『特殊能力』と体質②
午前の仕事を終えて、柚たちは『家』に向かっていた。
「あー、疲れたなー」
歩きながら、天瀬が大きく伸びをした。そして、隣を歩く櫟依をちらりと見る。
「タカシ、ヤバいほど疲れてるじゃん」
「……うん」
覇気のない声で、櫟依は答えた。顔が冗談じゃなく死んでいる。顔色もそんなに良くなかった。
「もう俺無理かもしれない」
「え、マジで大丈夫? そんな大変なの、タカシの担当」
「そこまで大変じゃねえって」
答えたのは、櫟依ではなく、中梛だった。
「こいつに体力がないだけだ」
「ない人にやらせる仕事じゃないんだよ」
弱々しい声で櫟依は言った。
「昨日の疲れがまだ取れてないし」
「あれ、昨日、ちゃんと寝てないの?」
「……あんまり」
「へー、ダメじゃん」
天瀬が笑った。完全に他人事だった。
「じゃあ、筋肉痛になってたりするの?」
天瀬が面白がって櫟依の腕をつついた。その瞬間、櫟依の口から、声にならない悲鳴が聞こえた。
「…………痛い」
「ごめん」
櫟依の表情は見えなかったが、かなり痛いらしい。ここまで来ると、本当に心配になる。
「それにしても、もう中梛と櫟依がセットなのは決まりって感じなのか?」
勝元が言うと、櫟依は心底嫌そうに顔をしかめた。
「なんてこと言うんですか。無理ですよ、俺。中梛、体力馬鹿だし」
「お前、昨日も同じようなこと言ってたよな」
「タカシが体力つければいい話でしょ」
「じゃあ、天瀬、代われよ」
「あはは、ヤダ」
そんな風に楽しそうに言い合っている男子メンバーを、柚は感心しながら眺めていた。数日前に知り合ったばかりで、性格も違いそうなメンバーなのに、もうあんなに仲良くなるなんて。私も女子メンバーと上手くやっていけるかな、と、何となく不安になる。
そんなことを考えていると、凪沙に「柚」と呼び掛けられた。
「何?」
「顔色、ずいぶんよくなったね」
「そうなの?」
柚は両手で顔を押さえた。顔色ってそんなに分かりやすいものなのだろうか。三ツ花に目を向けると、彼女もコクコクと頷いた。
そういえば、と顔を押さえながら思う。朝、勝元と創に指摘された通り、少し体調が悪かったけれど、今は全然そんなことはない。
「働いているうちに元気になったのかも。それとも、朝の社長と景山さんのやりとりにびっくりして復活したのかな」
「そうかもね。あれは驚いた」
凪沙は薄く微笑んだ。三ツ花も「そうですね」と答えた。
「あの二人の関係って、何なんだろうな」
会話が聞こえていたらしく、勝元が柚たちを振り返って言った。
「景山さん、社長秘書にしては社長に対して遠慮がなさすぎるよな。まあ、二人とも仲良さそうだからいいけど」
「親戚とか、昔知り合いだったとかじゃないですか」
櫟依が言った。
「にしてもあれには驚いた。当人たちはそんなに驚いてないみたいだったけど」
「ねー。けっこー痛そうだったけど」
天瀬がニコリと笑った。
「実はそういう趣味だったりして」
やめてください。
「巻き込まれて災難だったな、柚」
勝元が柚に目を向けた。柚は「まあ」と苦笑する。
けれど、と柚は思う。
社長が柚の頭に手を乗せるまえ、一瞬だけ、悲しそうな目になった。遠く離れた何かを見るような、切なさを湛えた目。あれは一体、なんだったのだろう。
考えていると、いつの間にか『家』に着いていた。ホールではいつも通り、ルリがメイド姿で出迎えてくれた。
「皆さん、午前のお仕事、お疲れ様です。葵さんがご飯を用意してくれているですよ」
そう言って、ルリは柚にぎゅうっと抱きついた。
ああ、可愛い。
自然と頬が緩む。柚はルリの頭を撫でまわした。
「柚、だいぶ懐かれてるな」
勝元が笑って言うと、ルリが抱きついたまま「えへへー」と勝元の方を向いた。
