いなくなったいぬのたびだち、ほんとにいせかいにいったのかな?
「あれ、いぬがいない」
ぼくはいつもあそんでいる、きんじょの犬がいないことにきづいた。
なまえは知らないけど、ぼくがかおを見せるといつもえがおでわふわふ言ってぺろぺろなめてくれる、あのかわいい犬がいない。がらんとした犬小屋とくさりはあるけど、その先のくびわはないよ。
「どうしちゃったんだろう?」
「私、知っているよ」
「あ。魔夜ちゃん」
おなじ小学2年生なのに、なんでも知ってて何でもおしえてくれる魔夜ちゃんが、いつのまにかいた。
「あの犬は異世界に冒険に行ったの。私見たから」
「え、いせかいにぼうけんへ?」
「そう、私見たの」
そうだ……たしかにあのいぬのうごきはすばやかったよ。
ボールがころがって来ても、シュババッてすごいいきおいでつかんであそんでた。あのうごきはただものじゃなかったよ。きっとすごくつよい。
「そうか、いせかいへ……だったらいいや」
ぼくは少しあんしんした。
次の日もいぬはいなかった。
「どうしたんだろ?」
「ごめん、異世界じゃ無かったみたい」
「魔夜ちゃん?」
「あの犬は本当は渡世人だったの、私見たの」
「え、とせいにん?? なにそれ」
魔夜ちゃんのかおはなんだかこわいかおをしてる。
「博徒よ、賭けごとに命を懸ける旅烏で時に悪人を切り捨てるの」
「え? ばくと? たびがらす?? とにかくせいぎの犬なんだね……」
そうだっ! たしかにあの犬の目はすごくするどかったよ……あやしいドロボウみたいな人が通ったらものすごいいきおいでほえてたし、きっとどこかであくにんをきりすすてるんだっ。良かったあんしんした。
やっぱりつぎの日もいなかった。
「遅いね」
魔夜ちゃんは先にいてまってた。
「いぬいないね」
「ごめん、間違いだったわ。あの犬の正体はトラック野郎だったの!」
「え、とらっくやろう?? めんきょ持ってたんだ?」
「そうよ、あの犬は街から街へ、北海道から沖縄へ旅から旅のトラック野郎よ」
「すごい!!」
たしかに……ぼくは見たことがあった。かいぬしのおじいさんと、すごいとおくまでさんぽに行ってて、ただものじゃないと思ってたよ。
「そうよ、全国津々浦々の土地勘がハンパないのよ」
「……よくわからないけど、そうおもう」
魔夜ちゃんの顔は、なんだかすごくまんぞくしてるみたい。
つぎの日もいぬはかえっていなかった。
「もっと早く来なさい!」
「ごめんごめん」
なんだか魔夜ちゃんはおこっていた。
「やっぱりいぬはいないね」
「ごめんまちがいだった。あの犬は忍者だったの」
「え、にんじゃ?」
「そうよ、御殿様に仕えてて敵の悪い大名の情報を掴んだり、お姫様を助けたり、妖怪を倒したりするの」
「ようかいをたおす? ……よくわからないけどすごい!!」
たしかに、あの犬のキバはようかいをたおせそうなするどさだったよ。魔夜ちゃんはとびあがってうれしそうだ。
やっぱり次の日もいなかった。やっぱり魔夜ちゃんがまってた。
「あの犬は某国のスパイだったの!」
今日はもう、いきなり魔夜ちゃんからおしえてくれた。
「え、ぼうこくのすぱい??」
「そうよ、飼い犬は仮の姿、本当は某国のスパイで日夜この街の正義を守っていたのよ」
「もうなにを言っているのか、ちょっとよくわからないけど、とにかくすごい!」
魔夜ちゃんは今日もすごくまんぞくそう。でもちょっとさびしそう、なんでかな?
次の日もいぬはいなかった。やっぱり魔夜ちゃんは立っていた。
「魔夜ちゃん、いぬのしょうたいは何だったの!?」
いつもとちがって魔夜ちゃんはなかなか言わない。
「……あのね、あのいぬはマボロシだったの。犬なんていなかったのよ」
「え? マボロシ?? 犬はいたよ!!」
ぼくはつよくこうぎしてやった!
「ううん、マボロシだったの、もうあの犬の事は忘れて遊びに行きましょ、特別に手をつないであげる」
魔夜ちゃんは手を出した。だまされないぞ!! あのいぬはいたし、わふわふ言って顔をぺろぺろなめてくれたよ、だからマボロシじゃないぞっ! けど魔夜ちゃんと手をつなぎたかったから、今日は公園で遊んだ。
何日もたった。でもやっぱり犬はいなかった。魔夜ちゃんはいぬの話はきんしだと言った。
「そんなほんとうに犬はいたのに……」
ぼくはおかあさんにきいてみた。
おかあさんはちょっとこまった顔になっていった。
「あのね、そのわんちゃんはきっとお星さまになったの」
「え、おほしさま??」
「きっとお星さまになって夜空を旅してるのよ、だからもうそのわんちゃんには会えないの」
ぼくは気をうしないそうになった。
「あのいぬにはもう会えない……そんな」
その夜、ふとんの中で泣いた。
さいごに犬小屋を見ようと思ったら、魔夜ちゃんがいたので走ってみた。
「はぁ~~~つまんないの」
「どうしたの!?」
魔夜ちゃんはわらってた。
「やっぱり異世界には行って無かったみたい。おじいさんが入院してて、親戚の家に預けられてたんだって!」
「え?」
魔夜ちゃんがゆびをさすと、あのいぬがわふわふいってシッポをふっていた。ぼくがとんで行くと、前みたいに顔をぺろぺろなめてくれたよ。
「よかったね!」
魔夜ちゃんは今まででいちばんうれしそうだった。