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トレーシング・ユア・ワールド  作者: あやめ康太朗
第2章 日常と変化

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    『特殊能力』と体質⑤

「景山さんが会社に戻ってくるように言ってた時間まで、あと十分しかない」

「え、マジか」

 勝元が驚いたように言った。


「意外と時間経ってたんだ。気づかなかった」

「早く戻んないとヤバくない? 景山さん、遅刻とかには厳しそう」


 櫟依が嫌々というふうに立ち上がった。それに続いて、皆、立ち上がって、食べ終わった食器を食堂に持っていく。


「えー、待って待って私まだ食べ終わってないよ」


 半ばパニックに陥りながら、柚は二倍くらいに膨張した麺を口に詰め込んだ。


 これ、食べ終わらないかも。


 膨らんだ麺の量は多く、器の底が見えなかった。残せばいいのかもしれないけれど、柚とって食べ物を残すなんて言うことは、やってはいけない、どうしても許せないことだった。これだけは曲げられない。


 皆が次々と席を立つのをせわしなく眺める。柚はふと、小学生の頃の、給食が時間内に食べ終わらなくて一人で泣きながら食べ続けているときの気持ちを思い出した。


 早く食べないと。

 柚は、口の中に入っていた麵を吐き出しそうになりながら飲み下すと、次の一口を箸ですくおうとした。そのとき、ひょいと器が柚の手から取り上げられた。


「無理しちゃだめだよ」

 そう言って、柚の器を持った創は笑った。


「柚、朝から調子悪かったでしょ。無理に食べたら悪化するよ」

「うん、でも……」

「大丈夫。僕が食べとくから」


 そう言うと、創は迷いなく柚の食べかけのラーメンに自分の箸を突っ込んだ。そして、その小さな口にどうやったら入るんだと思うほどの量を、一気にぱくりと口に入れた。


 創が不味くなったラーメンを食べている姿を見て、どっと申し訳なさが押し寄せてくる。柚は慌てて創に言った。


「無理に食べなくてもいいよ。もう美味しくなくなっちゃってるだろうし、それに創も遅刻しちゃうよ」

「大丈夫。そのときは、僕も一緒に怒られるから」


 創は柚を見て、にっこり笑った。


「ほら、小学生のとき、僕が僕の不運のせいで遅刻したとき、柚も僕に合わせて遅刻して、一緒に先生に怒られてくれたこと、あったでしょ。だから、そのお返し」


 そう言うと創は、また大きな口で、美味しそうに二口目を食べた。


 そんなこと、あったような気がするし、なかったような気もする。正直、遅刻関連のことはよくありすぎて覚えていない。けれど、創のその気遣いが本当に嬉しかった。


「もうすぐ食べ終わるから、終わったら二人で一緒に行こう」

 いつの間にか半分以下に減っている器の中にちらりと目を向けながら、創は柚に言った。その言葉に安心して、柚は「うん」と答える。


「創、ありが――」

「それはダメ」


 柚のお礼の言葉が、強い言葉で遮られた。驚いて見ると、既に自分の食器を返しに行った凪沙が、呆れたような顔をして柚が座る椅子のそばに立っていた。


「二人で行ったら遭難する」

「遭難って……」


 大袈裟な言葉に、柚と創は気の抜けた顔で呟いた。けれど、その言葉を大袈裟だと笑い飛ばせるほどの自信は、残念ながらどこにもなかった。


「そうだぞー。二人は野放しにしておくとすぐ行方が分からなくなるからな」

 勝元も凪沙に同調する。う、否定できない。


 創を見ると、彼は気まずそうな顔で麺を口に入れ、もぐもぐと頬を動かしている。こちらも何も言う気はないらしい。


「ということで、俺たちも一緒に行くから待ってるよ」

 勝元が言った。それに、凪沙も頷いた。その優しさに、柚の胸はキュッと痛むような感覚がした。


 私、本当に、この三人がいないと生きていけないな。


「ごめんね、迷惑かけて」

「そういうのはいいって。お互い様」


 勝元が柚に笑いかけた。と同時に、凪沙も柚の頭を軽く撫でた。柚は「ありがとう」と答えた。



 凪沙の方を振り向こうとしたとき、ふと、食堂の入り口の方に目がいった。そして、そこに立っていた天瀬とバチリと目が合った。


 天瀬は、柚と目が合うと、何か気がかりなことがあるような、何とも言えない顔をしてすぐに目を逸らした。そして、自然な足取りで食堂を出ていった。



 何だったんだろう。


 柚は天瀬が出ていった出入り口あたりをぼんやりと眺めながら、思いをめぐらした。私が、何か変なことでもしただろうか。何か、気になるような行動をしたのだろうか。それとも――。



