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1 冬の乙女の歌

 やあやあ、こんにちは、未来の紳士淑女達。

 私は見ての通り、しがない1羽の渡り鳥。

 冬の羽休めにこのナイト湖畔で、古今東西の噂話を囀っている者さ──ごめんね、ジャック、この前口上はお約束なんだ。毎年同じだからって欠伸しないで。


 さて、始まったばかりの冬に、もうすでに退屈してる君らへプレゼントだ。お土産のグレープキャンディをどうぞ。

 1つずつだからね、順番に回して。中にトロッとしたジャムが入ってて絶品だよ。勿体ないのについつい噛んじゃう──待ってよ、まだ帰らないで。最後にまたお菓子配るからさ、ね?ね?座って、ほら。

 グレープって見た事ある?ここらだと湖西方面で確か赤葡萄を育ててるよ。赤ワインの原料だ。これは白葡萄のキャンディ、白葡萄からは白ワインが出来る──いや、キャンディにお酒は入ってないから。

 白ワインと言えば南部さ!豪快な大海を一望するセイルフィッシャーマンズ地方の名物だ。海産物と葡萄酒の名産地。柑橘も有名で、海の幸に絞るとこれがまた堪らない。思い出すと飲みたくなってくるよ。大人になったら一度は味わうべきだ、白ワインの女王オーレリア!

 北部の寒いナイトニア地方とは正反対、夏の乙女もお気に入りの、ホットで陽気な土地だよ。客のノリも良いし、こことは大違い──おっと口が滑った。寒さを堪えるナイトニアの酒はキツいから、酔い潰れる客が多いだけだよね。ははは、気にしてないさ。私の歌が下手な訳じゃないぞ。逆だよ、上手過ぎるから子守唄に丁度良いだけなんだって……言ってて虚しくなるから止そう。

 真剣に聴いてくれるのは君らだけさ──村長さんから言い含められてるんだよね、知ってた。それでもまあ有難いよ。


 早速始めようか、今年最初の歌はやはりお馴染みのナンバーから──ジャックその他年長組、そんな顔しないで。君らには耳タコでも新顔には聴かせなくっちゃ。私も村長さんから頼まれて演ってるんだからさあ。ネタバレとあらすじ解説は禁止。そういうのは終わった後にして?

 では冬のナイトニアに冬の乙女の歌を捧げよう!


 全きが二つに分かれた。

 静寂が終わり、世界が生った。

 世界の始まりは二柱の神と共に顕れた。


 この歌は創造神話ってジャンル。神様が然りげ無くフワッと世界を創る話さ。そんな昔の話知らないし誰も見た事がないってんで、好きな事言い放題。似たような話が掃いて捨てる程あるんだ。話を盛り過ぎるとこうなるから、大袈裟にするのも程々にしときなよ?

 私が知ってる有象無象の中では、ここよりもずっと北の地で栄えたシャーマンの伝承が最も古い。古代のシャーマンはすでに滅んでしまった後だけど、その末裔の魔女から話を聞けたんだ。

 ん?魔女だよ?そうだよ、魔女だけど……おいおい、食い付きが良いな。でも今日のテーマは、冬の乙女についてだ。だから、そのうちにするって、ああもうわかったわかった、じゃあ明日だ、これで良いだろ?満足?もう次行って良い?


