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第1章 [3]



 私は父上に言われて、夢ノートを二人に差し出した。もう何度も更新してきた夢ノート。両親に見せるのはどれくらいぶりだろうか。


 私達の横でメイド長のマリアがお茶の用意をしてくれた。マリアは、執事のヨハンの奥方で、幼い頃から私は二人に世話になりっぱなし。


 マリアが用意してくれたお茶を飲みながら、父上と母上を眺めていた。ふたりとも一緒に私の夢ノートを読んでいく。どちらかが先に読み終わると、もう一人が終わるまでじっと夢ノートを眺めて待ち、ふたりとも読み終わると目配せして次の頁をめくっていた。父上と母上は仲良しだよねと思いながら、私はそれを眺めてもうひと口お茶を飲む。そうして、私はゆっくりとお茶を味わい、そして私のお茶が終わる頃、両親は顔をあげた。


 お二人は先んじて何やら相談していたようで、夢ノートを私に返すと、父上がティーカップを手にした。母上も喉を潤す。そしてふたりともがカップを置くと、父上がおっしゃった。

「これからお前に大切なことを伝えようと思う。一緒に来なさい。」


 なんだろう。。私の心臓は静かに高鳴った。


――――――――


 ヨハンが灯りを持って先導し、そのあとを両親が歩く。私は両親の後ろを行く。と、踏み入ったことのない場所に入った。

 そこは、我が家が代々守り人をしている神殿の境内だった。当主と当主が認めた者しか入れない場所。もちろん子供は入れない。

 扉の前まで行くと、父上が何やら言葉を発し、扉の鍵が開いた。


 父上が中に入る。母上とヨハンは入口で控え、私はどうしたら良いのかなと思っていると、

「サティアナ、中に来なさい。」と、父上が私を呼んだ。

 私が恐る恐る神殿内に入ると、私のあとから母上が入って来た。そして母上は神殿の入口付近に控え、ヨハンが外から扉を閉めた。


 扉が閉まるのを確認してから、父上は、ここで待ちなさい、と言い残し奥の方に消えて行った。私はその場に立ったまま、あたりを見回した。神殿の奥、上座かな?階段と天幕で仕切られていて、あの小さな家みたいのはなんだろう?神様の家?家の前には供物がたくさん捧げられている。その前には敷物が敷いてある。あそこで儀式的なものをするのかな?

 父上が毎朝、毎晩、できる限り神殿に足を運んでいるのは知っている。でも、何をしているのかは知らなかった。守護神様のお世話をさせていただいている、と父上から伺ったことはある。


 私たちは食事の前にお祈りをしてから食べ始める。

「守護神様の御守護と御先祖様のお働きに感謝して、美味しくいただきます。」

 いつもの言葉だ。毎日何回も口にする、「守護神様」という言葉が、神殿に入ることで現実味を帯びた。


 ここの空気はとても、荘厳だ。言葉を発することが出来そうになかった。私の心臓は鼓動を早め、なんだかよくわからない汗が出ていた。ただ、再度神殿に入れることはこれから先、しばらく無さそうだなと思ったので、神殿の内部の様子をできるだけ覚えておこうと必死に目を凝らしていた。すると、父上が奥から小さな木箱をもって歩いてきた。

「ふたりとも、こちらに来なさい。」

と言って神殿の隅のテーブルに父上は木箱を置いた。父上の声はそれほど大きくなかったのだが、驚くほど響いた。

 私と母上が父上の傍までそれぞれ近づき、父上の左右に並んだ。それを待って父上がおもむろに木箱を開けると、使い込まれた短刀がそこに置かれていた。


「これは!!」


 私はこれを知っている。これは、トージさんが大事に使っていた物。シンさんから何かのお祝いにもらった物。あの夢以外にたまに見る夢で見たことがある。


「夢ノートを読んで、確信したのだ。お前が、我がアンハードゥンド辺境伯爵初代当主、アルフォンス・アンハードゥンドの魂の生まれ変わりであると。これは、アンハードゥンド家当主のみに伝承されている事だ。ここに初代の手記がある。」

