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4 冬の慈悲の歌

 やぁ、待たせちゃった?

 キッチンに用があって、少し寄り道をね。

 四季の乙女は、訪れた時に鐘を一度だけ鳴らすんだ。

 私も登場時に一曲、奏上し──おい、そこまで酷くはないだろう!?

 ……まぁ良い、饒舌な東鳥の活躍は、また今度にしておくよ。私が疲れた時はいつも、代わりに歌ってくれる良い奴なのに。

 訪いの鐘を聴いた事がある早起きは、君らの中にはいるのかな?──冬はまだ始まったばかりだ。次の鐘が鳴るのは当分お預け、その間は私と東鳥の歌で我慢してくれ給え。

 四季の乙女は時の女神だ。乙女らに倣い、人は鐘で時を刻むようになった。いつの時代も、おやつの時間は正確に知りたいものさ。

 今では偉大な魔術師の手によって時計が発明され、手軽にいつでも時間を知る事が出来るようになってしまった。便利な物だが、気の短い人は持つべきじゃないね──あんなにいつもカリカリしてちゃ、寿命が縮んでしまうんじゃないかと心配になるよ。


 私の顔と時計を交互に見ても、おやつは最後までお預けだからな。秋の乙女は焦らせるのがお好きだし、夏の乙女は苛でせっかちだ。未来を待ち望む時にはわざとゆっくりになるし、長く続いて欲しい事程あっさりと終わってしまう。

 私に出来ることと言えば、君らの期待を膨らませて、儚く終わる一瞬を見守るだけさ──今日はアーモンドの蜂蜜漬け、焼き上がったバゲットに乗っけて提供しようじゃないか。

 チーズに混ぜてツマミに良し、パンに乗せてもヨーグルトに混ぜても良い、万能戦士だ。

 春に花を飛び交う蜂が蜜を集め、夏に実を収穫して、秋に乾かした種子を漬け込み、そして冬は感謝して上々の出来を頂く事としよう。


 なぁ……そろそろキッチンの観察を止めて、私の方を向いてくれないかな?

 ほら、今日は晴れて雪が止んでいるよね。

 冬の乙女の慈悲だ。

 ナイトニアの民が何故、冬を慕うのか──知っている者も多いだろうが、やっぱり今年も一度は聴いて欲しい。

 大雪がぴたりと止んだ冬の晴天にこそ、この歌は相応しい。


 かつて、冬の訪いを拒み、鐘を隠した国があった。

 実り豊かな秋を永遠に留めようとしたのだ。

 これに誰よりも怒ったのは、夏の乙女であった。

 秋の留まるところへと行き、夏の日差しを容赦なく振り撒いた。

 膨らんだ穂が干からび、森の実りは腐り、家畜も食欲を無くして痩せていった。

 秋は豊かな実りを与え続けていたが、夏を諫めることはしなかった。


 やがて、秋にもかかわらず茹だるような暑さに耐えかねて、人々は鐘を元に戻した。

 途端に秋と共に夏も去り、冬が突然訪れた。

 拒まれた冬の嘆きは今までのどれよりも深かったが、我慢強い冬は文句も言わず、短い冬を終わらせ春を呼んだ。

 春の訪いの日、春の乙女も大層腹を立てていたので、鐘を鳴らす事を渋った。

 冬は姉の癒しの季節、泣き暮れる暇も無かった短い冬を春が引き留めた。

 春は冬を慰める為に、雪を溶かさずにいた。

 冬は姉思いの春を宥め、すぐ去っていったが、春の芽吹きは雪に埋もれて、命の育ちは遅かった。

 夏の乙女は、訪いを拒んだ。

 春から去ったばかりの冬の乙女だったが、今一度、優しくも頑なな妹の元へ行き、夏の季節を与えるようにと諭した。

 剝れたままの夏の乙女は仕方なく訪ったが、冬に懇々と諭される間に夏はすっかり冷え切ったため、その年の夏は涼しく青葉は窮屈そうに身を竦めたままだった。

 怒りの収まらない夏は早々に秋の乙女を呼びつけた。

 秋が好まれるならば、夏など必要ない、と。

 訪いはしたものの、奔放な秋の乙女もいささか腹を立てていた。

 芽生えた命は少なく、大して育ってもいない。

 前の年に引き留められたせいで、地の恵みも底をついていた。

 鐘を隠されて留まる事を余儀なくされた秋は、冬を拒んだ愚行に呆れて、地母神から与えられる恵みを使い果たすまで実りを与えた。

 少なく未熟な命ばかりでは、実らせることが出来るものも少なく、また地の恵みも僅かばかりで、痩せ細った実りをつけたら秋はすっかり暇になって、早々に冬と替わってもらうことにした。

 かくして、季節はつれなく巡り去ってしまい、その年の冬はとてつもなく長くなってしまった。

 冬は急かされて訪ったものの、妹達のあまりの仕打ちに戸惑い、死の心と共に嘆きはするものの、少しばかり情けをかけた。

 寒さを耐える芽吹きを与え、凍えぬ知恵を授けた。

 また、妹達の思い遣りにいたく心を打たれ、ほろほろと溢れた涙は氷を溶かして暖かい泉となった。


 地より湧き出す暖かい水、温泉!──良いよね、私も大好きだ。今日も朝から良いお湯だった……。

 温泉は主に、地母神と炎の神イグニスの恩恵だとされているが、火山の無いここらでは、冬の乙女の優しさが滲み出したと伝わっているね。

 この歌は、我慢し過ぎると、自分以上に周りの人がキレて、収集つかない事態になりかねないって事かな。忍耐は美徳だが、程々にしておかないとナメられて、周囲はもどかしく思うものだよ。


 こうして、冬の長い国が生まれた。

 妹神達は冬に諭されて恵みは与えるようになったが、四季の乙女は駆け足で、冬が長く厳しい土地となった──だが、その分だけ冬の慈悲を知っているのだ。


 そう、これは他でもないナイトニアの話だ。ナイト湖が冬に凍りつかないのは、冬の乙女が人を憐れんで溶かしてくれているからなのさ。冬の晴れ間は、乙女が泣き止んで、情けをかけた人々を見回り、見守ってくれている日なんだ。


 だから、こんな晴れた日は、熊に出会う日だと言われている。冬の乙女は熊の姿を借りて現れると──おい、なんだその話、どうしてそうなった!?ちょっ、黙りなさい、そんな話を広めるな。冬の乙女は熊殺しのマタギじゃない!!


 あぁもうっ、バゲット食べたらマタギの乙女は忘れるように──今度、ちゃんと正しい歌を教えるから。いいね!?

剝れる……むくれる。ぶすっと不貞腐れる様子。上っ面が破れて中身が見えてる意味。

苛……いらち。すぐイライラする短気な人。つまり、せっかち。

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