 天の父神と地の母神は夫婦であった。

 常に移り変わる放埒な父神。

 じっと耐え忍ぶ慎み深い母神。

 気性の激しい天に翻弄され、地の溢した涙が海となった。

 涙から出でたのは閑静な海の男神。

 澄んだ水面は天空を映したので、地はさらに悲しんだ。

 海は父神に願い、燦騒めく風の女神を賜った。

 風によって海は波立ち、その軽やかな笑い声は大地を魁て、母神を癒し慰めた。

 海、母から継いだ忍耐と父を映した苛烈の神。

 風、母を写した激昂と父から継いだ奔放の神。

 海の男神と風の女神は夫婦になった。

 二柱は、天と地の間で睦まじく、寄り添い、諍い、争った。


 この歌はつまり……押し黙ってウジウジするよりもだ、ガツンと夫婦喧嘩した方が仲良くなれるって事、かな。でも喧嘩は、仲直り出来る範囲でやろうね。


 やがて海と風の泡沫より四柱の乙女が生まれた。

 四姉妹の乙女らが季節を担うと、風と共に天と地と海を駆け巡り、たちまちこの世界は鮮明に彩られて喜びに満たされた。

 冬を司るのは長女。寡黙にして辛抱強い。

 秋を司るのは次女。自由奔放でどこか無責任。

 夏を司るのは三女。一途で気高く嫉妬深い。

 春を司るのは四女。天真爛漫で純真無垢。

 季節が変わる瞬間、乙女は訪いを告げる為に、夜明けに鐘を一度だけ鳴らす。


 さあ、ここからが我らの愛する冬の乙女の物語だ。ナイトニアでは若干……一番、ウケが良い鉄板の歌さ。

 ドカ雪を降らす女王陛下、氷の吐息の女主人、冷血の寡婦、裸の熊女、身も心も凍らせそうな恋バナを暴露して往こうか。


 かつて、世界の四季は逆に巡っていた。

 厳しい冬を乗り越え、実り多き秋を手に取り、火照る夏を駆け回って、華やぐ春を浮かれ騒ぎ、愛しきものと番うために、冬がまた訪っていた。

 だが、冬の乙女は見つけてしまった。

 死を。

 世界が彩り脈動し始めると共に命が生まれ、そしてそのずっと前から死はすでに在った。

 始めは、神々に慈しまれて命は果てしなく、豊かな永久の楽園を築いていた。

 死はまだ誰のものでもなかった。

 冬が最初にその存在に気付いた。

 とても美しいと思った冬は、死を欲しがった。

 神は不滅である為に、死は冬のものにはならなかった。

 冬は、死に多くのものを与えたが、死は冬に与えられなかった。

 冬は妹達に頼んで、死により多くのものを与えたが、死は冬に与えられなかった。

 冬は両親に頼んで、死にさらに多くのものを与えたが、死は冬に与えられなかった。

 冬は祖父母に頼んで、死にもっと多くのものを与えたが、死は冬に与えられなかった。

 死はとても多くのものを与えられた。

 四季の乙女らが、風が、海が、地が、天が、それぞれに持っていたものを。

 だが、死は冬に何も与えられなかった。

 死が与えることが出来るのは死しかない。

 世界の多くが死のものになってしまい、彩りを失って、死はその有様に憂い悲しみ、世界を分かち隔てて、そこに与えられたものと共に移り住むことにした。

 死は世界を去る前に、冬に自身の心を差し出した。死を与えられない己が体を切り開き、その内側にあるものを冬に、外側を己のものとした。

 死はさっさと逝ってしまい、冬は泣き崩れた。

 世界は彩りを取り戻したが、死は無くならなかった。

 心を失った死は、満足も辛抱も出来なくなった。

 喜びも悲しみももう感じなかった。

 多くを与えられて尚、死の世界で乾き飢え、いっそう欲しがるようになってしまった。

 天地海風と妹達は、冬に死の心を返すように諭したが、冬は死の心を抱きしめてうずくまり、頑として離そうとしなかった。

 心が無い死は、男も女も、若きも老いも、健やかも病めるも、幸せなものも不幸なものも、等しく死を与えた。

 満ち足りることのない世界に、命を招き入れ続けている。


 貢ぎまくった推しが引退しちゃうって悲しいよね……私もパトロンが欲しいなあ。

 恋もギャンブルも何事も、家族に迷惑かけてまで入れ込み過ぎるのは考えものだよ。でも、身を持ち崩す程の何かに出会ってしまったその時は──私はまだ出会ってないから、実際のところは分からないな。

 歌を引用するなら、【冒険者かく語りき、振り返らぬ者だけが前に進める。それに対し魔術師、進むより後ろの方が大事なんだけど。】、要するにどっちなんだか。


 死が世界を分かち、命は永遠不滅ではなくなったので、刻は悠久を失い、時が流れ始めた。

 時の流れは無情にも冬の心を動かそうとしたので、冬は抗って停滞を得た。世界の全てが凍りついて滞り澱んでしまう前に、残りの三姉妹は時の流れを分けて、それぞれが過去、現在、未来を得た。

