第3章 [7]
氷狼の群れを森に追い込むため、今回は蟹型の陣形が採用された。
前衛を左右に分けて展開し、真ん中の少し隙間を作った所から魔法部隊が攻撃する手筈になっている。
右翼のサティアナは風魔法をいくつか用意しながら戦うつもりであった。
その他、地魔法であれば木の根や草の蔓などを使って狼の動きを止めるくらいは出来そうであるなと考えていた。ただ、森の中でも草の蔓はまだ成長しておらず、そちらは期待出来そうになかった。
土魔法についても、氷狼相手ではあまり効果的ではなさそうであった。氷狼は氷属性の魔力を行使出来る魔物である。土魔法で何か、例えば壁などを作ったとしてもその上から氷で覆われてしまえば簡単に突破され、意味が無いのである。
氷狼に対して一番良いのは火魔法である。氷狼は火が苦手なのだ。拠点のあちこちに焚き火を作り、かがり火で人間の周りを固めたのもそういった意味があった。
風魔法も使い方によっては効果的である。氷狼が放つ氷属性の攻撃を風魔法で無効化できる。
氷狼達と同属性の氷魔法も、氷狼達より強力な魔法であれば効果はある。
後方からの攻撃ということもあり、魔法部隊は希望者の参加も承認されたのだった。特に火属性魔法を使える隊員には積極的に声がかけられ、何人か希望者があった。
――――まずは火魔法で揺さぶりをかけて向こう側の出方をみる――――
司令であるアクシアル先生が示した初手である。
火魔法に怯み、森に逃げ込んでくれれば万歳だ。
サティアナたちは緊張感を制しながら静かに氷狼の群れに近づくのだった。
―――――――――
そろそろ火魔法の有効範囲に入ろうかという所で、群れの見張り役の若い雄が短く二度吠えた。サティアナたち一行の気配を察知したようである。するともう2頭ほどの若い雄が見張り役の所まで加勢しに来た。
若い雄の狼たちは自分達の防衛線上を互いにウロウロしながらも攻めて来ようとはせず、注意深く観察してくるのだった。
ジリジリと群れとの間を詰め、火魔法の届く範囲までこぎつけると、中央後方の魔法師たちが一斉に詠唱を始めた。
「―――我が力をもちて放つ、火炎球!!」
「―――我が力をもちて射る。火炎矢!!」
氷狼たちに向かって放たれた魔法は、見張り役を後退させるのには充分な威力だった。
前衛はそのまま様子をうかがう。
氷狼たちが森に後退すれば追いかけ、前進してくれば戦闘となる。
氷狼達は、若い雄を2頭残して森に消えた。殿をつとめるその2頭もやがて森に入って行った。
「よし、ちょっと集まれ!」
今後の動きを確認するために、アクシアル先生の周りに皆が集まった。
――――――――――――
「では、ここからは二人一組で火を持っていくぞ。森に入った狼の後を追いかける。撤退の指示を出したら速やかにこの場所に戻ること。だか、森の中で奴らと戦闘になる事も充分考えられる、気を引き締めて行こう。」
前衛を先頭に、隊はゆっくりと森に入った。少し大きめの声でお互いを確認し、氷狼の警戒を誘う。
森を進んでいても、たまに察知するのは鳥や小動物の気配だけだった。
けっこう中まで入ったなとサティアナが思った辺りで、アクシアル先生の指示が出た。
「よし、この辺りまで来ても氷狼の確認が無かったと言うことで、今回は戻って森を出よう。いいか、戻る時も気を引き締めろよ!」
――――――――
街道まで戻ったサティアナたちは、拠点まで足早に移動した。
拠点に着くと残っていた生徒たちはすでに撤収の準備が出来ており、アカデミーから迎えの乗合馬車も来ていた。
「サティアナさん、お疲れ様でした。戦闘にならなくて良かったですね。私の方も緊張感を味わうことが出来ました。拠点でもいろいろとやる事があり、良い経験になりましたよ!」
リンダと少し話し、その後サティアナはヨルを迎えに行った。
「ヨル、待たせたね!」
フンフンと少し鼻息を荒くしてサティアナに擦り寄ってくるヨルがとても可愛らしく思えて、サティアナがヨルの首筋を優しく抱きしめると、ヨルは首をゆっくり左右に振り、満足そうにしていた。
―――――――――
「では、出発!」
隊長であるオルシュ・テンパーの号令で乗合馬車が順に動き出した。
王都への帰り道は急遽、乗合馬車に変更になったので、騎乗隊員として参加した生徒たちはその乗合馬車を護衛するように並んで歩いた。乗合馬車にペースを合わせなければならないので、そのあたりも騎乗隊員の生徒達には良い経験となったのであった。
サティアナの視界には遠目で前方にラウラ・ポリッシュを確認することが出来た。
馬車にペースを合わせながらもサティアナはラウラの背中をじっと見ていた。
(あのあと泣きそうになる事は無くなったけれど、あの人の事は気になって仕方ないな。本当に私が探している運命の人なんだろうか。)
ラウラ・ポリッシュは確かに美しいが、女神の様に美しい王女シャルロッテと毎日一緒に勉学に励んでいるサティアナにとって、ラウラの美しさは特別なものではない。
スターホルダーの先輩として、尊敬に値するという意味では間違っていないが、それが気になって仕方がない理由かと言われればおそらく違う。
ラウラの背中を眺めながら、物思いにふけるサティアナであった。




