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第2章 [15]

 

 サティアナがアカデミーに通い始めてから最初の休日。


 家族がアンハードゥンド領に帰ってしまってからというもの、別邸の中が少しさみしくなってしまったとサティアナは感じていた。

 両親、リアムに加えて、執事長のヨハンとメイド長のマリアも本来の勤務先であるアンハードゥンド領の辺境伯邸本館に帰って行ったのである。

 そんなわけで今この屋敷にいるのは、ここ王都でヨハンとマリアに教育され別邸を任されている執事のレックスと数人のメイドたち、料理人で用心棒のジン、庭師で御者のダズ、そしてアンハードゥンド領からサティアナ達と共に王都に移住し、この姉妹の専任メイドを務めるリリーであった。

 普段この別邸内に住んでいるのはサティアナ、ソフィアナ、リリーの女子3人であるのだが、離れの住み込み部屋には執事のレックスと料理人兼用心棒のジンが住んでおり、他の従業員はといえば王都にそれぞれの自宅がありそこから通勤しているのであった。


 その日はアンハードゥンド姉妹がふたりで朝からお出かけなので、ソフィアナの提案で執事のレックスと協議のもと、別邸に勤める従業員も休暇日にすることにしたのだ。特別休暇日というわけである。



 サティアナは、いつも通り動きやすいが、いつもよりも少しお洒落な服装に着替え、お出かけ用の鞄を持った。鞄には、いざという時のため魔力で弾けさせて相手を撃つ技(石指)に使う小石いくつかと手裏剣、それに携帯食の菓子、それとお財布が入っている。中身はいつも通りだ。

 愛用の短刀を腰帯具に付けると、出かける支度を終えた。

 その後ラウンジにてソフィアナの支度が整うのを待つ。


「今日はどんな図鑑を見つけられるかな〜?」



 サティアナは独り言を言いながら長椅子に腰掛け、お気に入りの魔物図鑑を開いた。

 今日はソフィアナおすすめの書店にも訪れる予定で、サティアナ的には一番の楽しみなのであった。



「姉様、おまたせしてしまい申し訳ありませんでした。」


「早かったね、ソフィー。あ、それ素敵な帽子だね!ふわふわで、貴女によく似合っているよ。」


「ふふ、ありがとうございます、姉様!それでは、乗り合い馬車がそろそろこの辺りに来る頃だと思いますので行きましょう。」


「ん、そうね!」


 台所にいたジンに一声掛けてから二人は別邸を出た。

 別邸から少し先の大きめの通りまで出て乗り合い馬車を待つ。


「姉様、今日は剣はお持ちでないのですね?」


「うん、剣があると着られる上着が限られちゃうし、せっかくのお出かけだからさ。でも短刀は身につけているから安心して。」


 そう言ってサティアナは腰周りの短刀をソフィアナにチラリと見せた。


「なるほど、それで姉様には珍しく丈の長い上着なのですわね!とっても素敵な装いですわ!」


「王都に来てから母上が新調してくださったんだよ。私が丈の短い上着しか持ってこなかったからね。」


「確かに、いま流行りの感じがいたしますもの。よくお似合いですわ。」


「ふふ、ありがとう。ソフィーの方は、今日は可愛い路線でまとめたんだね!可愛らしくてふわふわしていて、思わず撫でてしまうよ。」


 愛しの姉から自分の帽子やら腕やら腰やらをポンポンされて、ソフィアナは嬉しそうである。

 ソフィアナがご機嫌になったところで丁度良く馬車がやってきた。

 ソフィアナが挙手するとそれを見て御者が馬車を停め、ソフィアナが御者に運賃を支払うと二人は馬車に乗り込んだ。

 馬車はすでに数人が乗っており、空いた席に二人で座る。


 ガタゴト揺られながら、二人とも大人しく外を見ていた。舌を噛んでしまわないように。


 馬車が停まる度に乗客が増え、やがて満席になった。今回は途中で降りる客はいなかった。


 商業区画の入り口で馬車は停まり、乗客の半数が降りた。サティアナ達もそこで降りた。


「ここは、この前とは違う通りだよね?」


「はい、ここは学生街の一角ですわ。書店やら文具店やらが多いのでそう呼ばれています。姉様、今日は王都の地図もお買いになったら良いのではないでしょうか?おすすめしたい地図がありますの。なんと書き込める地図ですのよ!」


