6話
蝉が本格的に合唱をはじめた7月の下旬。
パスタ店はいつも以上に行列ができていた。というのも…
「いらっしゃいませ~。」
長い金髪を風になびかせながらはるかが店先で接客を。
「こちらへどうぞ。」
青いリボンで髪をまとめたさくらが店内で手際良く料理を運ぶ。そう、妹2人が働いているのだ。
学校は既に夏休み。補習を何とか受けずに済んだはるかと、何も問題なかったさくら。
せっかくの休みだが、特にする事があるわけではなかったので、毎年店で働いている。
むしろ、兄の涼介と一緒にいたいので進んで手伝いをしているのは言うまでもない。
「さくら~。カウンターは何人分空いてる?」
外で接客していたはるかが空席の確認で店内に顔を出す。
「え~っと。3席空いてるよ。」
料理を運びながら答えるさくら。その手にはナポリタンが乗っていた。
「オッケー。お客さま、カウンターでよろしければ空いておりますが。よろしいですか?では、どうぞ。」
手際良く中へ案内するはるか。それを見たさくらがカウンターの席へ誘導する。
一方テーブル席では、小次郎がワインのコルクを抜いていた。
「どうぞ。」
テイスティングの為に男性のグラスに少し注ぐ。男性はこれでOK、と返事をする。
その返事の後、2人のグラスにワインを注ぎ、キーパーに入れて接客を終えた。
テーブルを離れるとすぐに次のワインを探しに倉庫に走る小次郎。その頃、厨房では。
「お兄ちゃん、ナポリタンのランチセットが3つだよ。」
さくらがオーダーを厨房にいる涼介に伝えていた。
「わかった。」
そう返事した後、予測して茹でていた麺を使い、手際良くナポリタンを仕上げていく。
「兄さん、オーダーだよ。えっと…」
はるかもオーダーを伝えるために中に入ってきた。
「わ、わかった。」
負けじと先に通ったナポリタンを皿に盛っていく。
「お~い涼介、追加オーダーで…」
小次郎もオーダーを取ってきたらしく、手に持ったメモを読み上げる。
「よ、よし。次は…」
ナポリタンをさくらに渡し、次の料理にとりかかる。すると…
「お兄ちゃん、追加だよ。えっと…」
と、すぐにさくらが次のオーダーをとってきた。
「ま、負けねぇ…」
今日もパスタ店は大繁盛であった。
そんなある日-
いつものように店先で開店準備をしていた涼介に、マイクを持ったレポーターがやって来た。
「すいません。あの~、ちょっといいですか?」
突然話し掛けられたが、気さくに返事をする。
「はい、何でしょう?」
「あのですね、今、お昼にやってる番組で『突入!近所の昼ゴハン!!』というのをやってまして…」
と言いながら資料を涼介に手渡す。そこにはこう書かれていた。
「その街の人気のランチを紹介していくグルメ番組、ですか。」
「はい。で、この森の前商店街で一番人気のこの『森のパスタ屋さん』を取り上げさせていただこうかと思いまして…」
涼介は少し考えた後。もしかしたらいい宣伝になるかもしれない。が、自分だけで捌けるのだろうか、と。
「いかがでしょう?取材、OKもらえませんか?」
マイクを持った女性アナウンサーが両手を合わせてお願いしてきた。そこへ小次郎が看板を持って表れた。
「お?カメラ?何?取材?涼介?」
「ん?ああ。『突撃、近所の昼ごはん』だっけ?どうしよっかなぁ~、と思って。」
「突撃じゃなくて突入だろ?受けろよぉ。いいチャンスだぜ?宣伝にもなるし。」
「う~ん。まぁ、いいかぁ。やってみるか。」
と、OKを出した。
「ありがとうございます!ではまず、このテーブルの花について、なんですが。」
と、いきなり取材が始まった。涼介も小次郎もさすがに少し焦った。
「い、いきなりですか…えっと、この花は毎日『フラワーショップ ホシノ』で仕入れてます。」
「あぁ、商店街のアイドルの星野 紗希さんのいるお店ですね?」
紗希の名前が出た瞬間、涼介の顔がみるみる赤くなっていく。
