アルバイトと傷害事件④
ピンコーン。
入り口のチャイムが鳴る。
「いらっしゃいませー」
レジのカウンターから、声を張り上げて挨拶をする。入り口の方を見て、柚は「あ」と声を上げた。
「咲ちゃん」
名前を呼ばれた同級生、咲は、柚を見て嬉しそうに手を振り、駆け寄ってきた。
「やっほー、柚ちゃん。邪魔しに来たよ」
「えー、何それ。営業妨害ですかー?」
「いいじゃん。今他にお客さんいないし」
咲が店内を振り返る。咲が言った通り、そこには彼女以外の客はいなかった。
「暇じゃない?」
「そんなことないよ。他に仕事もあるから。忙しいんですよ」
「へー」
そう言いながら、咲はレジに置いてあるチョコを「あ、美味しそう」と二つ取って、柚に差し出してきた。バーコードを読み込んで会計を済ませると、咲は「差し入れ」と一つ柚に手渡した。
「それにしても、久しぶりだね。元気にしてた?」
お礼を言ってチョコを受け取ると、柚は咲に尋ねた。すると、咲はへにゃ、と笑った。
「元気ですよー。充実してましたよー。先輩とデートしたし」
「おー、お熱いですねー」
柚はツンツンと咲をつつく。
「春休みの課題は?」
「もちろんやってない」
「えー、新学期、明後日だよ」
「ヤバ、柚ちゃん、写させて。何か好きなコンビニスイーツおごるから」
「咲ちゃん、食べ物与えれば何でもいいと思ってるでしょ」
「違うの?」
「そうだけど……」
柚が答えて、二人は顔を見合わせて笑った。
「じゃあ、それ選んだら帰るよ」
咲がレジを離れて、スイーツコーナーに向かおうとした。それに柚も続こうとして、ふと、足を止める。
「咲ちゃん」
呼び掛けると、咲は「何?」と振り返った。その笑顔を見て、胸の奥がざわりと騒いだ。同時に、凪沙の言葉がくっきりと頭の中で再生される。
嫌な予感がする。
「……咲ちゃんって、あの裏道通って帰ってたっけ」
「うん、そうだよ。近道なんだ」
咲は答えると、不思議そうな顔をした。
「どうしたの? そんな深刻な顔して」
「あ、いや、何か、知り合いがね、あそこ治安悪いから通らない方が良いって言ってて」
柚は首を少し振ると、できるだけ顔から力を抜いた。
「だから、しばらくはあの道、通らない方が良いかなーって」
「……わかった」
咲が神妙な顔で頷いた。笑い飛ばされると思っていた柚は、咲があまりにも素直で驚いた。
「わかったの?」
「うん。まあ、確かに危ないからね」
そう言って、咲は柚に近づいてきた。何事かとのけ反ると、咲は柚の頬を人差し指で軽く押して、ニコッと笑った。
私、そんなに深刻な顔してたのかな。
パッと手を頬に当てる。それを見た咲は、可笑しそうに笑った。
「じゃあ、選んでよ。あ、でも高いのはナシね」
「うん」
一緒にシフトに入っているバイト仲間に許可を取って、柚は軽い足取りで、スイーツコーナーに向かった。甘いスイーツはなかなか食べる機会がないから、とても嬉しかった。
勤務中だということを半分忘れ、たっぷり十分くらいかけて、柚はスイーツを選んだ。熱心に商品を眺める柚を、隣で呆れた様子で見る咲には気が付かないふりを続けた。しょうがない、優柔不断なんだ。
「ありがとう。ごちそうさまです」
代金と交換された季節限定ケーキを大切に持ちながら、柚は深々と頭を下げた。帰ったらみんなと一緒に食べよう。
「いいよ。ちゃんと後で課題見せてね」
じゃあ、と咲が手を振る。「ありがとうございました」と店員文句を言おうとした、そのとき。
どおおおおおおおおおん。
空気が破壊されるような爆音が響く。地面が揺れて、それに合わせて視界も揺れる。棚がカタカタと小刻みに揺れ、何かが割れる音が耳を貫く。柚はバランスを崩して、どん、と後ろの棚に身体をぶつけた。
