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メールする!


 ベッドから起き上がったくるみは、部屋の寒さを自覚する。「寒っ!?」と、声が吐き出されるぐらい、部屋が冷えていた。


 母との約束で、就寝時は暖房を切ることになっている。お布団に全身でくるまれば、モコモコしていて、十分に暖かいのだ。



 そんな幸せ溢れる空間に閉じこもって、仲がいい人たちとメールのやり取りをするのも、休日の一興。



――――11月20日(日)―――――


来栖:くるみちゃん、


来栖:火曜日の歴史のテスト、自信ある?


くるみ:ないよww


くるみ:先週はバイト忙しかったから


くるみ:勉強してない( ;∀;)


来栖:バイトお疲れ様


来栖:くるみならきっといい点とれるよ


くるみ:自信ないって



――――――――――――――――



 クラスメイトの来栖からのメールで、火曜日に英語の単語小テストが行われることを思い出した。



 おもむろに机から参考書を取って、ベッドの上で開いてみる。


 テスト範囲は総数50単語。単に用語をそのまま答える問題と、記述で単語の内容について述べる問題を混合した小テスト。



「徳川家綱、慶安の変、明暦の大火、徳川綱吉、元禄……はあ。分かんない」



 わっと?


 まず、読み方が分からない単語もちらほら。溜息が漏れて、静寂に満ちた部屋にそれの音と、参考書のページをめくる音だけが響いた。


 

 難しい単語がずらっと並んでいて、やる気が削がれるばかりだった。歴史は難しいばかりだし、何より、先生の教え方のクセが強く、難解で頭に入ってこない。


 ただ、みんなにはテストの点数でいい顔をしたいし、何より、お母さんに殴られたくない。


 だから、今日の正午までには、頑張って半分覚えようと決めて、ベッドの上にダイブして、またメールの返信に取り掛かった。




 今度は、バイト先の先輩であるリョウとのやり取りだ。正直、最近はこの時間が一番楽しみであり、最も幸福を感じて、生きがいの時間だ。



 くるみがメッセージを飛ばすと、まるで、リョウもちょうどスマホを見ていたと言わんばかりの早い返信が返ってきた。





――――11月20日(日)―――――



くるみ:おはよです


リョウ:おはよ~


リョウ:そういえば、この前の文化祭どうだった?


リョウ:楽しかった?


くるみ:めっちゃ楽しかったです!


くるみ:うちのクラスはお化け屋敷やりました


リョウ:いいなー文化祭


リョウ:オレはあさって面接( ;∀;)助けて


くるみ:頑張ってください!


くるみ:やっぱり就活って大変ですか?


リョウ:クソ大変かも


リョウ:高校生は自由な時間たくさんあるから


リョウ:目いっぱい楽しんで


くるみ:はい!


くるみ:今日って、暇ですか?



…………(12分)通話記録



リョウ:じゃあ、6時に駅のところのファミレスね


くるみ:ありがとうございます!




――――――――――――――――



 思わず、通話を掛けてしまった。



 朝一番ではあったが、リョウは寛容に受け入れてくれて、通話越しでも爽やかな声を届けてくれた。


 嗚呼、この声を聞くために、私生きてきたんだと、しみじみと感じるのである。




 話の流れで、二人きりでごはんに行く約束の契りを交わすことができた。改めて確認をするリョウ先輩のメッセージの文字を読むだけで、彼のからっとした声が脳内で再生されて、メッセージを読み上げる。



 カレンダーのアプリを開いて、今日の予定の欄に(午後6時、ファミレス)とメモを残した。



 それと、あの忌まわしき【赤い悪魔】の降臨日を確認して、安堵する。大丈夫だった。リョウとのファミレスの日には、幸い、被っておらず、月マークは、週末金曜日で終わっていた。


 約束の日は、リョウ先輩にだけ集中できる幸せが待っている。



 スマホを閉じた真っ暗の画面には、口角が釣り上がった、自分の顔が反射して映っていた。傍から見ても、ドキドキしている様子が顕著だった。



 憧れの先輩との夕食は、とても緊張する。しかし、それを上回る期待が膨らみ続けていた。



 その後は、他のクラスメイトや、親友の夏目ともメッセージを交わし、返信して、時間を過ごした。


 さて、そろそろ歴史の小テスト対策でもしようかな。そう思っていたところ……



 ちょうど、スマホがメッセージを受け取った通知音がピコんと鳴った。メッセージの送り主の欄を見てみた。




 メッセージは、ゆずるくんから……?




 彼からメッセージが来るのは、珍しいなーと思いながら、メッセージの内容を開いた。


 いつもは「明日家で遊ぼ」とか「今日は一緒に帰れないよ」とか、くるみからの一方的なメッセージがほとんどだったから、彼が自分から何かを送ってくるというのが、とても珍しく感じたのだ。



「週末、俺の家来ない?見せたいものがある」


 文字を読むと同時に、脳内で、ゆずるの低い声が再生された。本当に彼が耳元の近くで言ったかのように聞こえて、ちょっとびっくりした。



 いったい、何を見せたいんだろう。



 いつも引っ込み思案なゆずるが、自ら見てほしいと言うのだから、相当なものなのだろう。興味は、引かれる。



 ただ、ゆずるが来てほしいと言う週末金曜日は、あの【赤い悪魔】が降臨している可能性が。


 バイトの日ではないし、特に予定はないから、「見てほしいもの」を見にお邪魔するぐらいなら、大丈夫だと思う。朝に薬を飲めば、それぐらいなら良いのかもしれない。家が近いことは、良かったことだと思った。



 金曜の夕方なら大丈夫だよと返信して、またちょっと考える。


「えっと……『何を見せたいの?』」


 どんな映画なのか。それとも、一緒に見たいアニメでもあるのかなと気になったので、メッセージを送り返して聞いてみた。


 すると、待っていましたとばかりに、返信が端的に送られてきた。



『絵』と。



 それならば、写真で送ってくれればいいのにと思いながら、『写真で見せて』と、試しに送ってみる。もし、写真で見て終わるなら、そうしたいところだ。【赤い悪魔】に憑りつかれていると、腰痛も腹痛も酷くなりがちだから、できることなら、家でのんびりと過ごしたい。


 次の返信に、ちょっと気分が重くなった。



『今回の傑作は、実際に目で見て価値が伝わると思う』という返信。


 彼は、実際に家に来て見てほしいらしい。



 どうしよう、絵なら、いつでも見られるから、またの機会にと、断ろうかなと思った。『金曜日以外じゃダメ?』と打ち込んで、送信。



 ゆずるからの返信は、



『金曜日がいい。早めがいい』



 という、感情の読めないメッセージだった。



 どうしよう、断りづらいな。


 確かに、予定的には大丈夫なのだ。ただ、悪魔が与えてくる苦痛、つまりは腹痛や腰痛等が、どの程度なのか分からない。前みたいに、リョウの癒し効果で軽く治まるかもしれないし、立っているのが辛いぐらいに重症になるかもしれない。



「んー……んん……」


 迷う。断り方は、何かないか。



 ただ、絵を見るだけなら、すぐに済む。体調が悪いと言えば、思慮深いゆずるなら、察してくれるかもしれない。早めに帰らせてもらって、今度、一緒にごはんでも行って奢らせてもらえば、均衡は取れるかもしれない。



 そうだ、そうしよう。



 見に行くだけ見に行って、早めに帰る。去り際にでも、ごはんを奢る約束をして、ゆずるに納得してもらおう。




 『金曜の夕方ね』と最後に確認の返信して、スマホを閉じた。

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