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聖夜にガラス細工

作者: 暁 夕陽

‐人に好きって言ってもらったこと、なかった…。



そして君は誰にも見せたことのない、大粒の涙を流した。



それは、2年間の中で絶対に壊れないケースの中に閉じ込められた君の心。



あの日、俺と君は一つになったんだ。



―――――



 行儀よく待っていた携帯から、特殊なメール音が鳴る。その人の性格を写したような、静かな曲。メインの文面は、こうだ。

「すぐそこの公園で待ってるね」

 歩いて数分の、子供達の遊びにしかならない小さな場所。でも、そこが拓也にとっては今日一日で一番の目的地とも言える。

 家の中は、暗い隅に空き缶や菓子袋などを詰め込んだ以外は全て綺麗にした。窓の外には、光輝く白い花が舞うかのような夜の景色。

 時計を見る。短い針は11のところを出発、長い針はそれに追いつこうと急いでいる。よし、と一度大きく深呼吸した。

(これからが、俺の本当のクリスマスだ)

大きめのジャケットをはおり、外に出る。マフラーなどで武装しても、待つ人がいる場所への道は寒そうに思えた。

 一人暮らしのアパートから左にまっすぐ。公園らしき影はないが、突き当たるまでまっすぐだ。

 拓也の耳には、自身の雪を踏みしめる音しか聞こえない。早く、されど整ったテンポ。そういえば、七海と出会ったのもこんな時だったか…。

 彼女とは、何気なく発した独り言から知り合った。

「いるんですか? ××市から来た同級生」

 大学の門を初顔でくぐって、何気なく1か月前に卒業した同級生のことを懐かしんでいた時であった。残雪がいまだに冬を引き止め、スーツの上に慣れないコートを重ねていた、そんな日だ。

「え?」

「あ、私もその街の出身だったので」

「ああ、ゴメン。俺の『かつて』の友達がさ」

 ちょっと立ち止まって、話がつながる。その間に、拓也の目に女の子の姿がインプットされていった。つぶらな瞳に、全体的なショートヘアー。背は普通だけど、プロポーションは悪くない。性格は…礼儀正しそうだ。

 拓也の警戒心を解いた女性は、これが初めてだった。再び歩み出した足が、水たまりにはまったとしても、まったく気が付きもしないくらいに。

(本当に、微妙といえば微妙な出会い方だったな)

 拓也は思わず苦笑いする。自分の行動は思い出してみると顔が真っ赤になるものばかりで、今も例外ではない。なのに、頭は忘れてさせてくれない。

 と、寸前で二方向に矢印のついた看板に顔からぶつかりそうになる。いつの間にか、こんな距離にまで近づいていたのか。時間がないことを知りながら、ちょっと立ち止まった。

 手が、上部の白い部分に延びる。男らしい、骨格のある指はその部分の色を赤にしようとしたが、叶うことはなかった。結局、2つに1つにしかないんだな…この道は。

 1年前も、拓也はこんな道にぶつかっていたのだ。七海が同じ剣道部に入ることが分かり、何かと悪い気がしなかった。それが的中したのか、彼女は1年生ながら好成績を収め、先輩たちにも礼儀の正しさで人気があった。対照的な悪僧の拓也は、なおさら好意を抱いていく。

 さてそれをついつい流れの中で彼女以外の全員に打ち明ける時があって、転機が訪れた。からかいのネタの一つに七海を用いるようになってから、否応なしに拓也は彼女のことを意識するようになった。

 だが…彼には、元々近づきがたい「鉛」が覆っていた。

 高校時代、拓也には友達がいなかったわけではない。でも、それはある意味鈍感な人か、それに慣れただけ。そう、彼は近寄ると空気が重いような雰囲気があった。

 話し方なのか、それはどうかわからない。拓也が一定の慣れ合いを嫌ったこともあるのだろう。機嫌が悪くなるとすぐに手を上げた父を忌避したかのように、からかいであっても自分の心を警戒させるような人間には、そう簡単に接近しなかった。

 それが災いして、周囲の部活友達に合わせて、七海もあまり話しかけることはなかった。話したとしても、部活の関係だけ。お互いの学部(拓也と七海は違う学問を学んでいる)の話が出れば、それだけでも万歳物。

 …だからこそ、一歩離れた拓也からは七海の「ココロ」を感じ取ったのかもしれない。何かのケースに入れられた、ピュアなハートを。

 そして一年前の今日、意を決してふられた。「山中くんでなくて他の人に告白されても、私は自分がフォローしきれないと思うから」と。

 兵隊のように、1、2、3! と足並みを揃えて右を向く。ツルツル滑って危なそうだけど、公園までは真面目に近い。

 さらに、駆け足。できるだけ氷が張っていないところを選び、部活で鍛えたすり足が有効活用できないかと思ってみたりする。でも、実際に足で感じてみないと道路の滑り具合なんてわからない。

