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    『道』⑤

「勝元く――――――――ん!」


 部屋に飛び込んできた人――百合が満面の笑みで両手を広げて勝元に体当たりをした。その勢いのまま机に衝突した勝元のどこかの関節からごきゅ、と嫌な音が聞こえた。


「ひゃー、久しぶり。もうずっと会ってなかったよね。会いたかったんだよー。わー、もう更にイケメンに磨きがかかってもうゆり感激嬉しすぎて目からオレンジジュース出そう。サプライズ? エイプリルフールの嘘か何か? えへへ。最っっっ高なんだけどっ」


 勝元の首にがっしり巻き付きながら、一息でよどみなく早口言葉を披露する百合。聞いている方が疲れるようなテンションの高さだ。

 目からオレンジジュースって、どういう例えなんだろう。


「ちょ、百合。勝元くんが死にそうだから」

 慌てて蓮人が止めに入る。無防備な状態で激突されて首に巻きつかれ、半殺し状態になった勝元は、苦しそうに顔を歪めて百合の腕を「ギブ。マジで死ぬ」と高速で叩いている。

 それに気が付いた百合が、我に返ったようにパッと腕をほどいた。


「ああ、ごめんね」

「全く、本当に相変わらずだな」


 小さく咳をしながら、勝元は百合の頭を小突いた。百合は大袈裟にのけぞった後、「えへへ」と笑う。


「だって、久しぶりだったんだもん。もう結構長いこと会ってないよね。昔みたいに遊ぶことも全然なくなったし、ゆり寂しかったんだよ」

「そっか。ごめんな」


 勝元が言う。こんなふうにするから、百合が甘えてしまうのだ。


 昔から、百合は勝元にとても懐いていた。懐いていた、というよりも、推していた、という方が正しいのかもしれない。かっこいい男の人に弱い百合は、芸能人はもちろん、身近なイケメンさんにも熱狂し、黄色い声を発している。ということは、自ずと創もその対象に含まれるわけで。


「待って、創くんが輝きすぎてて直視できない。今日も綺麗すぎる好きすぎる。やばい、目が焦げる」


 百合が両手で顔を覆った。


「っていうか創くん、何かぐっと大人っぽくなったって感じだね。前よりも落ち着いた綺麗さっていうか、透明感が増したよね。昔のあどけない美少年顔もめちゃくちゃ好きだったけど、今の雰囲気も大好きっ。あー、もう年々可愛くなってくじゃん、どうしようこのまま行ったらゆり、創くんの美しさに反比例して老けてくかもしれないじゃん、どうしよう。あ、少し髪伸びたね、いい感じだよ。ゆりこれくらいの長さ好き。それに背も伸びたよね」


 創をじっと見つめながら、再び早口言葉マシンと化した百合。直視できないと言いつつ、ばっちり直視している。ガン見している。そして、自分と同じように身長についてコメントしたことに、柚は何だか笑えてしまう。


「あ、ありがとう」


 戸惑いつつも、照れたように頬を掻く創。昔から百合はこうだから、そろそろ創も慣れたのかもしれなかった。創が誰かに容姿を褒められてもお世辞だと思って受け流せたのは、きっと百合の鬱陶しいくらいの褒め言葉のせいだと思う。いや、『せい』じゃなくて『おかげ』なのだろうか。


 百合は、とろけそうな顔で満足気に頷いた。


「うん。身長、前より二・四センチ伸びてるね」


 えー、何この子怖い。


「ゆり、大好きな人のことなら詳しいよ」

 胸を張って言う百合。詳しさのレベルが犯罪級だった。将来ストーカー行為で捕まらないか心配だ。


「あ、そういえば」

 百合が突然、不思議そうな顔をした。

「どうして三人がここにいるの?」


 それ、最初に聞こうよ、と柚は心の中でツッコミを入れる。


「五科工業の『特別プロジェクト』に、この四人ともが呼ばれたんだ。さっきまでの話し合いで、全員参加することに決まったところ」


 首を傾げている百合に、勝元が言った。


「四人とも呼ばれたの?」

 百合は眉をひそめた。

「どうして? 五科工業と何か接点あったりした?」

「それが分からなくて、今いろいろ相談してたとこ」


 柚は机まで戻ると、グラスを置いた。それに、百合は「ふうん」と答えた。


「何か怖いね。実はあの社長、悪い人だったりして」

「どうなんだろうな。見た感じ、悪い人ではなさそうだったけど」

「へー。まあ、イケメンなら良い人も悪い人も関係ないもんね」


 お前、訳分からないこと言ってると、将来詐欺師に引っかかるぞ。


「でも、四人いるなら安心だね。お金もらえるし」

 百合は涼しい顔でそう言うと、机に手を置いて身を乗り出した。


「いーなあ、都会。ゆりも行きたい。ねえ、どんな感じだったの? すごかった? やっぱり社長かっこよかった? 他にどんな人がいた? 会社ってどんな感じ? 『特別プロジェクト』って何やるの?」


