第1章 [18]
大広間に入ると皆さんくつろぎながら談笑していて、私達が視界に入ると、自然と集まってきた。
テーブルの準備が整うまで、各々順番に父上と母上に対して挨拶をし、私の格好を褒めたり茶化したりしながら時間を過ごし、準備が完了すると一同着席した。
席に着くと、皆それぞれに好みの飲み物が配膳され、ヨハンが父上にひと言、
「こちらの葡萄酒はキーウェイ様よりお持ちいただいた品でございます。」と報告した。
うむ、と父上が了解し、席を立ちひとつ咳払いをすると、皆それに従い立席した。
「本日は皆集まってくれてありがとう。ささやかだが、昨日サティアナが世話になった礼だ。好きなだけ飲み食いしてくれ。今日は席を立つのも移るのも自由にしてくれ。それとゼフラ、美味そうな葡萄酒だな、馳走になるぞ。では、皆、乾杯しよう。―――乾杯!」
乾杯!と、それぞれグラスを挙げ着席して食事会が始まった。前菜が配膳され、テーブルの中央には大皿で同じものが置かれた。おかわり自由ということだね。
私以外は皆さん大人なので葡萄酒を飲んでいた。今日のお酒はお師匠様からの差し入れなんだとか。この面子の中にはお酒を飲まない人はいないようだった。
私は子供なので、ヨハンが葡萄水か檸檬水、好きな方を用意してくれるとの事で、檸檬水にした。夏はやっぱり檸檬水だよね。本当は氷を入れてキンキンにしたいのだけど!
母上にお願いしてみようかな?お腹が冷えちゃうから駄目だと言われるだろうか?
「母上、ひとつお願いがあるのです。」
隣の席の母上に話しかけてみる。
「なあに?」
母上がニコニコと答えてくださった。
今日くらいは怒られないかな?と思い、自分の檸檬水を母上に差し出してお願いした。
「私の檸檬水に、ふたつくらいの氷を入れてください!母上のお作りになった氷が欲しいです!」
私としては、けっこう頑張った方のおねだりだった。
自然と耳が熱くなるのを感じた。
「あらあら、サティは今日は甘えん坊なのね?ふふふ……ヨハン、氷がいくつか入るくらいの入れ物をくださる?」
母上は嬉しそうに微笑まれて、ヨハンに言った。
どうぞ、とヨハンが木製の容器を持ってきてくれた。
「ありがとう。」と容器を受け取ると、
「ふふふ。昔、あなたが風邪を引いて寝込むと、よくこうやって氷を作ってあげていましたね?」と母上はおっしゃって、静かに意識を集中しだした。
それを私だけではなくて、周りの席の皆も静かに見守る。
母上は、何をしていても美しい人なのだ。その瞬間、皆が母上に魅了されていた。
意識を集中し終えた母上は、目を開けてヨハンに渡された木製の容器を両手で上下から挟むように持ち
「ちちんぷいぷい。ちちんぷいぷい。」
と唱えながら上下に揺らすと、ガラガラと容器の中に次々に氷が出来始めた。
母上を見守っていた周りの皆も、おぉ!と笑顔になる。
氷属性に適性している母上による、ちょっとした余興だ。
私がもっと幼い頃、何度も母上は今と同じ様に呪文を唱えて氷を出してくださった。
私は冬になるとよく風邪を引いて寝込んで、そんなときは母上が水を張った桶に氷を作って入れてくださって、冷たくなった布巾を熱くなった額に置いて一晩中看病してくださった。
熱が出てつらかったけど、母上の「ちちんぷいぷい」が見れるのは楽しかった。
剣術体術修練が始まると私は冬体調を崩す事もなくなり、母上に看病していただく事も無くなったので、あのときと同じ様に、今また母上の「ちちんぷいぷい」が見れたのはとても嬉しかった。
私にとってはとても贅沢なご褒美だった。
テーブルには続いて副菜が用意された。焼いたお魚だ。
焼き目が香ばしい。前菜の野菜も一緒に食べたら美味しそう。
母上から与えられた御手製の氷を檸檬水の中に投入し、氷が少しずつ溶けるのを見ていると、前の席に座っていたお師匠様が私を見て言った。
「こうしているお嬢様は本当にただの可憐な御令嬢にしか見えないな。この御方のどこからあんな戦闘力が出てくるのか不思議ですな。」
お師匠様の隣に座っていた叔父上が続ける。
「本当だな。昨日のサティアナはどうだったのだ?私が駆け付けた時は何やら魔法を展開していたようだったな?デニス。」
私の左側に座っていたデニスさんが話を振られて、食べていた物をお酒で流し飲み込んでから答えた。
「あれは本人が同時魔法と言いなさっていましたが、風魔法と水魔法を融合して繰り出す技で、氷雨?だっけ?…ですっけ?お嬢様?とにかく普通の奴には出来ない技ですよ。同時魔法なんて。」
デニスさんに話を振られたので、代わりに私が答えることになった。
「はい。既にどなたかがお使いかも知れませんが、アレは書物などを参考にせず自分で編み出した手法の魔法だったので氷雨、と名付けたのです。水と風の第2級魔法を同時に放って融合させることで霙のような水攻撃になり、敵に着水後は霜が立つ様な感じになります。でもやっぱり氷魔法には遠く及びませんでしたね~。」
私は説明し終わると檸檬水のグラスを目の前に持ち上げクルクルと揺らした。中でカラカラと音を立てる母上にいただいた氷を見ながら、本当に、氷魔法には及ばなかったなと思い返す。
そして良い感じに汗をかいてきた檸檬水のグラスを口に運んだ。
ん!!美味しい!!くぅー!!
