第1章 [21]
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季節は流れ、先日新年を迎え、私は15才になった。
今の私は、あの頃からは身長がだいぶ伸び、もう少しで母上に並べる程だ。リリーのことはついこの間追い越した。
重く感じたトージさんの短刀も、少しずつ扱える様になってきた。木の皮を剥いだり果物や蔓草を切ったりと、武器では無く便利な道具としていつも身に付けている。もっと上手く扱えるようになったら武器の一つとして身に付けていたいと思うけれど、それにはまだ時間が必要だ。
2年前の夏、〈ビッグスターになる〉という覚悟が出来た私は、それからますます修練に励む様になり、身体の成長も相まって、剣と魔法の腕があの頃よりもだいぶ上がっていた。
あの頃一度も勝てなかった槍使いのアンナさんに対して、今では勝利出来るようになった。私の身体が大きくなったことで、力負けしなくなったのだ。体重が増え、身軽さは減ったがその分筋力も増え体幹がしっかりしてきたので総合的に私の身体能力は上昇した。
目標にしていたアンナさんを捕らえたので、次の目標として我が騎士団の隊長さんたちを目標に設定した。
私はまだまだお師匠様には遠く及ばないが、王都に行く前に少しでも彼に近づきたいと思った。
魔物狩りに関しても、狩りの実績はもう二桁に達した。
初めての魔物狩りでは大物を引き当ててしまったが、その後はまあ、普通?らしい。いつもお師匠様の外回り隊の時に同伴させてもらっている。実戦経験を積むことで魔物狩りにもだいぶ慣れ、今では大事な戦力だと言われるくらいになった。
叔父上によれば、私の現状実績なら王立アカデミーのビッグスタークラス入学には充分な経験値であるらしい。
魔法については、お忙しい父上にお願いして、父上の時間が空いたら私の風魔法を見ていただいたり父上の風魔法を見せていただいたり、ときには風魔法縛りで父娘対決していただいたりしている。もちろん父上は手加減してくださるが、そうやって父上から少しでも何か吸収出来るようにしている。
父上の周りの人達は皆ヒヤヒヤしているみたい。大事な領主様だから、本当はそんな事しないでもらいたいと父上の部下達は思っているのだろうね。でも、当の父上にとっては良い息抜きになられるらしい。
「私とて、たまには実戦的なことをしたいのだが、なかなか相手が見つからん。私の相手をしてくれていたお前はもうすぐ旅立ってしまうと言うのになぁ。」と父上はおっしゃった。
「私が居なくなってもそのうちリアムが私に代わって父上と手合わせをお願いしてきますから、少しの間だけ誰かにお願いしてくださいね。」と私は父上にお答えしたのだった。
また、水魔法の魔力操作を使って自分の魔力値をある程度測ることが簡単に出来る、とあの夏の終わりに気づいたので、たまに近くの湖に行って広範囲操作を練習するようになった。
より広く、より深くの水をそーっと持ち上げ、そーっと戻す練習だ。はっきり言ってとても疲れる。魔力だけじゃなくて精神力も集中力も必要になるからね。一歩間違えたら大変なことになるし。でも、その練習をするようになってから、今では始めた頃よりもかなり自分の最大魔力量が増えたようだ。より広くより深くの水を動かせるようになったのだ。やっぱり限界まで力を出すというのは力量の底上げに良いらしい。
そんな感じでこの2年半、私なりに考えながら切磋琢磨したことで、自分に対する恐れというものはだいぶ少なくなった。出来なかったり失敗したりで落ち込むこともあったけど、そんな時は気分を切り替えて前を向くようにした。
楽観的といえば楽観的。でも、それだって悲観的に生きるよりずっと良いよね。
しかし、私がこんなふうに生きていられるのは、きっと恵まれた環境にいるから。
日々の生活が何不自由なく出来て、自分に与えられた役割が有って、それに意義を感じて過ごせる。それはとても、恵まれた事だ。
己の置かれている立場に感謝し、周りの人々に感謝し、自分が生かされていることを感じられる。それはひとえに我が守護神様のお力、御加護、御守護によるものである、と幼い頃から教えられた。
物心ついた頃から刷り込まれた教えなので、当たり前の事として自分の中に根付いている考えだ。
その教えの中心、我が家の心の芯とも言うべき場所に、私はもう一度訪れることが出来た。
我がアンハードゥンド家が代々守り人としてお使えしている守護神様、トコアマツチ様の神殿に。