「え、えぇ。ま、まぁ、そうでそ。」
しどろもどろになりながらも答える。
「そうだったんですか。では…」
数日後-
「さて、今日がオンエアの日らしいけど…」
涼介は落ち着かない様子でリビングのテレビを見ていた。
「まぁ落ち着いて見てみようぜ。」
小次郎がルリを連れてリビングに入ってきた。
「今できる事はおとなしくテレビを見る事だけだニャ。」
いつものお気に入りのソファの上に寝そべり、伸びをするルリ。言葉は発するが所詮はネコ。すぐに丸くなる。
「兄さん、今日放送されるの?見るの?」
階段からはるかが顔だけ出して涼介に尋ねた。
「そりゃあ、見るよ。どんな風に紹介されるのか、とか気になるし…」
「そうだよね。私も見るよ。さくらは見ないのかな?おーい、さくらぁ…」
<さくらのへや>と青色で書かれたプレートのかかってる部屋のドアをノックする。すると中から
「はーい」
と元気な返事の後、さくらが顔を出した。
「今日、お店がテレビで紹介されるんだけど、一緒に見ない?」
「あっ、今日だったんだ。うん、見ようよ。」
と妹2人もリビングに降りてきた。
「んじゃ、みんなで見るか。さて、どんな感じなんだろ?」
「あ、私、お茶煎れてくるね。みんな何がいい?」
とさくらが気を利かせる。
「私、緑茶がいい!う~んと渋いやつ!」
「はるかちゃんはしぶ~い緑茶、っと。」
「俺はココアがいい。うんと甘いやつを。」
「小次郎さんはココア。うんと甘いやつ、っと。」
「ニャはホットミルクがいいニャ。」
「ルリちゃんホットミルク。お兄ちゃんは?」
「コーヒー。ブラックで。」
「結局みんないつもと同じなんだね。あ、お茶請けは何にしようか?」
少し皆それぞれ考え、各々思うものを答えた。
「ドラ焼きとお煎餅がいいな。」
「イチゴジャムとクラッカーがいいニャ。」
「エクレアとガトーショコラ。」
それぞれはるか、ルリ、小次郎である。
「贅沢いいやがって。特に小次郎、少しは遠慮しろ。ふたつとも店のメニューじゃないか。」
涼介は頭を抱えて下を向く。
「あ、あははは…すぐ用意するね。」
パタパタ、と足音を残してキッチンに移動していった。
「で、だ。もしヘボい内容だったらどうする?」
小次郎が雑誌を読みながら切り出した。読んでいるのは拳銃のカタログである。
「別にヘボくてもいいよ。どんな所に目を付けてるか、ってのが知りたいんだ。」
ビデオをセットしながら涼介が答えた。何度も見ようという魂胆が丸見えである。
「あ~。まだかな~。はやくぅ~。」
はるかは体をウズウズさせて、両足をパタパタと振っていた。
「はしたないからやめるニャ。スカートでそんなに足パタパタさせると白いパンツが丸見えだニャ。」
向かいで丸くなってたルリがため息をつきながら注意する。
「別にいいじゃん。ルリにしか見えてないんだし。」
そういいながらパタパタするのをやめない。それどころか、手を後ろについてより大きくパタパタしだす始末。
おいおい-と新聞を読んでいた涼介から苦笑いが聞こえる。小次郎もははは…と笑うしかなかった。
そこへさくらがお茶を運んできた。
「はい、お待たせ。…って!はるかちゃん!!そんなに足パタパタさせたら…」
同じ事で2度怒られるはるか。さくらは特に厳しく怒る。まるで母親のように-
「突入!近所のひるごはん!」
「お、はじまったか。」
テレビからこの声が聞こえてきた。
「本日御紹介しますお店は、みなさん、お待たせしました!今日はあの『森のパスタ屋さん』です!」
「そうなんですねぇ。みなさんの要望も多かったあのお店です。御期待ください。」
画面には、取材に来ていたアナウンサーらしき女性と、もうひとり体格のいい男性が座っていた。
どうやらこの2人で番組は進行していくようだ。
「本日も、わたくしハラグロこと原田黒子と。」
「米沢啓介、略してヨネスケがお送りいたします。」
