『司者』④
「あの、先程社長がおっしゃっていた、この方が『司者』ではない、というのは、どういうことなのでしょうか」
「ああ」
彼は、それを聞かれることを予想していた様子で、桜草樹の方を向いた。
「その子、一部で『司者』だと言われているけれど、『司者』ではない、ただの魔法使いだ。『司者』の場合、魔力を使ったときは、その程度に関係なく、必ず目が光る。でもこの子の目には、変化はなさそうだからね」
そうだ。それは、まさに柚も思ったことだった。咲の話との相違点。動画の女の子の目は、光っていない。
「まあ、光ると言っても、そこまで強く発光するわけじゃなくて、イメージとしては宝石みたいな感じなのかな。それと、光るのと同時に、それぞれの『司者』特有の模様が、瞳に浮かび上がる。瞳の色も、それぞれの色に変化するから、この子は確実に、『司者』ではないと言えるよ」
「それぞれの……」
桜草樹の呟きに、社長は「うん」と頷いた。
「あのー、まずそもそも『司者』って何なんすか?」
天瀬が、眉を寄せて言った。
「オレ、それがよく分かってなくて」
「『司者』っていうと、『破壊の司者』だよな。それ以外にもあるって聞いたことがあるけど、何があるかは全然知らない」
櫟依が言うと、天瀬は微かに驚いた顔をした。
「え、『司者』って『破壊の司者』以外にもいるの?」
「らしいよ。よく知らないけど」
「教科書に載ってるのは『破壊の司者』だけだもんな」
中梛が言った。
「まあ、載ってる内容も数行くらいだけだし、『破壊の司者』についても詳しくはわかんねーけど」
「えー意外。ムラサキってちゃんと勉強するタイプの不良なんだ」
「馬鹿にしてんのか。小学校で習う内容だぞ」
へらへらと笑う天瀬に、中梛は不機嫌そうな顔を見せた。
「確か、『破壊の司者』は、『司者』の分類とは別の呼び方でしたよね」
桜草樹が言うと、社長は頷いた。
「そう。『破壊の司者』は、『時の司者』の力を持つ人たちの中の、ただ一人を指す言葉だよ。それも、順番に説明していくね」
そう前置きをして、彼は、まるで学校の先生のように、ぐるりと皆を見回すと、『司者』説明を始めた。
「まず前提として、魔法界は、精霊によって作り出されて、精霊の力によって制御されている世界なんだ。そして『司者』というのは、精霊が持つ、世界を制御するための力の一部を与えられた存在だと言われている。その起源としては、精霊が普通の魔法使いに特別な力を与えた、という説と、特別な力を持った精霊が派生して『司者』となった、という説の二つが挙げられている。正確なことは、よく分かっていないんだ。
その力には、生命を司る力、時間を司る力、様々な物質を司る力の三種類があって、それらの力を与えられた者が、それぞれ『生命の司者』、『時の司者』、『創造の司者』とよばれている。
さっき言ったように、魔力を使ったときは、『司者』の瞳にはそれぞれ固有の模様が浮かび上がり、それぞれの色に光る。瞳の色は、『生命の司者』は緑、『時の司者』は青、『創造の司者』は橙だね。あとは、見えにくいけれど、左胸のあたりに、瞳と同じ模様が現れる。それが、『司者』の一番の外見的特徴だと思う」
「だから、先ほどの方は『司者』ではないと断定できる、ということですね」
なるほど、と興味深かそうに桜草樹は呟いた。
「では、外見的なこと以外で、『司者』の特徴には何があるのでしょうか」
「他の特徴、つまり、『司者』が普通の魔法使いと違う点は、『司者』の力は次の世代へと受け継がれる、というところだと思う」
「受け継がれる……?」
「そう。普通の魔法使いの魔力は、その魔法使い本人が死んでしまえば、そこで終わりだ。けれど、『司者』の場合、世界に同時に存在している『司者』の人数はおおよそ決まっていると言われていて、『司者』が一人亡くなると、その人が持っていた力は、次の誰かに自動的に受け継がれるんだ。受け継ぐのは、大抵は新しく生まれる子供かまだ幼い子供だね。
次の『司者』に選ばれるのは、力との親和性から、前の『司者』と血縁関係にある子のこともあるけれど、全く関係のない子が選ばれることも多い。それに、次の『司者』が現れるまでに、かなり時間が空くこともある。これらのことを踏まえると、魔力より『特殊能力』の方に近い感じだと言えるかな」
