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トレーシング・ユア・ワールド  作者: あやめ康太朗
第2章 日常と変化

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    魔法研究者③

「凪沙、さっきの何だったんだよ」

 勝元が思い出し笑いをしながら尋ねると、凪沙は「別に」と答えた。

「深い意味もないよ。パッと思いついただけ」


 そして、再びため息を吐いた。


「二人とも、さすがに笑いすぎ」

「ごめん、凪沙」


 創と勝元の声がきれいに重なった。顔を見合わせて少し笑った後、勝元が続ける。


「でも、あれを普通に聞き流せっていうのも無理だろ。柚なんて呆然としてたし」


 私を巻き込むなよ。


「びっくりしたんだよ。それに、私だけじゃなくて柊人もすごい顔してたし」

「あ、それは思った。してやったりって感じだね」


 凪沙が意地悪そうに微笑んだ。どこか通じるところがあるのか、柊人と凪沙は謎に仲が良い。仲が良いと言っても、柚が見ている限りは、凪沙が柊人に一方的にちょっかいをかけていることが多いけれど。


「まあ、柊人は多分感付いたと思うけど、あれだけ驚かせられたなら充分かな。新は私の言葉をそのまま信じてくれたみたいだし」


 凪沙がちらりと創を見た。創は苦笑いを返す。


「新はそういう子だからなあ」

「そこがあの子の良いところなんだよ」


 そう言うと、凪沙は今度は柚の方を見た。


「それにしても、今日は大変だったね、柚」

「あー、そうだったね……」


 柚は、今日あったことを思い出して弱々しく笑う。



 昨日、巻き込まれそうになった事件の影響で少し体調を崩して、会社で社長と景山の衝撃的なやり取りを見て、お昼には髪をラーメンに浸した後迷子になって、その後『特殊能力』を持っていると疑われて、美少年に食べかけのびのびラーメンを食べさせて、会社まで走って――。



 こんなに充実した日は未だかつてなかったような気がする。もちろん、悪い意味で。


「皆さん、ご迷惑をおかけして本当に申し訳ありませんでした」

 土下座すると、勝元に「こらこら」と頭を軽く叩かれた。


「大丈夫だって。一番大変だったのは、柚だったんだし」

「ううー。勝元くんが優しいー」

「はいはい。分かったからそろそろ身体起こせって」


 勝元によって上半身が引き上げられる。飼い主に無理やり持ち上げられる小動物のような気分だった。


「私も凪沙ちゃんみたいに、髪短くした方が良いのかなあ」

 お昼の件を思い出して、何となく呟いてみると、三人が一斉に柚のことを見た。


「ダメ」

「やめとけよ」

「柚はそのままで良いと思うよ」


 口々に否定する幼馴染たち。よっぽど似合わないと思っているらしかった。


 いや、まあ確かに、凪沙のようなショートヘアは美人にしか似合わなさそうだけど。



「それにしてもさ」


 柚がすごすごとソファーに座り直すのを見て、凪沙が口を開いた。


「お昼のときのあれ、悪く言うわけじゃないけど、天瀬くんと桜草樹さんには、ちょっと気を付けた方が良いかもしれないね」


 凪沙が神妙に口にしたその言葉に、柚の心臓がぐんと動いた。


 触れてはいけないような話題を、何のためらいもなく直接的な言葉で出した天瀬と、不自然なほどに魔力関係の話題に興味を示した桜草樹。


 魔力や『特殊能力』の話題を出すことは、『大災厄』から充分時間が経過した今でも、法に触れるような重大な犯罪について話すようなものだ。魔法使いたちによる事件が騒がれている今は、特に避けるべき話題だというのに。


 その点を考えると、その二人は少しおかしい。


「あれだけ堂々と人のいる前で魔力のこと話されると、かなり驚くし、正直怖いんだよな」


 勝元も同意する。


「もしもこれより深く踏み込んできて、それを誰かが他の人に話したりすれば、俺たちはかなりの確率で社会的に生きていけなくなる」


 あの場所に集まったメンバーの中にはいないみたいだけれど、世の中には魔力や『特殊能力』について話す人がいるだけで、その人を白い目で見る人だってたくさんいる。人によっては、その人達がまるで自分たちの敵であり、凶悪犯罪者であるような目を向けてくることもある。


「心配だな……」

 創が思いつめた顔で呟いた。

「あの二人も悪い人じゃないだろうし、何か理由があるのかもしれないけど、もしそれでみんなが苦しむことになるんだったら……」


 そこで創は、ぎゅっと口を噤んだ。柚たち三人は、創のその姿に黙り込んだ。


 もしも、本当に私たちがそういうふうに世間に晒されてしまったら、どうなるんだろう。


 柚は、ふと初日にルリが言っていたことを思い出す。



 ――私たちと皆さんは、運命共同体で、共犯者ですからね。



 力に対する危機意識が少ないあの二人が、もしも『道』について他人に話してしまったら。二人だけじゃない。あの場にいる人が、もし――。



「……きっと大丈夫だよ」


 柚は、努めて明るい口調で言った。勝手に悪い方向に向かう自分の思考に、足を止める。他の三人は、微かに驚いたような顔で柚を見た。


「心配してたって仕方ないよ。何が起こるかなんて分からないし、何かあったら、そのときに対応できれば大丈夫だよ」


 お気楽でポジティブな言葉を並べて、柚は笑う。本当に前向きに大丈夫だと思っているわけではないことは、柚自身、分かっている。こんなふうに笑うのは、ただ悪いことを考えたくなくて、そして考えてほしくないからだ。


 それに、この三人が一緒にいれば大丈夫だと、柚は勝手に信じている。この三人がいれば、きっとどんなことも何とかなる。それは確信に近かった。今までだって、そうやって柚たちは支え合ってきた。そうすることで、今まで生きてこられた。


「確かに、柚の言う通りだな」

 勝元が、身体にまとっていた緊張を解いて言った。


「今心配したってどうにもならないし、俺たち全然あの二人のこと知らないから、疑いすぎるのも悪いよな」

「それに、今までだって何とかこの四人でやってきたんだから、これからも何とかなるよ」


 凪沙が、柚の心中を見透かしたようなことを言った。驚くとともに、柚は「うん」と笑った。凪沙も同じ気持ちでいてくれる。幸せだなあ、と柚は思った。


「んじゃ、これからもこの四人で頑張っていきますか」


 勝元の言葉に、柚たちは大きく頷いた。

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