テレビは一旦CMに入った。
「は、ハラグロに、ヨネスケ?なんちゅうネーミングセンスだ…」
小次郎があっけにとられる。はるかも持っていたドラ焼きを落としそうになり、ルリも固まっていた。
「な、なぁ。もしかして、やっちゃった、俺?」
不安げにみんなに訪ねる涼介。全身から冷や汗が出ているのが分かる。
「ま、まぁ。キャスターよりも内容だよ、内容。」
小次郎が落ち込んでいる涼介の肩に手をやって声をかける。その顔は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。
CMが終わり、いよいよ店の紹介VTRが再生される。
「あっ、お兄ちゃん、始まるよ。」
さくらがどうにか元気になってもらおうと明るく勤める。
「お、おう。どれ…」
皆が気を取り直して画面を見つめる。が、現れたレポーターの第一声が-
「みなさんこんにちわ。ハラグロです。」
だった。が、開き直った4人と一匹は動じなかった。
「今日、突入しますお店はこちらっ!『森のパスタ屋さん』です!大人気のこのお店、早速行ってみましょう!」
マイクを持ったハラグロさんが店に突撃していく。入り口に立っていた涼介にロックオン。
「はい、こちらが弱冠24歳にしてこの店のオーナー、大下涼介さんです。」
「ど、どうも。こんにちわ、みなさん。オーナーの大下です。」
緊張しながらもペコリとお辞儀をする。
「では、早速ですが質問がありまして。若い女性だけでなく、男性のお客さまも多いですね。」
「そうですね。老若男女問わずいろんな方に御贔屓にしていただいてます。」
「ほぉほぉ。」
ハラグロが適度に相打ちを入れる。
「季節に合わせて旬のものを取り入れたり、珍しいものが入ったら数量限定のメニューを出したり、と工夫しています。」
「数量限定、ですか。例えば今までどんなのを?」
「え~っと…ウニ、甘エビ、大きいハマグリ、とかですね。」
「うに、ですか。豪華ですね。」
ヨダレが出そうなのを必死にこらえながらインタビューを続けるハラグロ。
「えぇ。あの時は一瞬で売り切れましたね。あ、ハマグリは結構手に入る確率が高いので、準メニューですね。」
「は、はまぐり…具体的にはどんなメニューに?」
「ハマグリは生姜の風味をつけて和風に仕上げてます。これは、オヤジが得意だったんですよ。」
「お、おいしそうだぁ…」
半分涙目になっているハラグロ。どうやら本当におなかがすいているようだ。
「では、店内へどうぞ。」
と、涼介が店内へ案内していく。すると-
「CMの後、驚愕の事実が我々に告げられる!そこでハラグロが見た光景とはっ!?」
というベタベタなナレーションが入り、CMに変わった。
「…なぁ。この後ってあのハラグロが食べて終わりじゃなかったっけ?」
小次郎が撮影した時の事を思い出しながら話す。
「あぁ。後は店内を撮ったり、さくらとはるか、お前や他のバイトの子を撮っただけだよなぁ。」
涼介もうんうん唸りながら思い出す。
「別に驚愕の事実、なんて大袈裟なものはないよなぁ。」
う~ん、と男2人が悩んでいると、番組が再開された。
「では、店内はどうなっているのでしょうか?ちょっと、楽しみです。」
ハラグロと共に店に入る。すると-
「いらっしゃいませー。」
普段は忙しく動き回っているウェイトレスが、集まって出迎えた。
「こ、こちらはみんなウェイトレスさんですか?」
さすがのハラグロも、少しうろたえたようだ。目が泳いでいる。
「えぇ。みんなアルバイトですが、忙しい中よく働いてくれます。店のカガミですね。」
「むむっ。噂には聞いていましたが、やはりキレイどころが多いですね。では、ハラグロチェック!」
と、ここで画面が切り替わった。そこに映し出されたものを見て、思わず4人と一匹は同時に
「んなっ!?」
と声を上げた。映し出されたのは、まるでアイドルのプロモーションビデオのように撮影されたさくらと
