参加者と従業員④
「それでは、今から歓迎パーティーを始めたいと思います。皆さん、準備はいいですか」
前に立って景気よくコップを掲げるルリ。それに合わせて、柚たちもコップを手に取った。
「それでは皆さん、カンパーイ」
「カンパーイ」
コップ同士を当てるような動きをそれぞれでした後、柚はジュースを少し口に含んだ。
机の上には、ピザやキッシュ、サラダなど、彩りがいい料理が並べられていた。柚にとっては、あまり馴染みのない感じの料理だった。
「これ、葵さんが作ったんですか?」
柚が尋ねると、葵は「うん」と誇らしげに答えた。
「市販品じゃないから、お口に合うかどうかわからないけど」
「すっごく美味しいですよー」
真っ先に料理に手を出して口いっぱいに頬張ったルリが、手に持ったフォークを掲げて言った。口の周りには料理がしっかりついていて、隣に座る創が笑いながらそれを拭いてあげていた。
「しょうがないですね。ルリの負けを認めるです。食事はこれからは葵さんに任せるのです」
「うん、ありがとう」
葵が嬉しそうに答えた。
柚も、料理にぱくりとかぶりつく。その瞬間、口の中に香ばしい香りが広がった。具もちょうどいい味だった。美味しくて、柚は手で落ちそうな頬を押さえた。
みんなにも食べさせてあげたいな。
歓迎パーティーに行くと伝えたときに、まるで自分が行くかのように喜んで送り出してくれた兄弟たちを思い浮かべる。自分だけがいい思いをするのは申し訳なかった。もし安く作れるなら、葵さんにレシピを教えてもらおう。
そんなことを考えていると、柚の隣に座る凪沙が、柚を見てふふ、と笑った。自分が変な顔をしていたのかもしれない、と思って、柚は顔を引き締めた。
「な、何?」
「いや、美味しそうに食べるなあと思って」
「うん。美味しいよ」
大真面目な顔で柚は答えた。そのとき、凪沙とは違う方向から小さな笑い声が複数聞こえた。急いで聞こえた方に目を向ける。把握できたのは、勝元と葵、そして天瀬だった。
え、笑われた。
頬が熱くなるのを感じる。原因が分からないだけ、心地悪い。
「やっぱり柚ちゃんは良い子だなあ」
葵がニコニコと笑った。そして、皆を見回した。
「ここにある分は、全部食べちゃっていいから。遠慮しないでね」
皆が頷いた。柚も合わせて頷く。
「それにしても、よかった。二人とも来られたんだね」
葵が櫟依と三ツ花を見て言った。
「許可が取れたので」
櫟依が答えると、それに三ツ花もコクコクと頷いた。
「何か意外。許可がいるような感じなんだ」
天瀬が櫟依を見た。
「三ツ花サンは何となくわかるけど、タカシはそういうイメージじゃないのに。厳しいの?」
早速下の名前で呼び捨てにする天瀬。さすが、強い。
名前の呼ばれ方は気にしていない様子で「ああ」と答えると、櫟依は言った。
「まあ、そんな感じ」
「へー。大変だね」
軽い返事をする天瀬。そこまで興味はなさそうだった。
「厳しくないの、家」
櫟依が尋ねると、天瀬は「あー、うん」と答えた。
「オレの家は、別に俺が何してようがどうでもいいって感じ。あ、でも、スバルの家はバカみたいに厳しいよ」
「まあ、確かにそんな感じはするけど……」
櫟依は、そこで言葉を止めると、気まずそうな顔で天瀬を見た。
「なに?」
「いや、その、いつどうやってあの藍代昴琉と知り合ったのか、と思って。家族のこと知ってるなんて、かなり仲が良さそうだけど」
「それ、俺も気になってた」
勝元もそれに同意した。皆も、同意するように天瀬を見た。
「えー、仲良くはないっすよ」
天瀬は少し困ったような顔をすると、背中を椅子の背もたれに倒した。
「出会ったのは小三か小四の頃だったかな。オレが家から追い出されて、ふらふら歩いてたら、たまたまスバルの家に着いて、成り行きで家にあげてもらって、何となくそれからも出入りするようになったりしただけ」
「……」
何言ってんのかよくわかんない、という顔を浮かべる櫟依。その場にいる誰もが、おそらく同じ表情を浮かべているだろう。
「友達、っていうわけじゃ、ないのか……?」
「違いますよ。あいつオレのこと嫌いだし。なんかまあ、色々あったんすよ、色々」
「色々、か」
「はい」
天瀬は、勝元の言葉を受けてうんうん、と頷くと、勢いよく体を起こした。
「もーやめましょーよ、こんな話。聞いても良いことないし」
天瀬が明るくそう言った。その明るさの裏には、これ以上話したくない、という意思がはっきりと感じられた。
