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トレーシング・ユア・ワールド  作者: あやめ康太朗
第3章 不和と隠し事

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    『司者』⑤

 翌日。柚は、寝不足のせいで微かに痛む頭を気にしながら、いつも通り家を出て、こっそりと『道』の前まで移動した。


 昨日は、咲の件といい、社長からの『司者』の話といい、考えるには頭と心の負担が大きい魔法関連の話題続きだった。目を閉じても、そのときに見聞きした声や表情が、かなり忠実に脳内で再生されてしまうため、どれだけ寝ようとしても寝付けなかった。いつもなら疲れてすぐに眠ってしまう柚にとっては慣れないストレスだったこともあって、精神的にかなり疲れていた。


 幸い、今日は土曜日だから、そのまま家でゆっくり休むという選択肢もあった。けれど、何もしないでいると、吐き気を催すほどの不安と焦燥感に呑み込まれてしまいそうで、柚はいつも通り『家』に向かい、バイトをすることに決めた。


 昨日の話が、ぐるぐると頭を巡る。



 どうして、こんなことになったんだろう。



 プロジェクトに招待されて、いつもの四人で蓮人に相談しに行ったときには、主に魔法関連の危険な事件に巻き込まれることの方を危惧していた。けれど今は、その上に、社会的な危険に晒されることが加わり、そしてそれの方が大きくなっている。正直、ここでも世間の目の脅威に怯えることになるなんて思わなかった。


 それでも柚は、会社から距離を置くことはできない、またそこに行かなければならない、という気がしていた。


 昨日の『司者』の話などといった話しにくい話題は、もしあの場にいなければ、再び同じことを別の場で聞くことは難しくなる。自分のいないところで何か大事な話がされてしまい、自分だけがそれを知らない状態でいるのは、プロジェクトに参加する中ではとても怖いことのように感じた。


 それに加えて、今まで毎日のようにアルバイトに参加していた柚が、突然来なくなってしまったら、会社側から何か働きかけてくる可能性もある。春休みに、プロジェクトの招待状を渡しに来たときのように。


 脅されているようだ、とプロジェクト初日に何人かが言っていたのを思い出す。その言葉の輪郭が、いつの間にかくっきりと浮かび上がってきている。


 柚は、重くため息を吐く。



 気がかりなのは、社長と桜草樹だ。



 社長は相変わらず、裏にどんな人が付いているのか、何をどこまで知っているのか、結局柚たちをどうしたいのか、何も分からないままだ。けれど、『道』のことが外部の人に漏れないよう、何か対策を講じている、とは言っていた。バレてしまうと立場が危険になるのは、五科工業にとっても同じことだから、きっとそこは問題ないのだろう。


 そう考えると、今の段階で、一番『道』や魔法について周囲の目に晒す危険性があるのは、桜草樹であるだろう。『家』の外でも同じなのかは分からないけれど、あれだけ必死になって魔法関連の情報を集めていたら、当然疑いの目は向けられてしまう。五科工業側も、彼女の行動を制御することは難しいから、彼女が一番の不確定要素なんじゃないだろうか。


 それに、以前、凪沙に釘を刺されてはいたが、また柚たちにそれ関連で接触してくる可能性だってゼロじゃない。今まで柚や創のことを探ろうとしてきた人たちは、凪沙や勝元たちが注意すれば、自分の世間体もあり、すぐに引く人ばかりだった。桜草樹には、それが通じない。柚にとっては、何よりそれが怖かった。



 彼らの目的は、一体、何なのだろう。



 『道』をくぐる。世界が遠ざかる感覚。この夢の中のような感覚に、もうすっかり身体が馴染んでしまっていることに、柚はふと寒気を感じた。


 考えたって、柚には何も分からない。あの三人が分からないことが、柚にわかるはずもないのだ。


 あるいは凪沙なら、何か知っているのかもしれない。彼らの目的に関わる何かを。



 まばたきをする。その一瞬のうちに、景色が差し替えられる。



 静まり返る白い壁。空気を、柚の存在ごと飲み込んでしまいそうな広い空間に、整然と並べられた木の枠。古代文明の何かのようにも見えるような、どこかの芸術家が作り上げたようなその無機質な景色。

 


 その中に、まるでその作品の一部であるように佇む少女がいた。柚は心の中で、ああ、と呟いた。



「あ、白葉さん」



 彼女は柚の姿を認めると、ホッとした顔をした。そして、窺うようにして少し周りを見て、柚が一人でいることを確認すると、柚に近づいて、柚の前でスッと立ち止まった。



「今日から、アルバイトの方にも参加しようと思いまして。ご一緒してもよろしいでしょうか」



 彼女は――桜草樹は、緊張した面持ちで柚のことを見つめながら、そう言った。






 第一会議室の空気は、ざわついていた。誰も、何も言わないけれど、皆の意識がただ一人に向いているということが肌で感じられた。ただ一人、この部屋にまだ馴染んでいない彼女に。


「皆さん、おはようございます。今日は、全員そろっているのですね」

 景山が、そんな空気を意にも介さず、淡々と言った。


 全員。

 本当に、全員、参加者が誰一人欠けることなく、そろっている。


 柚は、隣に立つ桜草樹をちらりと見た。彼女は、皆の注目に気付かないふりをしているのか、それともただ単に気が付いていないだけなのか、ここが自分の居場所だとでも言うほど堂々とした様子で景山の方を見ていた。


