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トレーシング・ユア・ワールド  作者: あやめ康太朗
第3章 不和と隠し事

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    事情と衝突 ④

 扉が閉まる音が聞こえてすぐに、中梛はまた舌打ちをした。


「何なんだよ、あいつ」

「まーまー、落ち着いて」


 天瀬が、そう言って中梛をなだめた。


「いやー、何か怖かったね。女の子同士の揉め事、今までにも見たことあったけど、それと比べても結構すごかったよ」


 少しも怖がっていない口ぶりで、天瀬は言った。


「ムラサキもすごいよね。あんな状況で凪沙センパイに声かけるなんて」

「別にすごくねえよ」


 中梛は不機嫌そうに答えた。そして、凪沙とのやり取りを思い出したのか、更に表情を険しくした。


「あいつの態度が気に食わなかっただけだ」


「……確かに、俺もあれはやりすぎだと思った」

 櫟依が、少し言いにくそうにしながら発言した。


「桜草樹さんが色々探ろうとしてたの、気になってはいたけど、あそこまで言うほどじゃないと思う。もちろん入月先輩の言い分も分かるけど、自分たちの身に危険があるかもしれない、って言ってるだけで、実際に被害に遭ったわけでもないのに、あんな、桜草樹さん本人を否定するみたいな」


「そうだよねー。桜草樹サン、かわいそうだったな」


 天瀬も、櫟依に同意した。


「あんなの、ただのいじめじゃん。実は凪沙センパイ、いじめっ子だったりして――」


「――そんなことないよ」


 天瀬の言葉を、創が遮った。


「凪沙はいじめなんかしない。勘違いされやすいけど、理由もなく人を傷つけるなんてことしないよ」


 温厚な創には珍しく、その言葉には天瀬に対する怒りが込められていた。それをなだめるように、勝元が苦笑して言った。


「ごめんな。あいつ、いつもあんな感じだから。今回のはさすがに一方的すぎると思ったけど、凪沙にも凪沙なりの考えとか、こうしないといけなかった理由があるんだと思う。だから、あんまり厳しく言わないでほしい」


「あんなのを目の前で見せられておいて?」


 中梛が、勝元を睨んだ。


「天瀬も言った通り、あんなのいじめだろ。それなのに、どう見ても加害者のヤツを悪く言うなって?」


「いじめじゃ、ないよ」


 柚は、震えそうになりながら、口を開いた。すくみ上がってしまいそうな鋭い視線が、今度は自分に向けられる。柚は、逃げ出したくなるのをぐっとこらえて、中梛を正面から見た。


「凪沙ちゃんは、いつも、色んなことを見て、たくさん考えて、行動してるから。だから、今回のだって、きっと何か事情が――」


「理由とか事情とかうるせーんだよ」


 荒々しくそう言うと、中梛はさらに強く柚を睨んだ。柚の喉の奥から、悲鳴のような息が漏れる。


「何か理由があれば、あんなことしても許されるって? 関わりたくない奴がいるなら、お前らがここに来ないようにすりゃあいいのに、そいつを追い出そうとするとか、本気で頭おかしいだろ」


 何も、言えなかった。柚は、耐えられずに俯いた。


 でも、それは。



「大体、あいつがあんなことするのは、お前らのためなんだろ。人のこと傷つけて、それで自分らは守ってもらえて、それで満足かよ」



 中梛の言葉が、胸の真ん中に、深く突き刺さる。


 そんなこと、分かっている。



 凪沙はいつだって柚たちを守るために動いてくれる。そんなこと、柚だって分かっている。柚を守るために、凪沙が作る必要のない傷を作っていることくらい、やりたくないことをやっていることくらい、分かっているのだ。



 でも、だって、凪沙ちゃんは。

 誰よりも悩んで、考えて、その上で、闘ってくれる、のに。



「お前ら四人、ここに来てもずっと身内で固まって騒いでんの、前から気になってたんだよ。十人選ばれたうちの四人ってだけでおかしいのに、当然のようにでかい顔して。それで、その一人が変なことやっても、責めもせずに三人そろって庇ってよ」


 中梛は、柚たち三人を順に見回した後、吐き捨てるように言った。



「マジで気持ちわりいよ、お前ら」



 ぐさり、と、突き刺さった言葉がさらに奥深くに押し込まれた感覚がした。息が上手くできなかった。



 気持ち、悪い。

 そんな、こと。



「そんくらいにしといてあげなって」


 天瀬が、抉られた場所をつつくように、軽い調子で言った。


「まあ、オレも、四人だけでくっついて、庇い合っちゃって、何かちょっと変だよなーとは思ってたけどさあ、ちょっとだけ」


 でも。

 だって、それは。


「それに、神経質すぎないかなあ。自分たち以外の、自分たちに接触してくる人みんなが全員敵みたいな感じじゃん、何か。魔法とかについてヤバいほど警戒して、それで四人ともT市出身ってさ」


