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トレーシング・ユア・ワールド  作者: あやめ康太朗
第3章 不和と隠し事

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    事情と衝突 ②

「よし。みんな揃ったな」


 勝元が、再び集まった参加者たちをぐるりと見回して言った。


 もう見知った顔の、十人。

 初めて顔を合わせて、勝元の呼びかけでこの部屋で自己紹介をしたあの日から、もう、一か月ほど経つのだと、柚は改めて実感した。


「じゃあ、何か話していきたい、とは思うけど……」


 勝元は、困った顔で皆を見た。


「正直、何をどう話せばいいのか分からないんだよな。この空気をどうにかするように、っていうことなんだろうけど」


「そーだなあ」

 天瀬が、少し緊張感に欠ける声を出した。


「景山サンもひどいよねー。初めの方は、オレたちのサポートもするとか言ってたのに、何か雰囲気悪くなってたら自分たちで解決しろって言うし」


 そういえば、歓迎パーティーのときにそんなことも言っていたな、と柚は思い出した。この十人の人間関係が良好な方が、プロジェクトを進めるうえでも都合が良い、とも言っていた。


 確かそのとき景山は、その場にいなかった三人のことを指して、彼らと打ち解けるのは難しいかもしれない、と嘆いていた。そして、その三人の中に、桜草樹は含まれていた。


「じゃあ、まずそもそも、何でこんな空気になってるか、ってとこから話したらどうっすか?」

 軽い調子で、天瀬はそう提案した。


 こんな空気になった、理由。


 そんなもの、話し合うまでもなくここにいる皆が分かっていることだ。提案した天瀬自身も、それを理解している口ぶりだった。そして、この話をすれば、どういう形であれ彼女が矢面に立たされてしまうことも避けられない。


 天瀬の言葉を受けて、勝元は気乗りしない表情を見せた。


「まあ、確かに、一度それを明確にしておいた方が良いとは思うけど」

「でしょ?」


 天瀬が、勝元のその発言を待っていたとばかりに、彼をじっと見つめながらニコリと微笑んだ。どうやら、自分から提案したくせに、その先の進行は勝元に押し付けたいらしかった。


 勝元は、その状況に小さくため息を吐くと、意を決したように皆を見回した。



「この雰囲気になったのは、凪沙の高校の生徒に魔法使いがいて、その子の動画が拡散されて騒ぎになったのを確認して、その後社長から『司者』の話を聞いた、一昨日から。『道』を使っていることが知られたら、その子みたいな状況になってしまうかもしれないことに危険を感じて、みんなの警戒心とか危機感が大きくなっている、っていう認識で良いかな」



 数人が、頷いて同意を示した。それを確認して、勝元は話を続けた。



「多分みんな、誰かの不用意な行動や発言で、自分や周りの人が危険に晒されることを警戒しているんだと思う。みんながそれぞれ、そのことをどれくらい深刻に捉えているのか、魔法についてどう思っているのか、どんな事情を抱えているのか、とかを共有できれば一番いいとは思うけど、さすがにそこまで踏み込んだ話はできないし」



 その言葉に、少し、空気が揺れた。


 それぞれの考え方や事情。勝元の言葉は、誰か特定の人に、というわけではなく、きっとここにいる十人全員に向けられたものなのだろうと思う。あるニュースに対しての感じ方が人それぞれ違うように、魔法や魔法使いに対する考えも人それぞれ違う。それが噛み合わないと、上手くいかなくなってしまう。


 柚は、同じく一昨日の、教室での出来事を思い出した。苦い感情が、口の中に広がる。あれも、きっとそういうことだ。


 そして柚自身も、他の人にはない事情を抱えている。だから、きっと。



「多分これからは、更に魔法使いに向けられる目が厳しくなりますよね」


 櫟依が、おもむろに口を開いた。


「魔法使いも、魔法研究者も、全員見つけ出して拘束すべきだ、なんて言ってる人もいるみたいだし、そんな中で『道』とかのことがバレたら――」

「ただじゃすまないよねー」


 櫟依の言葉を引き継いで、天瀬が言った。それに、勝元も「そうだな」と頷いた。


 桜草樹を気遣ったからなのか、明確には言わなかったけれど、櫟依が言ったのは昨日の夕方のニュースのことだろう。あれだけの事件が起きたのだから、世の中がそういう空気になるのは当たり前だ。



