第1章 [20]
翌朝。日の出間もなく目を覚ました私は、明るくなってきた窓辺の机で夢ノートを手にしていた。
前日に母上が私にくださったお言葉と、父上が叔父上に贈られたお言葉。それをもって叔父上が私にくださったお言葉の数々。それと、それらを自分の糧とした今の私の気持ちを最新の頁に書き記すためだ。
前世からの約束である未だ見ぬあの人に出会うために、私がこれからしなければならないことを書き出す。それはつまり、ビッグスターという己の宿命に立ち向かうための覚悟だ。自分自身を更新して、今日から始めるのだ。
そのためにこのノートに記さなければならない。そんな思いで机に向かったのだった。
リリーが私を起こしに来たが、私が真剣に何かを書いていたので扉の向こうで控えてくれていたらしい。
ノートを更新して、清々しい気持ちで窓を開けたその音でリリーが部屋に入ってきた。
「おはようございます、サティ様。お眠りになれなかったのですか?」
リリーが心配そうに訊ねた。
「おはようございますリリー。心配してくれてありがとう。でも大丈夫、ちゃんと眠れたよ。それでね、リリーに聞いてもらいたい話があるんだ。今から聞いてくれるかな?」
私からこんなふうに持ちかけるのは久々だったので、はい、とリリーは姿勢を正した。
「おととい、私は初めての魔物狩りに出たよね?それで、そこで叔父上のビッグスターの能力を拝見したの。どんな技かは秘匿事項だから言えないんだけど。それがもう凄まじくて。」
はい、とリリーが相づちを打つ。
「それで、その晩、私はこれからの自分のことが怖くなっちゃったんだ。」
「サティ様……」
「今まで父上と母上が決めてくださった教育方針にのっとって色々やって来たんだけど、そういうのは考えたことがなかったんだ。剣や魔法は鍛えて来たけど、ビッグスターになるっていう事の、その裏側を、考えたことがなかったの。叔父上のお力を拝見して、初めて想像したの。未来の自分を。そしたら、怖くなっちゃって…。自分にもあんな恐ろしい能力が眠っているのかと思うと、制御なんて出来る想像がつかなかった。」
リリーは辛そうに私を見ていた。私は続けた。
「そんな私の不安な気持ちをね、昨日母上がお聞きしてくださったの。昼間二人でいるときに。あんな風に自分の気持ちを告げさせてもらった事無かったんだ。そしたら、励ましてくださって、私と一緒に泣いてくださった。」
リリーもなんとなく涙目になっていた。
「その後、母上の計らいでね、ビッグスターの先輩としての御助言を叔父上からもいただけて、それに、叔父上がアカデミー入学前の頃に父上から戴いたというお言葉をね、今度は私に贈ってくださったの。」
目に涙をためて感極まっているリリーを、まっすぐ見上げて告げた。
「だからね、リリー、もう私は大丈夫になったよ。おとといから心配かけてごめんね。」
昨日食事会の後、自室に戻る前に母上から呼び止められて、告げられたのだ。
母上が昨日露天風呂を手伝いに来てくださろうと思われた理由を。
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「サティ、もう、大丈夫なの?気分は晴れやかになったのかしら?」
「はい、母上、ご心配おかけしました。いまはまだ少し引きずっていますが、多分明日の朝には。寝て起きたら新しい私になれそうです!本当にありがとうございました。」
「切り替え上手なのは本当に貴女の長所だと思いますよ、わたくしの可愛いサティ。では、明日の朝、新しい貴女になったところでリリーにそれを教えてあげてね?あの子はいま貴女の事が心配で心配で、仕事も手につかない状況なのですからね〜。リリーの様子が変だったのをマリアが察してわたくしに進言してくれたのですから。」
「えっ!そうだったのですか、リリーが……。マリアも……。母上、私は本当にみんなに支えられているのですね。感謝しないと。」
「そうねサティ。良い機会なのでこれからわたくしが言う事を、貴女の頭の片隅に覚えておきなさいね?貴女もいつかどこかの貴族にお嫁に行くことがあるかもしれませんからね。」
コホン、とひとつ咳払いをして母上はお話しなさった。
