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トレーシング・ユア・ワールド  作者: あやめ康太朗
第3章 不和と隠し事

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    『司者』③

 咲と別れた後、柚はそのまま『家』へと向かった。終業時間はもうすぐだったし、疲れてもいたけれど、もしかしたら凪沙が来ているかもしれない、と思い、少しだけ顔を出すことに決めた。


 『家』に着いて、階段を上がると、期待した通り、凪沙がいた。なぜか今日に限って、桜草樹も含め、柚以外の他の参加者全員がそろっていた。中梛が壁に寄りかかっていたり、少し離れたところに藍代が立っていたりはしていたけれど、皆、いつものようにバラバラではなく、おおよそロビーのソファー付近に集まっている。



「お、柚」


 柚に気付いた勝元が、柚に向かって手を振った。それに合わせて、集まっていたメンバーが皆、柚の方に目を向ける。恥ずかしさを感じつつ、柚は「お疲れさま」と手を振った。


「柚が来ないなんて珍しいなって思ってたけど、何か用事があったのか?」


 勝元の問いに、柚は「まあ、ちょっと」と答えた。


「それよりも、みんな集まってどうしたの? もしかして、今日何かの集まりがあったりした?」


 召集の連絡を聞きそびれていたのだろうか。慌てて尋ねると、勝元は笑った。


「たまたまだよ。そんなに慌てるなって」

「よ、良かった……」


 開始一か月で集合をすっぽかすなんて、さすがにやりたくない。


「まあ、たまたまといっても、みんなこれが気になって来たって感じだよ」

「これ?」


 勝元がスマホを見せてくれる。それを見た瞬間、ああ、と吐息に近い声が漏れた。



 それは、今朝クラスで話題になった、あの女子高生のことだった。



「柚も知ってるのか?」

「うん。クラスで騒がれてた」


 同時に、そのときの咲の様子と、ついさっき彼女と話した内容が脳裏で揺れた。心がジクりと痛む。


「割とヤバいよねー、これ」

 天瀬が、彼にしては深刻そうな顔で言った。


「魔法に関わってる奴、残らず探し出そうみたいなこと言ってる人もいるし、オレたちがこうなることも、フツーに考えられるってことでしょ」

「そういうことになりますね」


 ルリが冷静に答えた。


「前に話したことが、実際に起こったということですね。ただ、ここまで過激になるなんて思ってなかったです。こんな騒動、きっとすぐに飽きて忘れられますし、もしここが知られても、魔法を利用した『道』を使っているというだけなら、ここまで酷いことにはならないと思うですけど、油断はできないですね」


 重い空気が、その場を満たす。皆それぞれ、険しい顔で俯いていた。


「まあ、大丈夫ですよ」

 その空気の中を上って、その勢いで天井を突き抜けてしまいそうな軽い声で、ルリは言った。


「いざとなったら、皆さんは変な魔法研究者の実験台にされた被害者という体で逃げられますよ」

「でも、それだとルリさんが」

「ルリは大丈夫ですよ」


 心配そうな顔の桜草樹に、ルリは軽い調子で言った。


「ルリがこうやって晒されたところで、特に支障はないです。元々、この世界からは外れた存在ですし、世間の人の目に触れるようなところには出ていかないですからね。だから、まあ、そういうものなのです」


 何でもないことのように、そう口にするルリを見ていると、何だか後ろめたい気持ちになってくる。柚は、その愛らしいメイド姿から、少し目を逸らした。



「それにしても、『司者』ですか」


 ルリの呟きに、ピクリ、と誰かが反応したのが見えた。


「あ、あの」


 その人物が、凪沙に近づいてきて、そして目の前で立ち止まった。


「この、騒がれている方は、入月さんの通っている高校の生徒、なんですよね」


 凪沙に話しかけたのは、桜草樹だった。恐怖や緊張を微かに見せながらも、毅然として彼女は凪沙の前に立っていた。


 以前、二人の様子を見てしまった男子陣が、そろって「うわー、またやりやがった」という顔をする。当然、柚も同じ気持ちだった。


 桜草樹さん、さすがに強すぎないか。


 突然尋ねられた凪沙は、桜草樹の方を見ると、特に怒った様子もなく「うん」と答えた。


「そうだよ」

「それなら、その、少し伺いたいことがあって」

「うん。何?」


 二人の会話を、皆ハラハラして聞いている。見ている側としては、もう一触即発というように感じられた。


「この方とは、面識はあったのですか?」

「ううん、ないよ」


 桜草樹の問いに、凪沙は短く答えた。緊張で固くなっている桜草樹と、悠然と答える凪沙との間には、不自然なほどの温度差があった。


「私は三年で、その子は二年だから、会ったことはない」


「では、魔力が暴走したとき、その様子を見たりすることはなかったのですか」

「直接その場にいたわけじゃないけど、その跡は見たよ。それが起こったのは放課後のグラウンドで、私はちょうどグラウンドが見える校舎に残ってたから。暴走って言っても、ちょっと物が壊れた程度だったみたいだけど」