柚は以前、『家』の食堂で『特殊能力』の話になったときのことを思い出した。確かに、今社長から聞いた話は、皆が認識していて、柚自身も知っていた『特殊能力』の特徴とよく似ていた。
「『司者』は、元々は魔法界の存在だったけれど、魔法界と人間界が繋がって以降、バランスをとるためなのか、その力は次第に人間界へと移っていったんだ。だから、今『司者』の力を持っているのは、力を受け継ぐことがなければ普通の人間だった、という人間界の人がほとんどだね。まあ、もしかしたら、その人達の先祖を辿っていけば魔法使いに行きつくこともあるのかもしれないけれど。だから、『司者』は厳密には魔法使いとは別の存在だね」
社長の言葉に、あちこちから「へえ」「そうだったんだ」といった声が聞こえてきた。柚も、思わず息を大きく吐き出した。『司者』が元は普通の人間と同じだなんて、知らなかった。
「みんなが知らないように、世間の人も魔法使いと『司者』の区別なんてついていないと思うよ。だから今回、誰かが言い出した『司者』っていう言葉に大勢が乗っかって、それが本当のことのようになってるんじゃないかな」
そうか、と柚は思う。確かに、咲のような経験がない限り、『司者』について知る機会なんてそうそうない。『特殊能力』を含め、普通の人間が持たない力を持っている時点で、魔法使いと同じ括りに入れられてしまう世界だ。こんなふうに、嘘の情報が出回るのも、自然なことなのかもしれなかった。
「『司者』の力は、元は世界を制御するみたいな強大な力だったし、人間界の秩序も守っていたから、人間からも敬われる存在だったそうだよ。けれど、人間に受け継がれていくにつれて、力はかなり弱くなり、いつしかその存在すら忘れられるほどになってしまった。だから、そんなに有名にはならなかったのかもしれないね――『破壊の司者』を除いて」
ごくり、と生唾を飲む音がした。高まっていた緊張感が、更に上がるのを肌で感じる。
「みんな、『破壊の司者』が何をしたのかは知っているよね」
社長の問いかけに、皆、微かに頷いた。
『破壊の司者』。それは、『大厄災』が起きるもっと前に、一瞬にして一つの街を消してしまった、伝説の『司者』の通称だ。
「『破壊の司者』は、ある日突然、元々備わっていた『時の司者』の力を濫用して、一つの街の時間を急速に進め、滅ぼしてしまった。理由や起こった背景といった詳しい情報は不明だけれど、その『司者』は『破壊の司者』と名付けられ、その出来事は伝説として今でも語り継がれている」
社長の話は、授業で何度も教えられた内容と同じだった。この『破壊の司者』が起こした事件が、魔法使いに対する人間の敵対心を増大させ、人間界と魔法界の関係悪化の一因となったと言われている。
「本来、そんな巨大で凶悪な力を使うことは、『司者』には許されていない。だから、突然変異のようなものなんだと思う。『司者』の中でも異端の存在。そのせいなのか、その『司者』の模様は、亀裂のような線が入った、欠けた模様をしているそうだよ。その模様が、本人亡き後も、その力と共に誰かに受け継がれているんだ」
「模様については、聞いたことがある気がします」
櫟依がぼそりと呟くように言った。
「亀裂が入った不思議な模様は、『破壊の司者』を表すものだ、とか、それを持つ人を見たらすぐに逃げるように、とか。それが『司者』特有の模様で、力を使うときに現れるなんてことは、聞いたことなかったけど」
「模様の話は、俺も聞いたことがあるな」
勝元がそう言うと、皆も同調して頷いた。
「すごーい。模様のことは教科書に載ってないのに。やっぱり全国共通の噂なんだ」
天瀬は感心したように言った。
「でも、気の毒だよな、『破壊の司者』の力を受け継いだ人は」
「気の毒?」
櫟依の言葉に、天瀬が聞き返した。
「え、意外。タカシでもそんなこと思うんだ」
「お前、俺を何だと思ってるわけ……」
櫟依はげんなりした顔をした。
「だって、望んでもないのに急に力を与えられて、自分がやったわけじゃないことで、周りから怖がられるんだろ。それはさすがに……」
そう言って、彼は口をつぐんだ。そして、バツが悪そうに俯いた。
「こういうことも、言わない方が良い、のか」
「……」
誰も、何も言えなかった。ついさっきまで茶化すような態度を取っていた天瀬でさえ、表情を翳らせ、黙り込んでしまっている。
