魔法研究者③
「凪沙、さっきの何だったんだよ」
勝元が思い出し笑いをしながら尋ねると、凪沙は「別に」と答えた。
「深い意味もないよ。パッと思いついただけ」
そして、再びため息を吐いた。
「二人とも、さすがに笑いすぎ」
「ごめん、凪沙」
創と勝元の声がきれいに重なった。顔を見合わせて少し笑った後、勝元が続ける。
「でも、あれを普通に聞き流せっていうのも無理だろ。柚なんて呆然としてたし」
私を巻き込むなよ。
「びっくりしたんだよ。それに、私だけじゃなくて柊人もすごい顔してたし」
「あ、それは思った。してやったりって感じだね」
凪沙が意地悪そうに微笑んだ。どこか通じるところがあるのか、柊人と凪沙は謎に仲が良い。仲が良いと言っても、柚が見ている限りは、凪沙が柊人に一方的にちょっかいをかけていることが多いけれど。
「まあ、柊人は多分感付いたと思うけど、あれだけ驚かせられたなら充分かな。新は私の言葉をそのまま信じてくれたみたいだし」
凪沙がちらりと創を見た。創は苦笑いを返す。
「新はそういう子だからなあ」
「そこがあの子の良いところなんだよ」
そう言うと、凪沙は今度は柚の方を見た。
「それにしても、今日は大変だったね、柚」
「あー、そうだったね……」
柚は、今日あったことを思い出して弱々しく笑う。
昨日、巻き込まれそうになった事件の影響で少し体調を崩して、会社で社長と景山の衝撃的なやり取りを見て、お昼には髪をラーメンに浸した後迷子になって、その後『特殊能力』を持っていると疑われて、美少年に食べかけのびのびラーメンを食べさせて、会社まで走って――。
こんなに充実した日は未だかつてなかったような気がする。もちろん、悪い意味で。
「皆さん、ご迷惑をおかけして本当に申し訳ありませんでした」
土下座すると、勝元に「こらこら」と頭を軽く叩かれた。
「大丈夫だって。一番大変だったのは、柚だったんだし」
「ううー。勝元くんが優しいー」
「はいはい。分かったからそろそろ身体起こせって」
勝元によって上半身が引き上げられる。飼い主に無理やり持ち上げられる小動物のような気分だった。
「私も凪沙ちゃんみたいに、髪短くした方が良いのかなあ」
お昼の件を思い出して、何となく呟いてみると、三人が一斉に柚のことを見た。
「ダメ」
「やめとけよ」
「柚はそのままで良いと思うよ」
口々に否定する幼馴染たち。よっぽど似合わないと思っているらしかった。
いや、まあ確かに、凪沙のようなショートヘアは美人にしか似合わなさそうだけど。
「それにしてもさ」
柚がすごすごとソファーに座り直すのを見て、凪沙が口を開いた。
「お昼のときのあれ、悪く言うわけじゃないけど、天瀬くんと桜草樹さんには、ちょっと気を付けた方が良いかもしれないね」
凪沙が神妙に口にしたその言葉に、柚の心臓がぐんと動いた。
触れてはいけないような話題を、何のためらいもなく直接的な言葉で出した天瀬と、不自然なほどに魔力関係の話題に興味を示した桜草樹。
魔力や『特殊能力』の話題を出すことは、『大災厄』から充分時間が経過した今でも、法に触れるような重大な犯罪について話すようなものだ。魔法使いたちによる事件が騒がれている今は、特に避けるべき話題だというのに。
その点を考えると、その二人は少しおかしい。
「あれだけ堂々と人のいる前で魔力のこと話されると、かなり驚くし、正直怖いんだよな」
勝元も同意する。
「もしもこれより深く踏み込んできて、それを誰かが他の人に話したりすれば、俺たちはかなりの確率で社会的に生きていけなくなる」
あの場所に集まったメンバーの中にはいないみたいだけれど、世の中には魔力や『特殊能力』について話す人がいるだけで、その人を白い目で見る人だってたくさんいる。人によっては、その人達がまるで自分たちの敵であり、凶悪犯罪者であるような目を向けてくることもある。
「心配だな……」
創が思いつめた顔で呟いた。
「あの二人も悪い人じゃないだろうし、何か理由があるのかもしれないけど、もしそれでみんなが苦しむことになるんだったら……」
そこで創は、ぎゅっと口を噤んだ。柚たち三人は、創のその姿に黙り込んだ。
もしも、本当に私たちがそういうふうに世間に晒されてしまったら、どうなるんだろう。
柚は、ふと初日にルリが言っていたことを思い出す。
――私たちと皆さんは、運命共同体で、共犯者ですからね。
力に対する危機意識が少ないあの二人が、もしも『道』について他人に話してしまったら。二人だけじゃない。あの場にいる人が、もし――。
「……きっと大丈夫だよ」
柚は、努めて明るい口調で言った。勝手に悪い方向に向かう自分の思考に、足を止める。他の三人は、微かに驚いたような顔で柚を見た。
「心配してたって仕方ないよ。何が起こるかなんて分からないし、何かあったら、そのときに対応できれば大丈夫だよ」
お気楽でポジティブな言葉を並べて、柚は笑う。本当に前向きに大丈夫だと思っているわけではないことは、柚自身、分かっている。こんなふうに笑うのは、ただ悪いことを考えたくなくて、そして考えてほしくないからだ。
それに、この三人が一緒にいれば大丈夫だと、柚は勝手に信じている。この三人がいれば、きっとどんなことも何とかなる。それは確信に近かった。今までだって、そうやって柚たちは支え合ってきた。そうすることで、今まで生きてこられた。
「確かに、柚の言う通りだな」
勝元が、身体にまとっていた緊張を解いて言った。
「今心配したってどうにもならないし、俺たち全然あの二人のこと知らないから、疑いすぎるのも悪いよな」
「それに、今までだって何とかこの四人でやってきたんだから、これからも何とかなるよ」
凪沙が、柚の心中を見透かしたようなことを言った。驚くとともに、柚は「うん」と笑った。凪沙も同じ気持ちでいてくれる。幸せだなあ、と柚は思った。
「んじゃ、これからもこの四人で頑張っていきますか」
勝元の言葉に、柚たちは大きく頷いた。




