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森のパスタ屋さん  作者: おあしす
8/10

8話

ザァァァァァ-

8月のこの日は朝から雨が降っていた。さすがにパスタ屋も今日はヒマである。

「結構降るなぁ。今日は夜は休みにするか。」

お客さんが1人もいない店内。する事がなにもない涼介はボォ~っと窓の外を眺めていた。

「しかしヒマだなぁ~。こんな日もあるんだな。」

小次郎も同じように雑誌を読んでいる。時間は昼過ぎ。ランチタイムが終わるとパタっと客足が止まった。

「お兄ちゃん、何かする事ない?」

洗い物を終えたさくらが厨房から出てくる。

「ない。な~んにもすることがない。掃除もしちまったし、備品チェックも終わったし、仕入れの注文も終わったし…」

「ほ、本当にすることないね…」

カウンター席に座り、外を見る。

「「「ヒマだなぁ…」」」

3人が声をそろえる。はるかは学校の文化祭の準備で出かけていた。

「何か弾くか。」

立ち上がり、グランドピアノのカバーを外し、カパっとフタを開ける。

「最近弾いてなかったな。ちょっと拭いておくか。」

専用のクロスで鍵盤を拭いていく。極力音が出ないように優しく。

「さてっと。」

鍵盤を拭き終え、椅子に座る。

「何弾こうかなぁ~。う~ん…」

すぐ隣にある楽譜の棚を眺めながら弾く曲を考えていた。すると

「あっ、お兄ちゃん。お客さんだよ。」

入り口のあたりに人陰が見えた。青いカサを畳んでいる。カランカラン、といつものベルの音が鳴る。

「いらっしゃいませ。…あっ、紗希さん。」

「こんにちわ。お店がヒマだったので来ちゃいました。」

傘立てにカサを立てて、本当にひょっこりという表現がピッタリな感じで紗希が来店した。

「丁度よかったぁ。見ての通りガラガラで…」

「今日はどこもそうみたいね。」

はい、とタオルを渡す。雨に濡れた長い髪を拭いていく。

「いらっしゃいませ、星野さん。」

ピアノから離れ、紗希の近くに来る。

「あっ。どうも、お邪魔します。」

いい加減慣れてきたのか、以前ほど緊張はしなくなってきた。

「お昼ごはん、まだだったんで注文していいですか?」

「はい。何にしましょう?」

小次郎にメニューを持ってこさせ、紗希に渡す。

「う~ん。じゃ、今日はカルボナーラにします。」

「はい。じゃ、ちょっと待っててください。」

と涼介は厨房に向かう。さくらも追うが、特にすることもないから、と涼介に止められる。

「あ、ピアノだ。さくらちゃん弾いてたの?」

ふと目についたピアノの上に楽譜が乗っていたのに気付き、さくらに尋ねる。

「えっ?あぁ、さっきお兄ちゃんがひ…」

「お兄さんが?弾けるの?」

「いや、その、ひ、ヒマだから掃除でもするか、ってゴソゴソやってたみたい。」

やばっ、そう思ったさくらは何とかごまかそうと頑張った。

「へぇ~。そうなんだ。」

何とかごまかせたようだ。ほっ、と一安心。

「ねぇねぇさくらちゃん、何か弾いてよ?」

と、突然にリクエストされる。

「いいですよ。何がいいですか。」

怪しまれないようにここは弾く事にした。紗希はう~ん、と唸った後、

「じゃあ、HIGHWINDの曲。」

と言った。思わずえっ、と固まった。

「ええっ!?む、無理ですよぉ。楽譜もないし、あってもすごく難しいだろうし…」

涼介が防音室で練習しているのを何度か見た事ある。その際に楽譜もいつくか貰った。

何度か挑戦してみたが、楽譜を読むのだけで一苦労した。左手と右手のリズムが複雑に絡み過ぎて

どこがどうなってるのか全く分からなかった。手のポジションさえ分からない。

それを弾いて、なんて恐ろしい事を…

「う~ん。無理かぁ。じゃあ、去年の文化祭で弾いてたやつ。」

「あっ。それなら大丈夫ですよ。」

曲の変更にほっとしてピアノの前に座る。去年の文化祭で演奏したのは『戦場のメリークリスマス』。

本来はピアノとチェロとバイオリンの曲だが、ピアノのみのアレンジもある。

