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トレーシング・ユア・ワールド  作者: あやめ康太朗
第1章 始動

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第1話 招待状①

「起立。礼。さようなら」


 さようなら。クラスの皆の、少し気の抜けた声をきっかけに、教室内が騒がしくなった。


「ねえねえ、今日夕方のニュースに(みどり)ちゃん出るんでしょ。今度のドラマの番宣でさ」

「あ、待ってヤバい、録画し忘れたんだけど。翠ちゃんが出てる番組は全部見るって決めてたのに最悪」

「え、じゃあ今見る? ちょうど部活まで時間あるし」


 女子の一人が、スマホを取り出して操作し始めた。


「ちょっと待ってたら、翠ちゃん、すぐ出てくるんじゃない?」

「えー、どうなんだろう。部活始まるまでに見れるかな」


 スマホを操作していた女子が、カチカチと音量ボタンを押した。それに合わせて、ニュースを読み上げる落ち着いた声が少しくぐもって聞こえてきた。



『――昨日の夕方、R県T市で魔法使いによる誘拐事件がありました。犯人の魔法使いは、下校中の小学生の女の子を無理やり連れ去りました。犯人は若い男二人組であるとの目撃証言がありますが、彼らの身元や、女の子の行方は不明で、現在警察が捜査をしています。誘拐された女の子の他に、周囲にいた小学生や、犯人を止めようとした人が犯人からの攻撃魔法を受けており――』



「ゆーずちゃん」


 ハッとする。顔を上げると、そこには同じクラスの友達の(さき)が立って、(ゆず)の顔を覗き込んでいた。


「咲ちゃん」

「あ、ごめんね。びっくりさせちゃった?」

「ううん。ごめん、ちょっとぼーっとしてて」


 柚は顔の前で手をパタパタと振った。


「大丈夫? 疲れてる?」

「大丈夫。私はいつも元気だよ」


 胸を張ってそう言うと、咲は「良かった」と笑った。


「あのね、ちょっと柚ちゃんに頼みたいことがあって」

 咲は申し訳なさそうにそう言うと、パンっと音を立てて両手を合わせた。


「係の仕事、代わりにやっておいてくれないかな。これからすっごく大事な用事があって」

「あー、先輩のこと?」


 からかうようにそう言うと、咲は少しだけ頬を赤らめて「うん」と頷いた。つい最近、咲は同じ部活の先輩と付き合いだしたらしい。仲は順調で、柚は毎日のようにその惚気話を聞かされていた。きっと用事というのも、先輩との約束か何かだろう。


「もちろんいいよ。楽しんできてね」


 親指を立ててグッドサインを出すと、咲は大袈裟にもその手を両手で包み込んで、柚の顔を見つめた。


「ホントにホントにありがとう。柚ちゃん大好き。愛してる」

「うえー。分かったって。ほら急いで。先輩待ってるよ」


 ほらほら、と咲を促す。咲は慌ただしく自分のリュックサックを背負うと、廊下の方へ駆け出した。


「ホントにありがとう。明日購買で何か好きなものおごるからー」

「うん、ありがとう」

「あ、それと」


 咲は急に足を止めると、Uターンして柚の前まで戻ってきて、ずいっと顔を近づけた。


「帰り道、魔法使いに襲われないようにするんだよ。さっき聞こえてきたニュースの事件だってこの近所で起きたことだし、柚ちゃん危なっかしいから」


 真剣な顔で柚を心配する咲を見て、柚は思わず笑った。


「大丈夫だよ。咲ちゃんこそ、気をつけて。いざという時は先輩に守ってもらうんだよ」

「えへへー。了解」


 再び教室を出ていく咲に手を振ると、柚は席を立って、教卓の上に積んである英語のノートを手に取った。


 ニュースを見ていた女子たちから、歓声が上がる。「良かった、見れた」「翠ちゃんホント可愛い」という楽しそうな声が、ちらほらと聞こえてきた。


 その声を聞きながら、柚はノートを抱えて教室の外へ出た。






 この世界には、魔法使いが存在する。


 彼らは、人間界と時空を隔てて存在する魔法界から来た人たちだ。人々は皆、魔法を使える彼らのことをそのまま『魔法使い』と呼んでいる。


 魔法は、魔法使いの身体に元々備わっている魔力を使って起こすものらしい。魔力を扱う能力は、ほとんどは遺伝で、魔法使いの血縁者でない限りは魔法を使うことが出来ない。しかし、無関係の人間に急に発現する例も、ごく稀にあるようだった。



 人間界と魔法界。二つの世界は、元はそれぞれ別に存在する、交わらない世界だった。しかし、およそ三百年前、その二つの世界を繋ぐ『扉』が、突然この国の上空に現れた。


 大きく荘厳な、童話で描かれるお城の入り口にあるような雰囲気の『扉』。それは、触れることのできない、実体のないものだった。その正体は不明で、二つの世界の割れ目がちょうど合わさった場所だというのが、今のところ一般的となっている説だった。



