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トレーシング・ユア・ワールド  作者: あやめ康太朗
第2章 日常と変化

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    過去②

 担当の仕事を終え、短い休憩を言い渡された後、いつもの部屋、第一会議室に入ると、そこには凪沙と勝元がいた。


「二人とも、来てたんだ」

 柚が声をかけると、二人は柚を見て、ホッとした表情を見せた。


「良かった。柚、元気そうだね」

 凪沙が言った。柚は「うん」と頷く。凪沙も勝元も、昨日より落ち着いた表情をしていた。もうほとんどいつも通りだ。


「オレのおかげだよねー」

 横から天瀬が口をはさむ。それに、凪沙が「そうなんだね」とほとんど棒読みでそう言った。


「新学期、どうだった?」

 尋ねると、二人は微妙な顔をした。


「特別何かがあったわけじゃないかな。今年から受験生だとか自覚を持てだとか、そういう内容の先生の話を聞いただけだったよ」


 勝元がため息を吐く。凪沙も「私も」とそれに応じた。


「そっかー。センパイたち、受験生なんだ」

 天瀬が二人を見て言った。


「大変っすね。大学とかもう決めたんですか?」

「まだ全然。まあ、無難なところを選ぶかなあ」


 勝元が、気楽そうに答えた。人望もあるし勉強もできる方だというのに、こういうところへの向上心を、彼は持っていない。それに先生が頭を悩ませていると聞いたことがあった。


「勝元、学校の中じゃかなり評判いいんでしょ。先生たちもみんな期待してるみたいなのに、それをここまで無視できるのはなかなかだね」

「うーん、そうなのかな。俺、そこまで優秀でもないと思うけど」


 凪沙の言葉に、勝元は苦笑する。


「そう言う凪沙は決まってるのか?」

「いや、全く」

「おい……」


 勝元が脱力して笑う。何とも心配になる二人だった。


「そういえば、創は?」

 気になって尋ねると、勝元が答えた。

「創は、明日から数日間テストがあるらしくて、そのための勉強をするんだってさ。新学期早々すごいよな」

「おー、さすが有名進学校」


 柚は感心する。その学校でトップを取り続けているだけあって、創は勉強熱心だ。今勉強しているであろう創と、目の前の気楽な二人を見比べると、どちらが受験生なのか分からなくなる。


「みんなすごいなー」

 純粋に感心している様子の天瀬に、勝元が尋ねた。


「天瀬は、将来どうするんだ?」

「あー、オレも全然考えてないっすけど、多分どこかに就職するんじゃないかな。オレの学校、そんな頭良くないから、大学行く人なんてほとんどいないし」

「勉強嫌い?」

「めっっっちゃ嫌い」

「そっか」


 勝元が軽い笑い声を上げた。


「そういえば」

 と、凪沙が柚に目を向けた。そして、柚がさっきした質問と同じ質問を投げかけてきた。


「学校、どうだった?」

「えーっと……」


 柚は今日の学校での出来事を思い出す。



 今朝、クラス発表で、今年も咲と同じクラスだということが分かったが、咲は体調不良で初日から休みだった。どうやら、昨日から熱が出ているらしい。事件現場の近くにいたことが原因なのかもしれないし、ただ春休みの課題を頑張りすぎた結果なのかもしれなかった。


 新しいクラスメイトばかりだというのとは関係なく、柚は咲以外仲が良い子がいない。そして、部活動にも入っていないし、高校生の重要な連絡ツールであるスマホも持っていないため、特に何かするわけでもなく、早々に教室を出てしまった。



 私、今日何やってたんだ?

 


 正直、何も覚えていない。ほとんど誰とも話さないまま、新学期初日を終えてしまった。


 いいんだ、学校での交流なんて、アルバイトガチ勢にはむしろ不都合なものなんだ、と悲しく自分に言い聞かせた。


 柚は、凪沙ににこりと笑って答えた。


「……普通だったよ」

「新しい友達と話したりした?」

「ぐっ……」


 その言葉がグサッと身体に刺さる。見ると、凪沙は涼しい顔をしていた。


 いけないぞ。それは言葉の暴力だ。


「……うん。たくさん話したよ」

 引きつった顔で答えると、すかさず天瀬が突っ込んできた。


「え、ユズ、友達いないの?」

「い、いますよ。普通に」

「へー、かわいそうに」


 うるさいぞ、陽キャ。友達の多さと人生の豊かさが比例するわけじゃないんだぞ。


 天瀬と目を合わせないように顔を背ける。そして、ふと気が付く。

 ここにいる中で、友達少ないの、私だけだ。


 凪沙と勝元を恨めしく見上げる。二人とも、確実に人気者の部類だ。凪沙は、クラスの高嶺の花的存在だし、勝元は知っての通りコミュ力お化けだ。ここに柚の味方はいない。


 人間に囲まれて追い詰められてしまった小動物のような気持ちになりながら、柚はそっと凪沙たちに背を向ける。そのとき、ちょうど部屋に三ツ花が入ってくるのが見えた。柚は救われた思いで、彼女に話しかける。