柚は、自分はいない方が良いから、とパーティーを辞退した藍代のことを思い浮かべた。色々、と天瀬は言ったけれど、二人の間には、一体どんなことがあったのだろう。
「あ、じゃあさ」
ジュースをくいっと飲んだ天瀬が、良いことを思いついたように言った。
「オレ、その四人のことも聞かせてほしいかも」
「四人って、俺たちのこと?」
勝元が聞くと、天瀬が「そー」と頷いた。そして、口を開いたと思ったら、戸惑った表情ですぐに閉じた。
「どうした?」
「何て呼べばいいのかなって。年上だし、先輩、とか?」
「そういうの、気にするんだ」
「一応ねー。後で何か言われても怖いし」
「そっか」
勝元は軽く笑った。
「まあ、何でもいいよ。同じ学校とかでもないし、呼びやすい呼び方で」
「えー。でもまあ、呼びやすいから、勝元センパイと、えーっと、入月センパイで」
「凪沙でいいよ」
「了解です、凪沙センパイ」
天瀬が人懐っこい顔で凪沙に笑いかけたが、見事にスルーされる。かわいそうに。
「それで、四人はいつから?」
凪沙にスルーされ、なぜか不思議そうな顔をしている天瀬が聞いた。それに、勝元が「えっと」と答える。
「最初に知り合ったのは、創と柚だよな」
「そうだよ」
柚は答えた。
「私のお兄ちゃんと、創のお兄さんが元々仲が良かったから、記憶がない頃から自然に知り合いだったんだよ」
創の方に目を向けると、創は頷いた。
「その後、僕と勝元くんが偶然学校で仲良くなって、放課後も一緒に遊ぶようになったんだよね」
「そう。で、凪沙が、確か俺が小学二年生の秋ごろに転校してきたんだよな」
勝元の言葉に、凪沙は軽く顎を引いた。
「へえ、転校生だったんすか。え、じゃあ、赤羽センパイ、口説いたんですか」
「違うけど、似たような感じというか――遊びに誘ったんだよ。凪沙人気者だったから、みんな遊びに誘ってたな。凪沙と遊ぶことが一種のステータスみたいになってた」
「それはまた何で?」
「凪沙、帰国子女なんだよ」
「え、マジで」
天瀬は尊敬のまなざしで凪沙を見つめた。
「すげー。英語とか喋れるんすか?」
「ペラペラだよな」
「え、何か喋ってみてください」
天瀬の要望に、凪沙がため息を吐いた。
「それ、何回言われたか分からないって程言われたけど、見世物じゃないのに、やたらと喋ってほしいとか言ってくるやつ、困る」
声は冷たいが、それほど怒っている様子もない。それを知っているからか、天瀬は軽薄そうな笑みで凪沙を見た。
「凪沙センパイ、美人だから、よけい人気が出たんでしょうね」
天瀬の甘い言葉に、凪沙は、今度は冷ややかな目を向けた。
「……何すか、その顔」
「いや、別に」
凪沙がふいっと視線を天瀬から外す。
「誰に対してもそういうこと言うわけ?」
「はい。女の子なら」
あっけらかんと天瀬は答えた。そして、また不思議そうな顔をした。
「おかしいなー。大抵の女の子はこういうことを言うと喜んでくれるんだけど」
うわあ……。
柚は心の中で、凪沙と同じように冷ややかな目を向けた。やっぱりそういう人だった。
「リア充、怖」
櫟依が、ぼそりと呟く。それに、さして気にしていない様子で天瀬は笑った。
「そっか。じゃあ、ここでは女の子口説かなくていいんだ」
「どういう意味だよ、それ」
呆れたように勝元が言った。
と、そのとき、食堂の扉が開いて、景山が入ってきた。
「あ、きぃちゃんおかえりなさい」
葵がパタパタと景山の方に駆け寄っていく。
「早かったね」
「はい、ちゃんと早めに切り上げてきました。社長はもう少し遅くなるかもしれませんし、来ないかもしれません。すみません、社長を置いて先に来てしまいました」
「いいんだよ。ちゃんと二人の分は別にとってあるから、大丈夫」
葵が嬉しそうにグッドサインを出した。
葵がキッチンの方に料理を取りに行くのを見送ってから、景山は柚たちの方に近づいてきた。
「どうですか。だいぶ打ち解けてきましたか」
「そうですね。始めと比べれば、かなり」
勝元が答えた。景山は、ほとんど表情を変えずに「安心しました」と言った。
「そんなことまで気にしてくれるんすね」
天瀬が言うと、景山は「はい」と答えた。
「このプロジェクトを進めるにあたり、私は一応、参加者の皆さんのサポートも任されているので。この研究の目的を考慮しても、ここでの人間関係は皆さんにとって良いものである方が良いです。皆さんの仲が良い方が、私たちにとっても都合がいいのです」