 斯くして乙女らは、時の流れを握る運命の女神となった。

 過ぎ去る時の女神、侮れない春の乙女。

 儚く美しい無邪気な無慈悲、映り込む刃のように。

 現し在る時の女神、留まらない夏の乙女。

 決して触れること叶わない、匂い立つ芳香のように。

 未だ来ぬ時の女神、捕われない秋の乙女。

 おいでと彼方で手を振る、悪戯好きな楽天家のように。

 そして、停り滞る時の女神、靡かない冬の乙女。

 静寂な庫檻、涔々と降り頻る雪のように。

 冬は未だに死を想い、他の季節より多くの命を死に与えている。どこへも行かないように死の心を氷漬けにして、抱きしめ寄り添い、温め続けている。

 彼女は恋を失ったまま、その傷心が癒える兆しはない。

 地は、自身に良く似た冬の性格を知っているからこそ、冬の季節はそっと見守るだけで、実りを与えることはしなかった。

 天は、気丈に振る舞いながらも一人になると静かに涙する冬を哀れに思い、六花を贈り雪で覆い隠してやった。

 冬が切なくなる度に、風は吹き荒び海は荒れ狂い、娘の心を凍らせた相手に憤っている。

 冬を慰める為に、幼く朗らかな春の乙女が次の季節に訪い、失われた分まで多くの命を芽吹かせるようになった。

 持て余すほど芽吹かせた春を、悪びれることもなく真面目な夏の乙女へと押し付けるせいで、夏はとても忙しくなった。

 暇になると冬を諫めようとする夏を秋の乙女が宥めすかし、やがて訪った冬の乙女をそっと抱きしめてから、秋は去るようになった。

 こうして、季節の巡りは順が変わった。


 家族は大切にしましょうねって事。近過ぎて憎たらしい時もあるけどさ。

 この歌は、くっついた別れたの色話だけじゃない、メインは揺るぎない家族の団結にあるんだ。

 ナイトニア地方で冬の乙女の話が好まれるのは、この土地が雪に閉ざされて、死の世界にとても近い場所だからだ。一人ではこの土地で生きていく事は難しい、いや不可能だよ。だから家族や身近な人達と支え合う協調と団結が、何よりも尊ばれる。

 君らの中には、すでに経験済みの──別に未経験でも気にすることじゃない……おい、そういう意味じゃない。大切な誰かとお別れした事があったんじゃないかって、そう言いたかったの。

 未経験なら冬の乙女の別離を、経験済みは改めて今一度、胸に刻み込め。

 死は抗えないし、失われた命は戻って来ない。どんなに未練があっても、世界を違えた者とは同じ道を歩めない。でも、世界の隔たりは越えられなくても、悲しみは乗り越えられる、たとえ心の傷が癒えずともね。手を引いて背中を押してくれる者がいれば前に進める。そして同じように自分も誰かを支えるんだ。

 私はナイトニアのこの精神をとても美しいと思っているよ。凍てついた冬へと手を差し伸べようとする優しい心根をね。そして正しく受け継がれていくように、君らに今こうして伝えている、これこそ吟遊詩人の本懐だ。

 よく覚えておきなさい。死は死の世界から誰も逃がさない。死者は決して生き返らない。受け入れ難い死が身近に降り掛かった時には、必ず思い出しなさい、冬の別れを。神でさえ世界の境界を越える事は出来ないのだと。

 ……死の世界はこの世界からとても多くを与えられているから、向こうの暮らしを悲観する事はないさ。

 蘇るなんて甘言に騙されちゃ駄目だよ。間違いなく詐欺か御為ごかしだからね。


 さあさあ、多くの教訓を得られて君らも少し賢くなった事だろう。良い聴き手に恵まれて私も幸運だったよ──ジャック、よく眠れたかな。そうかい、お役に立てて何よりだ。

 最後に。希望をひとつまみ入れるのが売れる歌、愛情をひとつまみ入れるのがママンのレシピさ。


 いつか、誰かが現れて冬の乙女の心を癒した時、死の心は解き放たれて還り、世界は永久の楽園を取り戻すだろう。


 失われた世界の刻を元に戻す誰か、救世主は──君らの内の誰かかも知れないよ?

 はいはい、忘れてません。ほら、金平糖。一人一粒だからね。ケチって言うな。本当は明日のおやつなんだから。

燦騒めく……さんざめく。うきうきとした賑やかさ。※当て字(燦々・艶やかに輝く、騒めき・さわがしさ)です。

魁……さきがけ。一番乗り。先駆者。

涔々……しんしん。雪が静かに降り積もる様。風の音もない、静けさの中で黙々と降り続ける雪。

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