「壊れるって、どのように、ですか」

「さあ。そこまではよく見えなかった。そのときの動画が上がってるはずだから、それを見れば分かるんじゃないかな」

「そう、ですね。ありがとうございます」


 桜草樹は、きっちりと頭を下げた。それに、凪沙は「いいよ」と答えた。


 桜草樹の質問攻めが終わり、周囲にホッとした空気が流れる。桜草樹が凪沙から離れていくのと入れ替わりに、今度は天瀬が近づいてくる。


「センパイ、今回は怒らなかったんすね」

「私のことを怒りっぽい人みたいに言わないでほしい」


 凪沙が少し不服そうな顔をした。


「私だって、何でもかんでも怒るわけじゃないよ」

「でも、今回だって結構踏み込んだ質問されてたじゃないですか」

「今回はいいの」

「へー。なるほどね」


 天瀬は面白そうに笑った。


「さすがっすね、センパイ」

「うるさい」


 凪沙は一言、冷たくそう言い放った。桜草樹に質問されていたときよりも、なぜか不機嫌に見えた。


 それにしても、二人とも、あんなことがあった後なのに、こんな会話を普通にしてしまうなんて、どれだけメンタルが強いんだ、と柚は感心した。


 と、そのとき、何かが爆発したような音と悲鳴が聞こえた。


 心臓が跳ねる。驚いて音のした方を見ると、桜草樹が慌ててスマホの音量ボタンを押しているのが見えた。どうやら、凪沙に言われた通り、例の動画を見ようとして、失敗したみたいだった。


「す、すみません。急に大きな音を出してしまって」


 動揺した様子で謝る桜草樹。それに、突然何人かが吹き出した。


 何事かと戸惑う桜草樹に、天瀬が笑いながら話しかける。


「いやー、ちょっと前にも同じようなことがあったなって思って」

「同じようなこと、ですか?」

「前は、白葉さんがもっと盛大にやらかしてたからな」


 櫟依も笑いを堪えながらそう言った。そのときのことを思い出して、柚の頬がパッと熱くなる。


「そ、それはもういいよ」

「お前、また何かやらかしたのか?」


 勝元が、半分呆れた顔で笑った。もう放っておいてほしい。

 ここに来てから、何だかいじられてばかりな気がする。正直、幼馴染みの三人以外からここまでからかわれることになるなんて思いもしなかった。


「そう、なんですね」

 微妙な顔で頷くと、桜草樹は再び手元の画面に目を落とした。


「その動画、どんなのが映ってるの?」


 騒ぎ立てる野次馬側の人にはなりたくないとは思いつつも、柚は勝元に尋ねた。勝元は、動画の再生ボタンを押して、「これ」と示した。柚はそれを、勝元の横から覗き込んだ。彼を挟んだ反対側からは、同じくスマホを持っていない創が画面を覗き込んでいる。


 映像は、少し引きで撮られていた。その場にいた人が慌てて撮ったのだろう。映像はかなり激しくぶれていて、見やすいものとは言えなかった。


 画面の端の方に、表情が何となく見える程度の大きさで映る、部活の練習着を着た女子高生。そこを中心に、不自然な、目にも見えるほどの強い風が吹いた。周りの木が激しく揺れ、近くにあるボールの入ったかごが少し浮く。校舎の窓ガラスが震える。周囲にいた人が、バランスを崩して倒れる。


