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トレーシング・ユア・ワールド  作者: あやめ康太朗
第3章 不和と隠し事

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第3話 事情と衝突 ①

 衝撃的な報道と、桜草樹の不審な様子を見てから、一晩が明けた。あんなことがあった翌日で、かつ日曜日だというのに、昨日と同様、一人も欠けることなく、全員が会社に集まっていた。



 柚の近くで、目を閉じたまま静かに立っている凪沙。

 その近くで、凪沙の様子と、他の参加者の様子を不安げに見つめる創。

 同じく近くで皆の様子を眺めながら、少し困った顔をしている勝元。

 柚のそばで、居心地が悪そうに周囲を窺っている三ツ花。

 少し離れたところで、無言でスマホをいじっている天瀬。

 部屋の隅の方で、落ち着かない様子で視線を動かしては俯いている櫟依。

 自分の席に、息を潜めるようにして座っている藍代。

 少し機嫌が悪そうな顔で、壁にもたれるように立っている中梛。



 そして。



 柚は、そっと桜草樹の方を見た。


 昨日のニュースで尋常じゃないくらい衝撃を受けていたというのに、彼女の顔には昨日見せた怯えも絶望もなく、ただいつも通り、背筋を伸ばしてそこに立っていた。その代わり、その表情には、かなり追い詰められているような様子が見受けられて、柚は純粋に、心配になった。



 桜草樹は、事件の関係者かもしれない。



 昨日、天瀬が言いかけたこと。もしそうだとしたら、彼女はその事件に関わる何かを調べるために、魔法使いや『司者』の情報を集めようとしているとも考えられるのではないだろうか。


 他のメンバーも、それぞれ桜草樹の様子を密かに窺っているようだった。彼女に気を遣ってなのか、息をすることさえも憚られるようなこの雰囲気を持て余しているからなのか、昨日と同じで、誰一人として声を出さなかった。


 柚は、今度は凪沙に目を向けた。彼女は、普段と変わらず落ち着いた表情をしていた。けれど、その顔は微かに険しく、そして何となく、桜草樹と似た余裕のなさが感じられた。


 ちょうど凪沙のことを見ていた勝元と創と目が合った。二人とも、心配しつつも、どうすればいいのか分からない、というような表情をしていた。柚は、心の中でそっとため息を吐いた。



 どうすればいいのだろうか。

 この空気は、いつまで続くのだろうか。



「本日も全員揃っているのですね」


 部屋に入ってきた景山が、ただ見たままの事実を述べた、というふうに、事務的にそう言った。景山の、場違いなほど無機質な声でも、この空気は壊れなかった。


 何か目に見えないもので、身体を固定されているような感覚がした。時間が止められたように、この部屋の空気も、皆の動きも、膠着していた。


 景山は、目の前のよどんだ沈黙を、黙ってゆっくりと見回した。そして、大きくため息を吐いた。



「皆さん、お疲れのようですね。この様子では、満足に仕事もできないでしょう。せっかく来ていただいたのに申し訳ないですが、本日はもう解散でもよろしいでしょうか」



 ざわ、とようやく空気が動いた。柚は驚いて、景山の方を見た。


 景山は、特に怒っている様子はなく、当然のことだとでも言いたそうな顔で柚たちの方を見ていた。よろしいでしょうか、と尋ねてはいたけれど、その様子を見るに、もう今日は働かせる気はないようだった。


「でも、私は――」


 抗議しようと、桜草樹が声を出した。それを、景山は鋭い視線でスッと制した。


「本日も社長はここにはいらっしゃいません。あなたが聞きたい情報は、おそらくこれ以上得られないでしょう」

「そんな、私は」

「勝手なことだとは思いますが、本日は解散です。せっかく集まったのですから、皆さんで一度、ちゃんと話してみるのはいかがでしょうか」


 そう告げると、まだ何か言いたそうな桜草樹を無視して、景山は「失礼します」と部屋を出ていってしまった。



 扉の閉まる音と、それに続く景山の足音が聞こえなくなると、部屋は再び沈黙で満たされた。

 


 皆、予想外の展開に、困惑していた。柚は何となく、小学生の頃の、怒った担任の先生が黙りこんだり教室から出ていってしまったりした後の、どうしよう、と囁き合うクラスの雰囲気を思い出した。


 服が擦れる微かな音が、動かない沈黙の中で聞こえる。ただその音だけが、この部屋に流れる時間を進めているようだった。


「……どうする? これから」


 案の定、というべきか、真っ先に口を開いたのは勝元だった。


「みんなで一度、ちゃんと話してみたら、って言ってたけど」

「話、ねえ……」


 天瀬が、重く張り詰めていた空気が少しだけ緩んだのを見計らって、大きく伸びをした。


「何話すか分かんないけど、最近空気ヤバいし、何か話した方が良いのかな。すぐ帰ったら、何か怒られるかもしれないし」

「まあ、確かに」


 勝元は頷いた。


「何を話すかは後で決めるとして、とりあえず着替えて、荷物持ったらここにまた集合しよう」


 その提案に、皆、頷いた。そして、更衣室の方へ移動していった。



 柚も移動しようとして、ふと、桜草樹のことが気になった。見ると、彼女は景山が出ていったときのまま、扉の方を見つめて、佇んでいた。柚は、少し迷った後、「桜草樹さん」と声をかけた。


 柚に呼ばれた桜草樹は、びくりと身体を震わせて振り向いた。名前を呼んだのが柚だと分かると、彼女は小さく息を吐いた。


「白葉、さん」

「勝元くんが、とりあえず着替えてから、またここに集合して話そう、って」

「……はい」


 桜草樹は、弱々しい返事を返すと、俯いたまま、スタスタと会議室を出ていってしまった。それを見送って、柚も更衣室へ向かおうと思ったところで、凪沙に「柚」と呼び止められた。柚は微かに驚きつつ、凪沙を振り返った。


「何?」



「――ごめん」



 唐突に、凪沙はそう言った。脈絡のないその言葉が、自分の聞きなれた言葉であることに気付くのに、少し時間がかかった。


「……え?」


 私は今、謝られた、のか。


 何が、と咄嗟に尋ねたくなる。柚は、思わず凪沙の方をじっと見つめた。けれど、彼女は顔を伏せたままで、その表情を見ることは出来なかった。


 凪沙に謝られるようなことを、柚はされた覚えがない。それなら。


 嫌な予感が、柚の脳を貫いた。



 凪沙ちゃんは。



 柚は、凪沙のことを改めて見つめた。ついさっきまでの彼女の表情が、脳内に映し出される。どこか追い詰められた、あの表情。



 凪沙ちゃんは、一体何をするつもりなんだろう。



 凪沙は、それ以上何も言わずに歩き出した。柚も、何も聞くこともできずに、静かに更衣室の方に向かった。

これからよくない空気の場面が続きます。第3章終わりには落ち着くのでそれまでどうか耐えてください。

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