やさしく、はかなく、力強く-そんな思いを込めて弾いていく。

「はい、お待たせです。」

「あっ、ありがとう。」

カルボナーラをテーブルに置く。

「去年練習してたやつだ。」

「えぇ。文化祭で弾いてました。」

ミスタッチする事なく、表現したい事をダイレクトにピアノにぶつけていく。

はぁ~、と紗希は聞き惚れていた。涼介はピアノの先生のような顔つきで真剣に聞いていた。

演奏が終わり、ほぅ、と一息つくとパチパチパチ-と拍手が送られた。

「うまくなったな。」

「えっ!?お、お兄ちゃん聞いてたの?は、恥ずかしいなぁ。」

「何いってんだよ。もう母さんよりうまくなったんじゃないか?まぁ、親父には程遠いが…」

涼介の母親はチェリストだ。ピアノは専門ではなかったが、さくらにいつも教えていた。

父親は鍵盤のスペシャリスト。とてもじゃないが涼介でも足下にも及ばなかった。

「本当?お母さん、喜んでくれるかな?」

「あぁ。きっと喜んでくれるさ。」

上機嫌になったさくらは続けて今年の文化祭で演奏する予定の曲を弾きはじめた。

今年はenergy flow。ゆったりとして落ち着いた曲。

さわりだけ聞いた涼介はうん、と頷いて厨房へ戻っていった。

カルボナーラを食べ終えた紗希はピアノに向かうさくらの背中を見て

『はぁ。リョウさんだってやっぱり音楽がわかる人のほうが好きだよね。でも私は何も楽器できないし…』

というような事を考えていた。そこへさくらが戻ってくる。

「どうしたんですか紗希さん?何か心ここにあらず、って感じですけど。」

「えっ?あ、あぁ。ちょっと考え事。ねぇさくらちゃん、ちょっと聞いていい?」

「?はい、いいですよ。」

同じテーブルにつく。

「あのね、やっぱりさくらちゃんはおつき合いするなら音楽が分かる人、っていうか楽器のできる人がいい?」

「えっ?ま、また突然ですね。急にどうしたんですか?」

色恋沙汰には疎かった紗希からそんな話が出てきたので焦る。紗希は同性異性問わずにもてるのだが

あまりにも美人なので近寄りがたい、と皆思っている。実際は気さくないいお姉さんなのに-

そのためか、いまひとつ恋愛の話が出てこない。ラブレターは貰うのだが、量が凄いので結局読んでない。

「う~ん。楽器ができる人ってやっぱり同じように何かできる人がいいのかなぁ、って。」

「そ、そうですね。私はあまり気にしませんよ。だって…だし…」

最後のほうは声が小さくて聞き取れなかった。

「そうなんだ。う~ん。」

「ひょっとして紗希さん、演奏家のどなたかを…」

「えっ?あ、いや、その…まぁ、そうなんだけど。」

「へぇ~っ。」

顔を真っ赤にしながら答える。

「で、ね。私、音楽よく分からなくて。それで、楽器とかできたほうがその人に近付けるかな、って。」

「う~ん。それは…どうなんだろう?でも、楽器や音楽の事とか分かってる人なら打ち解ける事もできると思いますよ。」

「だよねぇ~。はぁ~。今から何かやろうかなぁ~。」

ぼぉ~っと外を眺める。相変わらず雨は降り続いている。

「あっ、それなら丁度いいのがありますよ。ホラ。」

と、回覧板を持ってくる。そこには『吹奏楽団シャングリラ、団員募集中!』と書かれていた。

「『初心者大歓迎!楽器が出来なくても大丈夫!!これから音楽、始めてみませんか?』って。」

触れ込みを読み上げる。

「へっ?そんなのあるんだ?知らなかったぁ。よし、早速行ってみよう!」

連絡先をメモすると、一目散に帰っていく。

「紗希さんって、猪突猛進タイプなのかなぁ?」

ポツン、と残されたさくらはそう思った。


家に帰りつくなり早速電話をかける。

プルルル-ガチャ。

「はい、もしもし。」

電話に出たのはやさしそうな女性だった。

「あ、あのっ。団員募集、ってのを見て…」

「あぁ。はいはい。じゃ、早速今夜女子高の体育館に来てください。あ、お名前は?」

「は、はい。星野です。」

「はい。じゃあ星野さん、7時に学校ね。」

「は、はい。」

