プロローグ
街が、崩壊していく。
昨日まで人が暮らしていたはずの家々が、どろどろと、真っ赤な炎の中で溶けていく。見慣れた景色が、轟音の中、まるでその存在が嘘であったかのように呆気なく、音もなく消滅していく。
逃げないと。
夢の中でさえ見たことのないような光景を背に、走り出した。
はやく、逃げないと。
足には、自分の足だという自信がないくらい、もう力が残っていなかった。感覚がなくなった足を、それでもただひたすらに動かして、丘の斜面を駆け上がる。
熱を持った風と、目に見えない圧力のようなものが、暴力的なほどに頬を焦がす。
逃げないと。
ここで捕まったら、今までのことも、この嘘のような光景も、全て無駄になってしまう。皆の死が、全て無駄になってしまう。
地面を蹴る。小刻みに吸った息で、胸の奥が焼けるように熱かった。
あと少し。
あと、少しで。
背後で渦巻く熱。その中にまだ命があるかどうかを確認する暇なんてなかった。追いかけてくる彼の手が、まだ近くにあるのか、それとももう存在しないのか、それすらも分からなかった。
あと、少し――。
思い切り地面を蹴る。その勢いで、ぽっかりと開いた黒い空間に飛び込んだ。
手を伸ばす。視界がゆらぐ。
背中を追う感覚が、完全に消える。
それと同時に、サッと周囲の温度が下がった。
視界が歪む。歪んで、ペンで何本も何本も線を引くように、空間が黒く塗りつぶされていく。
強い力に引っ張られる感覚に身を任せて、軽く目を閉じた。
徐々に視界が明るくなっていく。目を開けると、逆再生のように、今度は白い線が黒い空間の中に足されていく。
白い光の先に吸い込まれていく。目の奥には、まだ真っ赤な炎が張り付いていた。
ああ。
息を吐く。前から流れてくる涼しい風に、目を細めた。
ああ。
この先は――。