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トレーシング・ユア・ワールド  作者: あやめ康太朗
第1章 始動

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    招待状⑤

この話の前半あたりで入ります社長のスーパー説明タイム及び質問タイムは、軽く読み飛ばしてもらっても大丈夫です。

ちゃんと読むと疲れます。

雰囲気だけ感じ取ってください。

「失礼します」


 入ってきたのは、五科工業の社長だった。百合に言われた後に自分で調べてみたけれど、彼の顔はそのときに見た顔そのものだった。


 社長が真ん中まで進んでくる。そして、身体の向きを変えると、柚たちの方を見てにこやかに挨拶をした。


「こんにちは。株式会社五科工業の社長、五科誠司(いつしなせいじ)です」


 社長が微笑んだ瞬間、空気が、変わった気がした。


 柚は社長の顔を見て、封筒が届いた日に百合が言っていた言葉を思い出していた。


 私たちと同じくらいと言っても通じるほどの少年を残した顔つき。さらりと揺れる髪。深緑の瞳に浮かぶ光は、穏やかで優しかった。全身から醸し出される雰囲気は、野原や森を包み込むそよ風のようだった。


 すごいぞ、百合。

 まぶしすぎる。



「本日はわざわざお集まりいただき、本当にありがとうございます。皆さんにお届けした手紙には、大まかな内容しか書くことができず、戸惑いを覚えた方も多いと思います。御迷惑をおかけしましたこと本当に――」


「社長」

 景山が突然、社長の言葉を遮った。景山は社長を見ずに、静かに言った。


「緊張しすぎです。高校生相手だから固くなりすぎないようにしよう、とおっしゃっていたではないですか」

「……はい」


 照れたように少し目を伏せると、社長は再び私たちに笑顔を向けた。


「えーっと、じゃあ、話を続けます」

 社長は、さっきよりも砕けた口調で話し始めた。


 社長、かわいいな。



「では、早速ですが、まず、『特別プロジェクト』について話そうと思います」


 前の壁に沿うように、天井からスクリーンが降りてくる。そして、そこに『特別プロジェクト』という文字が映された。



「これは、僕と前社長が前々から考えていたことで、『特別』という大層な名前はついているけれど、特に変わったことではないです。


 あの『大災厄』から百年が経って、最近の社会は、紛争や犯罪が絶えなかった昔の社会と比べてずっと平和になり、死というものへの危機感や心配はかなり減ったと思います。しかし、それ故に、死につながる精神的な問題は大きくなっている。自殺の多さは近年問題になっているし、それに、労働者の過労死や介護、子育ての疲れなどもよく見られる。これから先、それらのせいで命を絶ってしまう人を減らしていくこと、精神的な問題にいち早く気づくことが大切だ。


 この研究は、そのことへの対策として取り組んでいくものです。では、資料の一ページ目をめくってください」



 言われた通り、資料をめくる。紙がめくられる間抜けた音が、ざわめきとなって固い空気の流れを揺らす。上手くめくれずに、柚の紙の音だけ一拍遅れて聞こえた。資料には、研究目的、研究内容、という見出しの下に、箇条書きで文がまとめてあった。



「僕たちは、対象者の精神状態の変化を察知し、素早く伝えてくれる機械の開発を考えています。


 これまでにも、心拍数や血圧などを測定して、その人の身体の状態を把握する機械は存在していたけれど、今回の研究では、更に詳しいところまで解析できるものを目指しています。感情の状態を、自律神経などの身体の状態から計測して数値化し、記録する。また、どのような状況での変化が激しかったのかも同時に記録し、対象者の状態を長期的に観察、分析し、そのレベルを把握できるようにする。これを世の中に普及させることで、『気が付かなかった』という状況を減らしていきたい、と考えています」



 スクリーンに映されたスライドが切り替わる。社長は、それを指し示しながら説明を続けた。



「でも、まだ不完全な部分も多く、正確な測定も今の段階では難しい。ここに示したような課題点もある。だから、多感な時期である高校生の君たちに、一年間という期間を設けて、その研究の対象として協力してもらいたいと思っています。つまり、皆さんにはこの製品のモニターをしてもらいたい、ということです」



 紙をめくる音があちこちで聞こえる。柚も合わせて次のページに移動する。



「まだ機械の形は決定していないけれど、今の試作品は資料にあるように腕時計型になっているから、それを付けてもらいます。今使っている腕時計がある場合は、それに同じ機能を入れることもできるので、今日は腕時計を持参してもらいました」