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大晦日の夕食後、父上と母上、妹と弟と私は一家揃ってお茶を飲んで語らっていた。妹のソフィアナは正月休みで帰省中。しばらくしたら、私とともに王都に戻る。
元旦に備え、入浴をし身体を清めるのだが、準備が整うまでの一家団欒である。
屋敷の使用人たちも年内最後の仕事を納め、帰省する者もいれば、5日間の正月休みを満喫する者、はたまた休まず屋敷に留まり働く者もいた。働きたい者には働きたい理由があるので、特別手当を出している。そんな働きたい使用人たちが今宵のお風呂を用意してくれるのだ。
そんな一家団欒のひととき、父上から明日の予定についてお話があった。
「明日は元旦だ。いつも通り朝日を浴びながら守護神様にお祈りを捧げるので、皆自分で支度をして東の礼拝堂に集まるように。その後私とサティアナは神殿に行く。サティアナは大人の仲間入りをするのでな、守護神様に初拝謁させていただく。拝謁が済んだら朝食を皆で一緒に食べよう。サティアナと私が神殿に入る以外は例年通りの流れだ。みんなそれで良いな?」
はい、と一同、父上のお言葉に頷いて了解を示した。
お風呂といえば、私が王都に旅立つ前に、母上からはもう一度露天風呂を所望されていた。
2年前の秋、屋敷の裏手に作って差し上げたのが忘れられないらしく、昨年も所望され、今年は雪景色の露天風呂に入りたいと言われたのだった。
なので、この正月休みの間に作ろうかと思っていた。外は雪だし、使用人の人数も少ないので手頃な大きさで済む。手頃な大きさにすれば屋根も作れるからね。
これにはソフィーが大喜びしていた。母上と私と三人で入るのだと。
ソフィーはこの2年で少し変わったように思う。何と言うか、性格が丸くなり愛嬌が出たように思う。元々きれいな顔をしているのだが、可愛らしさが増した。父上がおっしゃっていたが、アカデミーでも人気上位らしい。
婚約者の申請がもう来ているのだとか。
うんうん、自慢の妹だね。
弟のリアムはまだあどけない。9才にはなったが生まれたのが遅いので8才の子とそれほど変わらない。今は体力作りの時期で、剣術体術の先生は、叔父上だ。アンハードゥンド家男子に伝わる剣術の型を覚えるためだ。基本を叔父上に仕込まれているところ。父上は忙しいからね。そのうち父上にも指南していただいたりするのだろうな。
頑張れ、弟よ。
明日、城下町クロムの中心部では新年のお祭りが開かれ、父上と叔父上と弟のリアムは開会式に出席するのだ。
私達もお忍びで行きたいね、とソフィーと話していると、
ご入浴のご用意が整いました、と声がかかった。
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まだ薄暗いうちに目覚めた私は、ひとりで朝の支度を始めた。
いつもならリリーが支度を手伝ってくれるのだが、リリーは今、彼女の両親と王都に行っていて留守なのだ。
なので、眠い目をこすりながら顔を洗うことから始めた。
今日は自分の自由な服装で良いのだが、神殿に拝殿するので簡素だけど清潔感のある支度を心がけ、髪もササッとひとつに結わえた。靴は脱ぎやすいものを履く。寒いので上着を着込んで、東の礼拝堂に向かった。時間は少し早いが、ひんやりとした空気を堪能したかった。
少しすると父上がやっていらして、ふたりで新年の挨拶をした。
その後ソフィーがきて、最後にリアムと母上が一緒にいらした。
それから皆で礼拝堂に入り、順々に祈りを捧げた。
礼拝堂はしんと静まっており、朝日がキラキラと入っていてとても清らかな雰囲気だった。
(守護神様、新年のご挨拶申し上げられますことに感謝いたします。昨年も御守護いただきましてありがとうございました。今年も、どうかお護りいただけますよう宜しくお願い致します。家族が皆健康で、いつも笑って居られますように、どうかお護りくださいませ。宜しくお願い致します。)
祈りを捧げ終わり、礼拝堂を出ると朝日が眩しかった。山と山のわずかな谷間、雲の切れ間から絶えず朝日が差し込み、とても綺麗な景色だった。ご先祖様は、こうやって元旦の朝日を拝むため、この位置に屋敷を建てたのかも知れないなと毎年思う。でなければこんな奇跡的な光景に説明がつかない。屋敷の東の山々は険しく、敵を寄せ付けない程なのだから。
家族が揃った所で礼拝堂を後にし、応接間の扉の前で母上と妹弟達と別れ、そのまま父上の後に従って私はいよいよ守護神様の神殿に向かうのだった。