 百合はキラキラした目で無邪気に質問攻めを始める。


「まあ、百合にはまた詳しく話すよ」

 蓮人が宥めるように言った。一瞬キョトンとした後、百合は素直に「うん、わかった」と頷いた。


「百合ちゃん、今日は出かけてたんだね」

 凪沙が言うと、百合は凪沙に近づいて後ろから巻き付いた。そして、座っている凪沙の肩に顎を載せるような姿勢で答えた。

「うん。ちょっと友達と遊んでたんだ」


 凪沙が手を伸ばして、百合の頭をよしよしと撫でる。百合は少し恥ずかしそうに、それでも嬉しそうに笑顔を浮かべた。


「あ、友達と言えば」

 百合が凪沙の肩越しに柚を見た。

「お姉ちゃん、『特別プロジェクト』で友達できそう? 仲良くなれそうな子いた?」

「あー、どうかな……」


 柚は何とも言えない表情を浮かべた。どの参加者も、なかなかに個性が強くて近づきにくそうだった。気負いなく話せそうなのは、三ツ花くらいだろうか。


「お姉ちゃん、ちょっと人見知りだからなあ。頑張るんだよ。あと、どうせなら彼氏も作ったら?」


 百合が凪沙に「ねえ」と同意を求めた。その後ろで、『彼氏』というワードに、蓮人が目をギラリと光らせる。あ、これヤバいやつだ。


「まあ、ほどほどに頑張りますよ。彼氏はともかくとして」

 鋭く光る蓮人の目を意識しながら、柚は百合に引きつった笑顔を向けた。


「うん。応援してるよ」

 背後の蓮人の様子に全く気が付いていない百合は、可愛らしくガッツポーズをして見せた。


 そして、百合は凪沙からパッと離れて、三人の方に向き直った。


「三人とも、どうかお姉ちゃんをよろしくお願いしまーすっ」


 勢いよく頭を下げる。下げすぎて殆ど立位体前屈の姿勢になっている。


「任せろ」

 勝元が拳を握る。凪沙と創も、ぐっと親指を立てた。それを確認した百合は、二人と同じように親指を立てると、部屋の扉の方に駆けて行った。


「んじゃ、ゆりは退出しまーす。またね、三人とも」


 手を振って、百合は扉を閉めた。その後すぐに、階段を上る音が聞こえてきた。その音が消えると、冷たい沈黙が部屋の中を満たした。


「……百合には話すんですか? 魔法のこと」


 ややあって、勝元がぽつりと言った。その言葉は、静かな空気にくっきりと浮かび上がって、吸い込まれるようにして消えた。


「……話さないつもりだよ。余計な心配かけたくないしね」


 蓮人が首を横にふった。勝元が微かに表情を険しくした。


「でも――」

「話す必要がある状況になった時に話せばいい。今はまだ、必要ないと思う」


 勝元を牽制するように、蓮人は言った。口調は優しかったけれど、有無を言わせない強い言葉だった。勝元は、まだ何か言いたげだったけれど、諦めて口を噤んだ。


 勝元の言いたいことは、柚にも分かった。


 もしも、危険なことが柚たちの身に起きたとして、そして、魔法のことについて初めて聞かされたとしたら、そのとき百合は、素直に受け入れ、許すことができるだろうか。


 柚たちが危険を覚悟で参加したことを、その場に立ち会わなかった百合が認めてくれるだろうか。こんなに重要なことを黙っていたことに関して、怒らないことがあるだろうか。何より柚は、百合に隠し事をすることへの罪悪感を、少なからず抱えていかなければならないことが不安だった。


 それでもやはり、蓮人の意見が今は一番良いのだと思った。もし百合がそのことを知れば、きっと全力で止めるに違いないから。


 その選択が正しいかどうかは、分からないけれど。


「柊人には?」

 勝元が再び聞いた。蓮人は「同じだよ」と答える。


「柊人にも、今は話さないでおく。まあ、隠していたところで柊人にはすぐに感付かれると思うけれど」


 蓮人は、意見を求めて柚の方を向いた。柚は頷く。


「それでいいと思う。危険な目に遭うかどうかなんてまだ分からないんだから。あの二人には、また機会が来たら話せばいいよ」

「うん。ありがとう」


 蓮人は優しく微笑むと、ふと時計の方に目を向けて「あ」と声を上げた。つられて時計を見ると、六時を過ぎていて少し驚く。もうかなりの時間が経っていた。窓の外も、うすぼんやりとした暗さで霞んでいた。


「ごめん、僕バイト行かないといけない」


 蓮人は慌ててイスを引いて立ち上がった。


「今日はわざわざありがとう。気を付けて帰ってね」

「いえ、こちらこそ、話せてよかったです」


 勝元がにこやかに答えて立ち上がった。それに合わせて、皆が次々と椅子から立ち上がった。


「じゃ、俺たちもそろそろ帰るか。ありがとな、柚」

「いえいえ。山道暗いけど、気を付けてね。道に迷わないようにね」

「大丈夫。そろそろ慣れた」


 凪沙が椅子に掛けていた上着を羽織って言った。


「創、歩きだよね。気を付けて」

 声をかけると、創はこくりと頷いた。勝元が柚を振り向いて言う。


「創とは、俺が一緒に帰るから大丈夫」

「勝元くん、自転車だよね」

「うん。けど、引いて帰る。本当は二人乗りでもいいんだけど、創が事故るといけないからダメだってさ」


 からかうように笑う勝元の言葉に、創は真面目な顔で大きく頷いた。


 三人を玄関まで見送ると、凪沙が柚に手を振った。


「じゃあね。また明日」

「うん。また明日」


 柚も手を振り返す。そして、三人の後ろ姿が見えなくなるまで見送った。


 今年のエイプリルフールは、今までで一番嘘みたいな日だった。

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