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トレーシング・ユア・ワールド  作者: あやめ康太朗
第1章 始動

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    アルバイトと傷害事件④

 ピンコーン。


 入り口のチャイムが鳴る。


「いらっしゃいませー」

 レジのカウンターから、声を張り上げて挨拶をする。入り口の方を見て、柚は「あ」と声を上げた。


「咲ちゃん」


 名前を呼ばれた同級生、咲は、柚を見て嬉しそうに手を振り、駆け寄ってきた。


「やっほー、柚ちゃん。邪魔しに来たよ」

「えー、何それ。営業妨害ですかー?」

「いいじゃん。今他にお客さんいないし」


 咲が店内を振り返る。咲が言った通り、そこには彼女以外の客はいなかった。


「暇じゃない?」

「そんなことないよ。他に仕事もあるから。忙しいんですよ」

「へー」


 そう言いながら、咲はレジに置いてあるチョコを「あ、美味しそう」と二つ取って、柚に差し出してきた。バーコードを読み込んで会計を済ませると、咲は「差し入れ」と一つ柚に手渡した。



「それにしても、久しぶりだね。元気にしてた?」


 お礼を言ってチョコを受け取ると、柚は咲に尋ねた。すると、咲はへにゃ、と笑った。


「元気ですよー。充実してましたよー。先輩とデートしたし」

「おー、お熱いですねー」


 柚はツンツンと咲をつつく。


「春休みの課題は?」

「もちろんやってない」

「えー、新学期、明後日だよ」

「ヤバ、柚ちゃん、写させて。何か好きなコンビニスイーツおごるから」

「咲ちゃん、食べ物与えれば何でもいいと思ってるでしょ」

「違うの?」

「そうだけど……」


 柚が答えて、二人は顔を見合わせて笑った。


「じゃあ、それ選んだら帰るよ」


 咲がレジを離れて、スイーツコーナーに向かおうとした。それに柚も続こうとして、ふと、足を止める。


「咲ちゃん」


 呼び掛けると、咲は「何?」と振り返った。その笑顔を見て、胸の奥がざわりと騒いだ。同時に、凪沙の言葉がくっきりと頭の中で再生される。



 嫌な予感がする。



「……咲ちゃんって、あの裏道通って帰ってたっけ」

「うん、そうだよ。近道なんだ」


 咲は答えると、不思議そうな顔をした。


「どうしたの? そんな深刻な顔して」

「あ、いや、何か、知り合いがね、あそこ治安悪いから通らない方が良いって言ってて」


 柚は首を少し振ると、できるだけ顔から力を抜いた。


「だから、しばらくはあの道、通らない方が良いかなーって」

「……わかった」


 咲が神妙な顔で頷いた。笑い飛ばされると思っていた柚は、咲があまりにも素直で驚いた。


「わかったの?」

「うん。まあ、確かに危ないからね」


 そう言って、咲は柚に近づいてきた。何事かとのけ反ると、咲は柚の頬を人差し指で軽く押して、ニコッと笑った。


 私、そんなに深刻な顔してたのかな。

 パッと手を頬に当てる。それを見た咲は、可笑しそうに笑った。


「じゃあ、選んでよ。あ、でも高いのはナシね」

「うん」



 一緒にシフトに入っているバイト仲間に許可を取って、柚は軽い足取りで、スイーツコーナーに向かった。甘いスイーツはなかなか食べる機会がないから、とても嬉しかった。


 勤務中だということを半分忘れ、たっぷり十分くらいかけて、柚はスイーツを選んだ。熱心に商品を眺める柚を、隣で呆れた様子で見る咲には気が付かないふりを続けた。しょうがない、優柔不断なんだ。



「ありがとう。ごちそうさまです」


 代金と交換された季節限定ケーキを大切に持ちながら、柚は深々と頭を下げた。帰ったらみんなと一緒に食べよう。


「いいよ。ちゃんと後で課題見せてね」



 じゃあ、と咲が手を振る。「ありがとうございました」と店員文句を言おうとした、そのとき。




 どおおおおおおおおおん。




 空気が破壊されるような爆音が響く。地面が揺れて、それに合わせて視界も揺れる。棚がカタカタと小刻みに揺れ、何かが割れる音が耳を貫く。柚はバランスを崩して、どん、と後ろの棚に身体をぶつけた。