「四人そろって、被害妄想が激しいって?」


 勝元が、感情のこもらない平坦な声で言った。


「一方的な被害者意識を持った、気持ちの悪い奴らだって?」


「……そこまでは、言ってないけど」


 初めて見る勝元の態度に虚を突かれた様子で、天瀬は答えた。勝元は、普段とあまり変わらない表情のまま、普段よりずっと静かな声で言った。


「俺たちの態度が気に障ったなら謝るよ。けど、中梛が気に入らない言い方になるけど、俺たちにも事情がある。凪沙が、自分たちの状況を他の人に知られて責められることを警戒しているのにも、理由がある。許してくれとは言わないけど、勝手なことを言うのはやめてほしい」


「事情、ねえ」


 天瀬が呟いて、勝元から視線を逸らした。


「魔法使いとか魔法研究者とちょっとでも一緒みたいな扱いをされるの、そんなに嫌なの?」

「え?」


 その声には、いつもの軽薄さがなかった。見ると、天瀬は、今まで見たことがないくらいの真面目な顔をしていた。


「魔法と関わってたら、反逆者って言われて嫌な思いもすると思うよ。だけど、先輩たちが言ってるのは、魔法に関係してるのは周りからおかしいって言われるヤバい人で、自分はそっち側として見られたくないとか、そういうこともあるでしょ」


「そんなことは」


「ルリちゃんも社長も言ってたじゃん、大丈夫だって。昨日のニュースみたいな事件を起こした、明らかにヤバい魔法使いがいるのに、ただちょっと『道』を使っただけの一般人が、そこまで責められることなんてあるのかな。さっきはバレたらヤバいかもって言ったけど、桜草樹サンにあんなにひどいこと言うほどのものなのかなって。ちょっとした噂話程度で終わるんじゃない?」


「それは、そうかもしれないけど」


 勝元が、歯切れの悪い返答をした。それを、天瀬は冷めた目で見た。


「がっかりした。勝元センパイも、やっぱりそんな感じなんだね」

「そんな感じ、って?」

「魔法とかをすごい嫌ってる、魔法使いを見つけてはネットに晒して叩いてる人みたいな感じ」


 天瀬の言葉に、勝元は少し驚いた反応を示した。魔法使いの存在を忌避することが一般的で常識だという中で、天瀬が逆の発言をしたことは、柚にとっても意外だった。


「……天瀬は、違うんだな」

「うん」


 あっさりと、天瀬は頷いた。


「だってさ、もう百年も前の話でしょ。そんな昔の、見たこともないことをいつまでも言い続けるって、何か面倒だし、どうでもいいし、えっと、何て言えばいいかな」


「実際に被害に遭ったわけじゃないのに、よく知りもしないヤツのことを吊るし上げるのはおかしいってことだろ」


 そう言った中梛は、合っているかどうか確かめるために、天瀬を見た。天瀬は、「そうそう」と答える。


「オレが気になってるのはそれなんだよね。実際に被害に遭ったわけでもないし、その人と会ったことも、魔法をちゃんと見たこともないくせに、正しいことしてるみたいに、一生懸命にその人を責めて避けようとするの、普通に気分悪いかも」


「それは、ちょっと思ってた」

 櫟依が同意して頷いた。


「だよね。でも、こんなこと言ったら、オレも桜草樹サンみたいに怒られて、ヤバいやつみたいな扱いを受けるのかなー、なんて」


 そう言って、天瀬は勝元の方をちらりと見た。勝元は、ただ黙って天瀬を見ていた。



 もう、やめてほしい。



「凪沙センパイとか、特にそんな感じするなー。必死だよね、ホント。まあ、怖いのは分かるけどさ」

「何も知らないヤツに限って、理由もなく過剰に怖がるんだよ」


 中梛がうんざりした様子で言った。


「世の中で悪く言われてることをそのまま受け取って、騒いでんだよ」



 違う。

 明らかに柚たちの方を向いた言葉に、柚は小さく首を振る。



 違う。凪沙ちゃんはそうじゃない。

 勝元くんも、創も、そうじゃない。

 私も。



「あ、ごめんね、色々言っちゃって」


 天瀬が、誰に対してなのか分からないけれど、ニコリと笑って謝った。


「桜草樹サンに言ったこととか、四人の考え方とか、ちょっと気になってたから――って、あれ?」


 天瀬が突然、柚のことを見た。


「ごめんね。ちょっときつく言いすぎたのかな。そんな顔しないでよ、ユズ」


 天瀬が柚に歩み寄ってくる。柚は、ゆっくり俯いて、天瀬が視界に入らないようにした。


「ムラサキが怖かったのかな」

「別に変なこと言ってねーよ、俺」


 中梛がため息を吐いた。「そーだね」と天瀬は笑う。


「ごめんね。でも、さすがに他の人のことを敵みたいに見て傷つけるくらい警戒するのは、ちょっとなーって思っただけだよ。別に魔法の被害に遭ったわけでもないのに、魔法とかを嫌がるのも、ちょっとなーって」