はるかだった。ナレーションも入る。
「おおっと!?これはまさに極上のきれいどころ!まさにアイドルの名にふさわしい!金髪の彼女は
大下はるかさん。リボンがトレードマークの彼女は大下さくらさん。2人とも、オーナーの妹さんだそうです。
はぇ~。美しいですねぇ。そういえばオーナーもイケメンですからねぇ。まさに理想の兄妹ですねぇ。」
カメラに向かってピースサインをしたり、手を振ったりしているはるか。はずかしそうにニコっと笑ったり
花に水をやったりしているさくら。2人が仲良く話をしている場面など、見ているほうが恥ずかしくなるような
演出が加わっていた。まわりにキラキラと光る星が輝いていたり、淡い光が当たっていたり-
「な、なんじゃこりゃあ?」
思わず涼介が声を上げる。
「は、はずかしいよぉ!こんなの!!」
「うわぁ…コレはちょっと、キツイなぁ。」
妹2人も恥ずかしがる。が、コレはテレビ放送。もう電波を受信できる地域の方々には包み隠さずお届けである。
高沢総合病院では、ベンベンが奇声をあげていたそうな。
「では、本日のオススメのパスタをお願いします。」
アイドルプロモーションのような映像から、店内の映像へ切り替わった。
「はい、本日はトマトとモモの冷製パスタです。」
と、テーブルにガラス製の皿に盛り付けられたパスタを運んでくる。スパゲティの上には
デザートのように美しいモモとトマトが涼しそうに乗っている。バジルとミントがアクセントとして
その周りに散りばめられている。それを見たハラグロレポーターは-
「おおっと運ばれてきましたこのメニュー、トマトとモモという普段では全く考えもつかない組み合わせであります。
一見、大胆に盛り付けられた中には丁寧にカッティングされたモモが光り輝いております。
はたまた、フルーツのようにみずみずしいトマトもその存在感はバッチリであります。
周りに咲くミントとバジルの草原はまさに夏の高原を思わせるようだ。
さぁ、その芸術とも言えるこのパスタ、まずは麺をからめとり、一気に口の中へ投入!」
と、まるで競馬のような実況をしながら一口目を食べた。
「…おいしぃぃぃぃっっっ!!この暑い夏にはもってこいのメニューですね!」
そう叫んだ後、一気に食べてしまった。
「…」
画面の涼介も、テレビを見ている涼介も、その食べっぷりに固まってしまっていた。
「いやぁ~、おいしかったです。まさにこの夏はこのパスタできまりっ!!ですね。」
と、ここで番組が終了。
「あ~。まぁ、あのパスタの宣伝にはなった、かなぁ。」
反省会のようにどんよりとしたリビングで、涼介が口を開いた。
「そ、そうだな。それでヨシ、としとこう。さぁ、明日から頑張ろうぜ。な?涼介?」
小次郎がなぐさめる。
「あぁ。そうだな。よし!がんばるか!」
翌日-
「お兄ちゃん!大変だよ!」
さくらが大慌てで厨房に来る。そこでは涼介が仕込みをしていた。
「どうした?何かあったのか?」
「何か、なんてノンキな事言わないでよぉ!とにかく、大変なの!」
「えっ?ど、どういう事だ?」
涼介が頭に?マークを浮かべていると-
「おい涼介!店の前にすごい行列ができてるぞ!」
小次郎も厨房に走り込んできた。
「なにぃ!どのくらいだ?」
「ざっと見た限りでは2、30人。」
「2、30人だってぇ?ど、どうして?まだ開店前だぞ?」
店の外には、今か今かと並んでいる人で溢れ返っていた。
「た、大変だ…」
「どうするの、お兄ちゃん?」
「う~ん。さくら、お前は今日は厨房の手伝い。小次郎とはるかはフロアだ。」
「そ、それでも回るのか?」
「やってみるしかない。さぁ、開けるぞ!」
涼介は気合いを入れて開店する。人の波が一気に店内へ-
2時間後-
「あ、ありがとう、ございましたぁ…きゅう」
最後の、正確には在庫切れで作れる物がなくなった-お客の会計をすませたはるかがテーブルに張り付く。