 それが爆発音だと分かるのに、数秒かかった。


 爆発。

 まさか。


「咲ちゃん、大丈夫?」


 呼び掛けると、「大丈夫」と弱々しい声が下の方から聞こえてきた。見ると、咲は目を見開いて、床に座り込んでいた。


「ケガはない? 大丈夫?」

 柚は急いで咲に駆け寄り、手を差し伸べた。咲は、呆然とした顔で、それでもしっかりと柚の手を握って立ち上がった。


「何、今の」


 咲が柚の手を握ったまま、尋ねた。柚は答えられずに、黙って咲の目を見つめる。



 二人とも分かっている。

 今の爆発は、多分、魔法だ。



 誰かの悲鳴と、何かが崩れる音が遠くで聞こえる。


 女の人が一人、コンビニの中に飛び込むようにして入ってきた。そのまま、床に倒れ込む。



「大丈夫ですかっ」


 柚は慌てて女の人に駆け寄った。女の人は、肩で大きく息をしていた。顔には何か所か切り傷があった。服も黒く汚れている。


「咲ちゃん、救急車呼んで」


 咲を振り返ると、咲は少し狼狽えたが、「分かった」とスマホを取り出した。


「何があったんですか?」


 女の人の大きなけががないか確認しながら柚が尋ねると、女の人はゆっくり柚を見上げた。



「魔法、使いが」


 途切れ途切れに、それでもしっかりと女の人は答えた。


「魔法使いが、爆発を起こして。女の子が、一人、連れていかれて」

「そんな……」



 また、誘拐事件が。



 鼓動が速くなる。身体が熱い。強張った手で女の人の身体を起こして、柚はハッと目を見開いた。



 女の人の左腕に、大きな傷があった。何かの破片が刺さってできた、深い傷。そこから赤々とした血が溢れていた。その様子に、サッと体温が下がるのを感じた。


 血だ。


 頭の中が、身体中が、ぐるぐると巡る熱と冷たさでぐちゃぐちゃになる。柚の焦りに比例するかのように、どくどくと血が流れ続ける。


 止めないと。早く、止めないと。


 柚は、急いでタオルを持って来て、その傷を覆い、圧迫しようとした。



 そのとき再び、今度はさっきよりも近くで、爆発音が聞こえた。空間が、振動する。


 自動ドアが、勝手に開く。ドアの開いたところから、凄まじい熱風と、目に見えない波のようなものが押し寄せてくる。


 身体の中に、強い衝撃が駆け抜ける。


 魔力だ、と、その波から女の人を庇いつつ、思った。

 日常的に感じることのない、異様な空気の流れ。攻撃を仕掛けた魔法使いが、おそらく、すぐ近くにいる。


 腕を押さえたタオルが、みるみるうちに赤に染まっていく。女の人は、いつの間にか意識を失っていた。


 後ろを振り返ると、咲は離れたところにある棚の陰に身を隠して、連絡をしていた。とりあえずは大丈夫そうだった。


 早く、助けないと。


 身体を巡る熱に任せて、柚は、傷口を押さえた手に力を込めた。



    ***



 モニターの画面が、ピ、ピ、と音を立てて光る。表示されたグラフには、激しく動く線が描かれている。


「動きましたね」


 モニターのそばに立つ景山が、画面を横目で見ながら言った。それに、モニターの前に座って手を組んだ五科社長が「はい」と答えた。


「彼女は無事のようですが、どうしますか」


 景山が尋ねると、五科は「どうしましょうか」と険しい顔をした。


 考えるように少し黙った後、同じ姿勢のまま、五科は言った。


「……もう少し、待ちましょう。まだ、彼らは彼女に接触していないようですし」

「はい、承知しました」


 落ち着いた所作で礼をする景山。顔を上げ、五科に目を向ける。


 画面をじっと見つめる五科。激しく揺れ動く細い線を追うその目は、鋭く光っていた。



                                        《第1章 終》

第1章終わりです。ここまで読んでいただきありがとうございました!

第2章からは、さらに新しい設定や動きが出てくるので、よければ読んでいただけると嬉しいです。

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