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トレーシング・ユア・ワールド  作者: あやめ康太朗
第2章 日常と変化

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    魔法研究者⑤

「終わったよー」


 新が、少し前まで激しく破壊されていたのが嘘のように、綺麗に薄い直方体に戻っているスマホを自慢げに見せた。彼の後ろで柊人もこくりと頷く。今回の「少し」の縮尺は伸びていないようだった。


「湊さんが、研究室に来てって言ってた」


 新の言葉に、凪沙が「わかった」と答えてリビングの入り口に向かって歩き始めた。少し振り返り、柚たちに「行こう」と呼び掛ける。


「ねえ、道具が作れたら俺にも教えてね」


 リビングを出ていこうとする凪沙に対して、輝きに満ちた目を向ける新。凪沙は、新から顔を逸らすと、「まあ、また」と曖昧な返事をした。


 その様子を苦笑しながら見ていると、突然近くから「柚姉ちゃん」と声がかかった。驚いて顔を向けると、そこには柊人が静かに立っていた。頭には、湊に調整してもらったらしいヘッドホンをつけている。


「柊人、どうしたの?」

「終わるの、待ってた方が良い?」

「あー……」


 返事に詰まる。柚は自転車を使ってここまで来たけれど、柊人は自転車を持っていないから、二人で帰るとなると、自ずと徒歩移動ということになる。


 ここから柚の自宅まで歩くのには結構時間がかかる。今の状況で、柊人と二人でその時間を歩くのは、まずい気がした。


 しかし、柚が一人で自宅まで帰れるかというと、それは確証がない。今まで、自宅と凪沙の家の間で迷ったことが何度かあるし、迷わなかったのは大抵柊人が同伴してくれたときだった。


 しょうがない。柚は少し悩んだ後、諦めて柊人と一緒に帰ろうと決めた。


「うん、じゃあ――」

「いいよ。私が送ってく」


 思いがけず、凪沙の声が柚の返事を遮った。見ると、先だって歩いていた凪沙は、足を止めて、柚たちを振り返っていた。柚は、凪沙が柊人の発言を聞いていたことに驚いた。


「柚のことは私に任せて、柊人は先に帰ってて。きっと遅くなるだろうし」

「はい。お願いします」


 柊人は、訝しむこともなく素直に頷いた。柚はその言葉を聞いて、ほっと息を吐いた。


 凪沙と目が合う。柚は、彼女の助け舟に感謝して、周りに気付かれない程度に頭を下げた。


「じゃあ、創は俺が送ってくから、新も柊人と一緒に帰って大丈夫だぞ」

 勝元が、無意識なのか意図的なのか分からないけれど、凪沙に合わせてそう言った。それに、新も「わかった」と答える。


「じゃあ、またね」

「お邪魔しました」


 元気よく手を振る新と、お辞儀をする柊人。二人の姿が玄関の扉の向こうに消えるのを確認すると、先頭の凪沙は再び歩き始めた。



「凪沙ちゃん、さっきはありがとう。助かったよ」

 手のひらを合わせてお礼を言うと、凪沙は軽く「いいよ」と答えた。


「でも、行きもわざわざ私の家まで迎えに来てもらったから、また送ってもらうのは申し訳ないし、帰りは頑張って一人で帰るよ」

「あれ、そうだったんだ」


 勝元が少し驚いて言った。


「時間通りに辿り着いたんだと思って安心したけど、やっぱり凪沙の力を借りてたのか」

「そういえば、僕たちがここに到着したとき、二人は外で一緒にいたもんね」


 創もそう続けた。柚は「そういうことです……」と、申し訳なく答えた。


「気にしなくていいよ。柊人にもああ言ったし、柚が街中で遭難する方が困るから」

「ありがとう、凪沙ちゃん」


 本気で申し訳なくなってくる。けれど、その言葉に甘えるしかないのも事実だった。今日の昼のことと言い、凪沙には助けてもらってばかりだ。この体質、本当に何とかならないだろうか。



 そんなことを思いながら、地下へ続く階段を下りていく。最後の一段が終わると、目の前には、アンティーク調のこの洋館の他の扉とは雰囲気の違う、シンプルで簡易的な扉が現れた。ここが湊の研究室だ。柊人たちと違い、柚はここにはほとんど立ち入ったことがなかったから、急に緊張で身体が強張った。