「わたくしが思う、屋敷を管轄する者として必要なことが3つあるわ。まず、部下の様子をよく観察しておくこと。体調管理などはとても大切なことだわ。次に、もし部下が進言してきたらきちんと聞くこと。進言に対する実行は出来なくても良いのよ、聞いて差し上げる事が大事な事です。最後に、良い行いをした部下にはきちんと褒め、悪い行いをした部下にはきちんと叱ること。以上です。これらは貴女がいつか部下を持ったときに役立つはずですからね。」
「信頼関係が大事ってことですか?わかりました、覚えておきます!母上、ありがとうございました!さっそく明日の朝、リリーと話してみます。」
ペコリとお辞儀して、母上におやすみなさいを申し上げたのだった。
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堪え切れずにグスグスと泣き出したリリーの胸元に頭を埋め、両手を背中に回し抱きしめた。
「ありがとうリリー。あなたは私の世話係であり、一番の理解者であり、一番の親友であり、大切なお姉ちゃんだよ。物心ついた頃からいつも一緒に育ってきて、成長して立場は変わったけれど、私にとってのあなたはずっと変わらないよ。これからも変わらない。あなたが誰かと結婚するまでは、私の側にいてお世話してね。」
グスグスの合間に、はい、と鼻声でリリーが答えた。
リリーが落ち着く様にソファーへと誘導し、座らせた。
私も隣に座り、リリーの肩や背中を撫でていた。
リリーが落ち着いて笑顔になったところで、私も笑顔で次の話を始めた。
「それでねリリー。これからの私の話を聞いて欲しいんだけど。大丈夫?」
「はい。もう大丈夫です。なんだか嫌な予感のする笑顔ですねぇ。」
「うん。昨日叔父上に聞いた話によれば、心技体が揃わないとビッグスターは覚醒しないんだって。私が自分に恐れをなしている限り、私は覚醒出来ないんだって。自分の殻を破るのは自分だけって事ですよ。だからね、私は自分で内側から殻を破れるように、もっと精進して、鍛錬して、強くなることにしたの。身も心も。」
「それで……?」
「それでね、リリーには悪いんだけど、私これからできるだけ多く魔物狩りにも行くと思う。魔法の練習もすると思う。つまり、リリーにはもっと心配かけるってことです。」
「えぇ?前もって宣言しちゃうんですか?」
「うん。今からもう先に言っちゃうけど、ごめんね?心配かけて。うふふふ。でもね、どうしても必要不可欠なことなんだ。私はもっと実力を上げて、自分で自分を制御できる自信を付けないといけないんだ。出来ればアカデミーに入学する頃までにはある程度の自信を付けて、王都に移りたいと思ったんだ。そのためには、多少の危険も覚悟しなきゃいけない。実力を上げるために経験は必要だから。それを、リリーには言っておきたかったの。」
「サティ様……。もうお決めになったのですね?」
「うん。今朝起きて、大事なノートに書き記した。自分の決意を。これからの自分の在るべき姿を。だから、私はもう止まらない。前だけを見て、上を目指す。それで、殻を破ってビッグスターに成る。それをリリーにも見ていて欲しい。」
「わかりました。サティ様は昔からそうですもの。決めたら最後、誰がなんと言おうと己の意志を貫くお方ですからね!となれば、私もサティ様のお側で出来る助力を惜しみません。何なりとお申し付けくださいね。」
「ふふふ、リリー。きっとそう言ってくれると思った!大好きだよ!これからも大変な目に合わすだろうけど、宜しくお願いします!」
お互いにペコリと頭を下げ、その後笑い合った。
やっぱりリリーとはこうでなきゃ。
そして、もうひとつ大事なことをリリーに伝えた。
今のこの話を、リリーの両親、つまりヨハンとマリアにも家に着いたら伝えて欲しいと。
リリーは快諾してくれた。やっぱりマリアもヨハンも心配してくれていたらしいから。本当に私は幸せ者だな。良い使用人に恵まれている。
私が王都に行くまであと3年足らず。
それまでに私はどれだけ成長することが出来るだろうか。
これからの自分に希望を見いだし、私の心は燃え始めていた。
投稿までに時間が空きました、もし楽しみにしてくださる方がいたら、申しわけなかったです。今後とま宜しくお願いします。




