ちょっと小話
「なぁなぁ、海、行こうぜ。」
暑い夏の夜、ふいに小次郎が提案する。
「海ぃ?なんでまた、突然?」
夕食の片付けをしていた涼介が聞き返す。
「ホラ、これ、見ろよ。」
と持ってきたのは新聞の折り込みチラシと月刊『釣りに来やがれ!』。
「ん~っと…『第28回 サーフィンコンテスト』?」
「違う、違う。その下だ。」
「その下?…『第1回 輝け!浜辺の水着コンテスト』?」
「そう、それそれ。」
概要はこう。飛び入り参加OKの水着コンテスト。男性部門、女性部門に別れており
優勝者には商品として大型テレビと冷蔵庫が進呈される。
「へぇ~。優勝商品はテレビと冷蔵庫かぁ~。」
涼介が思わず商品を口にする。するとリビングでテレビを見ていたはるかが食い付いてきた。
「えっ?テレビ、もらえるの?」
「優勝するともらえるらしいな。随分と太っ腹だ。」
「で、だ、涼介。テレビはさておき、冷蔵庫、最近ヤバくねぇか?」
大下家の冷蔵庫。4人と1匹の食品を収納するには少し小さい。かといって、大型のものは
さくらが使いにくいだろう、という理由で導入をためらっていた。
さらに10年近く使っているせいか、ここ数日冷えが悪くなってきていた。
「そうなんだよなぁ。明日から二日連休だから電器屋に見に行こうかな、って。」
「な。そこでだ。どうせ買うんならその前にこのコンテストに出てみねぇか?参加費はタダなんだし。」
「でも、優勝できるとは限らねぇぞ?」
チッチッチッ-指を横に動かし、小次郎は続ける。
「商店街のアイドル。一番人気は誰だと思ってる?」
「…?誰だ?そう呼ばれてるのはこの商店街に結構いるぞ?」
「に、…にいさん。たまには掲示板、見た方がいいよ?」
はるかもさすがに呆れる。商店街の掲示板には毎月投票される『貴方が選ぶ商店街のアイドル』という
人気投票の結果がはり出されている。特にこれといった商品はないが、長年続けられているこの街の特色である。
「そ、そうか。…で、誰なんだ?星野さんか?それとも薬局のお姉さん?」
「ん~。なかなか惜しい所を突くな。星野さんは2位、お姉さんは5位だ。」
「ん~。お。じゃあ、はるか?」
振り向いてはるかの方を向く。
「私はここ最近ずぅ~っと3位だよ。」
後頭部をポリポリと掻きながら答える。
「う~~~~む…じゃあ、誰だ?」
真剣に悩みはじめる涼介。
「おいおい、あと1人忘れてるだろ、大事な妹を。」
呆れ返る小次郎とはるか。
「えっ?さくら?」
「うん。さくらがダントツで一番。紗希さんの2倍の得票。」
「に、にばい…」
涼介もさすがにうろたえる。そこに小次郎が更に追い討ちをかける。
「さらに言うと、ここ2年は不動のトップだ。来月には殿堂入りも検討されてるらしいぜ。」
「で、でんどう…いり…」
涼介はもはや開いた口が塞がらない。自分の妹がこの商店街で一番人気、しかも2位の
紗希とは2倍も開きがある、という事に驚きを隠せない。
「お兄ちゃん、明日なんだけど…って、どうしたの?」
3階から降りてきたさくらは、口をあんぐりと開けた兄を見て驚く。
「お…おぉ、さくら。お、お前…人気あるんだな…」
「ふぇっ?」
「人気投票だよ。俺、全然見てなかったから知らなかった。」
「あ、あはは…アレね。」
照れて髪のリボンを指でいじる。
「そういや、何か用事があったんじゃないのか?」
「あっ。うん。あのねお兄ちゃん。明日から連休でしょ?」
「あぁ。それで?」
「実は、紗希さんに遊ぼう、って誘われたから出かけるね。」
「ん、わかった。」
「な、なぬぅ!?」
大きな声を上げてイスからガタタッと立ち上がる小次郎。
この発言にいち早く反応したのは他でもない。
「ど、どうしたんですか小次郎さん?」
「あー。いや、何でもない…よ。しかし…マズいなぁ。」
腕を組み、う~むと唸り出す。
「…どうせ私じゃ優勝できないんでしょ。」
はるかがいじけて部屋の隅でぶぅぶぅと文句を言う。
「バカ。そうじゃねぇよ。見ろよ。」
拗ねるはるかに、もう一冊手にしてきた『釣りに来やがれ!』を見せる。
「ん~?『第一回 輝け!浜辺の水着コンテスト』…って同じじゃない。」
そこには、新聞のチラシと同じコンテストの記事が。
「よく見てみろよ。ホラ、商品の所。」
「ん~?優勝者には大型テレビと冷蔵庫。2位には…お、温泉宿ペア宿泊券!?」
驚いて目をカッ、と見開いて記事を読む。
「さらに3位には…ロードバイク!な、何なの、このコンテスト!!」
「どうだ?このありえない商品の数々!」
そう、このコンテスト。やたら景品が豪華なのだ。
自分の自転車が欲しいはるか。運動が大好きな彼女にとって、ロードバイクはかなり魅力的だ。
確実にゲットするには上位を独占する必要があるが、自分1人では無理な話である。
プルプルと肩を震わせ、雑誌を握りしめると-
「さ、さくらっ!」
「うひゃぁっ!な、なに?」
突然大きな声で呼ばれたので、手に持っていたお煎餅を落としそうになるさくら。
「あ、明日。私も行っていい?」
「え?うん、いいと思うよ。」
「それで、ど、どこ行くの?」
「あ~、え~と…その…」
「決まってないの?」
「そうじゃないけど…」
顔を赤くしてもじもじするさくらと、対照的に目を見開いて興奮するはるか。
「じゃあ、どこ?」
「し…下着屋さん。」
「そのあとは?」
「さ、さぁ…決まってるのはそこまでだから…たぶん、タコヤキ屋さん、かな。」
「海。行かない?」
さくらの肩をガシッと掴み、危機迫る顔でお願いするはるか。
「海?泳ぐの?」
「およが…いや、泳ぐ!うん、泳ぐから水着も買いに行かない?」
「う、うん…いいよ・・?」
「いよっしゃぁ!いくぞー!!」
屈み込んでから全身でガッツポーズをするはるか。
「よしよし・・・あとは3人ぶんのエントリーを済ませれば…勝ったも同然よ・・・フッフッフ…」
その様子を見た小次郎は不敵な笑みを浮かべながらエントリー用紙をコピーしていく。
「危なくないようにな・・・」
三者三様な状態を見ながら深いため息が出る涼介。ソファに座り、スケジュール帳をチェックすると
コンテストの日はビーチライブの日と重なっていた。
「俺はライブがあるから付いて行けないから気を付けてな。」
「えぇ~~・・・兄さん一緒じゃないのかぁ・・・でも仕方ないね。それよりもこっち!」
「頼んだぞ、はるか!お前の誘導に全てがかかっている!」
「任せて!自転車と!」
「冷蔵庫のために!」
ガシッと熱い握手を交わす小次郎とはるか。
こうしたやりとりがあり、いよいよコンテスト当日を迎える---