「こ、こじろう、さくらぁ…いきてるかぁ?」
「うぉ、な、何とか命だけはあるぜ。」
「お、おにいちゃん、だ、だいじょうぶ?」
3人は床に寝転んでいた。いつもの3倍以上の忙しさ、それもこれも昨日の番組のおかげである。が…
「い、いそがしいのはいいんだが、在庫切れってのは情けない…」
「で、でもミニにはこれ以上乗らないんだろ?どうするんだ?」
少しずつ復活していくうちに、問題点の話し合いが始まる。
「やっぱ、配達してもらうしかないなぁ。」
「そうだな。八百屋と肉屋に電話しよう。おぉ~い、ルリ~。」
ネコのルリを呼ぶ。ルリも電話対応で疲れ果てて受話器の隣で伸びていた。
「電話、しとくニャ。」
生気のない返事を小次郎に返す。と、突然ドアが開き、ベルがカランカラン、と鳴った。
「あの~…ってみなさん、大丈夫ですか?」
「さ、紗希さん?」
訪れたのは紗希だった。お昼ごはんを食べにきたのであるが、4人がグロッキー状態だったのを見ると心配になった。
「な、何かあったんですか?すごくお疲れのようですけど。」
「きょ、きょう、やけに、いそがしくて。もう、在庫切れで…」
涼介は緊張しているのと疲れきっているのでいつも以上にろれつが回らない。
「そうですか。残念だな。ごはん食べに来たのに…」
「ご、ごはんですかっ!す、すぐ作りますよっ!」
突然元気になる涼介。ごはん、というフレーズに反応したのだ。
「あ、いえ、何も残ってないんでしょう?」
「とんでもない!何かあるはずです。まっててください!」
ばひゅーん、と厨房に走っていく。
「おぉーい。俺たちのメシも…」
小次郎が厨房に声をかける。
「わかってるって。少し休んだらテーブルに座ってろ。」
そうして30分後には、即興で作ったえびとマカロニのグラタンがテーブルに乗せられていた。
「お前、夏にグラタンはないだろ?…あつっ!」
「しょうがないだろ?エビとマカロニとチーズしかなかったんだし。…あちち。」
いつもより多い5人で遅い昼食をはじめる。
「でも、おいしいよお兄ちゃん。」
「うん。兄さんが作ってくれるものは何でもおいしいから大好きだよ。」
妹たちには好評であった。紗希は下を向いて何やらブツブツとつぶやいていた。
「あ、あの…星野さん。お、おいしくないですか?」
心配になった涼介が尋ねた。すると-
「えび。えび。えび…おいしぃっ!」
と、満面の笑みを浮かべた。どうやらエビの数を数えていたらしい。
「え、エビ、好きなんですか?」
「はい。大好きです。」
「そ、そうですか…」
『星野さんはエビが好物。エビのメニューを増やそう。』
などと考えていた。すると突然、こう話し掛けられた。
「そういえば今日、お花を買いに来られませんでしたね。何かあったのかな、って心配になりました。」
「あ…」
涼介はすっかり忘れていた。今日のテーブルには花が飾られていない。
「し、しまった。忘れていましたよ。でも、明日から、どうしよう…とてもじゃないけど、買いには行けないなぁ。」
紗希に、店が突然忙しくなった事を話す。すると-
「それなら、明日から私が配達しましょうか?」
と提案してくれた。
「い、いいんですか?もしそうできるなら、お願いします!」
「いいですよ。じゃあ、明日から配達に来ますね。」
「あ、ありがとうございます。助かります。」
と、差し出された手を握った。が…
「て、て、て…きゅう」
パタン、と顔を真っ赤にして涼介は倒れた。
「…あっちゃぁ~。」
やっちまった、といいながら小次郎が涼介を背負って家に運んでいく。
「お疲れなんですねぇ。」
と特に気にしなかった紗希。その様子を見ていた妹は
「ねぇ、紗希さんてもしかして天然?」
「天然、かもしれない…」
という会話をコソコソとしていた。
「う~ん…手、てを、にぎった…」
「はいはい。わかったわかった。」