「三ツ花さん、お疲れさま」

「あ、お疲れさまです」


 三ツ花はぺこりとお辞儀した。


 三ツ花は、初めてあったときと同じように、高校の制服を着ていた。胸元には、赤い造花が付いている。


「今日、入学式だったんだ」

 柚が花を見て言うと、三ツ花は、柚の視線に気が付いて「はい」と頷いた。そして、少し恥ずかしそうにその花を制服から取り外した。どうやら、取るのを忘れていたらしい。


「そうなんだ。入学おめでとう」

 勝元が言った。柚たちも続いて「おめでとう」と言うと、三ツ花は小さく「ありがとうございます」と答えた。


「三ツ花さんは、何か部活とか入るの?」

 勝元が尋ねた。三ツ花は首を横に振る。

「いえ、そのつもりはないですけど……」


 そして、三ツ花はおそるおそるといった様子で勝元に聞いた。


「部活とかって、やっぱり、入った方がいいんですか?」

「うーん、どうなんだろう。俺は入ってなくて、時々助っ人で呼ばれるくらいだから、よく分かんないけど――あ、天瀬とか、部活やってる?」

「いや、やってないっす」


 天瀬も首を振った。


「ていうか、まずオレに聞くってことは、ユズも凪沙センパイも、部活入ってないってことですか?」

「うん」

 柚と凪沙は同時に頷いた。


 それぞれが、互いに顔を見合わせる。短い沈黙の後、勝元が代表して口を開いた。


「帰宅部しかいないのか、ここ」

「役に立たないねー」


 天瀬がけらけらと笑った。


「ごめんね、三ツ花さん。いい答えができそうにない」

 勝元が申し訳なさそうにそう言うと、三ツ花は両手と頭をふるふると動かした。

「い、いえ、そんなこと。私こそ、急に変なこと聞いてごめんなさい」


「何の話してるんですか?」


 急に寝ぼけた声が入ってきた。確実に、今話していた五人の内の誰かのものではない声。聞こえてきた方を見て、ぎょっとする。


 奥側のデスクの一つ。そこから、櫟依の頭がにゅっと現れた。眠そうに目を擦って、柚たちの方を眺めている。


「櫟依、いたのか」

 勝元が驚いて言うと、櫟依は少し不満げな顔をした。


「いましたよ、さっきからここに。まあ、寝てたけど」

「マジかー、気が付かなかった。おどかさないでよー」


 天瀬が楽しそうに言った。櫟依は「おどかすつもりはなかったけど」と、自分の髪をぐしゃっと触った。


「あ、そうそう。タカシって、何か部活入ってる?」

 天瀬が聞くと、櫟依は「部活?」と繰り返した。


「何も入ってないけど」

「そうなんだ。やっぱり」

「やっぱりって何だよ」


 うんざりした感じで言う櫟依に、天瀬はおかしそうに言った。


「いや、ここにいるの、みんな帰宅部だねって話してて。それで、タカシもそうだったから」


「ちなみに、創も帰宅部だぞ」

 勝元が付け加える。同様に、天瀬も付け加えた。

「スバルはそもそも不登校だから、部活入ってないですよ」


「藍代は、学校行ってないんだ」

「はい。あいつ、急に芸能界から消えてほぼ行方不明状態なのに、学校行ったらヤバいことになるからって。あ、一応在籍はしてるみたいなんすけど、今までも忙しくてほとんど行ってなかったらしいっすよ」

「そっか。大変だな」


 勝元がしみじみと呟いた。確かに、まだ引退の混乱が収まっていない中、学校なんて言う公共の場に現れたりしたら、ちょっとした騒ぎどころでは済まされない。行動が制限されて、本当に大変だろう。