自分の意思とは関係なく与えられた力のせいで、周囲から忌避され、周囲の目に怯えながら生きていくこと。生きているだけで、存在を否定されてしまうこと。それがどれだけ辛いことなのかは、誰にだって少なからず想像できる。特別な力を持ちながらこの世界で生きている人で、嫌な思いをしなかった人なんて一人もいないはずだ。柚の心が、激しく抉り取られたように痛んだ。
幸い、このメンバーの中には、特殊な力を持つ人の境遇への同情を責めるような人はいなかったし、『司者』の話を面白おかしく聞く人もいなかった。けれど、どんな形であれ、力を持つ人たちの話が語られるたびに、当人たちは苦しめられ、居場所がないことに震えるのだろう。今まで知らなかったことを聞けて良かったとは思うけれど、足元が揺れているような感覚がして、柚は少し気分が悪かった。
「柚」
耳元で、柚の名前が囁かれた。見ると、創が心配そうな顔で柚のことを見ていた。
「大丈夫? 顔色が悪いよ」
そう尋ねる創の顔色も、良いものだとは言えなかった。創は本当に優しいな、と思いながら、「大丈夫」と柚は答えた。
「……こんな話をしてごめんね。『司者』について僕が話せるのは、これくらいだよ」
社長が静かにそう言った。彼は、痛々しいものを見るように、目の前の沈んだ空気を見つめていた。
「……ありがとうございました」
桜草樹が深々と頭を下げた。そして、彼女は姿勢を起こした。その顔は、他のメンバーと同様に暗く沈んでいて、どこか悔しそうな表情だった。
「最後に一つ、伺ってもよろしいですか」
社長が、桜草樹に対して、ゆっくり頷いた。
桜草樹は、意を決したように短く息を吸った。そして、社長を真っ直ぐ見つめて、言った。
「社長は、『司者』についてとても詳しいですが、実際に、『司者』に会い、その力をご覧になったことが、あるのでしょうか」
皆が息を呑む気配がした。空気がざわりと揺れる。
柚自身、信じられない思いだった。
どうしてあの子は、このタイミングでそんなことを聞いたのだろうか。
思わず目を見開いて、柚は桜草樹のことを凝視する。そして、更に大きく目を開いた。
彼女の、真っ直ぐな視線。堂々とした態度。初めて会ったときと同じはずなのに、目の前の彼女には、あのとき感じた眩しさが、全く無かった。
どうしてあの子は、あんなに思いつめた顔をしているのだろう。
「……実際に力を見たことはないよ。全部、人から聞いた話だ」
社長は、桜草樹の質問に驚くことなく、答えた。
「詳しすぎて、疑わしいと思った?」
「いえ、そういうわけでは」
少し慌てた様子で、桜草樹は首を横に振った。
「随分と詳しいご様子だったので、実際に『司者』と面識があるのではないか、と思いまして。気分を害してしまったなら――」
「ううん、大丈夫。怒ってるわけじゃないよ」
社長は優しく微笑んだ。
「さっきの話は、ただ知識として知っているだけだよ。魔法研究者を雇って、魔法を利用したものを使っている身だから、ある程度のことは知っていた方が良いと思って」
そう言うと、社長はとても柔らかい目で、桜草樹のことを見た。
「桜草樹さんは、『司者』について調べているの?」
「……はい」
少し迷った後、彼女は頷いた。
「『司者』も、調べていることの一つです」
「そっか。どうして、調べているの?」
「それは……」
桜草樹は言いよどんだ。しかし、すぐに口を開いた。
「そうする必要があるからです」
その言葉に、迷いは微塵も感じられなかった。
もしかしたら、と柚は思う。
もしかしたら、桜草樹も咲と同じように、『司者』に助けられた経験があるのだろうか。それとも逆に、『司者』に危害を加えられたことがあるのだろうか。
でも、どちらにしても、桜草樹の探求心は、いささか過剰すぎるような気もした。
桜草樹家の長女という立場があるにもかかわらず、周囲からの目にも構うことなく、触れてはいけないものを追い求める彼女の目的は、一体何なのだろうか。
社長は、それ以上のことを、桜草樹に聞こうとはしなかった。代わりに、彼はニコリと微笑んだ。
「『司者』のこと以外でも、僕が話せることなら、また機会があれば教えるよ。ただ、今日はこの話は終わりにしよう」
社長は、黙って二人の会話を聞いていた他のメンバーたちを一瞥してそう言った。桜草樹は、まだ何か聞きたいような顔をしていたけれど、素直に「はい」と答えた。
その顔に、見ていて鳥肌が立つほどの、強い覚悟のようなものが見えて、柚はなかなか、彼女から目を離すことができなかった。