と言って、一枚の折りたたまれた紙を開いた。大きめの文字で書かれている。



 これは我が短刀

 いつの未来か

 我が魂の継承者が現れたとき

 この短刀を継承させてほしい

 継承者の真偽は 短刀に任せよ

 どうか我が子孫たちよ

 宜しく頼む

 我が名はアルフォンス

 真の名はトージ




「ああ、なんと。。。」

父上の向こう側で、母上が呟いた。


 父上は大きく何度か頷くと、私と己の立ち位置を入れ替え、一歩後ろに下がった。父上の行動に母上も従い一歩下がった。


「サティアナ、その短刀を取りなさい。」

父上に言われて、私は深呼吸すると短刀に手を伸ばした。

 右手が短刀に触れるか触れないかといった所で、右の掌から白っぽい光が発生し、その光は短刀を包んでいった。

 短刀を握る右手が熱い。切り傷を作ってしまったときの様な、火傷したときの様な、痛いような熱いような感覚だった。熱くて短刀を離してしまいそうになったけど、離れなかった。右手で胸の前まで持ってきた短刀に左手も添えると、左手の掌にも光が発生し、しばらくして発光はスーッと消えた。


 父上が私の横に来て、

「これは今からお前の物だ。いつでも大切に携帯しなさい。取り急ぎ明日武器屋に行って良さそうな腰差しを買ってくると良い。後で仕立て屋を呼んでちゃんとしたものを作ってもらおう。」とおっしゃった。


「今ので、父上はどうして、私がこれの継承者だとわかったのですか?」


「簡単なことだ。口伝では、今まで箱から取り出せる者がいなかったのだ。握ることさえ出来なかったらしいからな。これでひとつ、当主として肩の荷が下りたぞ。お前が初代の生まれ変わりだと言うことも判明した。それから、今夜はもう遅いから明日、午後のお茶の時間を空けておいてくれ。私と、ルイーズも一緒に晴れたら庭でお茶にする。それ以外の場合は私の休憩室に集合だ。ルイーズも良いな?」


「かしこまりました。」と母上がおっしゃった。


 それから父上は私から短刀を預かり木箱に戻し、木箱を携えて神殿の上座の方へ行き、敷物の上に上がり腰を下ろすと木箱を上座に向かって進呈し、父上自身は平伏しながら何やらブツブツと言葉を発した。私と母上は後ろの方でそれを見ていた。


 それが終わると皆揃って神殿を出て、ヨハンの先導で来た廊下をまた通って広間に帰った。木箱は明日の朝まで父上が預かってくれると言うので、お願いした。


 その夜は、いろんな思いが駆け巡りなかなか寝付けなかった。あの短刀は何のお祝いだったのだろうか結局私は判らないままだなとか、トージさんはなんで名前が変わったのかとか、他にも。

 まぁいいや、明日両親に聞いてみよう、と思ったらすんなり寝たけどね。切り替えが早いのは私の良い所だと自分では思っている。



―――――――――――


 次の日は午前中にお師匠様と街へ行くことになった。二人でそれぞれ騎乗し屋敷を出て坂を下った。

 剣術修練の時間を買い物の時間に変えてもらって父上からお師匠様に護衛をお願いしてくださったのだ。それはそれは最高の護衛騎士だ。ちょっと騒々しくなりそうだけどね。。。なんせお師匠様すごくモテるから。。。


 それを言ったら、お師匠様もちょっと苦笑いしてたけど、「しかし、俺だけじゃないと思うがなぁ。」と何だか意味深な発言をされた。

「なんですか?その含んだ言い方は?」と返すと、

「お嬢もここらじゃ有名人だからな~。領主様の御長女だし、英雄の卵だっつってな。」


「え!そうなの?」


「そうだ、だからお忍びで街へ来ようとしてもすぐバレちまうからな?」


「えぇ〜?しませんよ、そんなこと。。。」


「そうかぁ?顔に書いてあったぞ?」


(ぐっっ、さすがお師匠様)


「まあ、たまにならこうやって付き合ってやってもいいよ。」


「え!いいんですか??やったぁ。よろしくお願いしますw」


 そんなことを言っていたら麓の街に着いた。

 私達を見て、遠巻きに歓声が上がっている。どよめいていたり、キャーキャー言っていたり。ただ、近寄って来る人はいない。まあ良しとしよう。

 お師匠様の後を従いていくと、とある武器屋に着いた。


「いらっしゃい。。。うぇ?あ?」店主が驚いている。

「急に騒がせて済まないが、これに合いそうな腰差しはあるか?」とお師匠様が店主にたずね、私が短刀を見せた。店内は騒然としている。早めに用事を済ませなくちゃいけないかな、と思っていると、取り急ぎ店主が奥の部屋へ移らせてくれた。