「それに、桜草樹さんも確か高校に入学したばっかりだよな。今家が忙しいみたいだし、これから部活に入る余裕はなさそうだから、多分帰宅部だろうけど」

「中梛もないと思いますよ。不良だし」


 これで、全員。


「えー、すごい。じゃあ、俺たち、帰宅部だから集められた説あるんじゃない?」

 天瀬が冗談めかして言うと、櫟依が顔をしかめた。


「何かそれって、学生の悪い見本を集めましたって感じがする。青春手放した奴らの集まり、みたいな」

「やっぱタカシひねくれてるよね」

「うるさい」


 櫟依は天瀬を軽く睨んだ。その様子を見て、勝元が笑う。


「まあ、放課後時間がある人を選んだっていう意味でなら、帰宅部を集めたっていう説もありそうだな。その時点で、厳正なる抽選じゃないけど」

「それに、この腕時計を外す機会が少ない人っていう意味もあるかもしれないね」


 凪沙が、左手首に嵌めている腕時計を見た。


「部活、って言っても主に運動部だけど、活動するとき、何時間かこれを外すことになると思う。だから、より多くのデータを取るために、そういうのが少ない人をわざわざ選んだのかも」


 二人の意見を聞いて、柚はなるほど、と頷く。確かに、そういう理由から、あてはまる学生を選んでいる可能性はある。勝元が言ったように、厳正なる抽選ではないけれど。


「でも、それぞれの部活に所属している人を調べるならともかく、どこにも所属していない人を調べるのって、かなり手がかかりそうだよね」


 柚は、ふと思いついたことを口にした。


「学校の配布物とかホームページとかで、部活の所属人数は書いてあるし、運動部だと特に、名簿とか選手の情報とかが手に入りやすそうだけど、何の部活にも入っていない人を調べるのは逆に難しそうだなって――」


 そこで、柚は気になる視線を感じて言葉を止めた。見ると、勝元が驚いた顔をして柚を見ていた。


「……何?」

「柚がホームページなんて言葉、知ってたんだなって」


 馬鹿にしてるのか。


「ほら、柚って、つい最近までパソコンの電源のつけたかも分からなかったし、Wi-Fiはそこらへんに漂ってる霊的なパワーだと信じてたくらい、情報社会から取り残されていただろ。そんな柚が、なあ」

「成長したね、柚」


 凪沙まで便乗してきた。


「つい最近まで、ホームページとホットケーキミックスの違いも分からなかったのに」


 それは私じゃない。百合だ。


「と、ともかく、もしそれをわざわざ調べたんだったら、大変だなって思っただけだから」

 柚は、またからかってきそうな顔の天瀬にハラハラしつつ言った。今度は勝元も、ちゃんと取り合ってくれた。


「まあ、確かにそうだと思うよ。兼部してる人だっているから、公表されている人数から計算するのも難しいだろうし。帰宅部の正確な人数なんて、その学校の先生さえ把握できてなさそうだから、外部の人がっていうのは尚更大変だしな。わざわざそんな、割に合わない面倒なことはしないだろ」


「いや、分からないですよ」

 櫟依が反論する。

「それだけの労力をかけても採算が合うような、何か特別な理由があるのかもしれないし。あんな技術使ってるんだから、それを使わせる参加者を選ぶのに手間をかけることくらいするんじゃないですか」


「櫟依は、結構懐疑的なんだな」

「ここに呼ばれた人は、大体そうなんじゃないですか」


 そう言った後、櫟依は天瀬を見てぼそりと付け加える。


「……こいつ以外」

「ひどいなあ。まあ、そうなんだけど」


 天瀬がへらっと笑った。


「でも、あの二人が、全国の帰宅部の学生を調べて選んでる図は、なかなかだよね」


 凪沙が言った。柚も試しに想像してみる。どういう調べ方なのか分からないから、その動きは想像から省かれているけれど、社長と景山が必死になって、青春を手放した奴らの情報を見ているのだと思うと、何だかおかしかった。


 柚と同じように想像したのだろう。他のメンバーたちも笑いだした。


「何でか分かんないけど、めっちゃ想像できる」

 天瀬が笑って言うと、皆頷いた。



「盛り上がってるね。何の話をしてたの?」



 と、急に背後から声がかかった。それが誰の声か、具体的に認識する前に、反射的に身体が固まる。


 皆の首が、油が足りないロボットのようにぎこちなく動いて声がした方を向く。そして、その姿を確認して、更に固まった。


 そこには、ニコニコと人の良さそうな笑顔を浮かべた、社長が立っていた。

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