「えー、楽しそう!」


「ええ、自分だけの地図が作れますわよ~!わたくしは用途違いで3部持っておりますわ!」


「じゃあまずその地図を見てみたいな!」


「了解ですわ!では参りましょう。」


 二人は歩きながら話を続ける。


「ソフィーがおすすめだって言っていた本屋さんにその地図もあるの?」


「いいえ、あの書店とは違う店ですわ。地図があるのは文具と書物を両方扱っている店ですのよ。その店というのは今アカデミー内でとても流行っている店なのですけれど。ああ、もう着きましたわ。」



 話しながら歩いているうちに、その店に着いた。看板には〈書物〉〈文具〉の文字と、「文房堂」という店名が入っていた。


「ん…いい店名だね!」


「ええ、さあ行きましょう姉様。」



 中へ入ると、店内は静かだった。図書館ほどではないにしろ、話している人は皆ヒソヒソとやっているのだった。

 店内の壁は窓以外全て本棚になっていて、その手間にも背の低い本棚が置いてありわかり易く区別されていた。店の真ん中には店主の居場所があり、隣には机と椅子があって、店主と客でちょうど配達の手続きをしているところだった。



「配達もしてくれるんだ〜。雰囲気の良いお店だね。それで、地図はどこかな…?」


「姉様、地図は2階ですわ。下が書店で上が文具店なのですわ。」


「ああー、なるほどね。」


「では上に行きましょう。でも、もし騒がしくなってしまったらどうかご勘弁くださいね、姉様。」


「ん?うん…」


 そうしてサティアナはソフィアナの後について階段を登り2階へと到着すると、そこは日光が程よく入ってなんだか部屋全体がキラキラしていた。壁に施されているのは明るい色の飾り付け。貴族の女学生が喜びそうなものである。


 ソフィアナの後ろをついていくと壁に様々な地図が貼り出してあるのが目に入った。



「へえ〜、いろんな地図があるんだね〜。」



「あちらの地図も使いやすいですよ。いくつかお選びになったら宜しいかと思いますわ。」



 ソフィアナと共に地図が陳列されている棚まで行くと、その時サティアナは周囲の視線に気付いた。


(あ、なんかこの感じは入学式の朝の時と同じ……)


 ヒソヒソとサティアナたちを見ては話す周囲の若者。周囲の視線に少しムズムズとする。


「ねえソフィアナ、ここにいる人達ってさ…」



「おそらくアカデミーの生徒ですわね。一応自重してくださっている様なので放って置きましょう。」



 ソフィアナと二人で地図を選んでいるサティアナの後ろの方では常にヒソヒソと話し声がしており、時折キャッキャと黄色い声が混じっていた。



 何となく気まずくなり、サティアナは地図を選ぶとすぐに会計を済ませた。



 周りの視線は無視することにして、ソフィアナと店内をまわる。ソフィアナはそういった視線や声にはとっくに馴れてしまっており、森の木々のように周囲の若者を避けていた。


 ソフィアナがお目当ての便箋をいくつか持って会計を済ませに行く間、サティアナは階下に降りて本屋の方を見てまわった。それはソフィアナの提案である。あからさまな好奇の視線に不慣れな姉を守ろうとする妹の心遣いであった。



 サティアナは図鑑の棚を探して店内を回ろうとしたところ、若い男性から話しかけられた。格好からすると店員のようであった。


「なにかお探しですか?」


「あ、図鑑を見たくて探しているのですが…図鑑の棚はあるのですか?」


「ございます。こちらへどうぞ。」


 男性店員はサティアナを図鑑の棚まで連れて行ってくれた。棚までたどり着くと、


「上段の方はこちらのハシゴをお使いくださっても良いですし、何かお求めのものがあれば言ってくだされば私がお取りいたしますが、いかがしますか?」


「あ、特に決めている物は無いので自分で見てみます。ありがとうございました。」


 サティアナがそう告げると男性店員は一礼して去っていった。



(よし、見てみよう!それにしても、いまの人カッコ良かったなぁー。。)



 サティアナはハシゴを登り上段からサーッと背表紙を見ていくと、中段あたりで興味を引く物見つけたのでそれを取り出した。


『食べられる野草図鑑』


 12歳の夏、初めての魔物狩り。

 デニスさんと並んで歩いている時に、彼から食べられる草花について教わったことを思い出す。


「…デニスさん…元気かなぁ。。。」


 先月まで一緒にいた友を懐かしむと、サティアナはその図鑑を持って会計に向かったのだった。




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