「桜草樹さんは初参加ですから、誰かに付いて働いてもらいましょう。それでは、同学年の三ツ花さんと一緒に担当の場所に行ってください」

「はい、分かりました」


 桜草樹は返事をすると、三ツ花に「よろしくお願いします」と言った。三ツ花は、戸惑った様子で視線を彷徨わせた後、「よ、よろしくお願いします」と頭を下げた。


「それでは、本日の担当を伝えていきます」


 景山は、それぞれの担当を、順に伝えていった。



「――それでは、本日もよろしくお願いします」


 全員分言い終わると、景山はすぐに部屋を出ていこうとした。それを、桜草樹が呼び止めた。


「あの」

「何でしょうか」


 景山が振り返る。桜草樹は、景山のことを真っ直ぐに見て尋ねた。


「社長は、いつこちらにいらっしゃるのですか」


 周囲で、ため息のような息づかいが聞こえてきた。やっぱりな、という空気がメンバーの間で流れる。


「社長は、本日は会社にはいらっしゃいません。ここにも、気が向いたときに、不定期に訪れているようですので、申し訳ありませんが、次に皆さんにお会いするのがいつになるのかは存じ上げません」


 このようなことを聞かれることは、ある程度予想できていたのだろうか。景山は、驚いた様子も、失礼だと怒る様子もなく、事務的に答えた。


「そう、ですか。失礼しました」


 桜草樹は、表情こそ落ち着いていたものの、誰が見ても分かるくらい、落胆した様子だった。その様子を、景山は静かに見つめていた。



「……社長も、酷いことをしますね」



「え?」


 戸惑った声を出した桜草樹に、景山は「いえ」と答えて視線を外した。


「それでは皆さん、よろしくお願いします」


 そう言い残すと、景山は部屋から出ていった。



 扉が閉まる音が響く。それを境に、何とも居心地の悪い沈黙が部屋を満たした。


 柚は、近くにいた三ツ花と目を合わせた。不安げな顔をした三ツ花は、その戸惑いをまとった視線を、桜草樹の方に向けた。それにつられるようにして、柚も桜草樹の方を見る。


 彼女は、閉まった扉の方に顔を向けたまま、静かに立っていた。その表情は、柚の位置からは見ることができなかった。


 この空気の中で、この状態の桜草樹に声をかけるのは、三ツ花にとっては難しいのではないか。そうは思うけれど、柚の喉も、それを代わりにやることを躊躇っていた。それは、クラスでの話し合いが滞ってしまって、皆が黙り込んでしまったときの感覚とよく似ていた。誰かが何かを言えば解決しそうな、それでも誰も声を出せない、あの空気に。



「はー、めんどくせ」



 突然、盛大なため息が、弾けるように沈黙を破った。驚いて振り返る。声を出したのは、少し苛立った様子の中梛だった。


「こんなところで突っ立ってないで、早く行こうぜ、櫟依」

「え? あ、うん」


 周囲の様子には目もくれずに、中梛は早々に会議室を出ていった。困ったような顔で他の参加者たちの方を一瞥した後、櫟依も慌ててその後に続いた。


「じゃあ、俺たちも行くか」

「そうっすね。景山サンに怒られるかもしれないし」


 勝元と天瀬も動き出した。


「ほら、桜草樹サンも行こ。穂乃チャンに仕事教えてもらわないと」

「あ、そう、ですね」


 桜草樹は、短めの深呼吸をすると、三ツ花の方に身体を向けた。


「今日はよろしくお願いします、三ツ花さん」

「は、はい。お願いします」


 三ツ花は、深々と頭を下げた。


「えっと、担当の場所は、こっちの方なので……」


 たどたどしく説明をしながら、桜草樹を引き連れていく三ツ花。柚から見て、あの二人の性格は相性がいいとは言い難いから、少し心配だった。凪沙のように、三ツ花が桜草樹と衝突する心配はないと思うから、大丈夫だろうけれど。


「僕たちも行こうか」


 創の呼びかけに、柚も頷いた。


「そうだね。凪沙ちゃんも行こう」


 柚は、まだ動いていない凪沙を振り返った。その表情を見て、柚は思わず、歩き出していた足をとめた。



 凪沙は、じっと扉の方を見据えていた。じっと、静かに、あの深い目で。



 それは、ここ最近で何度も見てきた表情だった。けれどもその目には、今まで見てきたものよりもずっと鋭く、険しい光が湛えられていた。


 皆が通っていく出入口。その『皆』の中で、凪沙が誰のことを見ているのかは、容易に想像がついた。嫌な予感が、柚の脳を覆う。



 凪沙ちゃんは、また――。



「凪沙」


 創が、凪沙に呼び掛けた。彼女は、微かに驚いた様子で創を見た。


「大丈夫?」

「……うん」


 凪沙は、創の顔を少しの間見つめた後、「ごめん」と言った。


「少しぼーっとしてた。行こうか」

「うん」


 歩き出した凪沙の後に、柚と創も続いた。創が目配せをしてきたのを見て、彼も気づいているのだ、と思った。



 近いうちに、また何かが起きる。そう、確信した。

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