 そんな中、もし、知られてしまったら。



 全身に悪寒が走る。柚は、ゆっくり息を吐いて、震えそうになる身体を落ち着かせた。



 もし、知られてしまったら。

 柚は、柚の家族は、また。



「今の状況を踏まえると、魔法に関連することをむやみに口にしないようにするとか、今まで以上に『道』の使い方に気を付けるとか、そういうのを徹底するっていうのが一番いいかな。ちょっと漠然としてるけど」


 勝元が、再び皆を見回して呼び掛けた。露骨なほど、全員を均等に見回して。


 何人かが頷く中、桜草樹が、少し焦ったような顔をした。それを見たのか、勝元は念を押すように付け加えた。


「それぞれ事情はあっても、今下手に動くのはまずい。最悪の場合、俺たちが事件の犯人みたいに扱われることになったりするかもしれない。取り返しのつかないことになる。だから、しばらく魔法関連のことは話さないようにしよう」


「さんせーい」


 天瀬が緩く手を挙げた。それに応じるように、他の参加者も頷いたり、おずおずと手を挙げたりしていた。


 柚も頷きながら、気になって桜草樹の方を見た。彼女は、反論しそうな様子はなかったけれど、先程までと同様に焦った表情をしていた。勝元の言葉の意味は理解しているけれど、それでもまだ納得していない、という感じだった。


 大丈夫だろうか、と柚は不安になる。おそらく、この場で勝元の発言に反感を抱いているのは、反応しないままの凪沙や中梛を除けば、桜草樹ただ一人だ。この様子では、勝元が言ったことを守ってくれる確証はない。そうなると、たとえこうしてはっきりと注意を促したとしても、今までと何も変わらない。


 それでも勝元は、桜草樹個人に注意することも、そして彼女と昨日のニュースの事件との関係性への言及も、しないつもりらしかった。彼は、誰か一人に視線を留めることのないように、ゆっくりと皆を見て言った。


「解決になるかどうかは分からないけど、取りあえずはこんな感じでいいかな。何かあれば、個人的に相談してきてくれてもいいし」

「そうっすね。これ以上話すことなさそうだし」


 天瀬が軽い調子で同意した。


「センパイ、ありがとうございます」

「はいはい」


 進行役を押し付けた調子のいい後輩に対して、勝元は苦笑いを返した。


「じゃあ、今日はこれで解散ということで――」



「相変わらず甘いね、勝元は」



 唐突に、勝元の言葉を鋭い声が遮った。その声に、柚の心臓が跳ねる。



「――急だな、凪沙」



 さっきまでよりも苦みの強い苦笑を浮かべながら、勝元が言った。


「とりあえずは、これで十分だと思うけど」

「ダメ。甘いんだよ。こういうのは、もっとはっきり言わないと変わらない」


 凪沙は、触れたら火傷してしまいそうなほど冷たい目で、じっと勝元を見ていた。



 嫌な予感がする。



 着替えるために更衣室に行く直前、凪沙が柚に告げた言葉が再生される。



『――ごめん』


 まさか、凪沙のあの言葉は。



「ねえ、桜草樹さん」



 凪沙が、桜草樹に呼び掛けた。暴力的なほど冷えたその声に、桜草樹は少したじろいだ後、「何でしょうか」と凪沙に向き直った。


 凪沙はそれを確認した後、短く息を吸った。



「ここにいるみんなは優しいから言わなかったみたいだけど、こんなに雰囲気が悪くなった原因は桜草樹さんだってこと、分かってる?」



 空気がひび割れた音が、耳元を震わせたような気がした。

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