十五話
シルビアンヌのお腹がお菓子でパンパンになってき始めたころ、やっと正気を取り戻した三人はコホンと咳払いをすると本題へと入った。
「君の侍女にも関係のある話だ。」
その言葉に、シルビアンヌはハンカチで口元をぬぐうと真っ直ぐに三人らを見つめて言った。
「お話次第では、お断りしますわ。」
突然の言葉に、三人は驚いたように目を丸くすると、その言葉の意味を探るようにシルビアンヌから視線を逸らさない。
シルビアンヌはお茶を一口飲むと言った。
「私は易々と侍女を手放す気はございません。」
絶対に揺らぐことはないと言うその視線に、ラルフはにやりと笑みを浮かべると言った。
「その口ぶりだと、僕達が何の話をしに来たのか分かっていたのかな?・・それは何故なのか、とても疑問だ。」
「あら、そう難しい事ではございませんわ。だって、殿下、ギデオン様、ジル様を繋ぐ一点。それはダルーシャ村でしょう?」
その言葉に、面白そうにラルフは笑みを深めた。
「どうしてそう思ったの?」
「殿下と公爵家であるジル様の家のつながりはもちろんジル様のお母上であり王妹であるアメリ様。そしてギデオン様の上から二番目のお兄様は元々は王妹であるアメリ様の護衛でしたわね。アメリ様が公爵家へと嫁入りされた後は王家の騎士へと籍を移しておりますが、その姿は今王宮にはない。」
ギデオンはお茶を飲み干すと言った。
「お前の情報網はどうなっているんだ?よく知っているな。」
「まぁ、そう思われるかもしれませんが、あくまでも私の情報は副産物ですから。」
シルビアンヌはちらりとアリアへと視線を向ける。
「私は、私の侍女の事を大切に思っていますの。ですから、やすやすと手放す気はございません。」
アリアは何の話をしているのか分からず首をかしげると、三人は視線をアリアへと向けた。
「それは、彼が決めるべきことではないかな?」
「アリア嬢にとっても、悪い話じゃない。」
「そうだよ。それに、もしかしたらいずれ君の為にもなる話かもしれない。」
その言葉にシルビアンヌは小さく息を吐くとアリアを自分の横に座らせ、そして三人に向かってはっきりと言った。
「お話はお聞きします。ですが、アリアの為にならない場合は、もしアリアが了承しても、主である私は拒否しますのでそれはご了承ください。」
「シルビアンヌ様?」
困惑するアリアに向かって、ラルフは事の詳細について話し始めた。
エルバー男爵が九年前息子とその母であった侍女を病が流行る前に内密に自分の領地から他の領地へと逃がしたこと。
村が落ち着いてから行方をずっと探していたが見つからなかったこと。
そして今回、アメリの研究成果によって病気の治療法が見つかり、それを全面的に支援し、そして病を自分の領地から他へと流行させなかったその功績によって男爵は子爵家の地位を賜るようになったという事。
淡々と話された内容を聞き、そしてラルフはにっこりと微笑むとアリアに言った。
「王宮に呼び出して話をすれば、それはもはや国王陛下からの勅命となり断れないだろう?だから、君に選択肢を残すために、僕達三人が今回ここに使いとしてきたんだ。エルバー男爵は君をずっと探していて、戻ってきてほしいと願っている。どうする?」
アリアは少し考えたのちに口を開き、そして閉じ、そしてシルビアンヌを見た。
シルビアンヌは真っ直ぐにアリアを見つめ、どちらを選んでもいいのだと言うように頷いた。
「君は、このまま、指を咥えて、自分の宝物を誰かにとられてもいいのかい?」
挑発的な視線をラルフに向けられ、アリアは睨みつけるような視線を返す。
頭の中で、静かにシルビアンヌとのこれまでの楽しい日々がよぎる。
エルバーの所に行けば楽しい事だけでは済まないだろう。
令息としての知識、礼儀、そして様々な教養を身に着けなければならないはずだ。
「シルビアンヌ様・・・」
ずっとそばにいると誓ったのに。
それを今、自分は破ろうとしている。
シルビアンヌは微笑を浮かべると、ラルフに向かって言った。
「元々・・治療法の確立がされたらエルバー男爵には連絡を取ろうと思っておりました。男爵がアリアを探していたのは存じています。ただ、エルバー男爵には悪い噂も聞こえますが・・そちらは把握されていますか?」
三人はまた驚いたように目を見張り、くすっとラルフは笑う。
「本当に君は一体何者なんだろうね。あぁ・・その情報についてはこちらの不手際だよ。アメリおば様の素性を隠すために少しばかりエルバー男爵には泥をかぶってもらったんだ。」
何かしらの理由があったらしい事にシルビアンヌはほっとすると、アリアを見つめて言った。
「それならばいいのです。・・・アリア。自分で選んでいいのよ。」
アリアは唇を噛むと、頭を勢いよくさげ、そして声を上げた。
「申し訳ございませんシルビアンヌ様!私は・・・いえ、僕は、父の所へと行きたいと思います。」
シルビアンヌはその言葉をゆっくりと飲み込むように瞳を閉じて、そして瞳を開くとにっこりと微笑んで見せた。
「分かったわ。殿下、このお話アリアが了承しましたので、進めていただけますでしょうか?」
「あぁ。」
「ですが、条件が一つ。」
「ん?」
シルビアンヌはアリアの手を優しく包むと、言った。
「貴方に会えなくなるのはさみしいわ。それに、いじめられたりしたら嫌だもの。だから月に一度は必ず遊びに来て。もしくは遊びに行くわ。それが条件。どうでしょうか殿下?」
視線をラルフへと向けると、ラルフは面白そうに笑い、そしてちらりとギデオンとジルを見てにやりと笑いあう。
「楽しそうだね。僕達はもう友達だろう?なら、ぜひ僕らもそこへ参加させてもらえないかい?」
「へ?」
にこにことと笑う三人に、シルビアンヌは嫌だとは言えなかった。