あまりに唐突に決まったので呆気にとられたが、まずは第一歩を踏み出した事に喜びを感じる。

「よっし!がんばるぞ!」

1人、部屋で気合いを入れる紗希。それを見た母親は

「だ、大丈夫なのかなぁ…」

と、心底心配した。


約束の夜7時。

かつて通っていた森の前女子高校の校門に紗希は立っていた。

「き、緊張するなぁ。」

通い慣れた道も、今は全く別の道に感じられる。体育館の前に行くと、中から光がもれていた。

そこからはいろんな楽器の音が溢れていた。

「すぅぅぅ~~~っ。はぁぁぁ~~~っ。…よし!」

深呼吸した後、体育館に入る。ガラガラ、とドアが開く音に中にいた人たちがこっちを見る。

「あ、あのっ。」

一斉に注目されたことで一気に緊張がピークに達してしまい、しどろもどろになる。が-

「なぁ、あ、アレって商店街のアイドルじゃないの?」

「そうだよ、花屋のお嬢だよ。な、なんで?」

団員たちも逆に驚く。なんでこんな所にアイドルが?といわんばかりに。そこへ

「あっ。星野さんって…ま、まさか姫さまが新入り?」

電話に出た女性が大きな声を上げる。紗希に近付き、改めて聞く。

「えぇと、姫…じゃなかった。ほ、星野さん。あなたが電話をくれた…」

「は、はい。星野紗希です。」

「じゃ、あなたが新しく加入してくれるのね?」

「は、はい。」

団員から歓声が上がる。

「やったぁ~。新入りが増えたぁ~!」

「しかも姫さまよ!これはニュースよ、ニュース!あぁ~。」

当の本人をよそに団員は大はしゃぎ。

「あ~、まぁ、アレは放っておいて。で、星野さん。何か楽器はできる?」

一応落ち着きを取り戻した団長が質問を続ける。

「い、いえ。何もできません。」

「う~ん。じゃあやってみたいのとかある?…っていうか是非パーカッションをやって欲しいんだけど。」

「パーカッション?」

音楽の知識がほぼ皆無な紗希には何の事だかさっぱりであった。

「平たくいえば打楽器の事ね。実は私1人しかいなくて。」

「そ、そうなんですか。だったら私…」

「「「「ちょっと待ったぁぁぁぁぁっっっっっ!!!」」」

そうします、と言い切る前に何人かが遮った。

「ほ、星野さん!と、トランペットはいかがですか?」

「いや、彼女のイメージはやっぱりフルートでしょ!」

「何を言うか!男のロマンはクラリネットだっ!」

などと、大学のサークルが新入生を勧誘しているような状態になってきた。

「姫、お嬢様といえばピアノだろう!」

「ピアノなんてほとんど使う事ないじゃない!ここはホルンの魅力で…」

「ホルンなんてただのカタツムリじゃねぇか!それよりもいちばん大きなチューバだろっ!」

もはやとどまる事を知らない暴走機関車のようである。紗希はもうあっちへひっぱられ、こっちへひっぱられ

ボロボロになってきた。

「あぅぅぅっ…楽器って、大変なのね…」

それは断じて違うぞ。


30分後、ようやく収まった。結局、最初の提案どおりパーカッションにおさまる。

「はい、じゃあ改めて自己紹介…はいいわね。それじゃ各パートに別れて練習してください。」

ゾロゾロ、とパートに別れていく。パーカッションはステージの上だった。

「それじゃあ、今日はどのくらい音楽が分かってるか質問するね。」

「は、はい。」

「じゃ、まずは。楽譜、読める?ああ、特殊なドラム譜とかじゃなくて、普通のピアノの譜とかね。」

「ええっと。順番に数えていいのなら読めますけど。」

「おおっ。なら大丈夫だね。じゃ、次は…はい、コレ。」

と、ドラムスティックを渡す。

「バチ、ですか?」

「ば、バチって。これはドラムスティック。まぁ、バチでもいいけど。」

「で、これをどうするんですか?」

「リズム感のテスト~。さ、メトロノームに合わせてコレを叩いて。」

机に置かれた基本練習用の木の板を指す。その前に紗希が立つ。

カツ、カツ、カツ…とメトロノームがインテンポでクリック音を出す。

「さ、どうぞ。」

カツ、ぺち、カツ、ぺち。

見事に半拍ズレた。

「むむっ。綺麗に半分ずれてるね。ある種の才能だよ。」