 応接室に移動した私達に店主の奥方がお茶を出してくれた。なんだか申し訳ない。

「急に来てしまって、なんだか申し訳ないですね。」と言ったら、

「そんな!お姫様に謝られたりしたら我々生活できなくなっちゃいます!そんなことおっしゃらないでくださいませ!むしろ有り難いことなのですから!」とアワアワされた。

「それはどうして?」と問うと、

「我が領主様の御長女様であられるサティアナ・アンハードゥンド様と、あの黒獅子と言われるゼフラ・キーウェイ様が当店にお越し下されたのですから!手前どもといたしましても願ってもない幸運なのですよ。ですから、何でもお申し付けくださいませ。」と店主は言った。


 場が落ち着いた所で、テーブルの上に短刀を置いた。「これを帯刀するのに良さそうな物がないかなと。」

 布に包まれた短刀を取り出して見せる。鞘も無いからね。


「手に取らせていただいても宜しいでしょうか?」


「はい、どうぞ。」


「では失礼します。。」と言って、重みを計ったみたい。続いて各部分の寸法を測ったあと、少々お待ち下さいと言って店主は応接室を出て行った。

 店主を待つ間、店主の奥方がお茶のおかわりを入れてくれたので、お礼と、今回のことへ対する感謝を述べた。


 奥方は「姫様はお忍びでいらしたのは初めてでごさいますか?」と言った。

「え?今回のはお忍びってことになるのですか?」と返すと、

「ええ、通常ご本人様がいらっしゃる前に護衛の方々が予め下見をなさいます。そのため事前にご連絡をいただいておりますが、そういったことの無い場合ですと、お忍びに該当されるかと存じます。。」

奥方は続けて、

「ですが、お忍びであっても、私どもといたしましては大変歓迎させていただきたく思います!」

と前のめりだった。


 可愛らしい奥方だな。と思ってクスクス笑うと、

「なにか、御無礼いたしましたか?」と言うので、

「いいえ、一生懸命で可愛らしい方だなと思ったのです。」と言うと、

「そんな!可愛いだなんて、しばらく誰からも言われておりません。。」と顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。


「お嬢、アンタはやっぱり、天然のたらし、だな」

と横からお師匠様が囁いた。


 えぇ〜、、そんなつもりない、けどぉ?と困っていると、店主が応接室に戻ってきて、一同ホッとした。



―――――――


「そういたしますと、このあたりの品はいかがでしょうか?」

と店主が示してくれた品々をひとつずつ吟味した。実際に短刀を収めさせてもらったり。短刀を収めた状態で腰に挿してみたり、巻いてみたり。


「これが良いんじゃないか?」とお師匠様が言ってくれた物が、私としても一番しっくりくる物だったので、それに決めた。そのまま腰に巻いてお買い上げ。いいものが買えたな、とニヤニヤしてしまったと思う。


 お師匠様が店内を見たいと言うので、店主が先を案内してくれることになった。そのほうがいろいろと都合が良いからね!


 店主とお師匠様と一緒に私も店内を歩く。それにしても、やっぱりお師匠様ってかっこいい。正直、顔がすごく整っている訳ではない。でも、とにかくカッコイイ。


 私が男子だったら、こういう風に生まれたかったなと思う。私がもし年頃の女性だったら、やっぱり周りの女性のように、お師匠様の婚約者になりたいと思うのだろうか?そういえば私の婚約者って、候補とかいるのかな?私には、あの人を探すという宿命がある。あの人がどこにいるかわからないけれど、会えばきっとわかるはずだ。この短刀がそうだったように。だから、それまで婚約者は作りたくない。いつか両親にそう言わなければいけない時が来るかな、と、お師匠様のあとをついて歩いていると。


「お嬢、食べ物の好き嫌いはあるか?」とお師匠様に聞かれたので、特に無い、と答える。


 それを聞いて、お師匠様は店主と何か相談していた。どうも、食事処の相談らしい。もうそろそろそんな時間か。そういえば、少しお腹すいたなー。


 ひと通り店内を回って、お師匠様の買い物を済ませて、私達は店を出た。店の前に私達の馬が出されていて、店主と奥方もお見送りに出てきてくれた。

 ありがとうございました、とお礼を言って店をあとにした。



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