 資料には、その写真が載っていた。普通の腕時計。その中に、数ミリ四方の小さなチップのようなものが示されていた。


 周りの人を見ると、それぞれの腕に、時計らしきものがちらりと見えた。柚は、腕時計をつけてない腕を、もう片方の手でそっと隠すように触れた。



「自分の状態を他の人に見られるのは、気分の良いことじゃないかもしれない。けれど、詳しい感情そのものが記録させるわけではなく、感情による身体の変化が主に数値となって記録されるだけで、それを管理できるのは限られた人間だけだから心配しないでほしい。公表することも、これ以外の研究に使うこともない。ただ本当に、研究のための資料として開発部の数人の目に触れるだけだ。そのデータにも、君たちの名前などの個人情報は書かないで、全て匿名で保存される。だから、ぜひとも協力してほしいです。個人情報の取り扱いについての説明書類や同意書も、後ほど配布します。よろしくお願いします。


――内容の説明は以上です。報酬は、以前書面で提示した金額を、だいたい二か月後、任意で参加してもらえるアルバイトの初めの給料日と合わせて渡すつもりです。この時点で、何か質問がある人はいますか」



 社長が柚たちをぐるりと見回した。反応を窺うような空気が流れる中、スッと手が上がった。


 手を挙げたのは、金髪の美人な女の子だった。くっきりとした顔立ちに、意志の強そうな表情を浮かべている。腰あたりまで伸びた髪は、丁寧に手入れがされている様子で艶やかだった。


「いくつか質問、いいですか」


 彼女は凛とした声で社長に尋ねた。


「いいよ」


 社長が頷くと、彼女はすっくと立ち上がった。姿勢が良い。どこか良いところの出なのだろうか。


「まず、一つ目です。集めたデータは特定の人の目にしか触れないとおっしゃっていましたが、自分自身のデータを見て確認することなどはないのですか。ただ、データの提供をするだけでいいのですか」


「はい、基本的には本人への確認はなく、その特定の人が一方的に見ることになります。しかし、気になるところがあれば確認をしてもらうこともあると思います。あと、もしも自分のデータを確認したい場合は、僕に伝えてくれれば見せることもできます」


「ありがとうございます。では、次に、測定機能が付いた腕時計ですが、外さずにずっとつけておかなければなりませんか」


「いや。入浴時や、就寝時、料理をする時などでは、必要に応じて外しても大丈夫です。でも、なるべく長い間つけておいてほしいので、必要最低限でお願いします」


「わかりました。最後に、この機能を付けることで、人体への影響や、日常生活への支障はありませんか」


「はい。測定は電波を用いて行いますが、それが身体や身の回りの電化製品などに影響を及ぼすことは、今の段階でははっきりと断言できませんが、おそらくありません。安心してください」


「はい。ありがとうございました」


 女の子は、頭を軽く下げると、静かに着席した。



 柚は呆気にとられたように、ポンポンと繰り返される質疑応答のキャッチボールを眺めていた。


 すごい。

 柚はまっすぐに前を向いて座っている彼女を見た。あの場所で、大企業の社長に対して、あんなに堂々とした態度で、明瞭な質問をする彼女のことがまぶしく見えて仕方がなかった。



「他に質問がある人は、後からでも、個人的に僕に聞きに来てください。では、次に、研究とは別の事務仕事についてです」


 ドキドキと胸が高鳴る。任意でできる仕事。なるべく多く稼ぎたい柚にとっては、一番聞きたい内容だった。


「頼みたいのは、簡単な事務仕事や清掃などです。言ってしまえば、雑用、です。これは自由参加なんですが、働いてくれた分だけ、最低賃金にはなってしまいますが給料を渡します。アルバイトみたいな感じです。こういう大きな企業という環境の中で高校生が働くことは、いい経験にもなると思いますし――」


 と、そこで社長は言いにくそうに言葉を止めた。言おうか言うまいか、迷っていることがあるようだった。少し悩んだ後、社長はニコッと笑って言った。


「――というのは表向きの理由で、本当は、その、人件費削減的な問題で」

「何を喋っているんですか」


 景山の鋭い注意がすかさず飛んでいって社長の頭に突き刺さる。


「いや、えっと、ちゃんと話しておこうかなと思いまして……」

「まあ、別に私は構いませんよ。お話を遮ってしまい、申し訳ありません」

「……はい、こちらこそ」


 力なく笑うと、社長は再び話を始めた。

 何か、二人の力関係が見え始めてきたような。


「嫌な言い方にはなるけれど、高校生の君たちに、安めの労働力で働いてもらいたくて。ご協力お願いします。そのついでに、時々計測機械の点検もしたいと思っています。今年、高校三年生の人もいるので、無理はしないでください」