「そういえば」


 ハッとする。勝元の声だ。柚が慌てて声の主の方を見ると、勝元は、柚たちではなく、食堂に残っていた桜草樹に話しかけているようだった。


「何ですか」

 桜草樹が勝元を睨むようにしっかり見て言った。それを気にする様子もなく、勝元は言いかけた内容を続けた。


「桜草樹さん、午後はどうする? また家の仕事に戻るの?」

「はい、そのつもりです」

 桜草樹は、きっぱりと答えた。


「しばらくは桜草樹家の方の仕事に取り組まなければならないので、こちらの仕事に参加するのは、もう少し先になりそうです」

「そっか。じゃあ、今日は本当に、参加者のみんなと昼飯を一緒に食べに来ただけなんだ」

「い、いえ、別に。何となく気が向いたから来ただけです」

「うん、分かってるって。仕事頑張って」


 桜草樹をからかうように言う勝元。桜草樹は、憮然として「そちらこそ」と言うと、何かを気にするように、一瞬ちらりとこちらを見た後、綺麗なお辞儀をして食堂を出ていった。


 それを目で追いながら、柚は、どうしたのだろう、と思った。


 桜草樹はいつも積極的に質問するタイプだけど、それでも『特殊能力』や創の体質に対して見せた興味の強さは少し妙だった。なぜあんなにも強い関心を示したのだろうか。


 桜草樹の足音が聞こえなくなる。創に目を向けると、いつの間にか、創の持っている器の中身は空になっていた。


「ごちそうさまでした」

 丁寧に手を合わせると、創は立ち上がった。近くに来たルリに「お願いします」と食器を手渡す。


「ごめんね。食べ終わったよ。あと何分?」

「あと五分」


 勝元が腕時計を見て答えた。


「走れば間に合うかな」

「走ったら無事では済まないかもしれない人もいるけど」


 創をちらりと見て凪沙は言った。創は苦笑いをした。


「何とか無事に済むように頑張るよ」

「大丈夫? 俺が背負ってこうか」

「それはちょっと遠慮しておく……」


 柚たちは速足で食堂を出た。と、そこには三ツ花が、落ち着かない様子で立っていた。三ツ花は、柚たちの姿を見ると、ほっとした顔を浮かべた。


「よかった。間に合いそうですね」

「うん、みんなのおかげで。三ツ花さん、待っててくれたの?」


 柚が尋ねると、三ツ花は少し恥ずかしそうにしながら「はい」と答えた。


「先に行くもの申し訳ないなって思って。それに、ここに来るときに一緒に来てもらったから、戻るときも一緒にって」


 何て良い子なんだ。

 思わず頬が緩む。柚たちの間にほんわかした空気が流れた。


「ありがとう。ごめんね、待たせちゃって」

「い、いえ、そんなこと」


 三ツ花は、小さく首を振って、少し俯いた。


「よし、じゃあ、今から走るか」

 勝元が気合を入れて言った。それに頷くと、柚たちは歩き出した。


「あ、あの」


 と、そこで控えめに声が上がった。振り返ると、そこに立っていた三ツ花が「えっと」と呟いた。


「私、近道を知っているので、そっちで行きませんか」

「近道?」


 コクコクと頷く三ツ花。


「多分、そっちの方が早く行けると思います」


 いつの間にそんなものを見つけたのだろう、と柚は目を見張った。まだここに来てから三日目だというのに。


「じゃあ、そっちの道で行こう」

 勝元が三ツ花に対して笑顔を向けた。

「ありがとう。教えてくれて」

「いえ」


 三ツ花は、勝元から少し目を逸らして、控えめに微笑んだ。


「こっちです」


 三ツ花が前に立って、速足で歩き始めた。緊張しているのか、微かに動きがぎこちない。その背中の後に続いて、柚たちは『家』の玄関を出た。

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