十二話
アリアはシルビアンヌとジルにお代わりのお茶を注ぐと、シルビアンヌの茶菓子がちゃっかり全て食べきられている事に気づき、一度その場をお菓子を取りに下がった。
シルビアンヌはそれを確認すると、ジルに真っ直ぐに視線を向けて言った。
「ジル様。今後どうするつもりです?」
「・・・母様と父様の考えは分かった。なら、私が歩き回るのもおしまいにしないと。」
「あら、とても似合っていらっしゃるのに、もったいないですわ。」
その言葉にジルは扉の方をちらりと見ると言った。
「君は、男児に女装させる趣味でもあるの?」
「は?」
シルビアンヌは目を丸くし、そしてアリアのことを言っているのかと気付くと口をパクパクとさせて慌てて首を横に振った。
「ち、違います!あれは私の趣味ではありません!」
「なら彼自身の趣味か?」
何故ヒロインちゃんの完璧な女装がばれたのだとシルビアンヌは驚きながらも、あぁ、これが攻略対象のヒロインレーダーかとハッとする。
『俺だけはあいつがどんな格好していようと、男だっていうのは分かる。まぁ、男とか女とかは関係なく、アリアだから好きなんだけどな。』
それか。そうなのか。
そう考えるともしかしたら殿下や他の攻略対象にもばれているのかもしれない。
「その、ちょっとした事情があるのです。あの・・・何故分かったのです?」
もしや今の時点ですでにアリアに惹かれてしまったのだろうか。ヒロインちゃん恐るべしなのか!?
ジルは首を傾げると、立ち上がり、そしてシルビアンヌの横に座り直すと耳元で言った。
「女か男かくらい、見たらわかる。それに、完璧に女装できる私だよ?分からないわけないでしょ?」
何故囁くように、耳元で言うのですか!しかも何故そんなに距離を詰めてくるのですか!
シルビアンヌは内心動揺しながらも、そっと距離を取ろうとしたのだが、ジルに手をぎゅっと握られてそれを止められた。
「逃げないで?」
見た目は可愛らしい女の子。だが中身はヤンデレである。
シルビアンヌは冷や汗が出そうになりながら、どうにか引きつる笑顔で言った。
「その、この距離感は、近すぎでは?」
「うーん?ちょっとね、確かめたい事があって。」
顔がだんだんと近くなってきていると思うのは気のせいだろうか。
シルビアンヌはこのピンチをどうやって逃げ出すべきなのかと頭で考えていると、ジルとの顔の間に銀色のお盆が差し入れられた。
「アリア!」
救いの神が降臨した。そうシルビアンヌはほっとすると、アリアがにこにこと冷たい笑顔を顔に張り付けてジルに言った。
「お嬢様に距離が近すぎるのではないでしょうか?」
ジルはにっこりとほほ笑みを返すと言った。
「女同士ですし、いいでしょう?」
「ふふふ。ご冗談を。」
「あら、失礼ね。」
二人はにこにこと笑いあっている姿が、シルビアンヌにはお盆が邪魔して見えない。
ジルは面白そうに目を細めると言った。
「へぇ~やっぱりねぇ。ふふ。面白いね。」
「お話が終わったのであれば、ロト様を呼び戻してもよろしいですか?」
アリアは笑顔を崩さず、ジルはにやりと笑うと頷いた。
「ええ。シルビアンヌ様?もう少し危機感を持たれた方がいいかもしれませんね?」
お盆はアリアの腕の中に戻され、ジルの視線がシルビアンヌを捕える。
シルビアンヌは言われた意味が分からず曖昧に笑みを浮かべると、ジルはくすっと笑って言った。
「どんなに可愛らしく見えようとも、男は男。そんなに無防備だと、いけない男に捕まりますよ?」
シルビアンヌの手を取ると、そっとジルは手の甲に口づけを落としながらそう言った。
あまりに自然な動作であり、シルビアンヌは目を丸くすると、ジルは楽しそうに笑って立ち上がると先ほどの席に戻った。
アリアがお盆を落とす音が響き、シルビアンヌはその音でやっと自分が何をされたのかに気付き、顔を真っ赤に染め上げた。
「可愛らしいですね。」
からかうようなジルに、シルビアンヌは唇を噛むと心の中で毒づいた。
男性が恋愛対象の癖に、ジル様は魔性ですわ!私は知っているから騙されませんが、知らない令嬢方であればひとたまりもなく勘違いし、身の破滅に足を突っ込むところ。
「冗談でも、このような事好意のない相手にしてはいけませんわよ。」
「母様の事を教えて下さったシルビアンヌ様に好意を抱いていないわけないでしょう?」
好意は好意でも、恋愛に繋がらない好意は頂いてもどうにもできない。
シルビアンヌはため息をつくとその後、ロトを呼び戻し、元々の化粧品の話に戻すのであった。
帰り際、やはり攻略対象者。アリアの耳元で何かを囁いており、それにアリアが怒ったような視線を向ける。
ジルは不敵に微笑み、シルビアンヌにウィンクをして帰っていった。
自室に戻り大きくため息をつくと、お湯とタオルを準備して戻ってきたアリアに、ジルに口づけされた手の甲を赤くなるまで擦られた。
「帰り際、何を話していたの?」
「何でもありません。シルビアンヌ様、あのような軽い相手には付け込まれないようにしてください。」
アリアの視線がいつになく厳しく、シルビアンヌは素直に頷いた。
「気を付けるわ。でもアリア。擦り過ぎよ。ちょっと痛いわ。」
「変な菌はしっかり綺麗に拭き取らねばなりません。なので我慢です。」
怪我をしたわけでもないのに、その後ガーゼまで貼られ、シルビアンヌは焼きもちかしらと、出来ればジルとのフラグは立たないでくれと内心願うのであった。
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