第1章 [9]
寒い時期を越え春になり、夏が来ると、アンハードゥンド騎士団は忙しくなる。森とその近辺で魔物の出現が活発になるためだ。
アンハードゥンド領の人々は代々森と共存してきた。魔物は我々の敵ではあるが、恩恵をもたらしてくれる物でもある。だから無用な殺生はなるべくしない。そういう教えが私達の遺伝子に組み込まれているのだと思う。
しかし、時代が進み、人間の数が増えるにつれて、私達を襲ってくる魔物も増えていることは事実らしく、冒険者達も依頼を遂行してくれているのだけれど、それでも手が足りないのがこの季節。
だから騎士団では春が終わる頃になると、私が参加させてもらっていた試合形式の稽古は魔物討伐期間が終わるまでいったん終了となり、魔物が冬眠し始め騎士団も忙しくなくなる頃、新しい組合わせが編成されるのだとか。
そんな折、最終調整を経た私の剣がついに出来上がったと夕食の時に父上からお話があった。
剣とともに手裏剣の一式も納品されるらしい。
「それはそうとサティ、最近背が伸びてきたかな?なんだか顔も少し大人っぽくなってきたように思えないか?ルイーズ。」
「貴方様よくお判りですね。マリアから、サティの普段着が小さくなってきたと報告があり、この間新しく仕立て屋に依頼したのです。採寸したところ前回よりも背がぐんと伸びていましたわ〜。子供の成長は本当に目まぐるしいですわね。」
「そうだなぁ、ソフィも来年には王都に行ってしまうし、リアムも最近は自分の考えをきちんとまとめてから発言出来るようになり始めたようだ。」
本当に嬉しい様な寂しい様なことですわ、と母上が父上に返した。
その日は父上の帰りが遅くなるということで、いつもより遅めの夕食となっていた。私の隣では妹のソフィアナが黙々と食事しているが、なんとなくソワソワしているから両親に何か相談がありそうだった。弟のリアムは、今日の剣術体術修練がつらかったらしく、早めに夕食を済ませても良いでしょうかとお伺いを立てていたのを母上が了解していたからこの場には居なかった。
食事が終わり、お茶を飲んでのんびりしていると、ソフィアナが口を開いた。
「お母様、明日はどこかの時間で空きが有りますか?」
「んー、そうね、午前中なら有りますよ?どうしたの?」
「ダンスの自主練習をしたいのです。」
「あら、ソフィはダンスに不安でもあるの?」
「来年から私は王都のアカデミーですが、一般養成部では社交の一環として休日の前夜になるとダンス懇親会が多いのだとか。ですがアカデミーではダンスの授業はありません。それが少し不安なのです。」
「……確かにそうねぇ。そういえば昔わたくしも、もっとダンスの練習をしておけば良かったと思ったものだわ。良いですよ、母と特訓いたしましょう!」
「ありがとうございます、お母様。」
私の妹ソフィアナは、少しだけ気位が高めだけど心配性でとても優しい性格の女の子。可愛い物や綺麗な物が好きで、お花も好き。いつも母上と屋敷の花瓶に花を活けたりしている。色白で、少しくせのある赤い焦茶色の長髪はいつもきちんと整えてられている。
髪色も髪質も同じだけど私は適当だ。私も性別は女子だけどスターホルダーだからどちらかと言えば男子のような生活をしてきた為か、性格も男っぽい。着ている普段着も騎士服に近いしね。
だけど妹は違う。母上と一緒に女同士で楽しげに流行りの服の図案を考えたり、母上と一緒にお買い物を楽しんだり、楽団の演奏会を聴きに行ったり、料理をしてみたり。母上と一緒に何かしていることが多い子だ。
アンハードゥンド家に生まれた子供は、男子は15才までは領内で各種教育を受けながら騎士になるための基礎修練に励む。その後15才になると王都のアカデミーに入学し、騎士になるための教育を受け修練を積む。アカデミー卒業は20才で、卒業後はいずれかの騎士団に入団する。だいたい皆領内に戻りアンハードゥンド騎士団に入るらしいけど、他の騎士団で武者修行でも良いらしい。