 頭の上に、天瀬の手のひらが乗せられた感覚がした。その瞬間、パッと昔の光景が脳で弾けた。



 魔法の被害。

 違う。

 だって、お母さんは。お父さんは。



「そんなに怖がることないよ。桜草樹サンだって、他の人にバレないように気を付けるだろうし。凪沙センパイが言うようなことにはならないよ」



 だって。

 だって、お兄ちゃんは。



「あ、でもやっぱり怖いよね。それはしょうがないし、普通のことだから――」



「――勝手なこと言わないでっ」



 気が付いたら、叫んでいた。


 柚の頭に手を置いた天瀬が、息を飲んだ気配がした。けれど、そんなことはどうでもよかった。柚は、胸のあたりにある、ぐちゃぐちゃした熱い塊を、勢いに任せて吐き出した。



「何にも分かってないのは、勝手に決めつけてるのはそっちだよ。決めつけてひどいこと言ってるのはそっちだよ」



 息を吸うのが辛かった。ただ、身体の中の熱を吐き出すのに夢中だった。吐き出せば吐き出すほど、身体の震えが大きくなっていく。



「私のことなんて知らないくせに。凪沙ちゃんが今までどんな思いをしてきたかなんて、知らないくせに。勝元くんが、創が、どんな人生を送ってきたかなんて、全く知らないくせに」



 桜草樹が同じような発言をしていたのに対して、凪沙は甘えだと指摘していたけれど、それだって、もうどうでもよかった。



 何も知らないのは。

 魔法と関係のないところで、魔法の存在なんて気にしないで、脅威にさらされずに生きてきたのは。

 そっちの方じゃないか。



「何で凪沙ちゃんが言った通りにはならないって言いきれるの。じゃあ、何で凪沙ちゃんはあんなに必死になって桜草樹さんを遠ざけようとしたの。危険があるからじゃないの」



 何で。



「何で、魔法のせいで何回も、私の家族が壊されないといけないのっ」



 いつの間にか溢れてきた涙が、頬を伝う感覚がした。熱かった。



 そんなの。



「そんなの、怖いに、決まってるよ……」



 頭から、天瀬の手の感覚がゆっくりと離れた。それを機に、フッと身体の力が抜けた。



「柚」


 隣に来ていた創と勝元に、身体を支えられる。柚は、そのまま地面に座り込んだ。


 外へと出した熱のせいで、身体の表面が熱く、内側が冷たくなっていた。このまま、自分の身体が全て空気に溶けてしまいそうな気がした。


 悔しかった。

 どうしようもなく、悔しかった。



「……悪かった」


 ややあって、中梛が、呟くように言った。それに、柚は首を横に振る。


 ダメだ。こんなことを中梛や天瀬に対して言ったって、仕方がないのに。


「ううん。私の方こそ、ごめんね」


 二人は悪くない。ただ、柚たち四人の態度を注意しただけだ。それなのに、柚の事情を出して怒るなんて、それこそ、被害者になりたがっているみたいだ。八つ当たりだ。


「こんなこと言って、ごめんね。気にしないで」



 私の、問題なんだから。



 止まる気配のない身体の震えと涙を隠すように、柚は座り込んで俯いたまま、もう一度「ごめんね」と謝った。



「……もう、今日は解散にしよう」



 柚の隣で、勝元が静かに呼びかけた。


「嫌な思いをさせてごめん。俺が初めに、もっとちゃんと話し合おうとしていれば、こんなことにならなかったと思う。俺の責任だ」


「そんなこと」


 柚が顔を上げようとすると、勝元はそれを阻止しようとするように、柚の頭を優しく押さえた。その温かさに、柚の胸がキュッと痛む。


 ああ、ダメだ。

 また、私は。


「分かった。先に行く」


 中梛はそう告げると、速やかに部屋から出ていった。それに続いて、他の皆もゆっくり動き始めた。


「あ、あのさ、ユズ」


 頭上から、天瀬の声が聞こえた。焦りが感じ取れるその声に、柚は微かに顔を上げる。



 と、天瀬の腕を誰かが掴んだのが見えた。


 掴んだのは、今まで成り行きを静かに見守っていた藍代だった。彼は、「行くよ」と小さく言うと、天瀬の腕を引っ張るようにして歩き出した。天瀬は、初めは少し抵抗するような素振りを見せたけれど、すぐに藍代に従って歩き出した。


「藍代も、悪かったな。気分の悪いもの見せて」


 勝元が声をかけると、彼は「いえ」と答えた。


「別に、特に何とも思っていません。今ここのことを知られて困るのは、僕も同じですから」


 淡々とした口調でそう言うと、藍代は天瀬と共に、部屋を退出した。


「櫟依と三ツ花さんも、ごめんな」


 勝元が、残った二人に呼び掛けた。


 涙もようやく落ち着いてきた。柚は目の下に残った涙を拭うと、顔を上げた。そこには、心配そうな顔でこちらを見る、櫟依と三ツ花の姿があった。


「その、大丈夫……?」


 櫟依が、少し困ったように視線を横に逸らして尋ねた。それに、柚は笑顔を作って「うん」と答えた。


「もう大丈夫。ごめんね、変なところ見せちゃって」

「いや、こっちこそ、何か、ごめん」


 たどたどしく謝る櫟依に合わせるように、三ツ花も小さく頭を下げた。


 二人は顔を合わせると、「じゃあ」と静かに部屋を出ていった。

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