 風はすぐに収まって、倒れたかごからボールが散らばった以外は、特に異常がなさそうな様子に落ち着いた。景色が大きく傾く。そこで、映像は途切れていた。



「……」



 柚たちは、お互い目を見合わせた。


 動画に映っていたのは、騒がれている通り、間違いなく魔法だろう。けれど。


 柚の頭の中で、少し前に聞いたばかりの声が再生される。



『綺麗な模様が浮かんだ、光る緑色の目をしてたってことだけは覚えてたから』



「ねえ、この子って――」



「『司者』ではないね」



 突然、背後から声が聞こえた。勢いよく振り返ると、そこには社長が立っていた。


 社長は、柚の勢いに少し驚いた様子で、目を何度か瞬いた後、人の良さそうな顔でにこりと笑った。


「驚かせてごめんね。久しぶり」

「お、お久しぶりです……」


 間の抜けた声が出た。社長は、そんな柚の返事にも、笑って「うん」と答えた。


 毎度毎度、登場が突然すぎるんだよ……。


 柚は、自分の鼓動を落ち着かせようと、ゆっくり息を吐いた。


「わー、社長だー」


 さっきまでの真面目な雰囲気とは打って変わって、無邪気な声を上げたルリが、社長のもとまで駆け寄り、飛び込むように抱きついた。その勢いに、社長は若干よろめく。


「久しぶりですー。ルリに会いに来てくれたのですか?」

「うん、そうだよ」


 社長は、慣れた手つきでルリの頭を撫でた。撫でられて、ルリは満足げな顔をしている。


「それに、プロジェクトの参加者のみんなにも会いに来たんだ。色々と心配しているだろうと思ってね」


 そう言って、社長は集まっているメンバーを見回した。皆が自分のことを見ているのを確認して、社長は口を開いた。


「みんな、その子の騒ぎのことで、かなり不安になっていると思う。でも、よっぽどのことがない限り、プロジェクト関連で君たちがそのような事態に見舞われることはないよ」


「本当にそうか?」

 そう発言したのは、今までずっと黙っていた、中梛だった。


「先に共犯者だとかバレたら生きていけないだとか言い始めたのはそっちだろ」

「ルリは何も間違ったことは言ってないですよ」


 社長に抱きついたまま中梛を振り返ると、ルリは頬を膨らませた。


「そうなることも考えられる、ということです。社長が色々と対策していることは知っていますが、それがどの程度のものなのか、ルリは知らないです。だから、そういう可能性もあるのだとお伝えしただけなのですよ。気を付けるに越したことはないですからね」


「つまり、俺たちのことを煽ったってことか?」

「違いますよー」


 ルリがプイッとそっぽを向いてしまう。機嫌を損ねてしまったルリの頭を、社長が「ごめん、ルリ」と撫でた。


「ルリの言っていることは正しいよ。もし『道』が見つかってしまったら、関わっていた人全員、世間から責められるのは確実だ」

「そうですよ」


 ルリが社長のお腹のあたりに顔をうずめて言った。そんなルリに対して、少し困ったような顔で笑うと、社長はメンバーの方を見た。


「でも、逆に言えば、『道』を利用していることさえ隠せれば、それは防げるってことだよ」


 社長は、改めてメンバーの皆を見回した。特に声が上がらないのを確認して、説明を続ける。


「このプロジェクトにおいて、外部に知られてしまったときに問題になるのは、『道』の利用だけだ。人の目に触れるメインの活動に、魔法を利用したものは使われていないし、『道』はあくまでもその補助的なものだから、気を付けて使ってさえいれば、外部の人に知られる可能性は低いと思う。僕たちの方でも、色々と手を回してはいるしね」


 色々と手を回している、か。何とも含みのある言い方だった。


「だから、みんなには、今まで通り『道』が周りの人にばれないようにすることだけ、気を付けていてほしい。『道』は、一目見れば特殊な力が使われていることくらい、誰にだって分かるような設備だし、見つかったら誤魔化すことは難しいから。まあ、目立たないところに繋げているし、色々と仕掛けもしてあるから、そこまで神経質になることもないんだけどね」


 仕掛け、というのは、本人が近づいたときにだけ『道』が現れる、という仕組みのことなのだろうか。それとも、他に何かあるのだろうか。


「ともかく、そこまで絶望的な状況でもないっていうことを伝えたかったんだ。万が一露見しても、君たちに責任が行かないようにはするから」


 そう言って、社長は微笑んだ。それは、見ている側が信じざるを得ないような、信頼を完全に預けてしまいたくなるような、そんな強制力を持った顔だった。


 色々と、と濁されたところに何があるのか気になるけれど、中梛を含め、メンバーは皆、何も言わなかった。それぞれ、釈然としない顔はしているものの、社長の言葉を受け入れている様子だった。



「他に、何か聞きたいこととかはあるかな?」


 社長の呼びかけに、一瞬、周りを窺うような空気になった。質問はありますか、と聞かれた後の、どこか居心地の悪い空気。しばらくして手を挙げたのは、やはり、桜草樹だった。


「あの、先程社長がおっしゃっていた、この方が『司者』ではない、というのは、どういうことなのでしょうか」

「ああ」


 彼は、それを聞かれることを予想していた様子で、桜草樹の方を向いた。

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