の前で眠っているように小さく息をしている桜草樹を見つめた。そして、視線を上げて。




 目を、見開いた。




 ……ああ。



 息が止まる。頭が、身体が、痺れたように動かなくなる。



 目を見開いて柚を見つめる参加者たち。衝撃で支配された視線を、皆、柚に向けている。



 柚は、緩慢とした動作で顔を床の方へ向けた。床の上に散らばったガラス片。そこにぼんやりと反射する、不思議な模様と、緑色の瞳。



『綺麗な模様が浮かんだ、光る緑色の目をしてたってことだけは覚えてたから』


『魔力を使ったときは、『司者』の瞳にはそれぞれ固有の模様が浮かび上がり、それぞれの色に光る。瞳の色は、『生命の司者』は緑、『時の司者』は青、『創造の司者』は橙だね』



 ああ。

 そうか、私。



『向こうはこっちの情報を持っていて、かつ進んだ魔法の技術を持っている。参加を拒否したらどうなるか、分からない』


『もしもこれより深く踏み込んできて、それを誰かが他の人に話したりすれば、俺たちはかなりの確率で社会的に生きていけなくなる』


『反逆者、発見』


『『司者』だっけ? 何か、そういうのらしいよ』


『大袈裟じゃないよ。その些細なことのせいで、生活が壊れる可能性だってゼロじゃない。疑いをかけられるだけでも、生きづらくなる。どこから情報が漏れるか分からない』



 頭の中で、言葉がぐるぐると巡る。

 ああ、私は。



 熱中症になったときのように、視界が白んで、周囲の音と空気が遠くなる。身体の内側が、熱さに蝕まれているように痛い。


 意識が遠のく。緑の光の欠片の瞬きを残しながら、狭まっていく視界が傾く。誰かが柚の名前を呼んだ声が、遥か遠くから聞こえた。



 完全に意識が途絶える直前、やるせない表情をした凪沙の姿を、視界の端に捉えた気がした。



    《第三章 終》

第3章終わりです。ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

一話目から柚がずっと抱えていた隠し事は、読者の皆さんに対しても上手く隠せていたでしょうか。


第4章以降は、明らかになった事実を踏まえて、柚たちはどう行動するのか、そして、他の参加者たちが抱える事情とは何なのかを書いていきます。第3章までのセリフや行動の意味の答え合わせをしながら、新たな展開を楽しみに読んでいただけると嬉しいです。

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