『破壊の司者』⑤
告白された翌日、烈たちが付き合ったことは、瞬く間に学年中に知れ渡った。
事あるごとに、クラスメイトから詳しく話を聞かれたり、冷やかしを受けたりしたけれど、どう答えればいいのか分からずに、烈は適当に受け流しておいた。そんな烈の態度も、彼女とっては好評だったようで、「やっぱり烈くんは大人っぽくてかっこいいね」と繰り返し言ってもらえた。
けれど、二か月ほどしたら、彼女はもう烈に飽きたのだろう。彼女の方から別れ話を持ち掛けてきた。
「他に好きな人ができちゃったの。ごめんね」
そう言って謝る彼女が、烈に対して向ける目は、以前のような熱いものではなかった。彼女にとっての特別は、もう既に烈ではなくて、彼女の隣に存在する空気は、烈を求めていた時期よりも澄んでいなかった。
向こうが烈を求めていないなら、烈が存在できる空間はもうそこにはない。特に未練もなく、烈はその別れ話を受け入れた。
一度、付き合うということをしてしまったからだろうか。初めての彼女と別れた後、すぐに別の子に告白された。烈のことを特別な目で見つめるその子の隣は、どんな空気よりも息がしやすくて、烈はまた、その告白を受け入れた。
その子ともまた数ヶ月で別れて、間を置かず、また他の子が待っていたかのように告白しに来る。そしてまた別れて、また他の子と付き合う。それが繰り返された。
ちょうど、恋愛というものに強い興味が湧き始めた時期だったからかもしれない。恋愛に慣れているように見える烈が、他の男子よりもかっこよく見えるのだと、女の子は言っていた。
そんな即席の恋愛相手に対しては、数ヶ月付き合えばそれで満足するということだろう。別れるときもあっさりしていて、揉めることはほとんどなかった。一部の男子から悪く言われたりするのを加味しても、烈の学校生活は平和だった。
しかし、いくら烈や皆にとっては平和でも、小学生でそのような恋愛関係を繰り返しているのは、大人からしたらさすがに目に余ったらしい。
保護者会があった日の夜、烈はいつも以上に激しく両親から殴られた。
「先生から聞いたよ、女の子をとっかえひっかえしてるって。どういうつもり? 気持ち悪い」
「みっともねえな、お前。調子乗ってんじゃねえぞ」
嫌悪という感情がありったけ込められた怒鳴り声とともに、頬に拳が飛んでくる。その勢いで、烈はよろめいて壁にぶつかった。
「可哀そうだな、その子たちも。まさか相手があの『破壊の司者』だなんて」
「本当にね。こんな気持ち悪い力を隠して、女の子に近づいて、神経疑うわ。人間のふりしてんじゃないよ、気持ち悪い」
今度は蹴りが腹に入る。うっ、とうめきながら、烈は壁をずり落ちるように床に座り込んだ。
「後で訴えられたりしたら最悪だから、問題は起こさないでよ。いちゃついてるときに気を抜いて魔力なんて使ったりしたら、私たちが終わるんだから」
「一丁前に普通の人みたいなことしてんじゃねえぞ、クソが。おい、聞いてんのか」
「……」
小さく咳をして、烈は、自分を産んだ人たちをじっと見上げた。黙ったまま何も答えない烈に、父親が「調子乗ってんじゃねえぞ」と声を荒げた。
ここは自分の居場所じゃない。
止まらない暴力に抵抗することもしないまま、烈は頭の中で繰り返した。
今はあの子の隣が自分の居場所だから。
こんなところ、自分がいる場所じゃないから。
自分はまだ、存在できているから。
腕が無理に引っ張られる。重力に従う身体と、引き上げられる腕との境界で悲鳴が上がる。そんな痛みさえも、自分のものじゃないと言い聞かせた。
引っ張られながら向かった先は、案の定、玄関だった。烈の腕を掴む父親は、玄関の扉を開けると、ごみを投げ捨てるように、烈の身体を外に放った。
冷えてざらざらした地面に、身体が打ち付けられる。ひりついた痛みが、火花のように肌を走る。
「そんなに女が好きなら、貢いでもらったらどうだよ」
「確かにね。あんたに金なんて使いたくないし、女に買ってもらって稼いでこれば?」
これ以上ないくらいの嫌悪が込められた声が、遥か頭上から降ってくる。その後すぐに、玄関の扉が閉まり、鍵がかかる音がした。
両親が消えた空間に残ったのは、ただの静寂だった。
「……」
烈は、ゆっくりと身体を起こした。目に馴染んできた粗い暗闇の中でも見える、自分の腕の新しい擦り傷を眺める。
暖かそうな光が灯る窓の向こうでは、両親と、先ほどまで自室にいた弟妹たちが集まっている気配がした。何の違和感もない、四人家族の風景。烈は、そこから目を逸らして、いつも過ごしている植木の影に移動した。
居場所。
地面に座り込み、膝を抱える。
呪われた力を持った化け物の、居場所。
静かだった。聞こえるのは、微かな風の音だけ。人間なんて一人も存在していないようだった。もちろん、烈自身も。
『好きだよ』
つい数時間前、耳元で囁かれたくすぐったい言葉が、風に混ざって通り過ぎる。その澄んだ言葉に、烈はふっと微笑んだ。
あの子が好きだと言ってくれている。烈が必要で、特別だと言ってくれている。だから大丈夫だ。こんな、人のいない静かな世界にさえ存在できなくても、それでも大丈夫だ。だって、烈の居場所はそこにあるのだから。
抱えた膝に顔をうずめて、烈はそっと願った。
早く、朝になりますように。
あの子のところに、会いに行けますように。
暗闇の中、青い光が浮かび上がる。傷が消えていき、植木の葉が急速に枯れていく。不気味なその光を強く抱え込んで、烈はそっと目を閉じた。