それが爆発音だと分かるのに、数秒かかった。
爆発。
まさか。
「咲ちゃん、大丈夫?」
呼び掛けると、「大丈夫」と弱々しい声が下の方から聞こえてきた。見ると、咲は目を見開いて、床に座り込んでいた。
「ケガはない? 大丈夫?」
柚は急いで咲に駆け寄り、手を差し伸べた。咲は、呆然とした顔で、それでもしっかりと柚の手を握って立ち上がった。
「何、今の」
咲が柚の手を握ったまま、尋ねた。柚は答えられずに、黙って咲の目を見つめる。
二人とも分かっている。
今の爆発は、多分、魔法だ。
誰かの悲鳴と、何かが崩れる音が遠くで聞こえる。
女の人が一人、コンビニの中に飛び込むようにして入ってきた。そのまま、床に倒れ込む。
「大丈夫ですかっ」
柚は慌てて女の人に駆け寄った。女の人は、肩で大きく息をしていた。顔には何か所か切り傷があった。服も黒く汚れている。
「咲ちゃん、救急車呼んで」
咲を振り返ると、咲は少し狼狽えたが、「分かった」とスマホを取り出した。
「何があったんですか?」
女の人の大きなけががないか確認しながら柚が尋ねると、女の人はゆっくり柚を見上げた。
「魔法、使いが」
途切れ途切れに、それでもしっかりと女の人は答えた。
「魔法使いが、爆発を起こして。女の子が、一人、連れていかれて」
「そんな……」
また、誘拐事件が。
鼓動が速くなる。身体が熱い。強張った手で女の人の身体を起こして、柚はハッと目を見開いた。
女の人の左腕に、大きな傷があった。何かの破片が刺さってできた、深い傷。そこから赤々とした血が溢れていた。その様子に、サッと体温が下がるのを感じた。
血だ。
頭の中が、身体中が、ぐるぐると巡る熱と冷たさでぐちゃぐちゃになる。柚の焦りに比例するかのように、どくどくと血が流れ続ける。
止めないと。早く、止めないと。
柚は、急いでタオルを持って来て、その傷を覆い、圧迫しようとした。
そのとき再び、今度はさっきよりも近くで、爆発音が聞こえた。空間が、振動する。
自動ドアが、勝手に開く。ドアの開いたところから、凄まじい熱風と、目に見えない波のようなものが押し寄せてくる。
身体の中に、強い衝撃が駆け抜ける。
魔力だ、と、その波から女の人を庇いつつ、思った。
日常的に感じることのない、異様な空気の流れ。攻撃を仕掛けた魔法使いが、おそらく、すぐ近くにいる。
腕を押さえたタオルが、みるみるうちに赤に染まっていく。女の人は、いつの間にか意識を失っていた。
後ろを振り返ると、咲は離れたところにある棚の陰に身を隠して、連絡をしていた。とりあえずは大丈夫そうだった。
早く、助けないと。
身体を巡る熱に任せて、柚は、傷口を押さえた手に力を込めた。
***
モニターの画面が、ピ、ピ、と音を立てて光る。表示されたグラフには、激しく動く線が描かれている。
「動きましたね」
モニターのそばに立つ景山が、画面を横目で見ながら言った。それに、モニターの前に座って手を組んだ五科社長が「はい」と答えた。
「彼女は無事のようですが、どうしますか」
景山が尋ねると、五科は「どうしましょうか」と険しい顔をした。
考えるように少し黙った後、同じ姿勢のまま、五科は言った。
「……もう少し、待ちましょう。まだ、彼らは彼女に接触していないようですし」
「はい、承知しました」
落ち着いた所作で礼をする景山。顔を上げ、五科に目を向ける。
画面をじっと見つめる五科。激しく揺れ動く細い線を追うその目は、鋭く光っていた。
《第1章 終》
第1章終わりです。ここまで読んでいただきありがとうございました!
第2章からは、さらに新しい設定や動きが出てくるので、よければ読んでいただけると嬉しいです。