 下を何となく見てみると、路面を支配して暗黒の氷が潜む場所もあれば、雪が積もって歩む者をやさしく包み込むところもある。でも、拓也はその取捨選択をしなかった。

 夜の光に反射する像は、いつかの日を映し出している。積極的に友達に話しかけ、怪訝そうな顔をされても笑顔をつき通してみたり、微力ながら七海が面てぬぐいをたたんでいるのを手伝ったことも。しかし、もっと効率の良い移動方法が思いつかないように、拓也はそれ以上の行動ができなかった。

 言葉はもちろん、体の動きに訴えてもここまで。そして、再びこの日を迎えたのだ。

 足をスケートリンクばりの地面に取られそうになり、わざと尻もちをつく。どんなことがあっても、今日は守るべきものがあった。小さな紙袋、両手で包みこめるものが、七海を振り向かせる最後のプレゼントだった。



―――――



 マフラーに手ぶくろ、「あったか〜い」から出てきた缶コーヒー。七海は来る時を疑いもなく待っていた。

 公園の中は、雪が降りしきる中でさらに静寂さを増していた。その中で、彼女の白のコートは同色の中で光輝いている。

 拓也くんか…どうしたんだろう。クリスマスパーティーの後で、私を呼び止めて。部活の同学年だけじゃ寂しいからと、後輩を誘って彼の家で騒ぎまくったのが数十分前。それから、いきなり「ちょっと忘れてたことがあったから、今から七海ちゃんを追いかける」とメールがきて、それで近くの公園を選んだ。

 今日はクリスマスだということも知っている。友達の中には、彼氏と共に夜を過ごす人もいるって聞いた。

 その魔法が解けるまで、もう少し。そうすれば、私は…。

「七海ちゃん!」

 遥か向こうから、拓也の声がする。普段は小さめなのに、今はすっきりと遠くから聞こえてくる。笑顔を作って手を振った。

「おまたせ、ゴメンね。いきなりで」

「ううん。それで?」

 七海は、早速用件を聞こうとする。と、拓也は口をつぐんだまま彼女の顔を見つめた。

 一瞬ではなく、ずっと。

 首をかしげた七海も、なんだか目が離せないような気がして同じように眼を合わせる。雪が2人を邪魔しようとも、決してそれをも貫くように、何物にも妨げられない強さで見つめあった。

 どのくらい空間が時に逆らったのか分からない。静かに、拓也は七海に小さな紙袋を渡した。

「…これ」

 顔を下に向け、表情を悟られまいとするが、相手の反応もみたいあまりに拓也はどっちつかずになっている。少なくとも、顔は紅潮していた。

 その七海もまた、動揺したような、部活の剣道でみせる冷静さをギリギリで保っているような状態である。何かを守ろうとしているのか、それとも恥ずかしいのか。言葉だけは、彼女らしく丁寧である。

「今日、クリスマスだからプレゼントを?」

「うん。だから…」

 拓也は大事な部分を言ったつもりだが、体がこわばるのか耳をひそめても言葉を拾えない。でも、予想はついている。

「私…心の準備ができていないけど、無理をしなくてもいい?」

 その瞬間、弾かれたように拓也は叫んだ。

「七海! 俺はお前の返事よりも、その中身を見てくれることがうれしいんだ!!」

 えっ、と思わずパッと拓也と一緒に支えていた紙袋を落としそうになる。七海の手の上から、彼はギュッと力強く握ってなんとかそれをつかみ取った。

 直後、2人はお互いの顔が熱気やら恥ずかしさやらで蒸発寸前だと知った。疑いようもない、事実。永遠に誓っても良いくらいに。

 七海の手が、自然に紙袋の中に延びる。理性を乗り越えて、ただ命令されたようにその先にあるものに触れる。

 今度は一方の手も手伝って、ゆっくりとプレゼントを引き上げる。拓也は、ただその様子を見守ることしかできない。そうして、袋から小さな箱を取り出した。もう一度、七海は拓也を見る。今度はしっかりと顔を向け、うなずいてみせた。

 正体を丁寧にほどいていく七海の目は潤み、耳ははっきりとした言葉を捉えた。

 2人がいることを証明するかのような、雪が降り止んだ満月の下で、拓也は口を開いていた。

「七海のこと、好きなんだ」

 一瞬の沈黙が訪れた。

 その間、七海は拓也に最初、笑顔を見せた。いままで、部活の親友や同級生、もちろん彼にもお馴染みだった明るい表情。それから、時々見せる何かに思いつめたような、思い。

 そして、その顔はくしゃくしゃになって、大事な試合で負けた時も、誰も成し遂げなかった大会の優勝をやってのけた時も見せなかった思いがあふれ…。

 七海は、泣いた。

「人に好きって言ってもらったこと、なかった…。」

 大粒の雫が、溢れ出す。1年前も、またその前までも抱かなかった感情が、彼女を変えていった。好きということは、嫌いではないからということではなくて、本当に愛おしいということで。

