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トレーシング・ユア・ワールド  作者: あやめ康太朗
第2章 日常と変化

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    魔法研究者⑥

「二つの地点を結ぶ『道』、ねえ」


 凪沙から会社のプロジェクトやそこで見たものの説明を受けた湊は、興味があるのかないのかつかめない声で呟いた。


「凪沙はいつの間にかそんなものに参加してたんだね。知らなかったよ」

「湊さんに言ってなかったのか?」


 勝元が聞くと、凪沙は「うん」と頷いた。


「言う必要もないかなって思って」


 その発言を聞いていると、兄妹似たり寄ったりだなという感じがする。


「それで、凪沙はこの話をボクに聞かせて、どうしたいのかな?」


 緊迫感のまるでない声で湊が尋ねると、凪沙は軽く顎を引いた。


「湊って、他の魔法研究者についての情報を持ってたりする?」

「あー、あんまりかな」


 湊が、目線より少し上の宙を眺めて答えた。


「ボクは個人で自由にのんびりやってるし、他の人の研究とか興味ないから、情報とかも特に集めてないよ。まあ、魔法の研究って裏社会の一部だし、狭い界隈だから、全く知らないってわけでもないんだけど」

「そっか。じゃあさ」


 凪沙がスッと息を吸った。



「五科工業のバックには誰がついてるか、知ってる?」



 湊の目が、ゆっくりと、凪沙の方を向いた。感情の読み取れない、深く、吸い込まれてしまいそうな目。凪沙は構わず続ける。



「私が聞きたいのは、それ。五科工業専属の魔法研究者の子は、自分は危険じゃない部類だとは言ってたし、そうだろうとは思うけれど、安全だなんて言う確証は持てない。実際、『道』を作った人は姿を見せていないし。そこをはっきりさせておけば、色々と対応できると思う」


 そして、凪沙は、湊を追い詰めようとするような強い口調で尋ねた。


「誰か、知ってる?」


「……知ってるよ」


 湊は凪沙を見たまま、凪沙の口調と対照にあまりに呆気なく答えた。そして、不意に困った顔をした。


「でも、ダメなんだよねー」

「何が?」

「言えないんだよ。それについては」

「どうして?」

「どうしてって、まあ――簡単に言えば、口止めされてるって感じなのかな」

「口止めって」


 凪沙の声が微かに跳ねる。部屋の空気に、電流のような刺激が走った。柚は思わず身を固くする。



 口止め、って、それって。



「接触したってこと? 五科工業の社長と」


 凪沙が少し強張った声で尋ねると、湊は「うーん」と唸った。


「それも、何とも答えられないんだけど……」

「何それ」


 睨むように、凪沙は湊に強い視線を向ける。それを痛くも痒くもないというふうに正面から受けて、湊はもう一度、「答えられないんだよ」と言った。


「ごめんね。これについては、凪沙の頼みだとしてもダメなんだ」

「……じゃあ、鑑見って人のことは?」


 鑑見。以前、ルリが言っていたことを思い出す。



『管理人という肩書きだって、一時的なものです。鑑見さんが帰ってくれば、ルリはただの従業員になるです』



 ルリが口にした名前。本来の、『道』の管理人。



 凪沙の問いを受けて、湊は再び困った表情を浮かべた。


「それも、ダメなんだよ。ごめんね、このことについては力になれない」

「……わかった」


 これ以上何を聞いたって、埒が明かない。凪沙は渋々諦めて口を閉じた。代わりに勝元が「違う質問をしていいですか」と聞いた。


 湊が小さく頷いたのを確認して、勝元は口を開いた。


「ぶっちゃけ、湊さんだったら『道』を作れるんですか」

「作れるよ」


 さらりと即答する湊。大方予想通りの答えに、柚たちはため息に似た息を洩らす。


「じゃあ、『道』を作れる魔法研究者は、どのくらいいると思いますか?」

「あー、どうだろう……」


 湊は、今度は少し口ごもった。顎に手を当てて、考え込むようなしぐさをする。


「ボクの知ってる限りじゃ、一人か二人ってところかなあ。そこまで研究が進んでる人はほとんどいないと思うけど、でも実際はよく分からないんだ」

「分からない、ですか……」


「うん。魔法研究者は、全てを他の人に晒すことなんてしないんだよ。自分たちの研究で一番進んでいる部分なんて、絶対に隠す。それは、その情報を守るためでもあるし、どんな強大な技術を持っているか分からないから攻撃ができないっていう、他への抑止力として働かせるためでもある。魔法研究者は常に、そういうことの探り合いをしてるんだよ。ただ研究者としての能力が高い人が強いわけじゃなく、情報を多く持っている人が強いっていう感じなのかな」