と笑いながらもずれてる部分を指摘しながら修正していく。この日は1日この練習だけだった。

「じゃ、お疲れ様でした。」

練習を終え、帰宅した後すぐにお風呂へ。

「はぁ~。慣れない事すると疲れるなぁ。」

湯舟につかりながら今日の出来事を思い返す。

「結構難しいけど、何とかなるよね。うん、明日から頑張ろう!」

この日は疲れからかすぐに眠りについた。


次の練習の後。

「は~い。じゃあ来週の定期演奏会について打ち合わせしま~す。」

「えっ!?ら、来週?」

突然はじまる打ち合わせ。元から決まっていた演奏会だが、前回から加入の紗希には突然の出来事だ。

「え~っと。日付けは来週の日曜日。場所はココ。曲目は今練習してもらってるやつね。朝は7時に集合。」

「持ってくるのは楽器と楽譜と団員服ね。あ、星野さんのは私が持ってくるから心配しないで。後でサイズ教えてね。」

「は、はい。…って私も出るんですか?」

自分は関係ないかな、と思っていた矢先の出来事。びっくりして大きな声を上げてしまう。

「もっちろんよ。あ、でもバスドラ4発だけだから安心して。」

「そ、そうなんですか?」

「うんうん。それに、貴方が来るとたぶん次回からのお客さんが増えるわ。だから、ね。お願い。」

「わ、わかりました。」

4発だけなら何とかなる、そう思った。

「それじゃあ、今日の打ち合わせは終わりかな。じゃあ解散~。」



で、いよいよ本番。

「はぁ~。入っていきなり演奏会かぁ。」

高校の校門には『本校定期演奏会』の看板が立っていた。

「あっ、星野さん。こっちですよ。」

団長が校門前に立っていた紗希を呼ぶ。

「はい、コレ団員服。更衣室で着替えてきてね。」

「わかりました。」

団員たちは既に着替えているらしく、皆カッターもしくはブラウスにパンツだった。

更衣室に向かい、開いているロッカーを見つける。

着てきた白のブラウスとジーンズから、皆と同じ服に着替える-はずだった。

「…あれ?スカート?でもみんなパンツだったような…」

渡された服にはパンツではなく膝丈ほどのスカートが。でも渡されたのでとりあえず着替える。

もちろん、これは団長の陰謀である。ちなみに団長は女性である。

「お待たせしました。」

団員の待っている所へ行くとそこでは-

「んなっ!?」

「か、かわえぇ…」

何人かの男性団員が倒れていた。

「おーおー。やっぱりスカートだねぇ。うんうん。私は間違ってなかったよ。」

後ろから団長がにひひ、と笑いを浮かべている。女性の団員も

「はぁ~。やっぱり素材が違うとこうまで差が出るのかねぇ。」

「足細くて長くてキレイ~。うらやましいなぁ~。」

といった声がちらほらと聞こえる。そんなみんなに紗希は

「あ、あの。その、なんというか。ありがとうございます。でも、ひとりだけスカートっていうのは…恥ずかしいなぁ。」

と膝を合わせてモジモジとしながら下を向き顔を赤らめる。そんな仕草をしたら-

「も、もぇ…ぐべらっ…」

また新たに何人かの団員が昇天。何もしなくても破壊力抜群の兵器の誕生でもあった。

「あ~。はいはい。そろそろ正気に戻ろうね。じゃ、今日の演奏だけど…」

パンパン、と団長が手を鳴らす。


その頃、涼介、小次郎、はるかの3人は会場のホールに来ていた。

もちろん、さくらが所属している管弦楽団の演奏を聞くためである。

珍しくジョン、ジョージも来ていた。

2人の周りにはファンが集まり、サイン攻めを受けていた。

「さて、この辺で見ようか。」

5人が並んで座る。小次郎も端正な顔だちをしているので5人の美男美女が並んで座る光景は

周囲に威圧感さえ放っていた。そのためか、誰もが遠慮して近くに座らない。

ブーッ。

「ただいまより、定期演奏会をはじめます。」

そうアナウンスがあった後、緞帳が上がり、吹奏楽部が入場して来た。

「おっ。はじまんのか。」

「そういえばこういうのに来るのって久しぶりだね。」

ジョンとジョージが珍しくはしゃぐ。その隣に座っていた涼介は