 拓也は、その想いを、七海に伝えたくて、涙を流しながら彼女が抱きかかえる、透明な球に入ったガラス細工に賭けたのだ。

 つい、膝を雪の上についてしまい七海はひんやりとした寒さを感じる。寒いよ…と儚げに言う彼女に、拓也は自然に手を差し伸べた。ほら、と七海の涙をぬぐうとありがとうと言う間もなく再び泣きじゃくる。彼も、人を泣かせるというのは悪いことだけではないんだなと初めて感じた。



-----



「そうか、七海は本当はワガママだけど、良い子でもあろうとしたんだな」

「うん、嘘ついてゴメン。だけど、親の環境もそんな感じだったし、私も自分から迷惑をかけるのは変な感じがあって」

「反動ってやつかな」

「たぶん…自分のことしか信じられないくらいビビっていたんだと思う」

 小学生以来のブランコに、2人並んでこぐ。呼吸するテンポの違った彼らは今、寸分の狂いもなく一緒に動いている。

「一年前の私も、たぶん臆病だったんだね」

「え?」

 今までになく心が温まるように笑いかけられて、拓也はペースを乱す。大丈夫? と七海もふざけて動きを合わせた。

「私さ…本当にあの時の返事で精一杯だったと思う。拓也には悪かったけど、もし私があの告白を受け入れていたら自分の生活リズムや、剣道の形も崩れていたかもしれない。それに、拓也だって当時は全く変わらなかったでしょ? 高校時代と」

「う…うん」

「やっぱり。あの時、『好きだ』って言ってたら、もっと早く付き合っていたかもしれないのに」

 ここまで、七海が強気だったとは。試合での負けん気から大体予想はついたし、女の子と話している時はそういう素振りが暗にあったらしいから覚悟のようなものはあったが、しかし今の拓也にはそれが心地よかった。

「やっぱり、拓也にはお見通しだったのかな。私の心の中」

「例えば?」

「剣道で勝ち続けるのは、負けた時に立ち止まる感覚がして怖いから」

「うん。俺の中ではそうだった」

「好き嫌いがあるのは、育ちが育ちで食わず嫌いが多かったから」

「それから?」

「それから…」

 七海はブランコをこぐのをやめて、立ち上がる。拓也も、それに従って彼女と向かい合った。

「拓也が私を好きになったのは、私が拓也を振り向かせようとした、から、だよ!」

 最後はやはり恥ずかしく、言葉が詰まるが笑顔は純真の優しさがあふれている。それを受けて、拓也も笑った。

「ありがとう。俺も、生まれて初めて女の子からまともに声をかけられたような気がする」

 時計は、12のところを両針とも進もうとしている。なんだかそれが気にかかる七海は、拓也を誘い出した。

「ねえ、今日が夢だったら悲しすぎるよね。シンデレラが魔法を使えるとしたら、どんな感じだと思う?」

「それは…」

 言葉を続けようとする拓也の唇を、七海は強固にふさぐ。やさしい瞳を投げかけながら、逃がさないという表情。だって、彼は私の心のケースを外してくれた…。

「今日は、返さないでね?」

 口づけを離して、一言目に発した七海の言葉に、拓也はむしろ望むところと、ニッと笑いかけて返したのだった。



*****



今日は、拓也との初デートの日。



あれから色々と、部活や友達間で大騒ぎしてごたごたな毎日が待っていた。



だから、告白を受けてOKサインを出してから3週間も経っている。



その間、拓也はできる限りの知恵を絞ってプランを立てていたらしい。



それで、「七海にこんなことを聞いてもいいかなと思うんだけど、2人で行けるところはどこに…」と聞いてきた。



私は本来なら彼に任せるところを「私と楽しめる場所に決まっているでしょ?」と返す。



だって、今はもうお互いの心なんてピュアなままでいられるんだから。



そうそう、球形のケースに入っているガラス細工はどうしたかって?



あれは、告白の後、一緒に寝ていた拓也に一本を取られちゃったな。勝負ありの一本。



「あのケースはお前を守る、つまり俺だ。当然、ガラス細工はお前」



って。とってもくすぐったくて、やっぱり私の心は敏感なんだなと痛感し、2人だけのベッドで私は天井を見上げた。

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