第1章 [6]
次の日。
朝食後、念入りに準備運動をして、いつもの広場へ向かう。その途中、お師匠様が廊下で待っていた。
「お嬢。今日からは、場所を変えるぞ。」
「おはようございます。どこへ行くのですか?」
「騎士団詰所だ。」
え。聞いてないんだけど。
という顔をしてしまったらしい。お師匠様が苦笑いしていた。
大男たちがたくさんいる騎士団詰所ははっきり言って苦手だ。むさ苦しいというのもあるが、単純に、みんな大きくてムキムキしてて、怖いのだ。実際は皆さんいい人なのだけどね。少人数でしか接触することがないので、大勢でいるとなんだか怖いのだ。
そんな場所にこれからは通うのか。。お師匠様に聞こえない様に溜め息を漏らした。
でも、その時は苦手だった詰所も、今では大好きな場所になってるけどね!私を稽古仲間として認めてくれた騎士団の皆さんはとっても強くて優しくて素敵な男達だったのだ。人の印象とは変わるものだよね。
詰所の門を通り過ぎる時、門番さんたちはお師匠様の後ろに従いていく私の姿をポカンとして見ていた。門番さんに事前連絡はしていなかったらしい。
そのまま、稽古場所までお師匠様の後をトコトコ従いて歩いた。
稽古場所に入ると、数ヶ所で試合形式の稽古がされていた。
お師匠様が歩いて行く先には、叔父上が稽古を監視されていた。叔父上とは久しぶりに会う。新年の会食以来だった。
「総隊長、サティアナ様をお連れしました。」
「よし。―――皆、稽古止め!こちらに集まれ!」
ワラワラと男達が集まってきた。いっぱいいて、圧が強いなと思っていると、叔父上が話を始めた。
「本日よりこのサティアナもお前達と共に稽古に励むことになった。領主様の息女ではあるが、稽古仲間だ。仲良くしてやってくれ。」
「はい!!」と皆が叫んだ。圧倒的だ。
「サティアナお嬢様は皆も知っての通り、スターホルダーだ。故に、剣術体術の修練をもっと幼い頃からなさっている。今までの稽古は俺がお相手していたが、今日からは、ここの団員全員がお嬢様の稽古相手になる。お嬢様も試合形式の稽古に御名を連ねることになるが、遠慮は不要だ。お嬢様は強いからな。皆、心してお相手しろ!」
と、お師匠様が話すと
「了解しました!!」と皆が叫んだ。
どこからともなく、俺を相手にしてくれ!とか俺が先だ!とか立候補の声が上がり、お師匠様に直談判し始めた。
「おい!お前ら!」
と叔父上が一喝して、その場の騒ぎを抑える。
「よし。そういうことだから、皆は元の場所に戻れ!今日お嬢様がどの組に入るかは、これから総隊長がお決めになる!」
とお師匠様が言うと、皆大人しく自分の持ち場に戻って試合を始めた。
お師匠様の話を聞いて思ったけど、勿論の事なのだけど皆さんにとって叔父上のお言葉は絶対なのね。
「やれやれだな。まったく騒々しい奴らだ。サティ、大丈夫か?」
叔父上が気遣ってくださった。
「皆さん返事がよろしくて、びっくりしました。あはは。それで、こちらはどのような稽古になるのですか?」と叔父上に聞いた。
「各組の中で総当り戦を行う。それを各々表に記録しておく。時々組替えがあるが、1年間で誰とどれくらい戦って何勝したかによって騎士団内の構成が変わる場合がある。もちろん、構成によって給金が変わる。つまり、騎士団幹部による評価の対象になる稽古だ。皆、必死だぞ?」
「相手の模擬剣を叩き落とすか、降参させるか、審判に勝利を宣言させたら一勝だ。魔法、幻術等は禁止。体術は使って良い。模擬剣と言ったが、武器の種類は豊富に用意してある。お嬢に良さそうな武器はその辺りにあるから自分で選ぶと良い。」とお師匠様が勝利条件その他を説明した。
「お前さんは今日からどこかの組に入って皆と試合をして己を磨く、とゼフラからは聞いている。しかし、皆と同じ時間帯で稽古しろと言うわけじゃない。サティにはサティの、修練や勉学の時間割があるからな。ただし、お前も対戦相手として面子入りするからには、表にも名前を乗せるぞ?条件は団員と同じだ。」と叔父上はおっしゃった。
「わかりました。なるべく同じ時間帯で出来るように調整します。」
良い心構えだな、と叔父上に褒められた。
今回の組分けはどこの組も、強い者と強くない者が混ぜられた組分けらしい。そうすることで、強くない者は強い者に追いつこうと努力する。そして次回の組み替えでは、実力の拮抗する組分けにするそうだ。それを交互に繰り返して評価していくらしい。
叔父上が私の入る組を決めて下さる間に、お師匠様に言われた辺りに行き、良さそうな武器に目星を付けた。
父上が昨日おっしゃっていた、私に合いそうな細身の小型長剣と言えそうな物だ。実際には刃がないので切れないが、当たれば骨折くらいはしそうだった。
さて、模擬戦は初めてだし、相手は大人の男性だ。お師匠様の稽古は、お師匠様が私に合わせてくれていた。私の動きに対して対応しつつ隙を見て反撃して、それを私が避けて反撃するといった稽古の仕方だった。でも今日からは違う。相手がどんな動きをしてくるかも、どんな武器を使うのかも、今までの稽古とはまったく違う、実戦形式。果たして私は騎士団員相手に戦えるのだろうか?とても不安だった。
お師匠様の元へ戻り、選んだ武器を見せると、良いんじゃないか?と言われたので、それでやってみることにした。叔父上からは、あの赤髪の大男を初戦の相手にしなさいと指定されたので、了解して歩き出すと、お師匠様が私についてきた。私の隣に控えてくださるらしい。とても心強く有り難かった。
指定された赤髪の大男は、先ほどお師匠様に直談判していた一人じゃなかっただろうか?