「さて、今回は何も教えてないからな。どんな弾き方するんだろ。」

と、さくらの成長の成果を待ち望んでいた。そんな3人の様子を

「やれやれ。これだからプレイヤーってのは…」

と妙に冷静になっていた。そんな中、演奏がはじまる。

「へぇ。ラフマニノフのピアノ協奏曲かぁ。渋い所持ってくるなぁ。」

さくらはピンスポライトを浴びながら力強く、優しい旋律を奏でていく。早く、時に優雅に。

「うん。さくらも自分のピアノの方向性を見つけたみたいだ。」

涼介はそうして大きくなったさくらを見てうん、と大きく頷いた。

そうして1曲目が終わる。会場からは割れんばかりの拍手が起こる。

次の曲はピアノは使用されないらしく、片付けられた。

「お、ピアノはもう終わりかぁ。って事はもうさくらちゃんは出ないのか。」

次に流れてきたのはホルストのジュピター。

「…誰だ?選曲したやつは。流れがさっぱり分からん。」

ジョンがぶぅ、と不満をもらす。

「まぁまぁジョン。これはこれでいい曲だよ。」

そんなジョンを長年一緒のジョージがなだめる。

そうしていると管弦楽団の演奏は全て終わった。いよいよ紗希たちの出番である。

「そういや、この後って町内会の吹奏楽団だよね。」

プログラムをみながらはるかが小次郎に尋ねる。すると後ろから

「そうだよ。」

とさくらが現れる。

「あっ、さくらぁ。よかったよぉ。あいかわらずワケ分かんない手の動きだったけど。」

「あ、ありがとう。…っていうかそれ、誉めてくれてるの?」

微妙な言い回しにさくらも困惑する。

「続きまして、吹奏楽団シャングリラの定期演奏会に移りたいと思います。」

アナウンスの後、団員が入場してくる。


「すぅ~っ。はぁ~っ。」

紗希の緊張は極限に達していた。

「はいはいリラックス、リラックス。そんなんじゃダメよ。」

団長が肩を揉む。

「は、はい。で、でもやっぱり緊張しますよ。」

うー、と唸る。

「まぁ、何とかなるって。さ、行こう。」

団員たちに続いて入場していく。紗希がステージに現れた瞬間、会場から歓声が起こる。


「お、おい、あれって星野さんじゃないのか?」

いち早く5人の中で気付いたのはジョンだった。

「えぇっ!?ほ、ホントだ。で、でもなんで?」

事情を知らない5人は頭の中に?マークが飛び交っていた。

「で、でもなんで1人だけスカートなんだ?あれじゃ目立つぜ?」

素朴な疑問が小次郎に浮かぶ。それもつかの間、すぐにニヤリと答えを思い付く。

そんな中、演奏が始まる。曲目はラデツキー行進曲の吹奏楽アレンジだった。

「星野さん、動かないな。休みパート長いんだな。」

「ありゃあ、休んでる、というより…」

「アタマ真っ白で燃え尽きちまってるな、ありゃあ。」

微動だにしない紗希を見た涼介はそれを見るなり苦笑いを浮かべる。

「ほ、ほしのさん…そりゃあダメですよぉ。」

「あっちゃあ~。ガチガチで見事に浮いてますなぁ。」

小次郎もナハハ、と笑うしかなかった。


『ひ~ん。手足が動かないよぉ。』

ステージ上の紗希は本当に固まったお人形だった。目の前に広がる大観衆を前に、一気に記憶が飛んでしまう。

そのままガチガチのままバスドラを叩くのでうまく音も響かず、結果はさんざんだった。

こうして紗希のはじめての演奏会は見事に失敗に終わってしまった。


「はい、今日はおつかれー。」

打ち上げが始まるも、紗希はシュン、とへこんだままだった。

「ほ、ほしのさん。そんなに落ち込まないで。何も人生コレで終わりじゃないんだから。」

団員がなぐさめに来てくれる。

「は、はい。そうですね。」

そうは言うものの、しばらくトラウマになりそうな予感がしていた。

「はぁ。どうにか緊張してても手足が勝手に動いてくれるくらい練習しなきゃなぁ。」

そう決意する。が、練習場所がない。でも、次の演奏会はすぐには来ないだろう、と猛練習を誓うのだった。


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