 面倒だよねー、と湊は顔をしかめた。


「だから、実際のところ、他の人の進捗なんて未知数なんだよ。もしかしたら、ボクが他の人のことを侮っているだけで、本当はみんなもっとすごいことができるのかもしれないね。便利な道具を作るのもそうだし、それこそ『大災厄』に使われた、町一個が消し飛んでしまうほどの攻撃魔法を応用した武器が作られている、なんてことも考えられる。怖いなあ」


 怯えや深刻さが微塵も感じられない声でそう言うと、湊は大きく伸びをした。そして、呆気にとられたように黙っている柚たちの方を見て尋ねた。


「他に質問はあるかな。と言っても、どんな質問を受けたところで、さっきと同じようなことしか答えられないと思うけど」


 柚たちは顔を見合わせた。皆の表情に、諦めたような色が見て取れる。もう、これ以上は何を聞いたって変わらないだろう。


「ありがとう、もう大丈夫。参考になった」

 凪沙が代表して答えると、湊は力の抜けた動作で頷いた。


「忙しい中、ありがとうございました」

 勝元が頭を下げたのに続いて、柚と創もしっかりとお辞儀をする。湊は「いーえ」と答えた。それを聞いて、柚たちはもう一度軽く頭を下げると、研究室を出るため、湊に背を向けた。



「あ、そうだ」


 と、湊が急に声を上げた。急いで振り返る。その瞬間、身体の中を勢いよく氷水が滑り落ちていったような、鋭く痺れたような感覚が貫いた。


「一つ、忠告しておかないと」


 何でもないことのように、その言葉に沿って口を動かす湊。その目は、しっかりと柚たちを捉えていた。


「今日のような話は、たとえ身近な人でも、たとえ信頼できると思ってる人でも、むやみに話してはいけないよ。ほら、さっきも言っただろう。魔法研究者の世界は情報戦だ。その網は張り巡らされている。どこから話が伝わるか分からない」


 ついさっきまでと同じ口調にもかかわらず、その声は、恐怖で縛られてしまうくらいに冷たく、鋭利だった。もう彼は、あの気の抜けた空気を一切まとっていない。柚の知っている湊ではなかった。


「情報が伝われば、過激派の研究者は動き出す。その人達が事件を起こすことも考えられるし、最悪の場合、戦争になる。それに――」


 距離は変わらないはずなのに、ぐっと柚の瞳に近づく湊の目。


 ふと、崖の上から遠くに見える地面の底を覗き込んでいるときに、その暗闇に吸い込まれてしまいそうになる感覚を思い出す。それは、柚のことを何でも見通してしまうような、あの深い凪沙の目に似ているようでいて、それよりももっと暗く、柚が落ちても構わないというような、暴力的に深い目だった。



 湊が、その目を少し細めた。そして、口を開く。




「ボクが良い魔法研究者だって保障、どこにあるの?」




 凍った空気にひびが入ったような、そんな音を聞いた気がした。



 呼吸さえできない、緊張した空気。誰も、何も喋らない。


 怖い、と柚は、目を逸らすことができずに見つめ続けている湊に対してそう思った。

 湊と、その背後にある世界に、ただただ怖いと感じた。



 しばらく、誰も身動きが取れない沈黙が続いた。それを破ったのは、湊の吐息だった。


「冗談だよ。ごめんね、脅かすようなことして。怖かったかな」

 そう言って、もう一度大きく息を吐く湊。もうすっかりいつもの調子に戻っていた。柚たちは、呆気に取られてその様子を見つめていた。


「……どういうつもり?」


 凪沙が、掠れた声で尋ねた。湊は、のんびりとした動作で凪沙の顔を見る。


「さっきも言った通り、ただの忠告だよ。危険なのは確かだし。まあ、ボクの場合は独自の経路での研究だから、あの子の言う『ヤバくない方』とは、厳密にいえばまた別のものなんだけどね」


 遊んでいたものへの興味が急に失せたネコのように、湊は机の上のパソコンを操作し始めた。


「それに、今の状態がどうであれ、研究を始めたきっかけは凪沙が知っている通りだよ。利益目的でも、軍事利用や犯罪が目的でもない。それは分かってるよね」

「……」


 凪沙は、答えない。代わりに、「じゃあ」と湊に告げて、背を向けた。


「うん。みんな、気をつけてね」


 凪沙の態度をまったく気にしないで、湊は軽く手を振った。柚たちも、状況に追いつけないまま、おざなりに挨拶をして、凪沙に続いて研究室を後にした。

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