それをお師匠様に伺うと、その通りだなと言って、お師匠様は私より先にスタスタとその赤髪の大男に近づき、私の初戦の相手に決まった事を告げた。すると周りから歓声が起き、皆が赤髪の大男を応援していた。
現在進行中の試合が終わったら次に早速戦うことになった。私は、雰囲気に飲まれない様に自制心を働かせようと深呼吸し、選んだ武器を素振りしていた。
――――――私の試合のみ、審判はお師匠様がしてくれることになった。両者が円内に入り、任意の位置に陣取る。私は円のギリギリ内側に陣取ることにした。
「お嬢、良いな?――――では。始め!」
私は剣を構えた。相手の武器は棍棒だ。赤髪の大男、赤男さんは、肩と首をコキコキと鳴らして私に歩み寄って来た。私は相手の間合いを測るため呼吸を細かく整えていた。
赤男の歩幅がだんだん広く速くなり、棍棒を上段に構えだした。私は左右に細かく揺れていた。
赤男が最大の一歩を踏み出し、棍棒を大きく右手で振り上げる。
今だ行ける!
私は左右の動きを脚力に変え、前方へ素早く沈み込みながら相手の懐に入り込む。そのまま上方へ飛び上がり右に傾きながら左膝で赤男の顎髭に向かって一発お見舞いした。
右手を振り上げた状態で下から顎を突き上げられ、脳震とうを起こした赤男さんはその場に腰から崩れ落ちた。
右手の武器が地面に落ち、本人の意識はすぐに戻ったものの何が起きたのか分からないといった表情だった。
私は、再び剣を構えた。と、そこにお師匠様からの
「止め!相手が武器を落としたことにより、勝者サティアナ様!」
という宣言が入る。
その宣言を聞き、私は安堵の溜め息をついた。一礼し、円の外に出た。
やった!思い通りに体が動いた!相手に降参させた訳では無いけれど、初めての勝利だ。ひとりで小さく胸の前で握り拳を作った。
「おい、今の動きを説明してくれよ」
「俺だってお嬢様がデニスの懐に入って行った後は目で追うのがやっとだったぞ」
「お嬢様、そんなちっちゃいのに、あんたスゲーな」
先ほどまで赤男さんの応援をしていた団員さん達が、私に話しかけてきた。ありがとうございますと、適当な返事になってしまい、ちょっと気まずい感じでいると、
「お嬢。最初からアレを決めようと考えていたのか?」
と、お師匠様が話に入って来た。
「お師匠様。えーと、相手の武器が棍棒だったので、振り上げるタイミングで反撃できたら良いなと思ってはいたのですが、あんなに綺麗に決まるとは思ってませんでした。思い通りに体が動いて自分でもびっくりしていますよ。」
「初めての試合にしては上出来だ。」
お師匠様に褒められて、とても嬉しかった。
嬉しそうにしている私を見て、話しかけてきた団員さんが多少デレデレしていたのだろう。お師匠様に睨まれながら
「次はお前じゃないのか?」
と尻を叩かれて焦って円内に入って行った。
他の奴らの戦い方を良く見て予習しておけよ、とお師匠様は言った。
焦って試合に行ったあの団員さんは槍使いだった。
相手の武器は長剣。
どうやって戦うのだろう。と思っていると、
試合開始の一礼前に武器を長剣から槍に変更したのだった。
ああ、それもアリなのね。
でも、使える武器がたくさん有るというのは、良いことだな。
私も剣だけじゃなくてなんか飛び道具、練習しようかな。あとでちゃんと考えよう。
長物同士の試合は、間合いが広いから小競り合いで時間かかってしまうな。
あの二人は実力が同じくらいなのだろう。きっと何度も試合しているから、相手の手の内もわかっているのだろう。両者とも思い切った動きが見られない。やはり常に己を磨き、技を進化させることを忘れてはいけないんだな。他の人の試合を見て学ぶことは多いな。ここへ来て良かった。と試合を見ながら思っていたら、審判により試合終了が告げられ、引き分けという結果になった。
「あれでは試合の意味がないな。」
とお師匠様が言ったので、私も頷いた。
「わざわざ槍に持ち替えたのに、そのまま剣で勝負した方が良かったかもしれませんね?」
「いや、アイツは多分最初から引き分け狙いだったぞ。黒星がひとつ付くくらいなら引き分けで終わらそうとな。試合結果が評価に結びつくからな。そうゆう奴もいるのさ。」
「それは!……まあ、必死さは伝わってきますね。」
「俺はそうゆう悪知恵は嫌いじゃないぞ?戦場では生きて帰るために何でもやらなければならん場合もあるからな。魔物相手に悪知恵は要らないが、人間相手には必要な時もある。お嬢も覚えておけよ。まぁあんたは使う側には成り得ないだろうがな。」
そっかー、そういうことが必要な時もあるのね。ホント、勉強になります。しかし、そんなこと考えてる12才ってどうなのだろうと、自分で苦笑いしたのだった。