 凪沙が軽くノックすると、中から「はーい」と返事が聞こえた。


 扉を開け、中に入る。その瞬間、何かが焦げたようなにおいと金属のにおいが、気にならない程度ではあるけれど、微かに鼻を刺激した。



 研究室は、学校の教室と同じくらいの広さだった。たくさんの棚が並べられていて、その中に、何かの部品や道具、文献などが詰められている。ある程度整っているようだけれど、物が多いせいか、乱雑とした様子だった。

 

 扉から見て、右手の方に伸びる奥側が作業スペースのようで、木の机のようなものが置いてある。


 その作業スペースと対する、手前側のスペースは、言うなれば居住スペースだった。使用された様子のない簡易的なベッドに、棚の付いたシンプルな机。その机とセットで置かれた回転する椅子に、湊は腰掛けていた。



「ようこそー。よく来たね」


 湊は、いつも通りの間延びした声で柚たちを迎え入れると、ベッドに座るように勧めた。四人で座るには狭かったため、気を利かせた男子二人が床に座り、柚たち女子二人がベッドに座った。


「それにしても、久しぶりだなあ。三人とも、会わないうちに大きくなったねえ」


 まじまじと柚たちを眺める湊。確か、前に柚が湊と会ったのは一年くらい前、まだ柚が高校生になっていない頃だ。


「柚ちゃんと創くんは、弟くんたちと会ってたから元気だってことは知ってたけど、勝元くんはちゃんと生きてたんだーって感じだね」

「勝手に殺さないでくださいよ」


 勝元が笑って答えた。


「あ、そう言えば、お兄さんたちも元気なんだよね」

 湊が、柚と創に尋ねた。柚と創は同時に「はい」と答える。


「そっか。元気なのは良いことだよ」


 湊は柚たちの返事に頷くと、柚を見て言った。


「萌え袖くんは、相変わらずなのかな」

「萌え袖くん……」


 聞きなれないあだ名だけど、一瞬で誰のことか分かった。


「相変わらずっていうのは、どういう……?」

「昔と同じような生活してるのかなとか、柚ちゃんたちへの接し方は変わったかなとか」

「ああ、ほとんど変わってないですよ。いつも一生懸命働いてくれていますし」


 柚は、自分の兄のことを思い出した。そして、苦笑する。


 いや、確かに萌え袖だけど。

 年中萌え袖だけど。


「そのひどいあだ名、蓮人さんのことを言ってたの?」


 凪沙が湊に冷たい目を向けた。


「湊は蓮人さんのこと気に入らないのかもしれないけど、あんまりひどい扱いはしないでほしい。蓮人さんが悪いわけじゃないんだから」

「ひどい扱いはしてないよ。柊人のお兄さんだからね」


 涼しい顔でそう言う湊。彼の基準は、常に柊人だ。柚のことも、柊人の姉としか認識されていないのだろうと、いつも感じている。


「それに、ボクの中の彼の印象は、いつ見ても長い袖を垂らしている子っていうだけだよ。気を悪くしたなら謝るよ」

「いえ、大丈夫です……」


 柚は苦笑したまま首を横に振った。事実、湊の言う通りなのだ。蓮人の、柊人に対する態度は良いものではない。柊人を近くで見てきた湊の目には、蓮人はよりひどい人物として映っているだろう。


 それでも、凪沙の言う通り、蓮人が悪いわけでは決してないということを、柚は知っている。柊人自身も、分かっている。あんなことがあったのだから、本当に、仕方のないことなのだ。



「それで」


 柚の心中を察したわけではないだろうけれど、急に湊が話を切り替えた。


「四人は何の相談をしたいのかな?」


 湊は、柚たちの方に向いていた身体を、机の上にあるパソコンに向けた。そして、マウスでパソコンの画面をスクロールする。柚の位置からは、画面に何が映っているのか見ることは出来なかった。


「ドラ〇もんの道具ってやつ、さっきある程度は目を通したよ。確かに、どこかで見たことがあるような気がするような気もするよ。ボクなら作れそうなものもあったけど、凪沙はどれの相談をしたいのかな」


 湊も冗談が通じないタイプだった。


 どう説明するのだろうか。柚は、焦るような思いで凪沙を見る。しかし、柚の心配とは裏腹に、凪沙はいつも通りの冷静さを保って、その落ち着いた視線を真っ直ぐ湊に向けた。そして、おそらく道具が映し出されているであろうパソコンの画面をちらりとも見ずに、迷いなく口を開いた。



「どこで〇ドア」

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