やっぱり冷やした檸檬水は格別だ。
「でも、あの魔法があったから攻撃の糸口になったことは間違いないんだ。そうですよね?隊長?」
アベルさんの問いかけにお師匠様が答えた。
「そうだな。あの魔法が効いたからこそ、そこに俺が斬撃を打ち込むことが出来たし、それが効いて片方の頭が退いたからこそ、もう片方に攻撃と守備を集中できたんだ。俺たちはとても助かったぞ。二人でひとつの頭に集中できたんだからな。」
皆がウンウンとうなずく。
「それに、あれも凄かったよなぁ?お嬢様の剣に付与されていた風の守護魔法!あれは団長が付与なさったのだとお嬢様にお聞きしましたが?」
デニスさんが父上に訊ね、父上が答える。
「そうだ。あれは我が子にとって初めての特別な剣だったからな、父親である私からの贈り物として風の付与石をあしらったのだが、まさか初回から発動するとは、昨日は話を聞いて肝を冷やしたぞ!ハッハッハ!――――サティ、あの石にはあの魔法が5回分込められているからな。あと4回は発動させられる。発動した回数をよく覚えておいて、残りの回数が1,2回になったら私の所へ持って来なさい。補充してあげよう。」
「わかりました、ありがとうございます、父上!」
すると、テーブルには今夜のメイン料理が運ばれてきた。
一同、目が輝く。やっぱり殿方はお肉が好きなんだね!
「さあさあ、お待ちかねの肉だ。好きなだけ食べてくれ!味付けも、これは塩胡椒だが、他にも玉ねぎのソースなんかもあるからな、ヨハンに遠慮なく言ってくれ。酒も、遠慮なく言ってくれ。用意してあるからな!とりあえず、私に酒をくれ!」
上機嫌な父上が皆にそうおっしゃって、ひと笑い取っていた。
私も、お肉!と、意気込んで食べる。
今日は疲れたからお肉と檸檬水を交互に口に入れ、たまに野菜を食べた。
結局お肉と檸檬水をおかわりして、お腹もだいぶ満たされたのだった。
父上はメイン料理を食べ終わると、席をお立ちになり、部下である皆さんにお酒を振る舞い始められた。
皆さん恐縮しながらも父上のお相手をしていた。父上はとっても嬉しそうになさっていた。
すると叔父上が私のところへいらして、
「サティ、さっきの話を聞かせてみなさい。私で良ければ話し相手になりたいぞ。」
とおっしゃってくださったので、二人で少しだけ離れたソファに移動した。
「それで、昨日私の異能力を見て、サティは何を不安になってしまったのかな?まとまらなくても構わないから、思ったことを言ってみなさい。」
叔父上がとても優しいお声で話のきっかけを作ってくださった。
「はい。……叔父上の異能力は圧倒的で、とてもびっくりしたんです。技を放つ前の叔父上が醸し出していた覇気も、とても、なんて言うか…怖かったです。私にもあんな力が宿っているのかと怖くなってしまったのです。私にはきっと…あんな力は制御しきれない。……それを実感して、スターホルダーでいることに、不安になってしまいました。……どうしたらこの不安は取り除くことが出来ますか?叔父上は私くらいの頃どんな思いでいましたか?」
私の顔はやはり切羽詰まっていたのだろう。叔父上にもそれが伝播していた。
ひとつ溜め息をついて、ソファに深く座り直すと叔父上は私に語り始めてくださった。