 柚は、資料に印刷された時給の数字を眺める。柚の住んでいる地域の時給と比べると、かなり高い。都心の最低賃金の高さに少し驚いた。


「それと、皆が集まる場所はこの部屋になります。君たちの労働は、僕が直接管理するつもりです。この取り組み自体、一部の人しか知らないので、あまり公にしたくなくて、というかできなくて」


 そして、苦笑する。


「……僕、周りの反対も多い中で無理に社長に就任したから、今立場が危うくて。社内では、僕のことを快く思っていない人だって多いと思う。で、使おうとしている道具とかも、知られたらかなりまずいんだけど――」


 思わず言ってしまった言葉なのだろう。そう言った後で、社長は恐ろしいことに気が付いたようにハッとすると、ギラリと目を光らせる景山を気にしながら、慌てて首を左右に振った。


「あー、でも、安心して。何かあった時は、ちゃんと僕が責任取るから。君たちに決して危険はないよ。話したことも騙している訳じゃないから、信用してくれると嬉しい。あーでも、非公式だから家族以外の人には話さないようにしてください」


 景山の目の光が穏やかになっていく。それを確認して、社長だけじゃなく柚たちも胸をなでおろした。



「では、続いて寮のことについて話そうと思います」


 社長はそう切り出すと、資料のページをめくるように促した。



「寮は、ここから十分ほど歩いたところにあります。そこに、一人一部屋用意してあります。

 参加者の皆の中には、ここから離れた遠い場所に住んでいる方もいると思います。今日もここまで来るのに時間がかかったと思うので、ぜひ利用してほしいです。しかし、寮に住むことで今度は自分が通っている学校に行けなくなってしまうという心配があると思います。だから――先に言ってしまうと、その寮には、特別な技術を用いた仕組みがあります。それは」



 そして社長は、よどみない口調で、さらりと言った。



「寮と、ある一点の間の空間を切り取って、一瞬で移動できるような距離の通路で繋げたものです。――これは、魔法使いが使える、転移魔法を応用したものです」



 魔法使い、という言葉に、微かに空気が揺れたのがわかった。何かが背中に触ったように感じて、柚は思わず背筋を伸ばした。



 魔法使い。

 関わったり、口に出したりしてはいけない存在。



「例えば、繋げる対象の場所を自宅に設定したとすると、寮にある自分専用の通路を通ることで、何歩か歩くうちに、自宅の目の前に辿り着いている、というようなことです。この後その寮に向かうので、その時に実際に見てもらった方が早いと思います」



 背中をツーっと汗が流れて、むず痒い冷たさを残していく。


 ごく普通のことを告げるように、平然と魔法の話をする社長。穏やかな表情の彼が、始終変わらないその態度が、何か恐ろしいものに見えてたまらなかった。つま先から、自分の中身を抜き取られていくような感覚がする。



 それは、タブーであり、忌避されるものの、はずなのに。


 技術に応用できないものの、はずなのに。



 社長は、ずっと全員の顔を見渡しながら話している。それに対して今までは特に何も感じていなかったが、社長が柚の方に目を向けた瞬間、心臓が頭を突き抜けてしまいそうなくらい激しくドクン、と飛び跳ねた。柚は社長と目が合う寸前に、パッと視線を手元の資料に向けた。



 単に気が付かなかっただけかもしれないけれど、柚一人の行動なんて気にも留めない様子で、社長はまた言葉を続けた。



「寮が用意してあるからといって、無理にそこで過ごさなければならないというわけではありません。そこで暮らしたい人は暮らしてもいいし、今まで通り自宅で暮らす人は、自分の部屋が一つ増えた、みたいな感覚で自由に使ってくれればいいです。参加者同士の交流の場にもなればいいとも思っています。料金や設備など、詳細は書類に示してあるので、目を通しておいてください」



 とにかく今は何も考えずに冷静になろうと、言われた通り、資料を見てみる。そして、そこに書いてある料金についての一文を見て、思考が停止した。今までの感情がどこかへ吹っ飛ばされる。書類を握る手が震えて、その文がぶれて見えた。



『寮の料金は、プロジェクトの中に含まれるため、基本的に無料です』


 どういうことだ、これは。



「では、取りあえず説明は以上で終わりますので、何か質問がある人は個人的に聞きに来てください。このあと寮に向かいますが、遅れている一人がもうすぐ来ると思うので、全員がそろってから移動したいと思います。僕と景山さんは席を外しますが、もう少しの間、ここで待っていてください」


 そう言うと社長は、柚たちに軽く礼をして部屋から出ていった。その後に、スクリーンを操作して元のように戻し、同じように礼をした景山も、素早く手元の書類などをまとめて部屋を出ていった。

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