そう言うと、景山は目を動かしてその場にいる人を見回した。
「ここにいるメンバーは、そういったことに関しては、特に問題がなさそうですね」
景山は、ため息を吐くように小さく息を吐き出した。
「他の三人は、なかなか難しそうですね」
その言葉に、困ったような、そして納得したような空気が流れた。
歓迎パーティーへの参加を拒んだ三人。これから関わっていくメンバーの前で、躊躇いもなく参加しないと宣言した人たち。それぞれ理由は違うとは思うけれど、雰囲気からして、三人とも付き合いにくそうな感じがする。
「他の二人に関しては分かんないけど、スバルは難しいと思うよ」
天瀬がおもむろに言った。
「あいつ、忙しくて今まで学校全然行ってなかったっぽいから、人付き合いが苦手っていうかマジでできないし」
「そうなんだ」
勝元が驚いたように言うと、「そうっす」と天瀬が頷いた。
「だから、あんまり期待しない方が良いかも」
「そうなんですね」
景山は、まるでそれを事前に知っていたかのように自然に頷いた。
「他に、中梛さんはかなり素行が悪く、いわゆる不良というやつですので、付き合いにくいとは思います。そして」
そこで、景山は柚に目を向けた。急なことに、柚は先生に叱られるときのような気分になって目を逸らした。
「な、何ですか」
「先ほど、葵の提案を桜草樹さんが断ったとき、怒っていましたよね」
「あ、はい……」
そのときに感じた、ぞわぞわした熱が蘇ってくる。柚は、真っ直ぐに自分を見つめる景山を、抵抗するようにそっと見つめ返した。
注意されるのだろうか、と身構えていたところ、景山がふっと表情を和らげた。
「私もですよ」
「へ?」
思わず素っ頓狂な声を出してしまう。
「景山さんも?」
「はい。葵の誘いをあんなふうに断るなんて、礼儀知らずだと殴りかかるところでした」
さらりと物騒なことを言う景山。その目が一瞬鋭く光ったのが見えた。背筋がサッと冷える。
本気、なんだろうな。
「だから、良かったです。ありがとうございます。止めてくださった入月さんも」
礼儀正しく、景山は柚と凪沙に頭を下げた。戸惑って凪沙を見ると、凪沙は予想していたように自然に頷いて、感謝を受け取っていた。
「だから、まあ、彼女もまた、難しいかもしれません。印象は悪いかもしれませんが、彼女にも彼女の事情がありますので、なるべく友好的に接してもらえると嬉しいです」
頭を上げた景山がそう言った。ちょうどそのとき、葵が景山の分の料理を運んできたので、景山は柚たちに軽く礼をすると、机の一番端の席に静かに座った。
「桜草樹家、か」
勝元が呟いた。
「すごいよな、そんな名前の知られている財閥の一人と関わることになるなんて」
「すごいですよね」
櫟依が同意した。
「初日に会社に来たとき、ちょうど桜草樹さんと到着したタイミングが同じだったんですけど、見るからに高級車って感じの車の中から、スーツ着てる人にドアを開けてもらって降りてきてて、来るとこ間違えたのかと思いました」
「そうだよな。俺も、護衛みたいな人を何人か見かけたから驚いた」
櫟依の言葉に少し笑いながら、勝元は言った。
「でも、桜草樹家っていったら、多分桜草樹さんの弟と妹に当たる人のことをよく聞くよな」
それに、その場にいる人は頷いた。柚は何のことか分からずに、凪沙に尋ねた。
「桜草樹さん、弟と妹がいるの?」
「うん。多分ね」
凪沙は柚の質問に驚くこともなく頷いた。
「天才的な絵の才能を持った桜草樹二葉と、同じく天才的な音楽の才能を持った桜草樹光。二人とも、まだ中学生だけど、大人顔負けの実力で、世界レベルだって言われてる。家柄も容姿もいいから、よく特集されてるよ」
「ああ」
その二人の名前は、柚も聞いたことがあるものだった。
「そっか、あの二人がそうなんだ」
「オレ、あんまり詳しくないけど、桜草樹家の姉弟はその二人だけかと思ってたから、桜草樹サンが長女だって聞いたとき驚いた」
天瀬が言うと、再び皆は頷いた。
「まあ、そんなに下が優秀だと、ちょっときつい性格にもなるのかな」
頭の後ろで手を組んで姿勢を崩しながら、天瀬が言った。それに、柚はそっと目を伏せた。
景山が言っていたように、彼女にも、きっと何か事情があるのだろう。
ふと目を向けると、今まで黙々と料理を口に詰め込んでいたルリが、机に伏せて小さく寝息を立てていた。
料理もほとんどなくなっていたのもあって、その日はお開きということになった。