「そうだなぁ……俺は爺様がビッグスターだったが、爺様の技は直接見たことがなかった。だけど父上がな、父上はスターホルダーではなかったが爺様の技を見たことがあってな。それで、俺がスターホルダーとして生まれてきたから、とても心配してな。それこそ今サティが抱えているのと同じ心配をしていたんだ。それで、爺様にいろいろ聞いたらしいんだ。爺様にはとにかく厳しく俺に修練させろと言われたんだとか。あとは愛情を出し惜しみするなと言われたらしい。これは父上が亡くなったとき母上から俺たち兄弟が言われたことだ。ビッグスターは心技体全てが揃っていなければ覚醒しないと。己の努力で高みに登ることができる者、誰にでも優しくて誰からも愛される、己が生かされていることに感謝出来る。そういう者が、ビッグスターになれる。愛情を持って厳しく育てることが大事なんだと、爺様から言われたらしい。だからなサティ、大丈夫なんだ。サティが己の異能力を怖がっているうちは、心技体が備わっていないから、ビッグスターとしても覚醒しない。」
「でもそれで、ビッグスターになれなかったら…?」
私は叔父上に問いかけた。
「俺もそれは、それこそビッグスターとして登録されるまでずっとな、気持ちとして心の何処かには有ったぞ?英雄の卵とか言われて、結局卵のままだったら郷に帰れないなって。それはスターホルダーとして生まれた者みんなが抱える気持ちだ。でもな、だったら成ってやろうじゃないかって、発想を転換したのさ。やれるだけやってやる!って。クヨクヨしている暇があったら己を鍛えようってな。クヨクヨしている暇があったら周りの人を幸せな気持ちにしようってな。でも、アカデミーに行く前はやっぱり不安だったな。それを解消してくれたのは兄上だったんだよ。」
「父上が……?」
「ああ、次期領主として幼い頃から教育を受けてきた兄上だからな。俺が落ち込んでるのを目ざとく見つけるのさ。それで、話を聞いてくれた。俺たち年が離れているだろう?俺がこっちで修練していた頃、兄上はアカデミーで修練していたんだけど、休暇があるとチョクチョク帰ってくるのさ。それで俺を構いつつ励ますんだ。英雄の卵のままだったらどうしようって言った俺に、兄上は、英雄の卵だって俺には貴重な卵だぞって。英雄だろうが英雄の卵だろうがそんなのはどっちでも良くて、自分が領主になったとき俺のことが絶対必要なんだって言うんだ。それに俺は救われて、だったらやっぱり卵の殻は破ったほうが良いに決まってる!って思ったんだ。どっちでも必要だって兄上が言ってくれたから、だったらより良い方に成ろうってな。だから、サティ、俺も兄上と同じ言葉をお前さんに贈ろう。どっちでもいいんだ。ビッグスターに成れても成れなくても、お前さんのことがみんな必要なんだよ。でも、どうせなら、成れた方が良いだろう?ん?どうだ?」
悪戯な目線で私を見つめる叔父上に向かって、私は笑顔で答えた。
「はい!私も叔父上と同じです!やっぱり卵の殻は破ったほうが良いに決まってる!ありがとうございました。叔父上。明日からまた頑張れそうです!」
そうかそうか良かった良かったと、隣の席で満足そうに頷いた叔父上の左腕に私は抱きついた。自分ではあまりしたことのない行為だった。
なんだなんだサティは可愛いなぁー!と、叔父上が抱きしめ返してくださって、私もなんだか嬉しくて安堵して少しだけ涙が出てしまった。
私が泣いたことに叔父上は気付いてくださっていたけれど、皆にわからないように抱きしめながらそっと涙を拭ってくださった。
そして、私が少し落ち着くと、じゃあ飲み直そう!と言って私を抱き上げテーブルの方に戻ってそのまま席に座って私を膝に乗せた。そしてヨハンにお酒をお頼みになった。
私はどうしたら良いのか分からなくて、向かいの席の母上に視線を送ると、母上はニコニコしながらお酒を飲んでいた。
そして飲み終わるとひと言。
「お父様がヤキモチを焼いていますよ?サティ?」
とおっしゃったので、父上の方を見ると何とも言えないお顔でこちらを向いていらしたのだった。