「柚は特別なのです。勝元もしてほしいですか」
「いや、遠慮しとく」
勝元がひらひらと手を横に振る。おそらく、彼の頭の中には、強烈な勢いで巻き付いてくる柚の妹の姿が浮かんでいるのだろう。本当に申し訳ない。
「あー、柚、ダメじゃないですか」
突然、ルリが大きい声を出した。驚いて、柚はルリの方を見た。
「え、何?」
「何って、柚、腕時計付け忘れてるですよー」
ルリは、柚の両手首を握って言った。あ、と柚は気づく。
確かに、昨日の夜帰宅して外した後、着けずに部屋に置いたままだった。なるべくつけるように言われていたのに、すっかり忘れていた。
「ごめん、忘れてた。普段着ける習慣がなかったから」
言いながら、柚は激しい後悔に襲われていた。腕時計を着けることで報酬をもらう、という条件なのに、着けなかったら何もせずに報酬をもらう泥棒のようになってしまう。どうして忘れていたんだ、と、焦りと罪悪感で胸がいっぱいになる。
しかしすぐに、それを掻き消すようにルリが声を出した。
「あ、よく見たら、烈も崇史も忘れてるじゃないですか。まったくもう、みんな不真面目ですね」
ルリがぷくーっと頬を膨らませた。
ルリに名前を呼ばれた二人は、それぞれ手首に触れた。そこに腕時計がないことを確認して、櫟依は「あ、ヤバい」と少し焦った顔をした。一方で、天瀬は少しも悪びれることなく、へらッと笑った。
「忘れちゃった。ユズの言う通り、普段着ける習慣がないんだよね。時間なんてスマホで確認する現代っ子だし」
「確かにそうかもしれないですけど」
ルリは、膨らませた頬を維持しながら言った。
「柚と崇史はいいですけど、烈には反省の色が見られないので許しません」
「えー。ごめんね、ルリちゃん。ちゃんと気を付けるから」
天瀬は、眉を寄せて困った表情を作ると、ルリに向かって両手を合わせた。
「ちゃんと気を付けるんですよー」
信用ならない、というような目を向けつつも、ルリはそう答えた。
私も次から気を付けよう、と柚は息を吐いた。着け忘れていたのが柚だけではなかったことは、申し訳ないけれど、良かったと思った。天瀬のように、というのは極端だけど、それほど深刻に考える必要はないのかもしれなかった。
そのときふと、メンバーの皆の楽しそうな声にまじって、どこかから規則正しい足音が聞こえてきた。地下に繋がる階段から聞こえるようだった。
その方に目を向ける。綺麗な金色の髪が見えて、あ、と柚は思う。
地下から上がってきたのは、桜草樹だった。清楚なワンピースに身を包んでいて、どこかに飾られていた人形が動き出したかのような姿だった。
「あれ、今日も来たんだ」
天瀬がからかうように言うと、桜草樹は微かに顔をしかめた。
「来てはいけませんか」
「いや、そういうわけじゃないよ。ただ、桜草樹サン、忙しいって言ってたし、オレたちと仲良くしたくないのかなーって思ってたから、意外と頻繁に来ててびっくりしただけ」
そう言うと、天瀬は少し顔を傾けて、桜草樹に向けてニコリと笑った。
「もしかして、みんなが仲良くなって、自分だけが仲間外れになるのが怖いの?」
「べ、別にそういうわけでは。取りあえず家の仕事に区切りがついたので、気分転換に、少し顔を出してみようと思っただけです」
怒ったようにふいと顔を背ける桜草樹。その耳が仄かに赤くなっている。
なるほど、これが俗にいうツンデレってやつか。
「桜草樹さん、もう昼は食べた?」
勝元が聞くと、桜草樹は「いえ」と首を横に振った。
「そっか。俺たち今から食べるところだから、よかったら一緒に」
勝元が食堂の方向を指さした。桜草樹は、少しためらった後、素直に「はい」と答えた。