 上空にある『扉』には、魔法使いの飛行魔法を使うことでしか辿り着けないという制限はあったが、世界が繋がって以降、人間と魔法使いの交流は少しずつ進んでいった。たくさんの人間が魔法界に移動し、たくさんの魔法使いが人間界へと降り立った。互いの文化が取り入れられ、様々な技術が送り出された。その時代は、どちらの世界もとても豊かだった。



 しかし、二つの種族の力が入り乱れた世界の平和が保たれることはなかった。



 元々温厚な人が多く、皆自分たちの生活のために魔力を使っていた魔法界に、人間界の兵器や戦争の概念が取り入れられたことで、魔法界では国同士の争いが絶えなくなった。協力し、分け合う意識は消え、魔力の最大の源である『精霊の森』を奪い合い、人間や敵国の魔法使いを捕虜にし、彼らを利用したりもした。明るい光に満ちていたはずの魔法界は、急激に荒んでいった。



 また、人間界でも魔法が濫用された。


 実体があり、誰でも簡単に用いることのできる人間界の技術と違い、魔法は魔法使いだけが使うことのできる超常的なものであり、その解明をして人間が利用するところまで持っていくことは困難だった。

 

 そこで、一部の人間たちは、魔法使いを誘拐、監禁し、彼らを軍事利用したり、実験材料にしたりするようになった。それにより、魔力を用いた犯罪や紛争が頻発し、人間では対抗できないその強大な力を得るため、多くの人が魔法使いを奪い合った。何万もの魔法使いが奴隷となり、人間のために利用された。それは、人間界と魔法界の関係も次第に悪化させていった。



 そんな時代が続いたあるとき――ちょうど百年前、事件が起こった。



 魔法使いたちが、人間への攻撃を開始したのだ。



 彼らは、ある一つの都市に対して、強力な攻撃魔法を放った。すべてを焼き尽くすような、恐ろしいほどの威力の魔法。放たれた都市にいた多くの人々が命を落とし、甚大な被害を受けた。



 その後、人間は必死に反撃して魔法使いを追い出し、捕らえた魔法使いを処刑し、魔法使いの存在を害悪だとして取り締まった。その時期に、どういう力が働いたのかは分からないが、まるでこれ以上関わりたくないと世界の方から拒絶を示すように、二世界を繋ぐ『扉』は閉ざされた。



 凄惨な事件――『大災厄(だいさいやく)』の後、人間界では魔法の存在はタブーとなった。人間界に残された魔法使いたちは、『大災厄』直後のように処刑されることはなかったが、世間から冷たい目を向けられ、迫害を受けた。


 魔法使いへの差別は、今の時代も続いており、魔力を持つ人々は、自分の正体を隠しながら生きなければならなくなった。そのため、今まで魔法使いが目立ったところに出てくることなどなかった。魔法使いの存在も、多くの人にとってはほとんど都市伝説のようになった、はずだった。





 柚はノートを抱えて廊下を歩きながら、窓の外を眺めた。少し高いところに立っているこの高校からは、町の様子がよく見える。見渡すと、たくさんのパトカーや警察官たちの姿が目に付いた。



 一、二か月くらい前から、長らく世間から姿を消していた魔法使いが現れ始め、事件を起こすようになった。


 事件は昨日だけでなく、これまでにも何度か起きている。どの事件でも、犯人の情報は少なく、未だに捕まっていないらしい。警察も、経験のないことで慌てているようだった。ネットでも『百年前の悲劇の再来だ』と騒がれていて、世間はかなりナーバスになっている。



 危ないよなあ、本当に。

 柚は小さくため息を吐いた。こういう事件は、身近で起きてほしくないものだった。


 まあ、しょうがないけど。


 柚は視線を動かして、更に遠くの方に目を向けた。


 この市の端の方。半径数キロほどの巨大なクレーターが、地面を抉り取り、黒々とした闇を湛えている。

 


 百年前の『大災厄』で、攻撃魔法を受けた都市。それがここ、R県T市だった。



 『大災厄』の日、この市の半分ほどが一瞬で消滅した。更に、爆風などの影響で、周辺の都市の建物はどれもなぎ倒されてしまった。今、柚が暮らしている状態になるまでには、かなり時間がかかったらしい。


 攻撃の跡地にはまだ強力な魔力が残っているらしく、その周辺は未だに立ち入り禁止区間になっている。また、その区間からは外れていても、このT市全体に流れる空気は他の都市とは違うそうだ。その空気自体が人体にどれほど影響を与えているのかは不明だけれど、汚染されているからと近づきたがらない人が今も多かった。



 最近起きた魔法使い関連の事件は、全てこの近辺で起きたものだ。それにはおそらく、その残っているらしい魔力が関係しているのだろう、と多くの人が言っていた。



「このまま、何事もなく過ごせたらいいけどなあ」


 声に出して呟いてみる。その独り言は、窓の外から聞こえる、部活の練習を始めた生徒の声に混ざって消えた。

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