女子は10才まで領内にて各種教育を受け、剣術体術の基礎修練もあるが、男子に比べてそれほど比重は大きくない。女子であるための教養に比重を置いた教育構成となっている。その後10才になると王都のアカデミーに入学し、各種高等教育を受ける。アカデミーで高等教育を受けながら学園生活のなかで貴族としての社交性や知恵を身につけるのだとか。アカデミー卒業は15才で、卒業後は領内に戻り、花嫁修業に入る。それから2〜3年で嫁入りとなる。
だけど生まれつき体が弱かったり持病がある子供や、才能があるのに埋もれさせては勿体ないと思われる子供などには、その両親が子供の将来を考えて教育方針を決めたりもしてきたようだ。体は弱いけれど頭脳明晰な子供だったら研究者の道を示したり、魔力に秀でた女の子にはアカデミー一般養成部から魔法師養成部への編入を示したりなど。
私の場合両親が示した教育方針は、やはり規定路線からは外れ、女子であるための教養もマナーも学ぶがどちらかといえば男児が受けるものに近く、しかしそれよりも更に高度な剣術体術を習得し、一般的な年齢に対して更に高度な魔法を使えるようにしたものだった。
はっきり言うと私には遊ぶ時間もなかった。
一日中みっちりと何かしらの教育を受けていたからだ。
それもすべて、私がビッグスターを持って生まれたからだった。
スターホルダーとして生まれた事。それは、私の宿命の芯なのだった。
遊ぶ時間はない私だったが、生来あまり悩んだりしない性格だったので、心は割りと自由だった。あまり不満もなかったと思う。
好奇心旺盛な性格のおかげで勉強も魔法も新しいことを習うのは楽しかったし、剣術体術の修練はけっこう厳しかったがお師匠様に褒められると嬉しくて毎日頑張れた。体が疲れるので毎日ご飯は美味しいし、夜はすぐ眠くなる。
そんな感じで世の中の女の子らしいことはほとんどした覚えがなかった。稽古の邪魔になるので首飾りや腕輪や指輪などにも興味がなかった。唯一、女の子らしい趣味といえば髪を束ねる紐を集めたりするくらい。
私は妹が母上と楽しげにしているのを見るのは好きだった。羨ましい気持ちもあったのかもしれない。自分も母上と楽しげに何かしたかったのかもしれない。でも、私は母上と趣味が合わないし、父上と話している方が楽しめることは自覚していたから、少し離れた所から妹と母上が楽しげに何かしているのを見ては微笑んで満足していたのだ。それと同時に私はきっと心の片隅で何かを諦めていたのだと思う。私にはたとえ母上との時間を与えられても、きっと妹の様に母上と二人きり楽しくお話するのは難しいから。
でも、妹と母上が何か料理をしているときは時間を作ってお邪魔していた。見ているだけの味見係として。
お菓子を作ったり、惣菜を作ったり、創作料理をしたりしている二人の動きを見ながらお皿の用意などのお手伝いくらいは出来たので、その時だけは私も仲間に入れた気がして楽しかったのだ。
あと、美味しかったのだ。
そんな妹も来年には私より一足先に王都に行く。王都で妹に会えたらその時たくさんお話をしようと、まだまだ先の事をひとりでお茶を飲みながら妄想していたのだった。
そんな私に母上が視線を向けながら言った。
「サティは明日の午前中時間を空けられますか?できるならソフィのダンスのお相手をしてちょうだいな。」
「明日の剣術修練は自主練なので大丈夫ですよ。私も自分よりも身長の低い相手と踊るのはよい機会ですから喜んでお相手いたしましょう。ね?ソフィ!」
「まあ、姉様と踊れるなんて嬉しいです。アカデミーで自慢できますわね!姉様はきっと有名人になってしまわれますから。」
「そんなにソフィが喜んでくれるなら、ソフィが王都へ旅立つまで、時間が合えばなるべく一緒に踊ってあげなきゃね。私の練習にもなるし、一石二鳥だよ。」
そうそう、たまにはお姉様らしいことしなきゃね、と母上がおっしゃった。本当にそうだよね。私は姉らしいこと何もしてあげられていなかった。
一緒に踊ることで少しでも私と妹の思い出になれば良いなと思った。




