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五話

ラルフ王子の婚約者は結局の所保留となり、ラルフ王子は有力な令嬢とは今後も交流を取っていくとのことであった。


 シルビアンヌは取りあえずはトラウマは回避できたであろうと、屋敷の書庫で本を読んでいたのだが、そこに攻略対象者である兄ダニエルがやってきた。


「シルビー!!!ここにいたのか、私の天使は!」


 元々はシルビアンヌによって女の恐ろしさを思い知らされるというトラウマを持つはずだった兄は、何故か妹を溺愛するシスコンに様変わりしていた。


 何故こうなったのかは未だ理解できない。


 トラウマ回避が出来た事は良かったのだが、シルビアンヌにとってこの二つ年上の兄はやっかいな存在であった。


「お兄様、書庫ではお静かに。」


「あぁ、そんな事を言うお前も可愛くてしょうがない。ほらシルビー?お兄様にぎゅってして?」


「嫌です。ぎゅっとするのは子どもの時まで。もうシルビアンヌは十歳なので子どもではないです。」


 そう言うと無理やりぎゅっぎゅっと抱きしめられる。


「可愛い。可愛い。可愛いー!」


「やめて下さいまし!」


 頬擦りをし始めようとする兄の強行に、シルビアンヌは声を上げた。


「アリア!兄であろうと止めて下さいませ!」


 その言葉にアリアはダニエルの両脇に手を通して無理やり羽交い絞めにすると、ひょいとダニエルをシルビアンヌから引きはがした。


 見た目によらず怪力なアリアである。


 シルビアンヌは大きく息を吐いてぼさぼさになった髪の毛を手で整えると、キッとダニエルを睨みつけて言った。


「お兄様!無理やりそんなことをするなら、もう一週間は口をきいて差し上げません!」


「なっ!?」


 ダニエルは崩れ落ちるようにその場に膝をつき、潤んだ瞳でシルビアンヌを見上げた。


 真っ赤な髪は兄妹そろってであるが、兄は父親の瞳の色を継いでアメジストの瞳の持ち主である。通った鼻も、切れ長の瞳も父親によく似ている。


「お願いだ可愛いシルビー。兄が悪かったから、どうか許しておくれ?」


「お兄様、兄妹であろうとも、シルビアンヌは立派なレディです。今度このような事をしましたら、私もう許しませんからね!」


 頬を膨らまして唇を尖らせるシルビアンヌの可愛らしさにうっとダニエルは胸を押さえるとどうにか笑顔を作り頷いた。


「分かった。気を付ける。ちゃんと、気を付けるからね?」


「もう。しょうがないですね。」


 大きく息を吐き、シルビアンヌが許したことにダニエルはほっとした様子であった。


「お兄様、それで何かご用時でも?」


「ん?あぁ、少し話があってね。テラスでお茶でも飲みながら話さないかい?」


「えぇ、かまいませんことよ。アリア。お茶の準備をお願い。」


「かしこまりました。」


 テラスへと移動すると、アリアは手際よくお茶の準備を行い二人の前に湯気の立つ、香り豊かなお茶を出した。


 その香りのよさにシルビアンヌは笑みを浮かべた。


「とても素敵な香りね?どこのお茶かしら?」


 アリアは嬉しそうに微笑むと言った。


「シルビアンヌ様がお好きそうな香りだったので、実は私が市場で買って準備した物なんです。あ、ちゃんと執事長にはお嬢様に出していいように許可を頂いています。」


 シルビアンヌの嬉しそうな顔にダニエルも微笑を浮かべるとアリアに言った。


「アリアはシルビアンヌの好みをちゃんと理解しているんだね。素晴らしいよ。」


「ありがとうございます。」


 しばらく見つめあう二人をちらりとシルビアンヌは見つめながら内心どうなるのであろうかとドキドキしていた。


 はっきり言えばアリアと一番近くにいる攻略対象者のダニエルである。兄とアリアのカップリングか。シルビアンヌは少し想像して鼻血を吹きそうになる手前で妄想をやめると、アリアと目が合った。


 すっと目が細められ、アリアがシルビアンヌに疑いの瞳を向けてくる。


 アリアは感が良すぎるので困るとシルビアンヌは思いながらわざとらしく咳き込み、兄へと視線を向けた。


「それで、お兄様?お話というのは何でしょうか。」


「あぁ、来月ね、友人に狩りをしないかと領地に誘われているんだ。それにシルビアンヌも行かないかなと思ってね。」


「狩りですか?」


「そうだよ。春の男達の一大行事である『オレルの森・春の狩り大会』がオレル侯爵領で開かれるんだ。」


 その名にシルビアンヌの眉がぴくりと傾けられる。


 オレルの森・春の狩り大会と言えば、攻略対象者である侯爵家次男のギデオンが参加する狩りの大会であり、そこでギデオンは狩りを姉達に馬鹿にされそれが女性不信のトラウマとなる。


 いずれは王城の騎士団に入団することを目標にしているギデオンは体を鍛え上げた屈強な男というイメージではあるが、彼もまだ十歳のはずだ。


 シルビアンヌはお茶の香りを楽しみながら一口飲むと、広がっていく味にほうっと息を吐き、それから兄に向って頷いた。


「ぜひ、参加したいですわ。お兄様。」


「良かった!シルビーにかっこいい所を見せるからね!ちゃんと父上と母上には許可を取るから安心してね!」


「はい。」


 シルビアンヌはどうやってギデオンとアリアを出会わせようかと胸が躍るのであった。




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