三十一話
シルビアンヌは、手を、セインの作り上げた紫色の結界へと手を伸ばした。
元々シルビアンヌの魔力である。手で触れればどうすれば穴を開けられるかなどすぐにわかる。
シルビアンヌは人が通れるほどの穴を開けるとアリーと共にするりと入り込む。
外とは違い、結界の中は無音であり、ただ、セインの腕から流れ落ちる血の水音だけが、響いて聞こえた。
「はは。シルビアンヌ・・・愛しいシルビアンヌ・・・君は・・・思い出してしまったのか。」
「セイン様・・・。」
アリーはシルビアンヌに促されて、地面へとシルビアンヌを降ろした。
アリーに支えられて、シルビアンヌは立つと、セインに言った。
「もっと・・早く、貴方に出会い、ちゃんと話をするべきでした。」
その言葉に、セインは苦笑を浮かべる。
「確かに、君をもっと早く手に入れていれば、こうやって国を亡ぼすのも、もっと早い段階で行っていただろうなぁ・・・・ねぇシルビアンヌ。今からでも遅くない。こちらへとおいで。一緒に行こう?」
まるですがるような瞳。
独りにはなりたくないと駄々をこねている子供のようだった。
シルビアンヌは優しげに笑みを浮かべると、一歩、また一歩とアリーから離れ、セインの所へと歩いて行った。
背中に、アリーの視線を感じるが、シルビアンヌはセインにたどり着くと、矢で射られた手に、持っていたハンカチをまきながら言った。
「・・・貴方には、ちゃんと貴方の運命の相手がいるのですよ。」
「?・・・何を言っているんだい?」
「大丈夫・・・・本当はさびしかっただけなんですよね?大丈夫です。私がこれを止めますから、安心して下さいね。」
「何を?・・私は、この国の亡びる所を見たいんだ!」
セインの頬に流れる涙を、シルビアンヌは優しく手で拭って言った。
「では、この涙は何のための涙なのですか?」
「・・・え?」
ポタポタト流れ落ちていく涙は、セインの頬を濡らし、そして視界を曇らせる。
セインの震える体を、シルビアンヌはぎゅっと抱きしめると言った。
「大丈夫ですよ。大丈夫。」
「私は・・・」
「本当は、皆に貴方を認めて欲しかっただけなのでしょう?・・・大丈夫。貴方を認めている人はちゃんといます。だから、その人達と今度はちゃんと向き合ってくださいね。」
「何を言っているんだ。」
「そして私に、番外編を見せて下さい。この世界に産まれた私だけが見れる、とっておきのシーンをお願いします。」
「え?」
「でも、その前に、まずはこれを止めますね。」
シルビアンヌはにっこりと笑うとセインの頭をぽんぽんと撫でてアリーを呼んだ。
「アリー?来てくれる?」
「はい。」
ほっとした表情のアリーはすぐにシルビアンヌの横へと駆け寄ると、その腰に手を回した。
立っているのもやっとだったシルビアンヌは苦笑を浮かべると、セインに言った。
「セイン様。恋人は無理ですけれど、よければこれからお友達としてよろしくお願いしますね。」
「君は・・馬鹿か?私はこの国を亡ぼそうとしている男だぞ?」
「あら?でも、今のあなたは矢で射られて、顔面蒼白な上に泣きすぎて目が真っ赤な、ただの素敵なイケメンですよ?」
「何を言っているんだ君は。」
「それに、この国は亡ぼさせません。私が止めますから。」
「すでに発動している。無理に決まっている。」
「では止められた暁には、私と仲良くして下さいね。」
「・・・はは・・はぁ・・・・勝手にしろ。どうせもう、私は動けない。」
使ってきた魔術によって体力は奪われ、その上にかなりの出血で、意識を保っているのもやっとなのだろう。
元々体を鍛えているような武人でもないセインは酷い顔をしていた。
シルビアンヌは肩をすくめて笑うと、アリーに言った。
「ねぇアリー。上手くいかなかったら死んでしまうと思うから、言っておくわね。」
「え?」
「愛しているわ。・・・きっと、本当は貴方に出会った日からずっと・・気づかないふりばかりしていたけれど、私には最初から貴方しかいなかった。」
「・・シルビアンヌ様。」
「だから・・・」
シルビアンヌは、結界の外側で必死に雨風に耐えている三人に向かって叫んだ。
「ヒロインちゃんは私がもらうわ!本当にごめんなさい!」
三人の冷ややかな眼差しが、きっと声は聞こえていないだろうに、シルビアンヌに刺さった。
今年が始まりましたね!
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作者 かのん




